エリー サーブ(ELIE SAAB)——地中海の光を香りに封じ込めた、レバノンの夢想家

エリー サーブの世界観と代表製品「Le Parfum Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「香水を作ることは、私たちのクチュール・メゾンの発展において、必然の一歩となっていた。香りを通して、ブランドのDNAにふさわしいオルファクティブ(嗅覚的)なシグネチャーを構築したかった」

——エリー・サーブ(ビューテ・プレステージ・インターナショナルとのライセンス契約締結時、2009年)

基本情報

ブランド名: エリー サーブ(ELIE SAAB)
フレグランスライン開始: 2011年
創設者: エリー・サーブ(Elie Saab)
フレグランスライセンス契約先: ギブ・バック・ビューティー(Give Back Beauty)。初期の契約先はビューテ・プレステージ・インターナショナル(BPI/資生堂グループ)
公式サイト: eliesaab.com

創設者・ブランドの成り立ち

内戦下のベイルートで生まれた夢

エリー・サーブは1964年7月4日、レバノンのベイルートで生まれ、南方の海岸沿いの町ダムールで育った。5人兄弟の長男として育ち、父親は木材商を営んでいた。

幼いころから彼の目は周囲の人々へと向けられていた。大人たちの歩き方、ドレスの色、スカートの丈——普通の子どもが遊ぶ時間を、エリーは人を「観察する」ことに費やしていた。後に彼はこう振り返っている。

「私は幼い頃から、周囲の人々を見る目が違っていた。人々の歩き方、服装を観察し続けた。彼らをあるがままではなく、違う装いをした姿として見ていた。色の間違い、丈の違い、短すぎるスカート、タイトすぎるジャケット——一つひとつに気づいていた。女性への視点は常に、彼女たちのエレガンスと女性らしさを際立たせることにあった。そうした状況が、私をいまここへと導いた」

——エリー・サーブ(ホワイトウォール(Whitewall)誌インタビュー、2017年)

8歳頃にはすでに手近にある布切れを使い、姉妹をモデルに服を作りはじめていたという。この自家製の「アトリエ」こそが、後にパリのオートクチュール界を揺るがすメゾンの原点となった。

パリへの憧憬、そしてベイルートへの帰還

1975年にレバノン内戦が勃発し、国は荒廃した。それでも彼は祖国で夢を実現しようとした。18歳になる直前の1981年、ファッションを学ぶためにパリへ短期滞在し、翌1982年にはベイルートへ戻り、自身のブランドを立ち上げた。

最初のショーは、カジノ・ドゥ・リバン(Casino du Liban)で開催された。翌日の新聞には、自分のコレクションの記事と、レバノン戦争の写真が隣り合って掲載されていた——サーブはこの光景を生涯忘れられないと語っている。15人のスタッフを雇い、数ヶ月後には最初のコレクションを発表。その衣装が「スリムでエレガントなシルエットに美しい刺繍が施されたイブニングドレス」であったことは、今日のブランドイメージと寸分変わらない。

当初、両親はファッションデザイナーという職業選択に難色を示した。弁護士か医師になってほしかったというのが本音だったとサーブは語っている。しかし彼は揺るがなかった。

「ファッション産業はレバノンには存在していなかった。ビジネスの多くを自力で学ばなければならなかったが、信念を持ち続けた。成功が訪れたとき、両親も私の選択を認め、祝福してくれた」

——エリー・サーブ(ホワイトウォール(Whitewall)誌インタビュー)

国際舞台への躍進——ローマ、そしてパリへ

1980年代を通じてベイルートで評判を築き、1990年代にはフランスやスイスにも顧客を持つようになったサーブは、1997年に歴史的な一歩を踏み出す。非イタリア人として初めてイタリアの権威ある機関「カメラ・ナッツィオナーレ・デッラ・モーダ(Camera Nazionale della Moda)」のメンバーとなり、ローマで初の国際コレクションを発表したのである。

「ローマは、後にパリへつながる重要なステップだとわかっていた。世界中からプレスとクライアントが集まり、素晴らしい評価を得た」

——エリー・サーブ(ホワイトウォール(Whitewall)誌)

1998年にはミラノでレディ・トゥ・ウェアをスタートさせ、1999年にはヨルダン王国でのラーニア王妃の即位式において、王妃がエリー サーブのガウンを着用したことで中東のロイヤルファミリーとの絆を深めた。

決定的な転機は2002年に訪れた。第74回アカデミー賞の舞台で、女優ハル・ベリーが主演女優賞を受賞した際に着ていたのが、エリー サーブのシアー・バーガンディ・ガウンだったのである。この瞬間は「レバノン人デザイナーがオスカー女優を着飾った初の事例」として記録され、ブランドの名はアメリカ・ヨーロッパ全土に轟いた。

2003年には、フランス・オートクチュールの総本山「シャンブル・サンジカル・ドゥ・ラ・オートクチュール(Chambre Syndicale de la Haute Couture)」からの招待を受け、パリでオートクチュール・コレクションを発表。レバノン出身者として初めてこのフランス・ファッション界の機関に加わったデザイナーとして知られる。パリでの初発表年は資料に差があり、本人が2024年のインタビューで振り返った年は1999年だった。

フレグランス参入の決断

ファッション・ハウスとして確固たる地位を築いた後、サーブは香水というもう一つの世界へと歩みを進めることを決意する。2009年9月、資生堂グループ傘下のフレグランス専門会社「ビューテ・プレステージ・インターナショナル(BPI)」との10年間のライセンス契約を締結した。BPIはその時点で、イッセイ ミヤケ、ジャン=ポール・ゴルチエ、ナルシソ ロドリゲスといったブランドのフレグランスを手がけてきた実績ある会社であった。

BPIのプレジデント、レミー・ゴメスは契約発表の際にこう述べた。「エリー サーブ氏が27年以上にわたるクチュールの歴史の後に初めてフレグランスに踏み出すにあたって、BPIを選んでくださった。これはわが社の存在意義を再確認するものだ」。

ブランドのこだわり

「光」を香りに訳す哲学

エリー サーブのフレグランスに一貫して流れるテーマは、「光」と「女性らしさ」である。デザイナー自身がコレクションを作る際に「ウエスト」という基準点を持つのと同様に、フレグランスにも揺るがない核がある——それは地中海の太陽の光に満ちたベイルートの記憶であり、花の香りが風に運ばれる幼少期の原風景だ。

サーブはシグネチャーフレグランスの着想についてこう語っている。

「コレクションと同じように、私を刺激してくれるのは何よりも女性たちだ。フレグランスに、女性らしさの拡大した姿を封じ込めたかった。幼少期の記憶も多く思い浮かんだ。子どもの頃からずっと香りが好きで、地中海に面した街で育ったことで、多くの花の香りに包まれていた。中東の光を、普遍的で現代的なフレグランスに転写したかった」

——エリー・サーブ

調香師フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)はこの仕事に挑んだ際の感覚を次のように述べた。

「エリー サーブのために仕事をして、最も魅力的だったのは、『光を解釈する』というアイデアだった。特定のイメージは頭になく、ただ感覚だけがあった。太陽が頂点に達したときの白さ、輝く女性らしさ、官能性の現代的な解釈だ」

——フランシス・クルジャン

また、クルジャンはエリー サーブのドレスの特徴を香りに反映させることにも注力した。

「香りはドレスの裾のように、軽い印跡を残すべきだ」

——フランシス・クルジャン(ロサンゼルス・タイムズ紙のインタビュー、2011年)

ボトルデザインへのこだわり——光を閉じ込めたクリスタルの立方体

エリー サーブのフレグランスで特筆すべきは、ボトルデザインへの並々ならぬ情熱である。ファースト・フレグランス「ル パルファム(Le Parfum)」のボトルは、フランス人デザイナー、シルヴィ・ドゥ・フランス(Sylvie de France)が手がけた。

6ヶ月にわたるボトル開発のプロセスで、サーブが求めたのは「アート・オブジェとしての器」だった。

「直線、立方体の厳格さ、そしていつものように光——これが私のテーマだった」

——エリー・サーブ(エル誌、2011年)

完成したル パルファムのボトルは、クリスタルのようにカットされた重厚なガラスの立方体で、プリズムのような光の反射効果を生み出すよう設計されている。外側のパッケージには、エリー サーブのブティックのインテリアに使われているトラバーチン(travertine)のベージュとブラウンの配色が取り入れられた。

ボトルのある側面には、ウエストに蝶結びのリボンをあしらったシルエットの浮き彫りがあり、エリー サーブのクチュールドレスを象徴するデザインとなっている。

素材へのこだわり

フレグランス開発において、エリー サーブ・ハウスが一貫して重視するのは「天然フローラル素材の品質」である。オレンジブロッサム(橙の花)とジャスミン(茉莉花)はブランドのシグネチャーノートとして女性向けの主要コレクションを貫き、可能な限り高品質の天然素材が使用される。ル パルファム ルミエールに使用されたジャスミン・サンバック・アブソリュートはインド産のものを使用するなど、産地へのこだわりも見られる。

香水ラインナップ

ここでは、エリー サーブのフレグランスから2つのメイン・コレクション(「ル パルファム」と「ガール オブ ナウ」)と、男性向けの「ロム(L’Homme)」を紹介する。

ル パルファム(Le Parfum)コレクション

シグネチャー・ラインとして、2011年のファースト・フレグランス発売以来、継続的に展開されているフラッグシップ・コレクション。「オレンジブロッサムとパチョリ」というシグネチャーを核に、さまざまなバリエーションが加えられてきた。

ル パルファム(2011年)
ブランド初のフレグランス。調香師はフランシス・クルジャン。フローラル・ソーラー・ウッディの香調で、オレンジブロッサムのトップノート、ジャスミン・グランディフローラムとジャスミン・サンバックのハートノート、パチョリ、シダー・ウッディ・アコード、ローズ・ハニーのベースノートで構成される。発売初年度から15カ国でトップセラーを記録したとされ、2012年のフィフィ・アワード(フランス)においてメゾンが「最優秀女性フレグランス」「最優秀ボトルデザイン(女性)」「最優秀広告キャンペーン(女性)」の3部門を制覇した。また同年、ドイツのドゥフトスターズ・アワード、英国のフィフィ・アワード、フィフィ・アラビア・アワードでも受賞している。

ル パルファム オードトワレ(2012年)
オリジナルのオードパルファム(EDP)を軽くしたバージョン。マンダリン・ブロッサムのフレッシュさを際立たせつつ、ジャスミンとシダーのシグネチャーを残したフレッシュな仕上がり。

ル パルファム ローズ クチュール(2016年)
オリジナルのハートにあるジャスミンをローズ・ネクターに置き換えたロマンティックなバージョン。フランシス・クルジャンが調香。

ル パルファム イン ホワイト(2018年)
ブライダル・コレクションを着想源に、オレンジブロッサムとジャスミンをホワイトムスクのヴェールで包んだ、より光輝く解釈。

ル パルファム ロワイヤル(2019年)
調香師はマイア・レルヌー(Maïa Lernout)。トルコ産ローズ・アブソリュートとブルガリア産ローズに、レバノン産ネロリを組み合わせたアンバリー・フローラル・シプレ。名前の通り「女王」をテーマとし、インドネシア産パチョリとサンダルウッドの重厚なベースが特徴。

ル パルファム エサンシエル(2020年)
調香師はマイア・レルヌー。マンダリンとガーデニアのホワイト・フローラル・シプレ。フランシス・クルジャンと同じ事務所で働いた経験を持つレルヌーが、クルジャンのオリジナルへの敬意を保ちながら新たな解釈を加えた。

ル パルファム ルミエール(2021年)
フランシス・クルジャン調香。地中海の夜明けの光にインスパイアされた一作で、インド産ジャスミン・サンバック・アブソリュートとマダガスカル産イランイランをコアに置いた、アンバリー・フローラルの構成。

ル パルファム ブライダル(2023年)
イランイラン、オレンジブロッサム、アンバーを主軸とした、ブライダル・コレクションと連動したフレグランス。

ガール オブ ナウ(Girl of Now)コレクション

2017年7月、パリ・オートクチュール・ウィークに合わせて発表された、ル パルファムとは異なるDNAを持つ第二のピラー。「現代の女性たちへ」をテーマに、より若々しくプレイフルな世界観を描く。

ガール オブ ナウ(2017年)
調香師はドミニク・ロピオン(Dominique Ropion)とソフィー・ラベ(Sophie Labbé、当時アイエフエフ/IFF)。ピスタチオとアーモンドのグルマンなトップノートに、オレンジブロッサムとマグノリアのフローラルハート、パチョリとカシュメランのウッディ・ベースを組み合わせたオリエンタル・フローラル。ボトルにはエリー サーブ・コレクションからインスパイアされた、ブルーのエナメルとゴールドの花のデコレーションが施されている。

ガール オブ ナウ シャイン(Girl of Now Shine)
ジャスミンとパイナップルで輝きを加えたバージョン。

ガール オブ ナウ フォーエバー(Girl of Now Forever、2019年)
レモン・ゼストとラズベリーのフルーティなトップ、「ローザ・カッシア」という独自のローズ×ブラックカラント共留成分を中心に据えた、かつてない素材を使用したバージョン。

ガール オブ ナウ ラブリー(Girl of Now Lovely)、ガール オブ ナウ ローズ ペタル(Girl of Now Rose Petal)
花を思わせる色づかいも特徴的な、よりロマンティックな展開。ラブリーはオレンジブロッサム、アーモンド、フランジパニを組み合わせ、ローズ ペタルは3種のローズを中心とするフレッシュ・フローラル・フルーティな香りを描く。

ロム(L’Homme、2025年)

エリー サーブ初の男性向けフレグランス。調香師はピエール・ゲロス(Pierre Guéros、シムライズ/Symrise)。イタリア産ベルガモットとピンク・ペッパーのフレッシュなトップ、ハイチ産・マダガスカル産ヴェティヴァーのパワフルなハートノート、シダー、パチョリ、ミルラのウッディ・ドライダウンで構成されるウッディ・アロマティック。

ボトルはシルヴィ・ドゥ・フランスがデザインし、スモークから琥珀ゴールドへとグラデーションするガラスの造形が特徴。リフィル(詰め替え)可能な設計になっており、サステナビリティへの意識も取り入れている。

エリー サーブのハウスは現在、息子のエリー・サーブ・ジュニア(Elie Saab Jr.)が経営に参画しており、ロムの発表もその新章の一つとして位置づけられている。

ちなみに…

  • エリー サーブ自身はほとんど香水を使わない人物として知られている。アトリエを立ち上げたのは18歳、内戦さなかのベイルートという過酷な環境の中であったが、「状況が自分をここへ導いた」と語る彼の信念には、香水に対する矜持と同じ姿勢が感じられる。
  • ル パルファムの広告キャンペーンは、ポーランド出身の名モデル、アンジャ・ルビック(Anja Rubik)が起用され、マート&マーカス(Mert & Marcus)が撮影した。都市の中を、ストラップレスのシフォンドレスで歩く「現代のアーバン・プリンセス」として描かれたキャンペーンビジュアルは、2012年のフィフィ・アワード(フランス)で最優秀女性広告キャンペーン賞を受賞している。
  • 2020年8月4日のベイルート大爆発は、エリー サーブのアトリエや自宅にも甚大な被害をもたらした。それでも彼はベイルートでアトリエを再建し、仕事を続けた。「戦争が芸術への衝動を育てた」という彼の言葉は、レバノンという国と彼自身の創造の関係を端的に示している。
参考文献