Q. 天然香料が一番いい?天然香料vs合成香料

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A. 日本だけでなく、世界中で、昔から、常に香水業界において話題になることがあります。それは、「天然香料が良くて、合成香料は良くない」という議論です。
 結論をまず、申し上げましょう。合成香料が良くないというのは、どこかの誰かが自分のブランドのマーケティングのために生み出した、ただの嘘です。調香師がこの話題を語る場合、100%の確率で、天然香料も合成香料もどちらも必要である」と言います。

「これって天然香料100%ですか?」
「これは天然香料使われているから、すごくいいんです」
「私、合成香料使われているのが嫌なんです」
 これらは、ほとんどの場合、天然香料と合成香料に関する無知からくる言葉なのです。では、どうして天然香料だけでなく、合成香料も香水に必要と言われるのか、様々な人の言葉を通しながら紐解いていきましょう。

多くの人は、すべてが天然香料で作られた香水という考えが大好きなようだが、そんなものは絶対に存在しません。

フランシス・クルジャン

天然香料の深堀り

 そもそも天然香料とは何を指しているのか。

天然香料とは
  1. 自然の花々・木々から抽出したエッセンスのことを言います。抽出段階や抽出法によって、エッセンスとかコンクリートアブソリュートなどの名前がつきます。例えば、ローズアブソリュート、オリスコンクリートと呼ばれます。
  2. 自然の花々・木々から抽出したものから、部分的に分離させて使用するものを言います。単離香料とも呼ばれます。例えば、ジャスミンから採れる単離香料の1つがジヒドロジャスモナート(へディオン)です。これを合成香料とみなすか天然香料とみなすかは国によってまちまちです。
  3. 動物の腺や排出物などから採れるムスク、シベット、カストリウム、アンバーグリスといった動物性香料。

 動物から天然に採れる香料はこの議論ではあまり焦点を当てられないため、今回は植物から採れる香料に限って話をしましょう。
 さて、この天然香料100%は最高なのか?というと、実はそうでもありません。天然香料には特有の問題、アレルギー反応というものが存在します。化粧品においてもオーガニックだから良いとは言えないというのと同じで、香水においても天然香料だから良いとはイコールで言えないのです。

アレルギー反応

 例えば、シトラスの天然香料には光毒性というものが存在し、光に当たると成分が変わり、アレルギー反応を引き起こす可能性があるものもあります。
 また、エッセンシャルオイル(アロマオイル・精油)は天然香料の代表的なものですが、基本的に肌に直接使うことができません。なぜなら、刺激が強すぎたり、アレルギー反応を引き起こす可能性があるからです。一般に、精油が皮膚に引き起こす反応は、かゆみ・感作・光毒性と言われます*。

 ここから、必ずしも天然香料が合成香料よりも安全だとは言えないことが分かります。

天然香料の中には、アレルギーを引き起こす可能性を持つため、調香師のパレットにおいて、使用量が制限されているだけでなく、完全に使えなくなっているものもあります。

パスカル・ガウリン

希少性と高価格

 天然香料を抽出する場合、収率という言葉を使います。収率とは、何%の液体(エッセンス)がその原料から採収できるのか、を表します。基本的にこの収率が低ければ低いほど、その香料の価格は高くなります。例えば、誰もが知るローズは、水蒸気蒸留法によって得られるローズオイルが収率0.02%のため、1kgあたり約120万円します。ローズの精油の価格を見て驚いた経験のある方がいるかもしれませんが、こういうことなのです。

 原料の質が高かったり、希少であったり、抽出法が特殊であったりすると、この価格はさらに高価格になっていきます。つまり、100%天然香料で、品質の良いものを使った香水が、低価格で販売できるはずがないのです。もちろん、高価格帯のブランドでは、それを売りにしているブランドもあるので、見極めが大事です。また、0.01%でもその香料を使っていれば、謳い文句で「天然のローズオイルを使用!」などと言えてしまうため、注意が必要です。

 希少性という点では、スズランやカメリアなど一部の花々やほとんどのフルーツは、収率が低すぎたり、毒性があったりと、天然の香料を抽出することができません(もしくは、抽出しません)。これが天然香料の限界なのです。

その他の欠点

 天然香料は、劣化しやすく、香水の色が変化しやすかったり、持続時間に優れなかったりという欠点もあります。また、原料の香りと抽出した香りが異なることも多く、想像していた香りと違う場合が多々あります。

 また、最近は香料会社の努力により、サステナブルな方法が生み出されていますが、基本的に抽出後の搾りかすは捨てられるため、環境に良くないという意見や、過剰に栽培されすぎているという意見もあります

天然香料の真髄

 もちろん欠点はあるものの、天然香料の素晴らしさはそれをも忘れてしまうほどの香りです。つまり、天然香料は多くの場合、それだけで立派な香りで魅力的に思わせるのです。それはすでに天然香料がたくさんの香りの分子から成立つからです。例えば、ローズのエッセンスは数百種の香りを含んでいるのです。このため、天然香料は単体で、奥深さや複雑さがあり、生き生きとしたイメージを想起させます

天然香料100%ブランド

 天然香料に魅せられたある種の人たちは、合成香料を使わずに、その魅力を伝えようと天然香料のみを使用したブランドを作ります。

 現在、日本市場において、天然香料100%の香水ブランドは、Abel(アベル)Heretic Parfum(ヘレティックパフューム)100BON(ソンボン)ぐらいで、ほとんどのブランドで合成香料が使われています。
 ここでは、アロマの延長線上で香水を作っているブランドは紹介していません。天然香料100%は、ともするとアロマテラピーになります。しかし、上記のブランドは、それぞれの理念をもとに香水を作っており、アロマではないと考えるため、紹介しています。

天然の素材のみを使用することは、信じられないほど難しいことなのです。なぜなら、天然香料はとても高価で、抽出が難しく、生産されたバッチ毎に香りが異なる可能性があり、幅広い客層にアピールすることができないからです。だからこそ、私は天然香料を愛しているのです。

ダグラス・リトル(ヘレティックパフューム創業者兼調香師)

合成香料とは何か

 では、合成香料とは何か。合成香料は大きく二つに分けられます。

合成香料とは

1. 化学的に生み出された合成物質の香料
2. 天然香料から分離させて使う単離香料(これを天然香料とみなすか、合成香料とみなすかは、場合による)

 天然香料に比べると、合成香料はアレルギー反応も少なく、価格も比較的安価なものが多いですが、天然香料にある香りの豊かさというものがありません。また、最近では、サステナブルな合成香料(抽出の段階で捨ててしまう残滓を使用して作るもの)も登場しています。

 ちなみに、AETHELというブランドは、合成香料に敬意を表し、合成香料100%で作られています。

香水という芸術

 要はバランスなのです。天然香料だろうが、合成香料だろうが、バランスが必要なのです。
 香水史上、初めて合成香料を使うことで香水を芸術へと昇華させたと言われるのがゲランのジッキー(1889、エメ・ゲラン)になります。これ以降、近代香水の発展は合成香料と共にあり、名香と言われる香水の裏には必ず合成香料が大きな役割を担っています。つまり、天然香料も合成香料も合わさることで1+1を無限のものとしているのです。

フレグランスとしてみたときは、天然香料はもちろん良い素材です。しかし天然信仰のように「安心だから」とか、「体によさそうだから」という理由ではありません。むしろ安全面では天然香料は危険な面もあります。
また、合成香料を否定する方の中には、天然香料が「化学成分の集合体」であると知らない人も多いように感じます。
天然香料のよさは、たとえ加えるのが微量でも、香りに奥行きや広がり、キャラクターを与えることです。
逆に使い過ぎれば香りを鈍重にし、濁らせることもあることを、私たちは意識して使う必要があるのです。
天然、ケミカルにこだわらず、表現に必要な香料を「過不足無く組み合わせる」ことが、美しい香りに繋がって行くと、控えめに申し上げたいと思います。

大沢さとり

天然香料と合成香料に関する調香師・業界人の名言

合成香料は骨格であり、天然香料は肉である。

ルネ・ラリュエル

天然香料と合成香料というのは、コインの裏と表です。相互に依存し、高め合うものなのです。陰と陽の関係にもとても似ています。

ジェラルド・ギスラン

合成香料にも2種類あります。
1.新たな道・色としての新香料
2.自然の香りを作るためのパーツとしての合成香料

 新たな香りを用いるということは、虹に新たな色彩を加えることに似ています。ホワイトムスクやカシュメランが良い例です。調香に新しい道を示し、新しい色を与えることのできる合成香料を使わないのは、自分にとってはあり得ません。
 また合成香料を使用することが、自然の香りを完全に再現する唯一の方法であるとも言えます(と言うと物議を醸すかもしれないが)。
 花や草木から香りを抽出する際、自然にある香りそのものとしては抽出できません。ある自然に咲く花や果物などの香りを再現したいとき、その全体像の中で、抽出によっては確保できない欠けている部分を、パズルのように合成香料で補います。合成香料はパズルのピース的役割も果たすのです。

フレデリック・マル

天然の香料は複雑である。匂いの輪郭がはっきりと明確に決まっていて、その分、創意が反映されにくい。だが、天然のものには天然のものならではの強みがある。私はそこを利用する。人の心を惹きつける、包みこめる、狙いをつけられる、そして、表現したい香りのかたちのきっかけにもなるという強みである。
合成香料のほうはもっと面白い。例外もあるが、匂いの輪郭はそれほどはっきりしていない。つまり、より柔軟に使い分けができる。合成香料は、だましの効果をもたせたり、細工をしたり、抽象的な演出をするのには都合がいい。たとえば、フェニルエチルアルコールという化合物があるが、これはときには複数のフローラルノートを調和させる役目で使われる。

ジャン=クロード・エレナ

ドレスのような人工的な、人の手で造られた香水が欲しいの。私は裁縫職人なのです。ローズやスズランはいりません。構築された香水が欲しいのです。

ココ・シャネル

バニリンは興味深い香料です。なぜなら、19世紀の始まりに発見されて以降、今や誰も天然のバニラを使おうとしないのです。我々が知らなければならないのは、子供の頃の最初のケーキの記憶と結びついているのは、合成のバニラであったということです。素晴らしい香水というのは、人間によって生み出されるのであり、自然からではないのです。

マチルド・ローラン

合成香料を使わずに香水を創作するのは、青や赤を使わずに絵を描くようなものです。もちろんできるでしょうが、なぜそうする必要があるのでしょう?

チャンドラー・バール

参考サイト
*https://ifaroma.org/ja_JP/home/news/ingestion-and-neat-application-essential-oils-guidelines

この記事を書いた人

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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