「香水づくりは、ストーリーのある映画をつくるようなものだと思っています。私たちが最も大切にしているのは、アイデアそのものではなく、香りに込めたナラティブ——語れる香りであること——なんです。」
天田 徹(ジェイセント ファウンダー&エグゼクティブ・プロデューサー)
基本情報
ブランド発売年:2017年
創設者:天田徹(あまだ・てつ)
運営会社:有限会社ルズ(LUZ)
会社の歩み:1998年に香水事業開始、2001年6月に法人設立
本社所在地:東京都品川区
公式サイト:ジェイセント国内公式サイト/ジェイセント海外向け公式サイト
ほうじ茶を焙じる香り。夏祭りで飲んだラムネ。肌に残る柔らかな温もり。ジェイセントが香水に変えるのは、日々の暮らしの中で出会い、いつの間にか記憶の奥にしまわれていた情景だ。日本の美意識や文化を、身近な香りから捉え直す。そこに、このブランドならではの出発点がある。
創設者・ブランドの成り立ち
俳優の父と、演劇から学んだものづくり
創設者の天田徹は1969年生まれ。俳優の父を持ち、玉川大学文学部芸術学科で演劇を専攻した。舞台には、演じる人だけでなく、脚本、演出、照明、美術といった多くの役割がある。天田が惹かれたのは、一つの作品がその協働によって完成していく過程だった。
大学では演出補佐などにも関わり、学生同士で設定や舞台空間を考えた。後年、香水づくりと舞台制作は似ていると語る背景には、この経験がある。香りにも、構想を形にする人、技術で支える人、見せ方を考える人がいる。ブランドの仕事をチームで捉える感覚は、香水業界に入る前から育っていたのだろう。
恩師の菊地孝生から学んだ言葉に、「人を騙して喜ばす」がある。人を予想もつかない展開で驚かせ、最後には笑顔にするという意味であり、天田は「ものづくりを楽しみながら経営を続けてこられた」根幹にある言葉として振り返っている。
28歳の転機——自分の人生を選び直す
卒業後は森永乳業に入社した。しかし28歳の時、病気と手術を経験し、「人生は一回きりだ。好きなことをしよう」という思いが強くなったという。1998年に退職し、映像制作会社を経て、同年、知人の香水卸売業を手伝うことになった。
香水業界への入口を、天田自身は「なぜか知人の誘いで香水業界に入ってしまい(笑)」と振り返っている。
香水の世界への入口は、最初から調香師を志した一本道ではなかった。海外ブランドの香水を扱う中で、その製作に関わる人たちの仕事へと関心が移っていく。価格競争の中で売られる香水を見ながら、「商品製作に関わった方々へのリスペクトがない」と感じ、「日本製の香水を自分たちで作ったら面白そう」と考えるようになった。
ルズ設立と、最初の日本製香水
1998年の香水事業開始を経て、2001年6月、有限会社ルズを設立。ルズ(LUZ)はスペイン語で光や灯りを意味する言葉で、後に続く世代の道標となる灯りでありたい、という思いが込められている。
自分たちの香水をつくろうとしても、当初はノウハウを集めるところからの出発だった。天田は、日本で製造を相談できる先を探す難しさや、化粧品工場の一部を借りて試作を重ねた経験を振り返っている。海外の香水を扱う仕事と、自ら香水を製造する仕事の間には、大きな隔たりがあった。
2004年には、最初のオリジナルブランドからピンクタイフーン(Pink Typhoon)を発売した。「日本製香水なんて売れないよ」という周囲の声がある中でも、試行錯誤を商品へとつなげた経験が、その後の基盤になる。
自社工場を持つ、日本のパフューマリーへ
フランスのグラースで、自社で香水を製造する小さなパフューマリーの姿を見たことも、自分たちの工場を持つ決意につながった。規模が小さくても、自分たちの手でつくる。その考えを、日本で実現しようとしたのである。
「小さくても自分たちの香水専門工場を作ろう!日本のパフューマリーになろう!誰もやったことのないことだから大変かもしれないけど、面白いかも!」
天田 徹
ジェイセントの日本語公式記事では、ルズが香水専門工場を稼働させた年を2007年と説明している。さらに2011年には静岡、2022年には佐賀県唐津市にも製造拠点を設けた。企画から製造まで、自分たちで関わる体制が少しずつ整っていった。
2017年——日常を再発見するジェイセントの誕生
こうした製造経験の蓄積から、2017年にジェイセント・フレグランスコレクションが生まれた。テーマは、日本の伝統や自然だけでなく、今を生きる人たちの生活に溶け込んだ香りまでを捉えることだった。
名前の「ジェイ(J)」は、ジャパニーズ(Japanese/日本の)に由来する。セント(Scent)は香りを意味し、間のハイフンにも、日本「の」香りという関係を表す意味を込めたと天田は説明している。ブランド名の細部にも、日本の作り手としての誇りが宿る。
「日本人の生活の中にある香りに着目すれば、それは必然的に日本の伝統と文化を反映するものになります。ステレオタイプな”日本らしさ”ではなく、もっとリアルな日本の姿が滲み出てくるはずです。」
天田 徹
発売直後から取り扱いを始めた蔦屋書店も、ブランドの歩みを支えてきた。本やアート、音楽と並んで香りに出会う空間は、物語を持つ香水の紹介に自然につながっている。
ブランドのこだわり
一人の名前より、チームで生み出す作品
ルズの制作体制には、調香師、エバリュエーター、プランナー、デザイナー、ディレクター、プロデューサーといった役割がある。チーム・ルズ(TEAM LUZ)として、香りの構想から製品の姿までをつくり上げる。
天田は「本当の調香師の仕事が誤解されている」と指摘する。調香師の周囲には必ずチームがあり、フレグランスクリエイターが関わって作品が生まれる。こうした制作のあり方を「世界的な香水製作のトレンド」と説明している。
エバリュエーターは、香りをただ好き嫌いで判定する人ではない。歴史的な香水や原料、目的とする表現を踏まえ、開発の方向を定める役割を担う。ジェイセントの公式紹介でも、この役割がものづくりの中心にあることが説明されている。
提案は、香りそのものから始まることも、情景や物語から始まることもある。試作と意見交換を重ね、香りや仕様を決め、最後にチームで名前を考える。舞台や映画のように、それぞれの専門性が重なって一本の香水になる。
「語れる香り」をつくる
ジェイセントが大切にするのは、珍しい題材を選ぶことだけではない。その香りの先に、語ることのできる情景や記憶があることだ。ほうじ茶なら、茶葉を焙じる店先の香ばしさ。ラムネなら、瓶を開ける時の心の弾みや夏の空気。飲み物のにおいを再現するところから、身につける香水へと組み立てていく。
「ラムネ」では、柑橘やアルデヒドの軽やかな香りだけでは、すぐに消えてしまう。そこで余韻を支える香りを重ね、時間とともに変化する作品に仕上げたという。リアルな記憶と、香水として楽しめる構成。その両方を成立させるところに工夫がある。
日本で企画し、日本でつくる
製品は国内の自社ラボと工場で製造され、日本から海外へ届けられる。自社製造という基盤は、単に生産地を示すだけでなく、企画したイメージを品質や仕様まで一貫して考えるためのものでもある。
この体制には、最初に就職したメーカーで学んだ考え方がある、と天田は語っている。
「企画から製造までの一貫体制がメーカーの当然の姿」
天田徹
公式には、自社工場の強みを生かし、質と日常で楽しめる価格の両立を追求すると説明されている。香りを特別な時だけのものにせず、暮らしの中へ届ける姿勢も、ブランドの特徴だ。
香りを取り出す所作まで考えたパッケージ
ボトルやラベルにも、香りの世界観が反映される。2025年9月からの海外流通用パッケージの変更では、スリーブ式の箱や和紙を思わせる質感の封止めラベルが紹介された。箱を引き出して香水を手にする動作や、指に触れる素材も、香りとの出会いの一部として考えられている。
上位ラインのジェイセント・プロファウンドでは、その表現がさらに深まる。大切な香りを収めた古い宝箱に着想を得て、着物の襞や巻紙を思わせる包み方を採用。「さと紙」の柔らかな手触り、磨き上げたガラス、筆文字を思わせる書体、マグネット式のキャップを組み合わせている。
香水ラインナップ
ジェイセント・フレグランスコレクション
メインコレクションには、日本の日常や文化から生まれた多彩な香りが並ぶ。50mLのオードパルファンに加え、ミニサイズやパフュームオイルの展開もある。ここでは、ブランドの世界観をよく伝える代表作を紹介する。
- 和肌(やわはだ):川端康成の小説『眠れる美女』へのオマージュ。梨の瑞々しさから、ミルクやライスパウダーの柔らかな甘さへ移り、ムスクとサンダルウッドが温もりを残す。強く主張するより、無意識の感覚に働きかけるような作品だ。
- 黒革(くろかわ):古い喫茶店に置かれた、煙草のにおいが染み込んだ黒い革張りのソファが着想源。レザーやタバコにジャスミンが重なり、ノスタルジーと艶を描く。
- ラムネ:夏祭りや駄菓子屋、縁側で飲んだラムネの記憶を映した香り。爽やかな立ち上がりとともに、それぞれの人が持つ夏の思い出へ誘う。
- 力士(りきし):力士のびんつけ油から着想を得た作品。通り過ぎる姿から漂う香りに、堂々とした存在感と人の温かさを重ねる。
- 紙せっけん:洗いたての清潔感を思わせる作品。花やムスクを重ねた柔らかな印象が特徴で、海外でも親しまれている。
- 恋雨(こいあめ):雨と恋の記憶をたどる香り。マンダリンやカシスの気配から、スミレやマグノリアへ。ムスクやシダーウッドの余韻が、雨上がりに虹を見つける高揚感へつながる。
- ほうじ茶:茶葉を焙じる時の香ばしさを香水へと移した作品。日本の街中で出会う、ごく身近な情景を香りの題材として見つめ直している。
- 花見酒(はなみざけ):桜の花びらが酒の杯に舞い降りる情景から生まれた香り。日本酒の吟醸香を思わせる立ち上がりから、桜をイメージした香り、ムスクの余韻へつながる。
ジェイセント・プロファウンド——より奥深い和の香り
ジェイセント・プロファウンド(J-Scent; Profound)は、2024年6月17日に米国で先行発売されたラグジュアリーライン。プロファウンド(Profound/奥深い)の名の通り、時間をかけて香りの物語をたどる、持続性と重厚感を意識した構成を目指している。
- 天狐(てんこ)/セイクリッド・アニマル(Sacred Animal):コニャックやチョコレートから、ココア、バニラ、レザーやサンダルウッドへ。動物性香料を使わず、柔らかな毛並みや生命の温もりを思わせるアニマルノートを表現する。
- 誓い(ちかい)/ウメ・アマレット・オース(Ume Amaretto Oath):赤梅、シソ、アマレットに、ローズやジャスミンなどを重ねる。チョコレートやアンバーの余韻が、和洋の素材をつないだ艶のある物語を描く。
- 茗荷(みょうが)/ビヨンド・オブリビオン(Beyond Oblivion):茗荷を思わせる爽やかさと苦みに、緑茶や白い花、檜やベチバーを合わせる。忘却の先にある前向きな境地を香りへ託した作品。
ちなみに…
日本から米国、そしてヨーロッパへ
2018年、ラスベガスのコスモプロフ(Cosmoprof)への出展で得た反響が、米国展開を後押しした。2019年にはロサンゼルス地域に現地法人ルズ・フレグランス(LUZ Fragrance Co., Ltd.)を設立。同年、「黒革」がピュア・ビューティー・グローバル・アワーズ(Pure Beauty Global Awards)のベスト・ニュー・ニッチ・フレグランス賞を受賞した。
「多くの方が途切れることなくブースに来てくださり、アメリカのどこで買えるのか?と聞かれた」
天田徹
欧州では、2022年にミラノの香水イベント、エクサンス(Esxence)へ出展。同年、ルズ・フレグランス・イタリー(LUZ Fragrance Italy S.r.l.)を設け、2023年にはイタリアで流通を始めた。2024年には現地代理店リリース(Release S.r.l.)との契約を発表している。
2025年6月のルズの発表では、海外の取扱店舗数が国内を上回ったとされる。日本の暮らしから生まれた香りが、異なる文化を持つ人たちにも届いていることを示す、一つの節目だ。
2025年1月、イタリアの新聞ラ・レプブリカ(la Repubblica)の付録誌に掲載されたインタビューでは、天田は次のように語っている。
「日本の香り文化を世界に広めたい。J-Scentのようなブランドが、次世代の希望となり、日本の香水業界を世界に誇りを持って広めていく存在になってほしい」
天田徹
ベストセラーは国によって違う
2024年の天田のインタビューでは、日本では「和肌」「恋雨」、米国では「ほうじ茶」、欧州では「紙せっけん」がベストセラーとして挙げられた。同じコレクションでも、どの香りが強く響くかは地域によって変わる。その違いもまた、香りと記憶の結びつきの面白さを伝えている。
蔦屋重三郎を香りにした限定作品
蔦屋書店との縁からは、江戸の出版人・蔦屋重三郎をモチーフにした限定香水ツタジュウ(Tsutaju)も生まれた。2025年1月発売として発表され、版元「耕書堂」の名を取り入れたブック型のパッケージも用意された。本を通して文化を伝えた人物を、今度は香りで表現する試みだった。
参考文献
- セントエクスプロア:天田徹インタビュー(2024年)
- ファッションスナップ:天田徹インタビュー(2023年)
- フォーブス・ジャパン:俳優の父と演劇、恩師が教えてくれたものづくり
- ジェイセント公式:知ってほしい10のこと・工場稼働と開発体制(2022年)
- ジェイセント公式:会社概要・沿革
- ジェイセント公式:ブランドとパッケージの紹介
- ルズ発表:ジェイセント・プロファウンドの米国発売(2024年6月17日)
- ジェイセント公式:和肌
- ジェイセント公式:黒革
- ジェイセント公式:恋雨
- ルズ発表:海外での取扱店舗数(2025年6月)
- ルズ発表:イタリア正規代理店契約(2024年2月)
- ルズ公式:ジェイセントのパッケージリニューアル
- ジェイセント公式:ツタジュウ特設サイト
- ジェイセント公式:会社紹介


