「私はいつも、生まれるべくして生まれてきた人生を歩んできたと言ってきた。ある忘れ去られた瞬間、芳香分子が私の内に入り込み、私は永遠に変えられた。私の運命は定まり、その道は固められた。香水の道以外に歩むべき道はなかった」
ロジャ・ダヴ(Roja Dove)
基本情報
設立年:2011年(ロジャ・パルファムスとして発足)
創設者:ロジャ・ダヴ(Roja Dove)
創設地:英国・ロンドン
公式サイト:ロジャ・ロンドン公式サイト
日本語表記:本記事ではブランドを「ロジャ」、創設者を「ロジャ・ダヴ」と表記する。創設者名には「ロジャー・ダヴ」「ロジャ・ドーヴ」などの表記もある。
ロジャは、英国の香水家ロジャ・ダヴが立ち上げたフレグランスブランドだ。ロジャ・パルファムス(Roja Parfums)の名で出発し、公式サイトではロジャ・ロンドン(ROJA London)の名称を掲げている。宝石を思わせるボトルとともに、その中心には、香りが記憶や感情を呼び起こす力への信頼がある。
創設者・ブランドの成り立ち
香りとの最初の出会い——一つのおやすみのキス
1956年、イングランド南東部のサセックスに生まれたロジャ・ダヴ。その香りの原体験は、6歳頃の夜の記憶にさかのぼる。外出を控えた母が寝室に現れ、おやすみのキスをしてくれた。金のラメのドレス、整えられた髪、宝石、そして香水。廊下の光を背にした母の姿が、幼い彼の心に深く刻まれた。
「まるで母が天使に変身したようだった。母の香りを覚えていて、その記憶は心に刻まれた。その瞬間が初めて、ある瞬間と人物を——その香りで——結びつけた瞬間だった」
ロジャ・ダヴ
母が部屋を出ても、香りはそこに残っていた。ロジャは後年、この体験が、においと人物、ある瞬間とを初めて結びつけた出来事だったと振り返っている。姿が見えなくなっても、香りが記憶をその場につなぎ留める。その不思議な力が、彼を香水の世界へ導いていった。
ゲランへの手紙——好奇心が仕事になるまで
15歳頃、古い香水の名前と製作年が並ぶ広告を目にしたロジャは、何十年も前に生まれた香りが今も存在していることに驚いた。香水はただ売られている商品ではなく、誰かがある時代に創り上げたものなのだ。その気づきから、香水の歴史を知りたいという思いが強くなっていく。
フランスの老舗ゲラン(Guerlain)に繰り返し手紙を書いたのも、その好奇心の表れだった。やがて、外から質問をし続けてもらうより、社内に迎えた方がよいという趣旨の冗談とともに仕事の機会を得た、と本人は語っている。知りたいという気持ちを行動に変え続けたことが、香水の仕事への扉を開いた。
ゲランでの約20年——「香水教授」と呼ばれた人
1981年、ロジャはゲランの研修・広報部門に入った。香りをどう理解し、その価値をどう伝えるか。ブランドの歴史や作品、原料について学びながら、香水の専門家としての基盤を築いていく。
約20年にわたる在籍中には、プロフェスール・ドゥ・パルファム(Professeur de Parfum/香水教授)という呼び名でも知られるようになり、ゲラン家以外の人物として初めてグローバル・アンバサダーを務めたと紹介されている。香水に関する深い知識を、人々へ伝える役割を担ってきた。
「プロフェスール・ドゥ・パルファムの称号は、その後のどんな媒体よりも先に、私に与えられた最高の肩書きだ。なぜなら、私の生涯のキャリアとまったく同じものを意味するからだ」
ロジャ・ダヴ
2001年にゲランを離れ、独立したロジャは、自身の事業へと歩みを進める。退職日をハロウィーンの日と振り返る本人の語りには、大きな組織から離れ、自分の感性で仕事をする道を選んだ意思がにじむ。
ハロッズ5階に生まれた、香水のための場所
2004年、ロンドンの百貨店ハロッズ(Harrods)に、ロジャ・ダヴ・オート・パフューマリー(Roja Dove Haute Parfumerie)を開いた。開店当時の場所は5階。その後、6階の香水フロアへと移っている。
この店でロジャが実現したかったのは、名前の知名度だけで香水を選ぶ売り場ではなかった。自分が優れた作品だと考える香りを選び、その背景や個性とともに紹介する場所だった。鏡やガラス、クリスタルに囲まれた空間で、客は香りを比較しながら、自分の好みを少しずつ見つけていく。
「ハロッズにオート・パルフュムリーを開いたのは、香水づくりの美しさすべてを称えるためだった。中に入れば、まるで嗅覚のワンダーランドに迷い込んだかのよう——私が世界で最も創造的で、独創的で、豪華な作品と考えるものを捧げる、一種の聖地だ」
ロジャ・ダヴ
他の作り手の作品を紹介するうちに、客からはロジャ自身の香りを求める声も届くようになる。オーダーメイドの香水や初期の作品の制作は、2011年に一般向けブランドを立ち上げる前から始まっていた。
母の死と、ブランド誕生へ背中を押した言葉
ブランドを立ち上げる決断には、個人的な喪失が深く関わっていた。2009年に母を亡くしたロジャは、親しい友人と食事をした席で、自分自身の作品を世に送り出すよう強く促されたという。長い間、他の人の仕事を守り、紹介し続けてきた。その情熱を、今度は自分の創作に向ける時ではないか——友人の言葉は、その問いを突きつけた。
「極めて個人的なことです。2009年に母が亡くなった。私は親しい友人と夕食に出かけた。彼女は2時間かけて、比喩的に私の顔をぴしゃりと叩き続けた。『あなたはずっと他人の仕事を宣伝することに人生を費やしてきた。自分のためには何もしていない』と言ったのです。私は彼女の言っていることが正しいと気づいた」
ロジャ・ダヴ
2011年7月2日、ロジャ・パルファムスがハロッズで始動する。本人のインタビューによれば、両親の結婚記念日の前日にあたる日だった。母との思い出から始まった香りへの愛情が、自分の名を持つブランドという形になったのである。
本人は、用意した在庫がわずか10日ほどで売り切れたと回想している。長年培ってきた知識と審美眼に、待ち望んでいた顧客がいたことを伝えるエピソードだ。
「我々が株を完売したとき、私は自分の生涯の節約が箱や瓶やチューブやポンプになっているのを見て、吐きそうな気分だったのを覚えている」
ロジャ・ダヴ
英国の創造性を世界へ
2013年には、英国の文化や創造性を海外に伝えるグレート・ブリテン・キャンペーン(GREAT Britain Campaign)のアンバサダーに選ばれた。ロジャは、この任命を自身の仕事における大きな栄誉として語っている。フランスの老舗で学びながら、英国の香水づくりを世界に届けたい。その思いも、ブランドの根にある。
「想像してほしい。普通の仕事日のこと、ダウニング街10番地からの電話があったと告げられた。電話を取ると、こう言われた。『お越しいただき、パスポートをご持参ください』と。あの有名なドア——テレビで生涯ずっと見てきたドア——に近づきながら、頭の中では1つのことだけが繰り返されていた。ベルを鳴らすのか、ノックするのか?」
ロジャ・ダヴ
ブランドのこだわり
香水を、自分自身を表すものとして
ロジャにとって香水は、身につける人の個性と結びつく「最も親密なアクセサリー」だ。「自分が何者であるか、あるいは何者になりたいか」。一本の香水は、そうした思いを言葉とは別の方法で表してくれる。
「Only the best will do(最高のものしか通用しない)」
ロジャのブランド哲学/オンリー・ザ・ベスト・ウィル・ドゥ
コレクションの幅広さも、この考え方につながっている。華やかな花、深い樹木、甘い余韻、クラシックなシプレ。それぞれに異なる好みがあり、香水と人との出会い方がある。ひとつの流行に全員を当てはめるより、身につける人が自分らしい香りを見つけることを大切にしている。
「誰もが素晴らしい香りをつける資格がある。だからロジャのコンセプトは、あらゆる好みや嗜好に応える均衡のとれた香りのパレットに基づいている。自分と繋がるフレグランスを見つけたとき——それがあなた自身の最良の姿になるための助けとなる。自分が少しセクシーに感じられ、少し背筋が伸び、何でも可能だと信じさせてくれる。それが私がブランドに込めたかった香水の魔法だ」
ロジャ・ダヴ
素材の質と、香りを組み立てる想像力
原料へのこだわりは、ロジャが繰り返し語るテーマだ。良い料理には良い素材が必要であるように、香水にも、望む表現を支える原料の質が欠かせない。ローズやジャスミン、樹木や樹脂の香りを重ねながら、特に豊かなベースをつくることを、自身の仕事の特徴として説明している。
素材への姿勢の根底には、母から教わった次の言葉もあるという。
「欲しいものは自分で稼いで手に入れなさい、それによって品質の価値を学ぶ」
ロジャ・ダヴの母/ロジャ・ダヴの回想より
一方で、その創作は天然素材だけに限定されない。スウィーティー・アウド(Sweetie Aoud)では、焼き菓子店を思わせるパティスリー・アコードを、ウードの香りと組み合わせる。アコードとは複数の香料でつくる香りのまとまりであり、新しい化学物質を合成したという意味ではない。古典的な素材を、意外な組み合わせで新しい表情に変えるところにも、このブランドの面白さがある。
宝石を思わせるボトル
クリスタルを配したキャップ、端正なガラスのボトル、印象的なラベル。ロジャの香水は、香りの世界を視覚でも伝える。中身の豊かさと、手に取った時の特別感を一体として考えたデザインだ。
コレクションや容量によって容器の表情も変わる。華やかな作品から端正な佇まいの一本まで、香りの個性を、その外側の姿からも感じ取れるようになっている。
「ボックスからクリスタルキャップまで、中身に至るまですべてが私の望む通りに作られている」
ロジャ・ダヴ
香水ラインナップ
古典的な香りの系統を扱う初期作から、個人的な記憶を映す作品、ウードを再解釈するシリーズまで。代表的な香りをたどると、ロジャの多面的な世界が見えてくる。
初期の3作品——スキャンダル、アンスポークン、エンスレイヴド
スキャンダル(Scandal)、アンスポークン(Unspoken)、エンスレイヴド(Enslaved)の3作品は、2007年の業界誌で既に紹介されている。フローラル、シプレ、オリエンタルという古典的な香りの系統を、それぞれ一作ずつで表現した構成だった。
- スキャンダル(Scandal):ジャスミンやチュベローズを中心にした白い花の香り。華やかなフローラルを、サンダルウッドやムスクなどの余韻が支える。
- アンスポークン(Unspoken):オークモスを軸に、花や樹木、パチョリなどを重ねたシプレ。明るい立ち上がりと、落ち着いた深みを持つ。
- エンスレイヴド(Enslaved):ローズやジャスミン、クローブ、パチョリなどを組み合わせた、豊かなオリエンタル調の作品。
オート・リュクス——個人的な記憶と贅沢の表現
ロジャ・オート・リュクス(Roja Haute Luxe)は、創設者が自分自身のために考えた香りとして知られる。柔らかなカシミアに包まれるような感覚を、ラブダナムなどの温もりのある香りで表現している。
ボトルに浮かぶ金箔について、ロジャはこう語っている。
「本物の金箔は、この香りに使われたすべての素材の中で最も貴重ではないものだ。ちょっとしたジョークで、私が物事をあまり深刻に捉えない性格の現れでもある」
ロジャ・ダヴ(Roja Dove)
グレート・ブリテン(Great Britain)は、英国という国の印象を香りに託した作品。ロジャは、樹木や歴史ある制度の継続性、装飾を過剰にしない美意識といったイメージから、シプレの表現を選んだと説明する。
ア・グッドナイト・キス(A Goodnight Kiss)は、2015年に発表された、母のおやすみのキスの記憶に捧げる香りだ。ブランドの出発点にあった情景が、一つの作品へと戻ってくる。
「無条件の愛を基にしたフレグランスを発表することにとても不安を感じていた」
ロジャ・ダヴ(Roja Dove)
エリシウム——自分の楽園をつくる香り
エリシウム(Elysium)は、楽園のイメージを掲げたシリーズ。シダーウッドの香りに、強さや自立した人物像を重ねる発想がある。華やかなボトルの印象だけでなく、身につける人が自分の世界をつくるという物語も、その魅力の一部だ。
アウド——伝統的なウードを新しい表情へ
アウド・コレクション(Aoud Collection)は、ウードをさまざまな角度から描くシリーズ。アンバー・アウド(Amber Aoud)、タイフ・アウド(Taif Aoud)、スウィーティー・アウドなどが、それぞれ異なる甘さや花、樹脂の香りを重ねる。
スウィーティー・アウドが焼き菓子を思わせる甘さを組み合わせるのに対し、エスプレッソ・アウド(Espresso Aoud)はコーヒーの香りを取り入れた作品。重厚な素材に、食べ物や飲み物を思わせる親しみやすい表情を与えている。
パルファム・ドゥ・ラ・ニュイ——夜の官能をテーマに
パルファム・ドゥ・ラ・ニュイ(Parfum de la Nuit)は、夜、誘惑、普段は隠している自分の解放をテーマにした香り。レザーの官能的な印象を軸に、日中とは違う表情を引き出す作品として紹介されている。
ディアギレフ——芸術への敬意を込めたシプレ
ディアギレフ(Diaghilev)は、2010年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館のバレエ・リュス展に合わせて制作された香り。芸術の枠を変えた興行主セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev)への敬意を込めた作品だ。
スパイス、果実、レザーを思わせる要素が重なる、大胆で複雑なシプレ。創設者は、この香りを「自分が後世に残したいフレグランス」と語っている。
「大胆で、バロック的で、ルールを打ち破ること——それがディアギレフであり、彼自身の姿でもあった」
ロジャ・ダヴ
ちなみに…
- 「ロジャ」という名前:本名はロジャー・バード(Roger Bird)。2014年の人物紹介では、「ロジャ」という綴りは11歳の時に自分で選んだと記されている。
- 香水史を伝える著書:『ジ・エッセンス・オブ・パフューム(The Essence of Perfume)』は、香水の歴史や作品をたどる著書。調香だけでなく、香りの文化を伝える活動もロジャの仕事の一部となっている。
- ウイスキーとの共演:ザ・マカラン(The Macallan)のエディション・ナンバー3(Edition No. 3)では、ウイスキーの香りを言葉にし、その特徴を最終的な原酒の構成へ生かす協業を行った。香水とウイスキーという二つの世界を、嗅覚が結びつけた例だ。
参考文献
- ロジャ・ダヴ・パフューマリー公式:創設者紹介
- ミシュコン・デ・レヤ:ロジャ・ダヴ本人のインタビュー(2018年)
- ロジャ・ダヴの経歴・参考資料
- コスメティックス・ビジネス:ハロッズの専門店とディアギレフ(2010年)
- フレグランティカ:ロジャ・ダヴ本人のインタビュー(2018年)
- セントエクスプロア:ロジャ・ダヴ本人のインタビュー(2024年)
- コスメティックス・ビジネス:初期の3作品の発表(2007年)
- ロジャ公式:ブランド紹介
- ロジャ公式:アウド・コレクション
- ロジャ公式:スウィーティー・アウド
- ロジャ公式:エスプレッソ・アウド
- ジーキュー:ロジャ・ダヴの人物紹介(2014年)
- ザ・マカラン公式:エディション・ナンバー3
- サ・フルール・ボン:グレート・ブリテンと創設者の説明
- フォーブス・トラベル・ガイド:ハロッズ5階の専門店(2013年)
- ロジャ公式:パルファム・ドゥ・ラ・ニュイ

