Neela Vermeire Créations(ニーラ・ヴェルメール・クリエイションズ) ― インドの記憶とフランスの技芸が溶け合う、嗅覚の旅

ニーラ・ヴェルメール・クリエイションズの世界観と代表製品「Trayee 60ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「私はブランドを作ろうとして始めたわけではない。それはもっと有機的なものだった。インド──私の生まれ故郷──に捧げるオマージュを作りたかった。遠く離れた地に住みながら、かの地との深い繋がりを持つ者として、かつて自分が生きた時間を再訪し、置いてきたインドと再び繋がりたかった。」

── ニーラ・ヴェルメール

基本情報

  • ブランド名:Neela Vermeire Créations(ニーラ・ヴェルメール・クリエイションズ)
  • 設立:2011年秋(パリ)。2012年、ニューヨークのElements Showcase(エレメンツ・ショーケース)でグローバルローンチ
  • 創設者:ニーラ・ヴェルメール(Neela Vermeire)
  • メインラインの調香師:ベルトラン・ドゥショフール(Bertrand Duchaufour)
  • 公式サイト:https://www.neelavermeire.com

創設者・ブランドの成り立ち

コルカタの幼少期──香りに囲まれた原点

ニーラ・ヴェルメールはインドのコルカタ(旧カルカッタ)、西ベンガル州の州都に生まれた。 幼少期のインドで彼女が経験したのは、感覚をひたすら刺激してやまない豊饒な世界だった。

「インドでは、いつも匂いの洪水に晒されている──良い匂いも、悪い匂いも、みにくい匂いも。夏は熱帯の花々や果物に囲まれた祖父母の田舎の家で過ごした。香りにまつわる思い出が無数にある──家族と過ごした儀式や祝い事や宴の場、インド各地の海辺や、ヒマラヤでの休暇。育ちながら顔に塗った白檀のペースト。ダージリンやムンナールのお茶畑、他の都市への旅、カルカッタの暮らし──ポケットいっぱいの美しい香りたち。」

── ニーラ・ヴェルメール

白檀、没薬、花市場、香辛料市場の匂い、モンスーンの雨で濡れた土の香り──これらはやがて彼女の人生を貫く嗅覚の柱となる。

社会科学・法律から、アートの世界へ

インドを離れたニーラは、社会科学を学んだのちに渡米し、フィラデルフィアのテンプル大学で修士号を取得した。 その後、イギリスに渡りロンドンでソリシター(事務弁護士)の資格を取得。 Essencional(エセンショナル)のインタビューでは「インド、アメリカ、イギリス、ベルギー、そして最終的にフランス」と複数の国を経由した越境的な生き方を振り返っている。

転機は2003年末に訪れた。夫の仕事の都合でパリへ移住したニーラは、法律事務所に勤める道ではなく、芸術の世界で生きることを選んだ。

「私はいつもあらゆる形の芸術を愛してきた──視覚芸術、音楽、そして香水。アート・コンサルティングの道に進み、新進アーティストと出会い、彼らの作品を世に出すための展覧会を開いた。」

── ニーラ・ヴェルメール

「パフューム・パス」──香水愛好家としての活動

パリに根を下ろしたニーラは、やがて香水への情熱を形にし始めた。「Perfume Paths(パフューム・パス)」と名付けたガイドツアーを主催し、セルジュ・ルタンス、フレデリック・マル、ゲランなどパリのニッチ香水ブティックを少人数で案内するプライベートウォークを提供した。 また、「インサイド・ジ・アクターズ・スタジオ」形式の調香師インタビューイベントも開催し、香水創造の秘密を一般観客に伝える活動も行った。

「私は独立した調香師たちが大企業に依存せず仕事をする場を作りたかった。香水の世界は非常に秘密主義的に見える。創造のプロセスの現実をもっと多くの人に知ってほしかった。」

── ニーラ・ヴェルメール

こうした活動を通じてパリの香水世界に深く入り込んでいったニーラは、やがて自らブランドを立ち上げるという「啓示」を得ることになる。

ブランド誕生の「啓示」──インドへの帰還願望から

ある時ニーラはOlfactif(オルファクティフ)のインタビューで「エピファニー(啓示)があった」と語っている。

「私はどこにいても居心地よく過ごせる──パリも、アメリカも、インドも、イギリスも、同じように居場所を感じる。でも過去との繋がりがある。自分にとって意味のある香水を作りたいと思った。自分のためでもあり、他の人とも分かち合いたかった。ブランドを作るという意識ではなく──商業的なバックグラウンドを持っていないから、私の香水世界への参入はとても型破りなものだった。インドと再び繋がるために、3つの時代へのオマージュとして3作品を作ることにした。それが最初の3本の始まりだ。」

── ニーラ・ヴェルメール

彼女が選んだのは、インド史上の3つの偉大な時代をそれぞれ1本の香水に込めるという構想だった。ヴェーダの聖典に象徴される古代インド、ムガル帝国〜英国インド帝国期(1526〜1947年)、そして現代インド──この3つの断片が最初のトリロジー(三部作)を形成することになる。

ベルトラン・ドゥショフールとの出会い

ブランドを形にするにあたって、ニーラが不可欠だと考えたのは「文化のニュアンスを理解し、過剰にならず最大の効果を生む」調香師の存在だった。 当初は3作品に3人の調香師を起用する案もあったが、ニッチブランドを運営する友人の紹介でベルトラン・ドゥショフールと出会い、その考えは変わった。

ベルトラン・ドゥショフール(1985年にグラースのフロラシンス・グループで調香師キャリアをスタート)は、コム・デ・ギャルソンやラルチザン・パルファムとの仕事で知られ、業界では「マスター・オブ・インセンス(薫香の達人)」とも称される調香師である。 ドゥショフールはプロジェクトに強い共感を覚えた。

「インドへのオマージュを捧げるという考え──私が特に高く評価し、愛する国への。私はきっと前世でインドに生きていたのだと確信している。それが、この記憶を称える最良の方法だったのかもしれない……そして私はインドの三つの異なる歴史的時代に対応する三つの異なる物語を通じてそれを実現できた。これ以上に良いことがあるだろうか?」

── ベルトラン・ドゥショフール

ニーラはドゥショフールに「インドのリスト」を手渡した──濡れた土、路上で焼かれるロティ(インドのパン)の匂い、ヘナ、ベチバー、白檀、ローズ・アター(薔薇の精油)、マンゴーなど、40以上の嗅覚的な記憶を綴ったもの。 実際にアーユルヴェーダのハーブを配合したシャワージェルや、1950年代のインドの本の匂いをドゥショフールに嗅がせる場面もあった。 この、いわば「嗅覚のブリーフィング」をもとに、数え切れないほどの試作を経てトリロジーは完成していった。

「ドゥショフールは非常に誠実で、謙虚で、他の文化への敬意と深い感謝を持つ人物だった。彼は本物のプロでありながら、魂を失っていない。」

── ニーラ・ヴェルメール

ブランドは2011年秋に発足し、パリの画家ジェリコーのアトリエでプレビューを行ったのち、2012年初頭にニューヨークのElements Showcase(エレメンツ・ショーケース)でグローバルローンチを果たした。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学

ニーラが繰り返し強調するのは、「香水をファインアートとして扱う」という姿勢である。

「私たちの価値観はクラフトマンシップ、感情、そして深み。ブランドは歴史、アイデンティティ、感情を香りで表現するために存在する。すべての香りは物語を語り、記憶を呼び起こし、永続的な価値を持つべきだ。それが意味するのは最高の原料を使い、急がないということ──テストを重ね、それが完成したと確信してはじめてリリースする。」

── ニーラ・ヴェルメール

この「急がない」哲学は数字にも表れている。ブランドが発表した初期の紹介資料では、トライーには高濃度のマイソール産白檀オイルと約1%の純ウード、2種類のジャスミンが使われ、モハールにはローズのアコードが約11%、さらに天然ウードが配合されていると説明されていた。現在の公式サイトでも、白檀やローズ、ウードなど良質な天然原料を惜しみなく用いる姿勢が紹介されている。これらは商業的な香水の基準では「ばかげている」と言われるほどの濃度だ。ドゥショフールにはいかなる予算の上限も設けず、最高の原料を自由に使わせた。

また、ニーラはトレンドを積極的に拒絶する。「ウード」という言葉をあえて作品名に入れないのも、その精神の現れだ。

「私はウードという名前をどの香水にも使いたくなかった。たとえばトライー・ウードやモハール・ウードは作らない。大切なのは、その時代に本物らしい素材を入れることであって、流行しているからとか、悲しいことに少し使い古されてきたから、ではない。」

── ニーラ・ヴェルメール

ニーラ自身は香水の専門的な教育を受けていない「アウトサイダー」だが、そのことが逆にブランドの個性を際立たせていると考えている。

「ニッチ香水界には業界の内側から来る創設者が多いが、私のような外部者はアート、文学、心理学、音楽など様々な分野から影響を持ち込む。その多様性は分野を豊かにする。」

── ニーラ・ヴェルメール

ボトル・パッケージのデザイン

瓶のデザインは、著名な香水瓶デザイナーのピエール・ディナン(Pierre Dinand)が手がけた。 ロゴおよびキャップのデザインは、インドとフランスの二つの文化的象徴を融合させた独創的なものだ。

ベースはインドのマウリヤ朝皇帝アショーカ大王の象徴「アショーカのチャクラ」(法の輪)。チャクラは「人生における動きへの生命、停滞への死」を象徴し、24本のスポークを持つ。NVC(エヌ・ヴィー・シー)のロゴではこの24本の稜線のそれぞれにエッフェル塔のシルエットが組み込まれている。 24という数は1日24時間──生命の完全なサイクルと再生を表している。 インドの哲学的象徴と、パリという「香水の首都」を表すフランスの象徴とが、一つのデザインに凝縮されている。

香水ラインナップ

2025年のインタビューで、ニーラはブランドの香水を11作品と紹介している。大きく「クリエイションズ」レンジ(メインライン)と「フラグメンツ・バイ・NVC(エヌ・ヴィー・シー)」の2つのラインに分けられ、以下では濃度違いの作品も含めて、その歩みをたどる。

クリエイションズ・レンジ

メインラインはインドの歴史・文化・人物・自然からインスピレーションを得た作品群で構成される。

トライー(Trayee, 2012)──ヴェーダ期
「トライー」はサンスクリット語で「三つ組」を意味し、最初の3つのヴェーダ(ヒンドゥー教の聖典)にちなんでいる。インドの霊的世界──アーユルヴェーダ、ヨガ、儀式の煙と香料──を体現した複雑なウッディ・インセンス香。マイソール産白檀オイル高濃度、ラオス産ウード、2種類のジャスミンなどが含まれる。ニーラはこの香水が自身の「インドへの霊的な繋がり」そのものだと語っており、開発中に感情的になるほど個人的な作品だと述べている。

モハール(Mohur, 2012)──ムガル帝国〜英国インド帝国期
「モハール」はサンスクリット語で、インド史上最高額の金貨(最後の鋳造は1918年)を指す。 ムガル帝国の芳醇なバラ香水と、英国インド帝国期のポロマッチの革のブーケを組み合わせたローズ主体の香り。ムガル帝国の女帝ヌール・ジャハーン──彼女自身も香水の技芸を母から受け継いだことで知られる──へのオマージュでもある。 初期の紹介資料では、ローズのアコードを約11%配合するとされている。 ニーラの亡き母親がこの香水を愛し、「Mohur」という名前を彼女が提案したとニーラは語っている。

ボンベイ・ブリング(Bombay Bling, 2012)──現代インド
青々したマンゴー、ライチー、白い花々が爆発するように開き、パチュリ、タバコ、バニラへと続く。現代インドのボリウッド的な躍動感と喜びを表現した作品。

「子どもの頃に花火を見た時の感覚を覚えている? あの瞬間的な幸福の高まり。ボンベイ・ブリングはそういうものでなければならなかった──フィーリングが爆発するように。」

── ニーラ・ヴェルメール

「セロトニンをボトルに詰めた」「テクニカラーの香水」「天然の抗うつ剤」といったファンからの声が寄せられており、ニーラはこれを喜んで語る。

アショーカ(Ashoka, 2013)──マウリヤ朝皇帝
インドのマウリヤ朝を統治した皇帝アショーカ(前304〜232年頃)にインスパイアされた作品。武力によって版図を広げながら、カリンガ族との戦いで見た死と破壊に心を動かされ、仏教へ改宗したアショーカの精神的変容が、香水の構造そのもので表現されている──激しいレザーで幕を開け、フローラルな中心部を経て、瞑想的な白檀へと静かに落ちていく。 2014年、ロサンゼルスで開催された第1回Art & Olfaction Awards(アート&オルファクション賞)のインディペンデント部門で受賞した。

モハール・エクストレ(Mohur Extrait, 2014)
モハールのオードパルファムをベースにした、より濃厚で複雑なエクストレ(濃厚な香水濃度)バージョン。

ピチョーラー(Pichola, 2015)
ラジャスタン州ウダイプールに広がるピチョーラー湖からインスパイア。オレンジブロッサム、チューブローズ、ジャスミン・サンバック、ローズなど豪奢なホワイトフローラルが湖面に映る宮殿の反射のような光と影を描く。

ラヘル(Rahele, 2016)
「旅人」を意味するこの作品は、17世紀にインドへ旅した3人のフランス人──ジャン=バティスト・タヴェルニエ、フランソワ・ベルニエ、ジャン・テヴェノー──が著した旅行記にインスパイアされている。 オスマンサス(杏様の香りを持つ花)を中心に、グリーンのマンダリン、レザー、オークモスなどが織り成す。インドを外側から眺める旅人の視点を香りで表現した、NVC(エヌ・ヴィー・シー)のラインナップの中でもやや趣の異なる作品である。

ニラル(Niral, 2018)
「ニラル」はヒンディー語で「静か、穏やか、ユニーク」を意味する。 英国の絹専門家サー・トーマス・ウォードル(1831〜1909)とインドとの関係に着想を得た作品。ウォードルはインドのタッサーシルクの天然染色技術を完成させ、ウィリアム・モリスらアーツ・アンド・クラフツ運動の芸術家たちとも協働した人物だ。 アイリス、ダージリン茶、ローズ、レザーなどが絹の質感を喚起する。パッケージにはタッサーシルクの宝石のような色合いを反映したシルクの紫色のジュエルボックスが採用された。

フラグメンツ・バイ・NVC(エヌ・ヴィー・シー、2022年)

コロナ禍の前後に生み出された新ライン。ニーラはマルク・シャガールがヴァンスのノートルダム・ド・ラ・ナティヴィテ大聖堂に残したモザイクアートへの愛から着想を得たと述べている。 作品名は香りから連想した色と感情に基づいており、調香師の名前は当初非公開でリリースされた。

  • ネムス(Nemus)──緑、再生をテーマ。レモンとベルガモットを基調にした清々しい香り。
  • プルプレウム(Purpureum)──神秘的な暖かさ。コーヒー、カカオ、フィグ、レザーが豊かに交差する。
  • ティイーナ(Thyina)──穏やかな安らぎ。ヘーゼルナッツ、バイオレット、バーチタールが独特のひとときを作る。

エシャル(Eshal, 2025年)

メインラインへの新作としてほぼ7年ぶりの発表となった。 ミラノのエスクサンス2025で披露された。チューブローズ主体のエクストレ・ドゥ・パルファン。「エシャル」はアラビア語で「天国の花」「パラダイスの花」を意味し、喜び、欲望、清純さをも含意する。 インドではチューブローズは「ラジュニガンダ」と呼ばれ、神への供物、結婚式、日常の幸福に深く結びついた花であることから、ニーラにとって最も馴染み深いインドの香りのひとつでもある。

ちなみに…

マザー・テレサとの接点
十代のニーラは、マザー・テレサが運営するカルカッタの孤児院でボランティア活動をしていた。 ニーラはOlfactif(オルファクティフ)のインタビューの中で「強く知的な女性たちに囲まれながら育った」ことに触れ、マザー・テレサもそうした女性像の一つとして名を挙げている。

ボトルデザイナー・ピエール・ディナンとの仕事
ニーラがボトルのデザインを依頼したのは、ピエール・ディナン──コティ、カルティエ、ランバン、イヴ・サンローランなど多くの名作香水瓶を手がけてきたレジェンドのデザイナーだ。自己資金で全てをコントロールしながらも、専門家を必要とする部分では業界最高峰の人材と組んだニーラのこだわりが見える。

日本上陸(2024年)
日本では2024年10月の「サロン ド パルファン @ISETAN MEN’S(イセタンメンズ)」に先行出展し、同年12月13日にNOSE SHOP(ノーズショップ。麻布台店・銀座店・神戸店および公式オンラインストア)を通じて本格上陸を果たした。

ベルトラン・ドゥショフールの独立
ニーラと長年タッグを組んできたドゥショフールは、2025年に自身のブランド「L’Entropiste(ラントロピスト)」を立ち上げた。NVC(エヌ・ヴィー・シー)との関係については、同年10月のインタビューでもニーラが「創業時から一緒に仕事をしている」と語り、二人で修正と試香を重ねる協働の姿勢を紹介している。

参考文献