アイリスの香りは2つの性質を持ちます。じめっとした冷たい一方で、とても柔らかく包み込んでくれるのです。
英名アイリス(iris)は、イリスやオリス(Orris)とも呼ばれ、アヤメ科の植物になります。
語源とアイリスの種類
虹の女神であるイリスは、輝く色とりどりの羽の翼をもち、神々の言葉を人間に伝えるメッセンジャーとして、ゼウスに仕え、大地と天空をつなぐ役割を持っていました。アイリスが飛翔すると虹が残ると言われているため、種類によって様々な色を楽しめるこの花は、ギリシア語で「虹」を意味するイリスの名前になりました。
そのため、ジャーマンアイリスの別名は「レインボーフラワー」ともいいます。そして、アイリス全般の花言葉は、「(恋の)メッセージ」です。
特に、香料として使われるアイリスは、Iris pallida(イリスパリーダ)、Iris germanica(イリスゲルマニカ)、Iris Florentine(イリスフロレンティーナ)です。
イリスパリーダ(Iris Pallida)
Sweet Iris(スウィートアイリス)やDalmatian Iris(ダルメシアンアイリス)とも呼ばれるイリスパリーダは、薄紫からオフホワイトの色を持つ花びらを5枚から9枚つけます。イタリア・フランスで栽培されているだけでなく、中国のユンナン地方でも育てられています。
根(rhizome)に含まれる香気成分のイロンは、60%がγ-イロン、40%がα-イロンになります。イロンとは、アイリスに最も含まれている香気成分であり、ヴァイオレットに最も含まれる成分イオノンと構造式がとても近いため、香りはヴァイオレットのようなフローラルに、ウッディさや脂っぽさ、ラズベリーやココアを思わせるフルーティーぽさがあります。このイロンの量によって抽出物の香りが若干異なります。
イリスゲルマニカ(Iris Germanica)
German Iris(ジャーマンアイリス)とかレインボーフラワーと呼ばれるこのアイリスは主にモロッコやトルコで栽培されています。紫色もしくは白色の4枚の花びらをつけます。根に含まれる香気成分のイロンは、60%がα-イロン、40%がγ-イロンになります。
イリスフロレンティーナ(Iris Florentina)
ジャーマンアイリスの種のうち白色の花をつけるものをイリスフロレンティーナ(Iris Florentina)とかフロレンティンアイリス(Florentine Iris)と呼びます。一般に、ニオイアヤメと呼ばれているのはこの種になります。
Florentinaとはフィレンツェ産という意味で、元々、フィレンツェでは洋服の香りづけとしてアイリスが使われてきました。
19世紀半ばからは、よりヴァイオレットの香りに近く、生産量の多いイリスパリーダに取って代わられ、最近では勘違いし、イリスフロレンティーナを間違ってイリスパリーダと呼ぶ人もいますが、全く違います。また、最高級のアイリスは、イリスフロレンティーナと考えられています。
香料アイリスが抽出されるまで
香料としてのアイリスは、最も高価な原料の1つであり、花ではなく、根から精油を採取します。
まず、植えられてから約2~3年後に収穫が始まります。植える際の土壌は品質に多大な影響を与えます。軽くて、乾燥し、石がたくさん混じっていて、花崗岩や石灰岩、ローム層が混ざった土壌が良いとされています。収穫は、グラースでは湿度の低い9月に行われます。
収穫された根は、皮をむいて洗浄と乾燥(この時点ではあまり香らず、ジャガイモのような臭いがする)をさせます。皮をむく際に、むいた根が白色の場合、品質が良いと判断され、黒色の場合は品質が普通と判断されます。黒色のものは、価格が安くなります。
そして香気成分であるイロン(Irone)の濃度を増やすために、木箱に入れて3~4年乾燥(熟成)させます。100kgの根は乾燥により、25-30kgになります。乾燥させたアイリスは、ニオイが弱く黒い色のものは低品質、ニオイが強く明るい色のものは高品質に、さらに分類されます。
コンクリートの抽出
合計約6,7年かかった後、根茎を粉状にし、水蒸気蒸留にかけることでバイオレット調ウッディ調のパウダリーな香りがするワックス状のペーストができます。収率はわずか約0.02%で、根茎1kgあたり約0.2gしか抽出できません。常温で固体のため、これをオリスバター(オリスコンクリート)と呼びます。イロンの濃度は18%~20%で、その香りには、わずかに土っぽさがあります。1kgあたり150万円ほどになります。
アブソリュートへの精製
このオリスコンクリートを、アルコール洗浄し、ワックスを取り除くことで、アブソリュートができあがります。コンクリートから得られるアブソリュートは約0.2%なので、10000kgの乾燥させた根茎から得られるアイリスのアブソリュートは約4kgになります。
アブソリュートにおけるイロンの濃度は60%以上と高濃度になります。土っぽさのあるオリスバターに対して、アブソリュートは高濃度のイロンにより、さらにパウダリーでチョコやフルーツの香りが含まれ、長時間持続する香りになります。最高級のものは1kgで1000万円を超え、金塊の数倍するのはこの収率の低さによります。
最近は安価で数か月で採取・抽出できる方法が生み出されたようですが、香りはかなり劣っています。
文献として残っているもので、最も古いアイリスが使われたオーデトワレは、1753年Antoine Hornotという調香師が作ったArtusという香水になります。
アイリスに関する調香師・業界人の言葉
新鮮なアイリスの根は土の匂いがし、純粋なオリスバターの香りはキュウリのような香りがします。希釈すると、バイオレットやレッドフルーツ、ウッディでパウダリーな香りがします。
ゲランが使っているオリスは、チョコレートのアクセントを出すためにアルコールの中で熟成させて抽出しているものになります。
そして、コンビネーションにおいては無限の可能性を持ちます。ローズと合わせればクラシックな一方で荘厳で、女性のリップスティックのような香りになります。ウッディな香料と合わせれば、男性的な香りに、オレンジブロッサムと合わせればベビーパウダーのようなイノセントな香りになり、レザーノートとは非常に相性が良い香りになります。
個人的にはグルマンノートやナッツの香りと合わせた時に最も興味深い香りに感じ、それをアイリスガナッシュで表現しました。そして、レッドフルーツとアイリスは完璧に相性が良く、フレーバーにも使われ、フレンチ・キスで組み合わせました。
デルフィーヌ・ジェルク
アイリスの香りは1つの香りではなく、複雑で様々な香りを想起させます。オレンジブロッサム、スイートピー、ハニーサックル、ローズ、スズラン、シクラメン、バニラ、ヘリオトロープ、そして、カーネーションやブラックカラント、エルダーフラワー、ライラック、フランジパニ―、セロリにバジル、チョコレートの香りさえもします。
ジャン=クロード・エレナ
代表的な香水
分類は、主にIris(Nez Editions、2020)を元に、場合によって追加等しています。詳細をご覧になりたい場合は、この本がオススメです。
自分がどういうタイプのアイリスの香りが好きなのか、発見の一助になれば幸いです。
アイリスの香水の源流
アプレロンデ(ゲラン、1906)
オリエンタル
ルールブルー(ゲラン、1912)
コスメティック
ミシア(シャネル、2015)、レメルベイユーズ(ラデュレ、2018)
グルマン
アンソレンス(ゲラン、2006)、アイリスショット(オルファクティブスタジオ、2020)
プラリネ
キャンディ(プラダ、2011)、ラヴィエベル(ランコム、2012)
ウッディ
ボアディリス(ディファレントカンパニー、2000)、ディオールオム(Dior、2005)
グリーン
No.19(シャネル、1970)、ウールエクスキーズ(グタール、1984)、イリスウキヨエ(エルメス、2010)、パープルレイン(プラダ、2015)、ティアーズオブイリス(グッチ、2019)
パウダリー
ラパウザ(シャネル、2007)、Bas de soie(セルジュルタンス、2010)、ディオラムール(Dior、2018)、ラポーヌ(セリーヌ、2019)
ウッデイグリーン
イリス(エルメス、1999)、アイリス39(ルラボ、2006)、ルールプロミス(カルティエ、2009)
アルデヒディック
イリスプードゥル(フレデリックマル、2000)
フローラル
イリスグリス(ジャックファス、1947)、アイリスシルバーミスト(セルジュルタンス、1994)、L’Iris de Fath(ジャックファス、2018)
ムスク
オーブランシェ(Inux、2003)、Talc(Inux、2018)、ムスクパリダ(エルメス、2018)
レザー
イリスプリマ(ペンハリガン、2013)、ブコリックドプロヴァンス(ラルチザン、2016)、Bruma(トゥルドン、2017)
①上記の飛び先にいくとすでに対象の香料が選択されているので、他に合わせたい香料があれば、下の方に出てくる香料の中から組み合わせたい香料をタップする。タップもしくはカーソルを合わせると左に「+」マークが出てくるので、それを押すことでそれらの香料を組わせた香水を探すことができる。
②目的の香料を選び終えたら「SEE RECOMMENDATIONS」を押すと、結果が表示される。
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