メゾン クリヴェリ(Maison Crivelli)― 「驚き」を香りに閉じ込めるパリのオートパルファムリー

メゾン クリヴェリの世界観と代表製品「Hibiscus Mahajád」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「美しさは、予期せぬものの中にある。どこにいるかではなく、その瞬間をどう生き、どう大切にするか。美しい驚きを探し求めることが大切だ。」

— ティボー・クリヴェリ(Thibaud Crivelli)

基本情報

設立年: 2018年
創設者: ティボー・クリヴェリ(Thibaud Crivelli)
本社所在地: フランス・パリ1区、サントノレ通り280番地(280, rue Saint-Honoré, 75001 Paris)
公式サイト: maisoncrivelli.com

創設者・ブランドの成り立ち

フランス生まれ、大自然に育まれた幼少期

ティボー・クリヴェリは、フランスのラ・ロシュ=ポゼ(La Roche-Posay)という小さな街で育った。父親は薬剤師であり、自ら化粧品ラインを立ち上げた起業家でもあった。この環境が、ティボーにとって「自然の成分と向き合う」原点となった。

幼少期の庭には、春になるとバラ、スイカズラ、ゼラニウム、アルテミシア、ボタン、藤が咲き乱れ、大きな木々の間で蜜蜂が飛び交っていたという。夏はフランス・リヴィエラへと移り、ラベンダー、タイム、ローズマリー、松、柑橘類の芳香に包まれ、秋冬は霧に包まれたカラフルな森の中を馬で走り回った。香りは、彼にとって記憶と分かちがたく結びついた感覚として積み重なっていった。

「私はフランスで生まれ育ち、イタリアにルーツを持つフランス人家族のもとで育った。私の前の3世代は、オーストラリア、モロッコ、レバノン、ベトナムなど様々な外国で暮らしてきた。香水は常に私の人生の一部だった。幼い頃から、いつかは香水ブランドを立ち上げることが一生のプロジェクトになると言っていた。」

— ティボー・クリヴェリ

150年以上にわたる「冒険の家系」

クリヴェリ家は、ルネサンス期にイタリアからフランスへと移り住んだとされる一族である。その後の3世代は、旅が一般的ではなかった時代から、5つの大陸に渡って暮らしてきた。母方の祖母はベトナムで、祖父はレバノンで育ち、母はモロッコで生まれ、父方の家系はオーストラリアやインド洋地域に渡った。この「冒険の血統」が、ティボー自身の好奇心と探求心の礎となっている。家族全員に共通する高い好奇心が、彼のブランドの個性とも重なっている。

22歳でアジアへ──10年間の探求

ティボーは22歳で決断し、アジアへ渡った。2006年に中国に移住した後、インドネシア、スリランカ、ベトナムなど様々なアジア諸国で計10年間を過ごした。この期間中、彼はラグジュアリービューティー業界のトップ企業でマーケティングの職に就いた。どこのブランドかは明かされていないが、フレグランティカ(Fragrantica)の記事では「香水業界のトップ3ブランドの一つ」と記されており、そこで原料の調達や産地との関係を深く学んだと推測される。

アジアでの時間は、技術的な知識ではなく、あくまで感覚的な知識として香りへのアプローチを磨いた。インドネシアのパチョリ農園、スリランカのプランテーション、中国の茶畑……それぞれの地で、香料原料と「驚きの瞬間」として出会うことがティボーの探求の本質だった。

「私が発見した方法は技術的なものではなく、常に感覚的なアプローチだった。香りを色、質感、出会った人と結びつけながら近づいてきた。」

— ティボー・クリヴェリ

大手企業から独立へ、そしてブランド誕生

10年間にわたるアジアでの経験と、ラグジュアリー業界での実績を積んだ末、ティボーはついに自分のブランドを立ち上げる決断をした。「いつかは香水ブランドを作る」という子供の頃の夢が、いよいよ形になる時が来たのである。

2018年、メゾン クリヴェリはパリにて正式に誕生した。会社としての登記は2017年9月に遡る。ブランドの本拠地はパリ1区のリュー・サン=トノレ(Rue Saint-Honoré)280番地に置かれた。ティボーが最初の顧客に販売した香水はサンタル ヴォルカニック(Santal Volcanique)であり、2018年10月にティボー自身が店頭に立って販売したという。

「最初の顧客がサンタル ヴォルカニックを購入した瞬間をよく覚えている。私自身が店頭でコレクションを紹介し、販売していた。彼の反応を見て、とても勇気づけられた。」

— ティボー・クリヴェリ

ブランドが向き合う最大の課題は、あふれかえるニッチ香水市場でいかに存在感を示すかだった。それに対するティボーの答えは明確だった。「旅先を語るのではなく、その瞬間をどう生きたかを語る香水」を作ることである。この姿勢がメゾン クリヴェリの核心をなしている。

ブランドのこだわり

「スロー・パルファム」という哲学

メゾン クリヴェリのモットーは「スロー・パルファム(Slow Perfume)」である。時間をかけて記憶を掘り起こし、最良のパフューマー(調香師)を探し、香りを創り上げ、原料を丁寧に調達する──この一連のプロセスに急ぎはないという姿勢が貫かれている。香りの制作期間は設けず、納得のいくものができるまで妥協しない。創作期間は数ヶ月から2年に及ぶこともある。

ティボーは各作品において、自らが体験した「原料との驚きの出会い」の瞬間を出発点にする。それはオアシスの縁でのアイリスの発見であったり、活火山の斜面で嗅いだ焦げたサンダルウッドであったり、海辺のローズ畑の散策であったりする。その体験を、写真・音・映像・テクスチャーを組み合わせたマルチセンソリアルなムードボードとしてパフューマーに提示し、創作を依頼するのが同ブランドのユニークな手法だ。

「新しい香りを作るときには、そのイメージをまとめたムードボードを用意してパフューマーに共有する。私の中にある体験や記憶を、写真だけではなく音楽などを交えながら伝える。あとはディスカッションを繰り返して形にしていく。その製作過程はまさに、アート作品を作る過程と似ている。」

— ティボー・クリヴェリ

ブランドの核心にある2つのキーワードは「サプライズ(驚き)」と「コントラスト(対比)」であり、ティボーはそこに「オーセンティック(真正性)」「冒険心」「共感覚(シナスタジア)」も加えて、ブランドの個性を形づくっている。

パフューマーとの協働

メゾン クリヴェリは、作品ごとに構想に合うパフューマーと組んでいる。これはコレクション全体に多様性をもたらし、それぞれの香りが互いに全く異なる個性を持つようにするための意識的な選択だ。

オードパルファンコレクションでは、ナタリー・フェストウアー(Nathalie Feisthauer)、ドロテ・ピオ(Dorothée Piot)、ベルトラン・デュショーフール(Bertrand Duchaufour)、ステファニー・バクーシュ(Stéphanie Bakouche)、リシャール・イバニェス(Richard Ibanez)、レスリー・ジラール(Leslie Girard)らが参加している。エクストレ・ドゥ・パルファン(Extrait de Parfum)コレクションでは、主にカンタン・ビッシュ(Quentin Bisch)との協働により作品が生まれている。

「最も面白い作品は、パフューマーとの間に本当のつながりがあったときに生まれた。信頼感がなければ、白紙から生まれた作品とは思えない。それは私にとって絶対に受け入れられないことだ。」

— ティボー・クリヴェリ

ボトル・パッケージへのこだわり

ボトルはフランスとスペインで生産されたガラスを使用し、キャップには未研磨の「ザマック(zamac)」と呼ばれる亜鉛合金が使われている。このキャップにはメゾン クリヴェリのモノグラムがスタンプされており、一つ一つ手押しされるため全てが微妙に異なる仕上がりになる——これもまた「予期せぬもの」の哲学を体現した演出だ。

外箱はイタリア産の高級紙を使用した手作りの白いボックスで、内側にはテラコッタ色のパネルが隠されている。開封の瞬間にこの暖かな色が現れるのは、ブランドが「驚き」を体験の細部にまで織り込もうとするこだわりの表れである。プラスチック製の内装材は一切使用せず、木材部分も再生可能な素材を採用している。フォーミュラ(処方)には人工着色料とフタレートは含まれず、動物由来の成分も使用せず、動物実験も行っていない。

サステナビリティへの取り組み

インドネシアでパチョリとベチバーの農園を訪れたことを機に、ティボーは持続可能な原料生産の重要性を認識した。そこから生まれた取り組みが、フランスの非営利団体「クール・ドゥ・フォレ(Cœur de Forêt:森の心)」との提携だ。フラグランス3本の購入ごとに、持続可能な農法で育てられたパチョリの苗木1本の生産費を賄う仕組みが紹介されている。農家への化学肥料不使用、土壌侵食の防止、伝統的な農法の維持などを目標に掲げている。

香水ラインナップ

メゾン クリヴェリのコレクションは、大きく「オードパルファン・コレクション」と「エクストレ・ドゥ・パルファン・コレクション」を中心に展開される。いずれもユニセックス(ジェンダーフリー)に設計されており、世界約40カ国での展開が紹介されてきた。

オードパルファンコレクション

各作品の名前には、原料名と、その原料を発見した場所のイメージを込めた造語が組み合わされている。

  • サンタル ヴォルカニック(Santal Volcanique):2018年のローンチ作であり、現在もベストセラーの一つ。活火山の斜面で焦げたサンダルウッドを嗅いだ体験が原点。カルダモン、ジンジャー、コーヒー、サンダルウッドによるスパイシーでウォームな構成。調香師はリシャール・イバニェス。
  • ローズ サルティフォリア(Rose Saltifolia):海辺のバラ畑を散策した記憶から生まれた塩味のするローズ香水。調香師はステファニー・バクーシュ。ブランド内でもティボーが個人的に最も愛する作品の一つとして挙げることが多い。
  • アブサン ボレアル(Absinthe Boréale):北極のオーロラを眺めながらアブサン(強いハーブリキュール)を飲んだ体験を封じ込めた。調香師はナタリー・フェストウアー。ジュニパーベリー、ラベンダー、ユーカリ、ミント、レモン、アルテミシア、ムスクを組み合わせた冷涼感のある構成。
  • フルール ディアマンティン(Fleur Diamantine):ベルトラン・デュショーフールが手がけたフローラル作品。ジャスミン、オレンジ・ブロッサム、ミント、オークモス、サフランを特徴とする。
  • シトラス バティカンガ(Citrus Batikanga):カラフルな熱帯のマーケットでシトラスカクテルを飲んだ体験から。ベルトラン・デュショーフールによるシャープなシトラスとチリの対比が印象的。
  • イリス マリカン(Iris Malikhan):砂漠のオアシスのほとりでアイリスに出会った記憶を元にした、乾燥したウォームなアイリス。バニラとレザーを組み合わせた中毒性ある温もりでベストセラーの一つとなっている。
  • リス ソラベルグ(Lys Sølaberg):フィヨルドの頂上で発見したユリからインスパイアされた、スモーキーなアンバー調のリリー。
  • オスマンテ コドシャン(Osmanthe Kōdoshān):霧に覆われた神秘的な山の斜面でキンモクセイの花を発見した体験から。
  • パピルス モレキュレール(Papyrus Moléculaire):タトゥーを入れた女性たちがシガリロを吸いながらパピルスの根の粉末に出会う体験に着想。調香師はレスリー・ジラール。
  • ボワ ダッチャイ(Bois Datchaï):秋の森を思わせる、スパイシーでウッディなベリー系。

エクストレ・ドゥ・パルファン(Extrait de Parfum)コレクション

2021年から展開が始まったより高濃度の「エクストレ(Extrait)」シリーズは、主にカンタン・ビッシュとの協業で生まれている。

  • イビスカス マハジャド(Hibiscus Mahajád):宝石マーケットでハイビスカスティーをテイスティングした記憶から。カンタン・ビッシュ作。バラ、ハイビスカス、ミント、バニラ、レザーで構成されるフローラル・オリエンタル。ブランドのターニングポイントとなったヒット作。
  • パチョリ マグネティク(Patchouli MagnetiK):熱帯嵐の中、パチョリ農園をバイクで走り抜けた体験から。カンタン・ビッシュ作。白桃、ガーデニア、パチョリ、サンダルウッド、ベンゾイン、バニラの対比が鮮やか。
  • アンブル クロマティック(Ambre Chromatique):エクストレ3作目。赤みを帯びたラッカー仕上げのフラコン(香水瓶)が印象的。
  • ウード マラクジャ(Oud Maracujá):パッションフルーツとウード(沈香)を組み合わせた大胆なコントラストが話題を呼び、フレグランティカ(Fragrantica)2024年ベスト・ニッチ・フレグランス賞を受賞。オーピュール(ORPUR)コレクションに属するジボダン社(Givaudan)産の天然原料を使用。調香師はジョルディ・フェルナンデス。
  • チュベローズ アストラーレ(Tubéreuse Astrale):父親と天の川を眺めた夜の記憶と、そのとき漂ってきたチュベローズの香りを組み合わせたエクストレ。カンタン・ビッシュ作。32%の高濃度処方。
  • ウード スタリオン(Oud Stallion):ハロッズ(ロンドン)の限定作品として話題を呼んだ。
  • サフラン シークレット(Safran Secret)クィール アンフラルージュ(Cuir Infrarouge)なども加わり、エクストレ・コレクションを6作品(各5ml)で体験できるセットも展開されてきた。

「オルファクトリー・ミステリーズ(Olfactory Mysteries)」という新展開

サフラン シークレットに代表される新シリーズは、香りの構成の詳細を意図的に明かさない。「何が入っているかではなく、何を感じるか」という原点に立ち返った試みであり、ブランドのクリエイティビティが一層深化している。

ちなみに…

マジックブロッター:メゾン クリヴェリには、香水を吹きかけると香料の拡大写真が浮かび上がる特製のブロッター(試香紙)がある。これはスクリーン印刷の技術を応用したもので、「香りを顕微鏡レベルで見せる」というブランドの姿勢を象徴している。

探索ランプ:フランスおよび日本国内の一部店舗では、「エクスプローレーション・ランプ(探索ランプ)」と呼ばれるオリジナルのツールを使って香水を体験することができる。

8カ国語を学習:ティボーは外国語学習が趣味で、これまでに8つの外国語を学んでいるという。旅と言語への情熱は、彼のブランドのグローバルな視野と見事に重なっている。

日本初上陸:2022年、伊勢丹新宿店で開催された「サロン ド パルファン 2022」にて日本に初上陸した。この際、完売商品が出るほどの反響を呼んだと伝えられており、その後も日本のファンを着実に増やし続けている。

リュー・サン=トノレへの出店計画:2025年の報道によると、メゾン クリヴェリはパリ1区の「香りの聖地」とも言えるリュー・サン=トノレ314番地に新たなブティックを開く計画が報じられた。クリード(Creed)やアクア・ディ・パルマ(Acqua di Parma)と並んで同通りに集う構想であり、ブランドのさらなる躍進が期待される。

参考文献