CLEAN(クリーン)— 石鹸の香りが変えたフレグランスの世界

クリーンの世界観と代表製品「CLEAN CLASSIC Warm Cotton」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「フレグランスホイールに『クリーン』というカテゴリーは存在しなかった。そして誰もそれを市場に持ち込んでいなかった。」

— ランディ・シンダー(クリーン創業者)

基本情報

  • 設立年: 2002年(創業者の説明。現在の運営会社は2003年をブランドの始まりとしている)
  • 創設者: ランディ・シンダー(Randi Shinder)
  • 運営会社: クリーン・ビューティー・コレクティブ(Clean Beauty Collective Inc.、旧フュージョン・ブランズ・アメリカ)
  • 本社: ニューヨーク(米国)
  • 公式サイト: https://www.cleanbeauty.com

創設者・ブランドの成り立ち

モントリオール育ちの起業家

ランディ・シンダーは、カナダのモントリオール中心部に生まれ育った。彼女の幼少期には、美への興味を育む環境が自然と整っていた。祖母の一人は毎日の美容ルーティン——クレンザー、トナー、保湿クリーム——を孫に手取り足取り教え、「美しいポーセレンのような肌」を見せてくれた存在だったという。もう一方の祖母はカナダの高級百貨店ホルト・レンフルーで働いており、幼いランディはその売り場に足を運んでは陳列された商品の美しさに魅了されていたと語っている。

さらに強烈な記憶として、母の化粧台に並んだエスティ・ローダーの香水瓶がある。

「私は母の香水瓶を手に取り、それぞれに個性をつけていた。他の子どもたちがおもちゃや人形に手を伸ばすころ、私はあの瓶たちと何時間でも過ごせた。」

— ランディ・シンダー

こうした幼少期の原体験が、後の彼女のキャリアを方向づけることになる。

ビューティー業界前夜——アフィニティとロイヤルティの世界

大人になったランディが最初に踏み込んだのは、フレグランス業界ではなくデジタル・マーケティングの領域だった。彼女はカナダ最大手の銀行のひとつに買収されたアフィニティ・カード事業を立ち上げたほか、ティーン向けロイヤルティサイト「ユートピア・ドットコム(Youtopia.com)」を創業した。このサイトはブリトニー・スピアーズを公式アンバサダーに迎え、当時としては先進的なセレブリティ・eコマースを手がけた。このデジタル事業での成功経験が、彼女をビューティー業界へと向かわせる「踏み台」になったと言っていい。

「シャワー後の香り」という着想

クリーン誕生の物語は、驚くほどシンプルな日常の観察から始まる。創業者のランディ・シンダー自身、当時は香水をつける習慣がなかった。ところが、外出のたびに知人から「何の香水をつけているの?」と尋ねられることが続いた。そこで彼女は気づいた——自分が発していたのは、シャワーを浴びた後の石鹸の香りそのものだったのだと。

「クリーンの物語はシンプルで、そのまま直訳できる。当時、私は香水をつけていなかった。でもシャワーは浴びていた。そして人々は私が何をつけているか聞いてきた。それがアイデアの出発点だった。」

— ランディ・シンダー

この発見は彼女に一つの確信をもたらした。「シャワーを浴びたばかりの、清潔な肌の香り」というコンセプトは、フレグランスの世界で新たな可能性を開くと感じた。ランディは自宅にある日用品——お気に入りのシャワー用石鹸、バスプロダクト、シャンプー、洗濯洗剤、子どもたちのボディウォッシュなど——からインスピレーションを抽出し、調合に着手した。

「クリーン・パーフュームは、『クリーン』を体現するものとして、自分の自宅環境から抽出したものだった。シャワー用石鹸、ランドリー洗剤、ベビーシャンプー。清潔感を感じさせるもの、パリッとしたドライシーツ……すべてがクリーンの素材だった。」

— ランディ・シンダー

グラミー授賞式の余波——スタイルウォッチが火をつけた

試作品がまだ完成段階にあった頃、ランディのPR担当者ダイアン・ブリスキンが一つのチャンスを持ち込んだ。ニューヨークで開催されるグラミー賞のギフティング・スイートに出展するという話だった。ボトルには正式なカートン(外箱)もなく、一時的なキャップは漏れを起こしており、フォーミュラさえ最終確定していなかった——それでもランディは出展を決断した。

「私はリスクを取ることを学んだ。すべてが完璧になるのを待たずに飛び込む。後で適応し、変更が必要なら変えれば良い。」

— ランディ・シンダー

この賭けは見事に実を結んだ。会場でセールスレップのサックスの売り場を歩いていたランディのもとに電話が入った。『ピープル』誌の「スタイルウォッチ」コラムを担当するスティーブン・コジャカロが、クリーンをコラムのリード記事として取り上げると伝えてきたのだ。

その記事が店頭に並ぶと、消費者がデパートに駆け込み、クリーン・パーフュームを求め始めた。バイヤーからも問い合わせが殺到した。最初のバイヤーはロサンゼルスのフレッド・シーガルだった。ランディ自身がすべてのメールに返信し、ウェブサイトを急いで立ち上げ、注文に対応した。

新人賞の評価と、一つのブランドから企業グループへ

2003年の本格展開後、クリーンは「ニューカマー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。この評価は、まったく新しい嗅覚カテゴリーを生み出したブランドへの業界からの答えでもあった。

クリーンの成功を土台に、ランディは2004年にジェシカ・シンプソンとのコラボレーションによる「デザート・ビューティー(Dessert Beauty)」を立ち上げ、さらに2005年には世界初のマイクロ・インジェクテッド・コラーゲン・リップ・プランパー「リップフュージョン(LipFusion)」を開発した。ランディによれば、リップフュージョンはセフォラで最初の9ヶ月間に卸売売上3,200万ドルを記録し、単一製品から展開するブランドとして同店で初めて売上5,000万ドルを超えたという。これらのブランドを統合する形で「フュージョン・ブランズ(Fusion Brands)」が設立された。

2006年、カナダのバイオテク億万長者であり、オタワ・セネターズのオーナーとして知られるユージン・メルニクがフュージョン・ブランズの55%を取得。ランディは2009年に残りの株式を売却し、CEOを退任した。

フュージョン・ブランズからクリーン・ビューティー・コレクティブへ

その後、クリーンを含むブランドはフュージョン・ブランズ・アメリカのもとで継続された。2015年にグレッグ・ブラック(Greg Black)が社長に就任し、経営を立て直すとともにクリーン・パーフュームの売上を数年で4倍以上に成長させた。

2018年10月、創業から15周年を機に、フュージョン・ブランズ・アメリカは社名を「クリーン・ビューティー・コレクティブ(Clean Beauty Collective Inc.)」に改名した。この社名変更は単なるリブランディングにとどまらず、「シンプル・信頼・意識(Simple, Trusted, Conscious)」というブランドの価値観を全事業で体現するための再定義だった。現在はクリーン・クラシックとクリーン・リザーブという二つの主要コレクションを柱に、セフォラをはじめ世界30カ国以上で展開している。2022年にはセフォラ・チャイナ300店舗以上に独占出店し、同年の香水ブランドランキングでトップ10入りを果たした。また、2023年の同社発表では、北米のセフォラにおける「クリーン・フレグランス部門の第1位ブランド」とされている。2023年4月、グレッグ・ブラックはCEOに昇格した。

ブランドのこだわり

三つの約束——シンプル・信頼・意識

クリーンは「3つの約束」として、シンプル(Simple)信頼(Trusted)意識(Conscious)を掲げている。これはブランドの世界観そのものを凝縮した言葉だ。

香りの設計においては「リニアフレグランス(linear fragrance)」構造にこだわっている。フレグランスにおけるリニアとは、トップノートからドライダウンにかけて香りが大きく変化しない設計のことを指す。使い始めから日が暮れるまで、ほぼ同じ香りが続くため、複数の香りを重ねてまとうレイヤリングに最適とされている。クリーンの香水がレイヤリング文化と深く結びついているのはこの設計思想あってのことである。

「シャボン」から始まったフォーミュラ哲学

クリーンの香りの根幹にあるのは、石鹸——つまり「バー・オブ・ソープ」からのインスピレーションだ。ウォームコットンやシャワーフレッシュのような代表的な香水が醸し出す「洗い立てのリネン」「シャワー後の肌」といった印象は、誰もが日常で経験できる普遍的な清潔感の記憶に訴えかけるように設計されている。

香水の処方においても、フォーミュラはフタル酸エステル(phthalate)、パラベン、グルテンを含まず、動物実験も行わない。クリーン・リザーブでは、アルコールにはとうもろこし由来のものを使用し、セロファン包装も植物性素材から作られている。

ボトルとパッケージ——ミニマリズムの美学

クリーンのボトルデザインについて、特定のデザイナーや受賞歴に関する公開情報は確認できなかった。ただし、ブランドが一貫して採用するクリアガラスと簡素なフォルムは、「パッケージが香りより主張しすぎない」ミニマリスト哲学を体現したものだ。クリーン・リザーブのラインでは、ボトルのキャップにスペインの認証済み持続可能管理森林から調達した木材を使用している。

サステナビリティへのコミットメント

クリーン・リザーブが「ファーム・トゥ・フレグランス(farm-to-fragrance)」という言葉を掲げるとき、それは食品業界の「ファーム・トゥ・テーブル」思想を香水に応用したものである。具体的には以下のような取り組みが確認されている。

  • ハイチからのベチバー: ハイチの農家と長年にわたって協力関係を築き、ベチバー(vetiver)を調達。この農業コミュニティへの安全な飲料水の提供もクリーン・リザーブが支援している。
  • ホンジュラスのペチ族からのスチラックス: セル・サンタルに使われるスチラックス(styrax)樹脂は、ホンジュラスの先住民族ペチ族の森林農家から調達される。この取引は彼らの土地保護と地元の学校支援にも寄与している。
  • エルサルバドルからのアンブレット: スパークリング・シュガーに含まれるアンブレット(ambrette)は、エルサルバドルの農家から持続可能な形で調達され、教育プログラムの資金にもなっている。
  • 製造施設: パートナーの製造施設は100%太陽光エネルギーで稼働している。

香水ラインナップ

クリーンの製品では二つの主要ラインに加え、レイヤリングの楽しみ方も提案されている。

クリーン・クラシック(CLEAN CLASSIC)

ブランドの原点であり、最も広く親しまれているライン。2003年の創業時に「ザ・オリジナル(The Original)」として発売されたファースト・フレグランスを起点に、洗い立てのコットン、シャワー後の爽快感、屋外の空気感などを表現した作品群が揃う。

代表的なアイテムとして以下が挙げられる。

  • ウォームコットン(Warm Cotton): ブランドの中で最も人気が高い一作。洗い立てのタオルに包まれるような柔らかいシャボンの香り。シトラスノートにアンバーとムスクが重なる。
  • シャワーフレッシュ(Shower Fresh): レモン・マンダリン・オレンジのシトラス系トップに、オレンジブロッサムとジャスミンが続き、ムスクでまとめる爽快な一作。
  • フレッシュランドリー(Fresh Laundry): 白いシャツを思わせるかざらない清潔感が特徴。
  • エアー(Air): フリージアとピオニーのフローラルノートにホワイトアンバーがドライダウンを担う。
  • スキン(Skin): 素肌に溶け込むようなヌーディな香り。

すべての香りはリニア構造で設計されており、レイヤリングに適している。

クリーン・リザーブ(CLEAN RESERVE)

2015年に立ち上げられた上位コレクション。タカサゴ(Takasago)、マネ(Mane)、フィルメニッヒ(Firmenich)という世界トップクラスの調香師が在籍する香料会社と連携し、「クリーンらしい清潔感」を保ちながらより複雑で深みのある香りを目指した作品群だ。

開発プロセスも独自で、調香師たちにあえて「使ってほしいノート」を指定せず、ブランドがイメージを伝えることで自由にスケッチしてもらう手法が取られた。3ヶ月以上、300種ものスケッチを経て9つのユニセックス香が誕生したと伝えられている。

代表的なアイテムとして以下が挙げられる。

  • アンバー・サフラン(Amber Saffron): オリエンタル・ウッディ調の代表作。
  • セル・サンタル(Sel Santal): 塩(sel)とサンダルウッド(santal)を組み合わせた造語のタイトルが示すとおり、爽やかな潮風のような塩味とウッディな温もりが融合する。スチラックス樹脂がベースを支える。
  • アクア・ネロリ(Acqua Neroli): リフレッシング系のネロリ香。
  • スモークド・ベチバー(Smoked Vetiver): ハイチ産ベチバーを中心にしたアーシーな作品。
  • レイン(Rain): 雨上がりの森を思わせるキュウリ・ウォーターリリー・ベチバーの組み合わせ。

クリーン・クラシックのレイヤリングライン

クリーンは「香りのパーソナライゼーション」を積極的に推奨している。ブランドの公式サイトではレイヤリングガイドを公開し、ウッディ系をベースに、フローラルやフレッシュを重ねる組み合わせを提案している。このアプローチは「自分だけのオリジナルの一本を作る」という顧客体験の設計であり、クリーンブランドの独自性を高める要素でもある。

ちなみに…

創業者の「嗅覚」: インタビューでランディ・シンダーは「私は幼いころから卓越した嗅覚を持っていた。学校から帰ると、家に入った瞬間に今夜の夕食が何か分かった」と語っている。ビューティー業界にとっては「ギフト」だったに違いない。

グラミーのショーケース: クリーンのオリジナル処方に使われた石鹸のバーは、今でもある調香師の待合室でライトアップされた状態でケースに展示されているという。

カナダ出身の創業者、アメリカ発のブランド: ランディはカナダのモントリオール生まれのオタワ在住起業家として2002年にクリーンを立ち上げた。ブランドはニューヨークを拠点とし、グローバルブランドとして展開しているが、創業者はカナダ人である点は興味深い。

クリーン・ビューティーという言葉の先駆者: 今日では「クリーン・ビューティー」という言葉は業界全体の標準用語になっているが、クリーンはその概念を2003年に既に体現していた。フュージョン・ブランズが2018年に社名を「クリーン・ビューティー・コレクティブ」に変更した際、当時社長のグレッグ・ブラックは「クリーン・ビューティーはかつての独自の差別化要因が今や汎用品になってしまった」と述べており、パイオニアとしての複雑な立場を率直に認めている。

参考文献