Ulrich Lang New York(ウルリッヒ ラン ニューヨーク)— 写真と香りが出会う場所

ウルリッヒ ラン ニューヨークの世界観と代表製品「LIGHTSCAPE 100ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「香りの開発はプロダクトの中で最も重要な部分だ。私は視覚的センスには自信があるが、生涯をかけて鍛えた嗅覚にもそれと同じだけの自信がある」
— ウルリッヒ・ラン(Ulrich Lang)

基本情報

設立年: 2003年(ブランド準備は2002年から)
創設者: ウルリッヒ・ラン(Ulrich Lang)、ブリット・ビーゲルセン(Britt Biegelsen)
本拠地: ニューヨーク市グリニッジ・ヴィレッジ
公式サイト(米国): https://ulrichlangnewyork.com
公式サイト(欧州): https://ulrichlangnewyork.eu

創設者・ブランドの成り立ち

南ドイツの小さな香水店から

ウルリッヒ・ランが生まれ育ったのは、バーデン=ヴュルテンベルク州の小さな町バックナング(Backnang)。この地方都市で、彼の嗅覚は静かに、しかし確実に育まれていった。

祖母が南ドイツで小さな香水店を営んでいたことが、その礎となった。ローションや調香剤が並ぶ祖母の店は、幼いウルリッヒにとって日常の延長であり、感覚の学校でもあった。

「祖母の香水店で起きていることを幼い頃からすべて吸収していた。あそこが私の香水についての教育の場だった。本当に多くのことを教えてもらった」
— ウルリッヒ・ラン

十代になる頃には、道ですれ違った人が纏っている香りを嗅いで銘柄を言い当てられるほどになっていたという。彼が後に「ジル・サンダーやヴォルフガング・ユープと共に育った」と振り返るように、当時の南ドイツのファッションと香水の空気がウルリッヒの審美眼を形成した。

バイエルン、ロンドン、デュッセルドルフ——転機の連鎖

ウルリッヒはバイエルン州のパッサウ大学でビジネスとマーケティングを学んだ。在学中から創造的な仕事への志向は明確で、音楽出版と化粧品両方でのインターンシップを経験している。

なかでもロンドンでのエスティ・ローダーへのインターンシップは大きな分岐点となった。彼はそこで「男性として初めてのインターン生だった」と述懐し、まだ家族的な雰囲気が残っていた同社の中で、「ニュー・ウェスト・フォー・メン」という香水の発売に関わる機会を得た。本人はこの経験を、フィルメニッヒ社が扱うカロン(Calone)という海洋系香料によるマリンノートの流行と結びつけて振り返っている。ただし、カロンを印象的に用いた初期作として知られるのは、イヴ・タンギー(Yves Tanguy)が調香した女性版「ニュー・ウェスト・フォー・ハー」であり、男性版とは区別しておきたい。

「これらの経験すべてが私を形作り、私の鼻を鍛えた」
— ウルリッヒ・ラン

大学卒業後にニューヨークの出版業界を経験したのち、ドイツに戻り、ロレアルのマーケティング職に就いた。デュッセルドルフへの移転は彼にとって環境の激変だったが、同社でグローバルなマーケティング手法、異文化でのコミュニケーション、フランス式の仕事の進め方などを実地で学んだ。コーポレートな空気は肌に合わなかったと後に語っているが、「学校として非常に優れていた」とも認めている。

ニューヨーク——アートと香水が交差した街

1998年、ウルリッヒは永住を決めてニューヨークに再び移った。かつて1987年に初めて訪れて以来、この街への憧れは続いていた。彼の言葉を借りれば「あの頃のニューヨークはもっとゴツくて荒削りだったが、すっかり恋に落ちた」。

彼のニューヨークでのキャリアは、出版業界から始まった。『インタビュー・マガジン』『アート・イン・アメリカ』などを傘下に持つブラント・パブリケーションズで働き、ドイツでのロレアル勤務を経て、その後アートネット(Artnet.com)——大手美術品売買ポータルサイト——でコンテンポラリー・アートのビジネス部門を立ち上げた。毎月ヨーロッパへ飛び、あらゆるアートフェアに参加し、アート・バーゼルに通い詰めた。その過程で現代写真への情熱が深まり、自らコレクターとしてもキャリアを築いていった。

また、最初のニューヨーク滞在中には、FIT(エフ・アイ・ティー、ファッション工科大学)でバージニア・ボニフィリオ(Virginia Bonfiglio)の「パフューマリー入門」講座を受講した。ティエリー・ワッサーやジミー・ベルといった業界の大物がゲスト講師として登壇するこの講座は、彼にとって「クラブに行くような」高揚感があったと語っている。そしてボニフィリオは彼に「あなたには香水の世界でキャリアを積む才能がある」と告げた。

9.11——ターニングポイント

そして2001年9月11日がやってきた。

ニューヨーク在住のクリエイターとして、あの日の衝撃は格別だったはずだ。ウルリッヒはこの出来事を静かに、しかし明確に自身の転機として語っている。

「9.11が起きたとき、私たちは皆、自分自身を再発明する必要があった。そのとき私は、自分の手で何かをする時が来たと悟り、ニューヨークで最も古い友人の一人と組んでブランドを作ることにした」
— ウルリッヒ・ラン

その「最も古い友人」こそ、ブリット・ビーゲルセン(Britt Biegelsen)だった。二人はともにニューヨークのアート出版の世界に身を置いていた。ロレアルのマーケティングとアートネットのビジネス開発で磨いた経験を持つウルリッヒ、そして長年の盟友ブリット。この二人が組んで、2003年、グリニッジ・ヴィレッジに「ウルリッヒ・ラン・ニューヨーク」は誕生した。

ブランドのこだわり

「箱をキャンバスに」——写真との融合

ウルリッヒ・ラン・ニューヨークを他のニッチフレグランスブランドと決定的に異なるものにしているのは、現代写真との一体化というコンセプトだ。

「2003年に私がやった重要なことのひとつは、箱をアーティストのキャンバスとして使うこと。そしてそのアートワークに合う香りを選ぶ——そのアートワークがインスピレーションにもなり、デザイン要素にもなる」
— ウルリッヒ・ラン

一般的な香水ブランドでは、まず香りがあり、パッケージはそれを保護・演出するための器にすぎない。だがウルリッヒにとって、写真と香りの関係は対等であり、双方向だ。

「香りが先か写真が先かを聞かれるが、それはどちらでもある。素材を先に思い浮かべて写真家にコミッションすることもあれば、イメージから始まることもある」
— ウルリッヒ・ラン

コラボレーションする写真家は、ウルリッヒが個人的にコレクターとして敬愛する人々だ。「私が一緒に仕事をする写真家たちは、私が作品を収集したいと思うような人たちだ」と彼は語る。エリック・スウェイン、ケイティ・グラナン、マット・リカーリ、エルスペス・デデリックス、オリヴィア・ビー、マシュー・ポーター、宋元(ソン・ユアン/Song Yuan)、ウィル・マツダ——各作品に招かれる写真家は毎回異なり、それぞれの視点がボトルの箱に刻まれる。

シンプルさと持続可能性

ウルリッヒが繰り返し口にするキーワードは「シンプリシティ(simplicity)」だ。

「シンプルさとアンダーステートメント(控えめさ)は私のDNAの一部だ」
— ウルリッヒ・ラン

その哲学はパッケージ設計にも反映されている。ボトルはシンプルな円柱型ガラスにシルバーのリングとアトマイザーを配した、装飾を極力排したデザイン。外側には環境への配慮からセロファン包装を使用せず、リサイクルしやすい素材を選んでいる。

「私の製品に見えるものは、まさに私自身だ。それは私の経験と、香水とアートの世界——特に現代写真への情熱の融合だ」
— ウルリッヒ・ラン

調香師の非公開という「魔法」

多くのニッチ香水ブランドが調香師の名前を前面に出す時代にあって、ウルリッヒはあえてその情報を非公開にしている。

「この業界にはまだ多くの魔法が残っている。だから私は、その魔法を製品の中に残しておきたかった。すべてを語らなかった」
— ウルリッヒ・ラン

なお、一部の香水データベースには各作品の調香師として「ロジャー・シュムレヴィチュ(Roger Szmulewicz)」という名前が記載されているケースがあるが、これはアンヴェールのビジュアルのモデルとなったベルギーのアートディーラーの名前であり、公式な情報源では調香師名は非公開のままである点に注意されたい。

「出せるものがあるときだけ出す」という姿勢

2003年のアンヴェール発売以来、2026年現在まで発表した香水はわずか9作品。これは現代のフレグランス業界では異例のスローペースだ。

「本当に素晴らしいものを言えるときにだけ、発売する。もし香りが”MeToo(二番煎じ)”だったり、オーディエンスを見つけられなければ、何も提供できていないことになる」
— ウルリッヒ・ラン

香水ラインナップ

2003年の創業以来、ウルリッヒ・ラン・ニューヨークは9作品のフレグランスを発表している。100mlを中心に、オードトワレとオードパルファムを展開し、ユニセックス設計を基本としている。

初期コレクション:アンヴェールからナイトスケープへ(2003〜2009年)

アンヴェール(Anvers, 2003年)
ブランドのデビュー作。フランス語で「アントワープ(Antwerp)」を意味するこの名前は、ベルギーのスタイルの都市への敬意を表している。ビジュアルには、アントワープに縁のある20世紀写真のディーラー、ロジャー・シュムレヴィチュをモデルに、スティーヴン・クラインらのもとで学んだエリック・スウェインが撮影。ベルガモット、ライム、タンジェリン、セージ、ミントから始まり、レザーとモスの重みを持つウッディ・アロマティックな作品。

アンヴェール 2(Anvers 2, 2007年)
アンヴェールの続篇。シュムレヴィチュが森の中でフォーマルなコートとスニーカーを身につけた写真が着想源となり、ケイティ・グラナン(Katy Grannan)がビジュアルを担当した。

ナイトスケープ(Nightscape, 2009年)
3作目にしてアンヴェール・シリーズから方向性を変え、パチュリを主役に据えた都会的な作品。若きアメリカ人写真家マット・リカーリがニューヨークの夜景を撮影した写真をパッケージに採用。フィルメニッヒのフランク・フォルクル(Frank Voelkl)との共作であることをスニファパルーザ・マガジン(Sniffapalooza Magazine)が報じているが、ブランド公式では調香師名は非公開。

中期コレクション:ライトスケープからアペルチュールへ(2012〜2016年)

ライトスケープ(Lightscape, 2012年)
ガルバナムとシチリアン・レモンを核にヴァイオレットやアイリスを重ねた、風通しのよいシトラス系フレグランス。アムステルダムを拠点に彫刻的アイデアを写真で表現するエルスペス・デデリックス(Elspeth Diederix)が、雲にフラッシュの光を重ねた幻想的なイメージを担当した。

アペルチュール(Aperture, 2014年)
ピンクペッパー、タバコ、セダーウッド、アニマリックノートなど複雑な素材を組み合わせたウッディ・スパイシーなオードパルファム。写真界の登竜門として知られる非営利組織「アペルチュール財団(Aperture Foundation)」とのコラボレーションで生まれ、売上の一部が財団の教育プログラムに寄付される。19歳にして著名な作品群を生み出していた写真家オリヴィア・ビー(Olivia Bee)のドリーミーな一枚がパッケージを飾る。現行ラインナップの中で最も高価な200ドルで販売されている。

アプス(Apsu, 2016年)
名前は神話の「淡水」を意味する語に由来。ニューヨーク在住の写真家マシュー・ポーター(Matthew Porter)が西海岸で撮影したパームリーフの一枚をビジュアルに、グリーン・ナチュラルな夏の空気感を体現した作品。シンプルかつミニマリストな仕上がりが多くのファンに支持され、ブランドのベストセラーのひとつとなった。

近年のコレクション:世界へ、神話へ(2018〜2023年)

17 ナンダン・ロード(17 Nandan Road, 2018〜2019年頃)
2017年に初めて上海を訪れたウルリッヒが、毎年10月に金木犀が咲き誇る公園「光啓公園(Guangqi Garden)」に魅了されたことに端を発する作品。フレグランス名は公園への住所(17 Nandan Road)そのまま。創業から約15年を経て、中国で出会った風景へと視線を広げ、中国の作家・詩人の宋元(ソン・ユアン/Song Yuan)が金木犀の花を抽象的に捉えた幻惑的な写真を起用した。オスマンサス(金木犀)のノートを核に、シチリアン・レモン、スエード、ムスクが絡む繊細な一作。

リーティー(Lethe, 2021年)
ギリシャ神話における「忘却の川・レーテー」から名を取ったフレグランス。ビジュアルはポーランドの写真家ルカシュ・ウィズボウスキー(Łukasz Wierzbowski)による、多くの肌を写した作品。コロナ禍の孤立と不安の時代に、肌のぬくもりへの渇望を表現した。ラベンダー、シーダーウッド、バニラ、ムスクを組み合わせた、包み込むような温かさを持つ。

「不安定な時代に、私たちは外の世界から逃げ出し、愛の快適さと温かさに集中しようとする。ひと噴きで、リーティーはあなたを安全に忘却の彼方へと誘う」
— ブランド公式より

サンクレスト(Suncrest, 2023年)
9作目にして現在の最新作。オレゴン州ポートランドを拠点とする日系アメリカ人写真家、ウィル・マツダ(Will Matsuda)の作品がインスピレーション元。花札(Hanafuda)にオマージュを捧げた燃えるような紅の葉を捉えた抽象的な写真が、パッケージに躍動感を与えている。フレグランスは桃、ブラックカラント、シチリアン・レモン、ジャスミン、そしてフィルメニッヒ社のドリームウッド™(Dreamwood™)という持続可能素材を採用したウッディベースで構成される。

「楽観主義、革新性、サプライズ。それがサンクレストの3つのキーワードだ」
— ウルリッヒ・ラン

ちなみに…

業界の舞台裏を作った人

ウルリッヒはフレグランスを作るだけでなく、ニッチフレグランス業界そのものの場を作った人物でもある。2011年、ジョヤ・スタジオのフレデリック・ブシャルディ(Frederick Bouchardy)、アートフェア・プロデューサーのジェフリー・ローソン(Jeffrey Lawson)とともに「エレメンツ・ショーケース(Elements Showcase)」を共同設立。第1回(2011年1月)の出展ブランド数は40、翌2012年には100ブランドを超えた。現在はニッチフレグランス界の草分け的トレードショーとして知られている。

「もし音楽家とコラボレーションできるなら、シャーデー!」

ドリームコラボレーションを問われたウルリッヒの答えは迷いなく「シャーデー!」。そしてその香りはどんなものかと問われ、こう答えた。

「とてもセクシーで、とてもミステリアスな香りになるだろう」
— ウルリッヒ・ラン

占星術への偏愛

業界内での知名度も高いウルリッヒだが、初対面の人物の星座をほぼ当ててしまうほどの占星術マニアとしても知られている。自身を「典型的な天秤座」と称し、決断に時間をかけ、人々を結びつけることが好きだと語っている。

「自分を一つの素材に例えると?」

「シダーウッドです」——彼のフレグランスの多くに共通して使われているウッディノートだ。

参考文献