ジャン=ミッシェル・デュリエ(Jean-Michel Duriez)──香りに託す、忘れられない思い出

斜め向きでムエットを持つジャン=ミッシェル・デュリエのスケッチと代表作品を掲載した調香師名鑑のサムネイル 調香師名鑑

「私は香水を作るのではなく、思い出を作っているのです。」

── ジャン=ミッシェル・デュリエ、2016年

生誕:1961年12月21日–

調香史

庭のミントとバラから始まった香りの記憶

ジャン=ミッシェル・デュリエは、フランス北部のアミアンに生まれます。両親や親戚が当たり前のように香水をまとい、香りが暮らしの中に根づいている家庭でした。

幼いデュリエは、庭のミントの葉とバラの花びらを混ぜ、小さな香りの実験を楽しんでいたといいます。自分で用意した香水の小さなかばんを、どこへでも持ち歩いていたという逸話も残っています。

もう一つ、心を惹かれていたのが料理でした。将来は料理人になるか、調香師になるか。二つの夢の間で、最終的に香水へと背中を押したものの一つは、香りを収めるボトルの美しさだったそうです。目に見えない香りと、手に取れる美しい器。その両方に創造の余地を感じていたのでしょう。

1983年、ヴェルサイユの調香師養成校イジップ(ISIP)に入学します。現在のイジプカ(ISIPCA)です。両親は法律を学ぶことを勧めましたが、デュリエが選んだのは香りの道でした。

ただ、学び始めると、学校の授業は自分が求める創作よりも技術に比重があると感じるようになります。1年後にはグラースへ移り、香料会社ルール(Roure)で実地の訓練を続けました。ルールは、後にジボダン(Givaudan)の一部となる会社です。

小さな会社で、ただ一人の調香師になる

1986年、パリのエチュード・エ・ディフュジオン・オルファクティヴ(Études et Diffusions Olfactives)で、調香師としての仕事を始めます。小さな会社で、調香師は自分一人。上級調香師にすぐ答えを求められる環境ではありませんでした。

デュリエは、ここでグラースで学んだ基礎を、自分の仕事として磨いていきます。1989年には日本企業の花王(Kao Corporation)へ移り、フランスの拠点で8年間を過ごしました。後年、日本のブランドと仕事をすることになりますが、日本とのつながりはこの時期にすでに始まっていたのです。

最初の創作として本人が挙げているのは、皮革・毛皮を扱うシモン・ゲッタ(Simon Guetta)の「オートルマン(Autrement)」です。ローズを強く感じさせる、官能的なシプレだったと振り返っています。初めて自分の香りが世に出る経験は、生涯忘れられない誕生の瞬間のようなものだったそうです。

ジャン・パトゥの香りを受け継ぐ

1997年、ジャン・パトゥ(Jean Patou)へ迎えられます。翌1998年には、ジャン・ケルレオ(Jean Kerléo)の後を継ぎ、創作研究室を率いる立場となりました。

後年の協働者である渡辺裕太によると、引き継ぎの1年間、二人は毎日のように昼食を共にし、メゾンのことや香水への考えを語り合ったそうです。引き継ぎを終えたケルレオは、デュリエの仕事に口を挟みに来ることはありませんでした。伝統を伝えた後は、後任の創作を信じて任せる。その姿勢をデュリエは感謝していたといいます。

ここで求められたのは、新しい香水を作ることだけではありません。「ジョイ(Joy)」や「ミル(1000)」といった既存の香りを守り、原料の調達、生産、品質にも目を配ること。さらに取材や販売の現場では、メゾンと作品の魅力を伝える役割も担います。

ハウスパフューマーとは、一つのブランドの香りを継続して支える調香師です。デュリエはその仕事を通して、一本の香水を作る技術に加え、香水が人へ届くまでの全体を学んでいきました。

担当はジャン・パトゥだけにとどまりません。同社が香水事業を扱っていたヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)とラコステ(Lacoste)にも創作の場が広がります。「ヨウジ・エッセンシャル(Yohji Essential)」「ヨウジ・オム(Yohji Homme)」「ラコステ・フォー・ウーマン(Lacoste for Women)」などが、この時期の仕事です。

2001年にジャン・パトゥがプロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble)の傘下へ入った後も、デュリエは創作を続けます。「アンジョイ(Enjoy)」や「シラ・デ・ザンド(Sira des Indes)」では、受け継いだ花の香りに、果実や甘さの新しい表現を重ねていきました。

ロシャスで広げた、もう一つの伝統

2008年にはロシャス(Rochas)のハウスパフューマーにも就任します。ジャン・パトゥで培った経験を携え、今度は「オー・ドゥ・ロシャス(Eau de Rochas)」に代表される爽やかな香りと向き合いました。

「オー・サンスエル(Eau Sensuelle)」や「オー・ドゥ・ロシャス・フレッシュ(Eau de Rochas Fraîche)」は、その既存の世界に別の表情を与える試みです。その後も「ミューズ・ドゥ・ロシャス(Muse de Rochas)」、柑橘を軸にした「カスカド・ドゥ・ロシャス(Cascades de Rochas)」のシリーズ、「スクレ・ドゥ・ロシャス(Secret de Rochas)」へと仕事が続きます。

同じ時期には、ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)の「アンソロジー・18・ラ・リュンヌ(D&G Anthology No.18 La Lune)」、エスカーダ(Escada)の「エスペシャリー・エスカーダ(Especially Escada)」とその派生作、ラコステの「ライブ(L!VE)」も手がけました。

異なるブランドを担当することは、同じ作風を繰り返すことではありません。メゾンが大切にしてきたものを読み取り、その中に自分の創造性をどう置くか。長く専属調香師を務めたデュリエの仕事には、この往復があります。

自分の名前で、パリの物語を語る

2015年、デュリエはプロクター・アンド・ギャンブルを離れます。そして2016年12月、自らの名を冠したジャン=ミッシェル・デュリエ パリ(Jean-Michel Duriez Paris)を共同で立ち上げました。

他のメゾンの物語を長く支えてきた調香師が、今度は自分の世界を作る側へ回ります。香りだけでなく、ボトル、デザイン、販売、経営にも関わる日々が始まりました。

最初のコレクションは「パリ・シュル・セーヌ(Paris-sur-Seine)」。仕事の多くを重ねてきたパリと、そこを流れるセーヌ川を舞台に、出会いや恋の物語を香りで描いたシリーズです。写真家ジェラール・ウフェラス(Gérard Uféras)の写真も、その世界を伝える役割を担いました。

2017年には、想像上の庭園を主題とする「パリ・アン・メ(Paris en mai)」が加わります。朝、真昼、夕暮れという一日の移ろいを、三つの花の香りへと置き換えたコレクションでした。さらに2019年には、「ウッド・ムスク(W/ood Musk)」と「ウッド・ローズ(W/ood Rose)」を発表しています。

ブランドは百貨店プリンタン(Printemps)で紹介され、ロンドンのハロッズ(Harrods)へも展開したと報じられています。のちにこのメゾンの活動を終え、デュリエは2020年にアトリエ・ジェイエムディー(Atelier JMD)を設立。独立調香師として、ブランドの香水や個人向けのオーダーメイドへと活動を続けています。

アトリエはパリ11区にあり、香水の処方を作るのはデュリエ自身です。一方、濃縮香料の製造は、専属契約を結ぶジボダンと協力して行っています。これはジボダンに所属する社員調香師になったという意味ではなく、独立した創作と製造体制を組み合わせた形です。

日本の感覚と向き合う、サノマでの仕事

独立後の仕事の一つが、日本発のサノマ(çanoma)です。渡辺裕太が香りの方向性を定め、デュリエが知識と経験をもとに、そのイメージを香水へと組み上げています。

2020年には「1-24 鈴虫」「2-23 胡蝶」「3-17 早蕨」「4-10 乙女」が登場しました。季節の境目に吹く風や、幼少期の記憶、文学から受け取った場面。ここでも出発点となるのは、抽象的な香調だけではなく、誰かが大切にしている感覚です。

渡辺は、デュリエが一つの香りに何度も向き合い、試作を重ねてくれることを、長年のハウスパフューマー経験と結びつけて紹介しています。ブランドの内部で、時間をかけて一つの世界を育ててきた仕事の仕方が、サノマでの対話にも表れているのです。

調香哲学──香水の向こうにある思い出

デュリエにとって、美しい香りを組み合わせること、処方の安全性や安定性を確かめること、予算やブランドの要望に応えることは、調香師としての基礎です。

その基礎の先にあるのが、冒頭の「思い出を作る」という考え方でした。香りが呼び起こした記憶は、懐かしさや幸福、時には切なさとして立ち上がります。そして新しい香水も、それをまとう人の暮らしと結びつき、やがて次の思い出になっていきます。

花や果実、木、樹脂といった素材は、そのための言葉に近いものなのかもしれません。ローズとジャスミンでメゾンの歴史を伝えることも、パリの風景を香りにすることも、見知らぬ人の記憶へ触れるための違った入り口です。

ただし、感情を大切にすることは、直感だけで作ることではありません。若い調香師に向けたインタビューでは、化学や技術を学ぶ重要性も説いています。香りに動かされる感性と、それを作品として成立させる技術。デュリエの創作は、その両方に支えられています。

代表作とその背景

ジャン・パトゥ「アン・アムール・ドゥ・パトゥ(Un Amour de Patou)」(1998)

「アン・アムール・ドゥ・パトゥ」には、幼い日の海辺の休暇が重なっています。テニスコートへ通う道に、香りのよい花をつける生け垣がありました。デュリエはその匂いを嗅ぎたくて、自転車でわざわざ遠回りをしたそうです。

後年、その花の記憶に、ジャン・パトゥの歴史とつながるキンモクセイを重ねました。自分の思い出と、メゾンから受け継いだ素材。その二つが出会って生まれた作品です。

古典を守ることと、自分らしさを出すことは、必ずしも反対ではありません。この香水では、両者が一つの花の風景の中で結びついています。

ヨウジヤマモト「ヨウジ・オム」(1999)

ジャン・パトゥとの最初の面談で、デュリエは自分の力を伝えるため、念入りに用意した試作品を持参しました。社長はその心遣いを気に入り、試作の一つは2年後、ヨウジ・オムとして世に出ることになります。

本人が、幸運のお守りのような作品として挙げている香水です。愛好家に親しまれ、複数のコンクールで評価されたとも振り返っています。作り手自身にとっても、キャリアを印づけた大切な一本なのです。

なお、ここで扱っているのは1999年の作品です。同じ名前の後年の香水とは、発売年を区別して見る必要があります。

ジャン・パトゥ「シラ・デ・ザンド」(2006)

バナナや洋ナシの果実感に、チャンパカの花、バニラ、サンダルウッドを重ねた作品です。果実をお菓子のような甘さへ近づけながら、花や木の厚みで支えています。

名前は、インドの菓子シーラ(Seera)に由来するとも紹介されています。食べ物の記憶と異国の風景が、香水の名前と構成の両方に入り込んでいるのです。

香水批評サイトのボワ・ド・ジャスマン(Bois de Jasmin)は、チャンパカの茶葉を思わせる表情や、甘さの中にある動物的なニュアンスにも注目しています。単に果実を甘く香らせるのではなく、花の濃密さや肌を思わせる感覚を重ねたところに、この作品の奥行きがあります。

ロシャス「オー・サンスエル」(2009)

オー・サンスエルは、オー・ドゥ・ロシャスの爽やかさを受け継ぎながら、果実や白い花を通して、より柔らかな表情を引き出した香りです。

香水専門サイトのオルファストリー(Olfastory)は、マンゴー、ベルガモット、ブラッドオレンジから始まる構成を紹介しています。きりっとした柑橘の印象に、果実の丸みを添える。伝統的な香りをそのまま再現するのではなく、知っている風景に違う光を当てるような仕事です。

自身のメゾンで描いた、パリと三つの庭

パリ・シュル・セーヌの「レトワール・エ・ル・パピヨン(L’Étoile et le Papillon)」は、直訳すると「星と蝶」。コレクションには「セーヌ・アムルーズ(Seine amoureuse)」や「モン・パリ・スクレ(Mon Paris secret)」など、街や人の気配を感じさせる名前が並びます。最初の7作品に、2018年の「オンブル・フュルティーヴ(Ombres furtives)」が加わり、8作品となりました。

一方、パリ・アン・メが見つめたのは、同じ街の庭が時間とともに変わる姿です。

「メ・フルール・ド・ローズ(Mes fleurs de roses)」は朝の庭。ローズやピオニーに、カシスの芽と柑橘が明るさを添えます。「メ・フルール・ド・テュリップ(Mes fleurs de tulipes)」では、チューリップやリンデン、キンモクセイの花を、青リンゴや蜂蜜の印象とともに描きます。

そして「メ・フルール・ダンブル(Mes fleurs d’ambre)」は夕暮れです。ジャスミンに果実を合わせ、ベンゾインやミルラの温かさで包んでいきます。三つの香水を通して語られるのは、花の名前だけではありません。光が移り、空気が変わり、その場にいた人の記憶が残るまでの時間なのです。

料理と香水をつなぐ仕事

幼い日に迷った、料理人と調香師という二つの道。デュリエは香水の道を進みましたが、味覚への関心を手放したわけではありません。

シェフのエリック・フレション(Éric Fréchon)とは、料理と香りを組み合わせる体験を構想しました。エレーヌ・ダローズ(Hélène Darroze)のレストランには、彼女の故郷ランド地方を思わせるキャンドルを制作しています。パリのホテル、ル・ブリストル(Le Bristol)にも、空間を彩る香りを提供しました。

特に長い対話を重ねた相手が、パティシエのピエール・エルメ(Pierre Hermé)です。二人は数年にわたる共同作業を経て、2012年に『味の核心へ(Au cœur du goût、仮訳)』を刊行しました。

本では、香水の香りの組み合わせを菓子に置き換えたり、思いがけない味の取り合わせを探ったりしています。ケーキやタルト、マカロン、ソルベなどを通して、調香の処方と菓子のレシピに共通する考え方が見えてきます。

デュリエはエルメのために、「エルブ・ダマンド(Herbe d’amandes)」「キャラメル・ダンブル(Caramel d’ambre)」「ブルジョン・ド・カシス(Bourgeon de cassis)」といったキャンドルも制作しました。食べる香りと、空間に漂う香り。扱う形は違っても、感覚を組み合わせて人の心を動かすという関心はつながっています。

ちなみに…

  • 料理は日々の大切な息抜きです。2017年のインタビューでは、自宅では菜食を基本にし、カレーや肉を使わないチリ、スープ、しっかりキャラメル色をつけたタルトタタンを作ると話しています。
  • 同じインタビューでは、翌朝のマフラーに残った自作「ボワ・フロワセ(Bois froissés)」の香りを好んでいると語っています。つけた瞬間だけでなく、時間を経て布に残る香りにも楽しみを見いだしています。
  • 苦手な匂いとして挙げたのはドリアンです。いろいろ努力してみても、まだ好きになれないと打ち明けています。
  • 香水業界の外にも創作の相手を求め、写真、ストリートアート、料理など、異なる表現に触れてきました。自分のブランドを始めた際にも、香りを単独で見せるのではなく、視覚的な表現と組み合わせています。
  • サノマの渡辺裕太は、デュリエを調香の実力だけでなく、人としても敬意を抱く相手として紹介しています。作品の背後には、こうした長く続く対話と信頼関係もあります。

調香作品

香水に加え、キャンドルや空間の香りも含めた主な作品です。共同調香師欄の「―」は、参照資料に共同調香師の記載がないことを示し、すべてを単独制作と断定するものではありません。企画や香りの方向づけに関わった協働者は、必要に応じて別記しています。

年代 ブランド 作品 共同調香師
1980年代後半 シモン・ゲッタ オートルマン
1998 ジャン・パトゥ アン・アムール・ドゥ・パトゥ
1998 ヨウジヤマモト ヨウジ・エッセンシャル
1999 ヨウジヤマモト ヨウジ・オム
1999 ラコステ ラコステ・フォー・ウーマン
2000 ジャン・パトゥ 2000・アン・パトゥ(2000 en Patou)
2000 ラコステ ラコステ・2000(Lacoste 2000)
2001 ジャン・パトゥ パトゥ・ナクレ(Patou Nacre)
2001 ジャン・パトゥ パトゥ・ヒップ(Patou Hip)
2001 ジャン・パトゥ パナム・ドゥ・パトゥ(Paname de Patou)
2001 ヨウジヤマモト ヨウジ・センス(Yohji Senses)
2002/2003 ジャン・パトゥ アンジョイ
2006 ジャン・パトゥ シラ・デ・ザンド
2006 ル・ブリストル ホテルのシグネチャーフレグランス、キャンドル
2006 エレーヌ・ダローズ レストラン用キャンドル
2009 ロシャス オー・サンスエル
2009 ドルチェ&ガッバーナ アンソロジー・18・ラ・リュンヌ
2010 ロシャス オー・ドゥ・ロシャス・フレッシュ
2011 ロシャス ミューズ・ドゥ・ロシャス
2011 エスカーダ エスペシャリー・エスカーダ
2012 エスカーダ エスペシャリー・エスカーダ・デリケートノーツ(Especially Escada Delicate Notes)
2012 ロシャス カスカド・ドゥ・ロシャス・エクラ・ダグリュム(Cascades de Rochas – Éclats d’agrumes)
2013 エスカーダ エスペシャリー・エスカーダ・エリクサー(Especially Escada Elixir)
2013 ロシャス カスカド・ドゥ・ロシャス・ソンジュ・ディリス(Cascades de Rochas – Songe d’Iris)
2013/2014 ロシャス スクレ・ドゥ・ロシャス
2014 ロシャス スクレ・ドゥ・ロシャス・ウード・ミステール(Secret de Rochas Oud Mystère)
2014 ラコステ ライブ
2015 ロシャス スクレ・ドゥ・ロシャス・ローズ・アントンス(Secret de Rochas Rose Intense)
2016 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ レトワール・エ・ル・パピヨン
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ ボワ・フロワセ
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ セーヌ・アムルーズ
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ モン・パリ・スクレ
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ ブルー・フランボワーズ(Bleu framboise)
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ ドゥーブル・フォン(Double-fond)
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ リリュジオマジスト(L’Illusiomagiste)
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ メ・フルール・ド・ローズ
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ メ・フルール・ド・テュリップ
2017 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ メ・フルール・ダンブル
2017–2018 アマンダ・ドゥ・モンタル(Amanda de Montal) キャンドル、ホームフレグランス用の10種の香り
2018 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ オンブル・フュルティーヴ
2019 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ ウッド・ムスク
2019 ジャン=ミッシェル・デュリエ パリ ウッド・ローズ
2020 サノマ 1-24 鈴虫 ―(香りのディレクション:渡辺裕太)
2020 サノマ 2-23 胡蝶 ―(香りのディレクション:渡辺裕太)
2020 サノマ 3-17 早蕨 ―(香りのディレクション:渡辺裕太)
2020 サノマ 4-10 乙女 ―(香りのディレクション:渡辺裕太)
発表年未詳 ピエール・エルメ パリ(Pierre Hermé Paris) エルブ・ダマンド/キャラメル・ダンブル/ブルジョン・ド・カシス(キャンドル)

アンジョイとスクレ・ドゥ・ロシャスは、資料によって発売年に1年の違いがあるため併記しています。オートルマンの発表年も資料が限られるため、1980年代後半としています。表は全作品を網羅するものではありません。

参考文献