モンブラン(Montblanc)― 筆記具の伝説が香りになるとき

モンブランの世界観と代表製品「Explorer Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「書くことが魂の可視的な表現であるならば、香りはきっとその語られない、潜在意識の言語だ。フレグランスは物語を語り、感情を形作り、詩を呼び起こす――万年筆が紙に黒と白で刻むように、見えないインクで書かれた言葉として。」

— モンブラン(ザ・パフューム・ソサエティ掲載のブランド紹介より)

基本情報

  • 設立年:フレグランスライン参入 2001年(ブランド自体は 1906年創業)
  • フレグランス製造・販売:インターパルファム(Inter Parfums SA)との独占ライセンス契約により展開
  • 公式サイトhttps://www.montblanc.com

創設者・ブランドの成り立ち

ハンブルクで生まれた「漏れないペン」という夢

モンブランの物語は、香水から遠く離れた場所から始まる。1906年、ハンブルクの銀行家アルフレッド・ネヘミアス(Alfred Nehemias)とベルリンのエンジニア、アウグスト・エーバーシュタイン(August Eberstein)が筆記具の製造に乗り出した。その後、文具商のクラウス=ヨハネス・フォス(Claus-Johannes Voss)も加わり、1908年にはハンブルクでシンプロ・フィラー・ペン社(Simplo Filler Pen Co. GmbH)が法人登記された。

彼らの目標はシンプルかつ革命的なものだった――インク壺を必要とせず、かつ漏れない筆記具を作ること。当時の万年筆は携帯中にインクがにじみ出るという深刻な問題を抱えており、この「漏れない」という特性が初期の販売提案の核心にあった。

1909年には「ルージュ・エ・ノワール(Rouge et Noir=赤と黒)」シリーズが発売され、信頼性と洗練されたデザインの両立を訴えた。そして1910年、「モンブラン(Montblanc)」の名を冠したペンが誕生する。会社名がモンブランへと改称されるのは1934年のことである。アルプス最高峰モン・ブランにちなんだこの名は、卓越さと高みへの追求を象徴するものであった。

白い星と「マイスターシュテュック」の誕生

1913年には、ブランドのトレードマークとなる「ホワイト・スター」エンブレムが誕生した。これはモン・ブランの山頂を覆う雪を上から見た姿を表したものとされている。このエンブレムは以後、モンブランの筆記具のキャップや香水ボトルなどに刻まれ続けることになる。

1924年には「マイスターシュテュック(Meisterstück)」― ドイツ語で「傑作」を意味する万年筆 ― が誕生した。歴史的な文書に署名し、億ドル規模の契約に使われてきたこの万年筆は、ブランドの象徴として世界中で愛され続けた。1930年からは万年筆のニブ(ペン先)に当時のモン・ブランの標高とされる「4810(メートル)」が刻まれるようになる。

ダンヒル、リシュモン、そしてグローバル展開へ

1977年にイギリスの高級品企業アルフレッド・ダンヒル(Alfred Dunhill Ltd.)がモンブランの過半数株式を取得し、1985年には完全子会社化した。これを機に廉価モデルが廃止され、より高級路線への集中が図られた。さらに1993年、モンブランはスイスの高級複合企業リシュモン(Richemont)が支配するヴァンドーム・ラグジュアリー・グループ(Vendôme Luxury Group)の傘下に入り、1998年に同グループがリシュモンへ完全統合された。リシュモンはカルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、クロエなどを抱える世界有数の高級品コングロマリットであり、その傘下でモンブランは時計、ジュエリー、大型革製品など新カテゴリーへの本格参入を加速させていった。

フレグランスへの参入:2001年という転換点

筆記具を中心に成長してきたモンブランが香水市場に参入したのは2001年のことであった。

インターパルファムへ移行する前にフレグランスの製造・販売を担っていたのはプロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble、以下ピーアンドジー)である。その時期には「プレゼンス(Presence)」をはじめとする初期ラインが展開されていた。しかし2010年1月、インターパルファム とモンブランは新たな10年半のライセンス契約を締結。同年2010年7月1日に効力が生じたこの契約により、フレグランスの世界は大きく変わることになる。

インターパルファム(Interparfums、以下インターパルファム)はパリに拠点を持つ独立系フレグランスメーカーであり、1982年にジャン・マダール(Jean Madar)とフィリップ・ベナサン(Philippe Bénacin)によって設立された。彼らが狙ったのは、マスマーケットと高級クチュールの間に存在した「アクセスしやすいプレステージ香水」という市場の空白であった。

インターパルファムとの協業により、2011年に「レジェンド(Legend)」が誕生。このフレグランスは空前のヒットとなり、わずか4年でモンブランのフレグランス年間売上高はほぼ400%増という驚異的な成長を遂げた。

「過去数年に渡る注目すべき成功は、緊密なコラボレーションの賜物であり、自然な流れとして、次の10年間もインターパルファムへの信頼を更新することになった。」

— ジェローム・ランベール(Jérôme Lambert)、モンブラン最高経営責任者(2015年)

2015年時点でインターパルファムのモンブランブランド向け年間売上は約8,000万ユーロを超えており、両社は2015年に契約を2025年まで延長。以降さらに更新が続けられている。

ブランドのこだわり

「見えないインク」で書かれた物語

モンブランの香り哲学の根底には、万年筆ブランドとしての原点が宿っている。「筆記具が紙の上に記すように、香りは皮膚の上に目に見えない言語で物語を書く」という思想は、単なるマーケティングコピーではなく、フレグランスのコンセプト設計の根幹に据えられたものだ。

公式サイトにはこう記されている:

「伝統:モンブランは欧州の優れた職人技を時代を超えたデザインと結びつけ、古典的な遺産と洗練された創造性を体現した作品を世に送り出す。」

この「職人技」と「伝統」への回帰は、2024年のマイスターシュテュック100周年コレクションにも鮮明に表れている。

ボトルデザイン:プロダクトの美意識を宿す器

モンブランのフレグランスボトルは、香り以前にモノとして主張する。レジェンドのボトルには、マイスターシュテュックのキャップを彷彿とさせるエンボスのシルバーキャップが据えられている。エクスプローラー(Explorer)のボトルは、地球の二つの半球を想起させる深黒のガラスに、ホワイトスターエンブレムがボトル底部に刻まれた構造で、その表面にはギヨシェ(guilloché)と呼ばれる幾何学模様の手工芸的な刻みが施されている。

女性向けシグネチャー(Signature)のボトルは、モンブランの伝統的なインクボトルをモチーフにしたフラコンで、筆記具マイスターシュテュックの金の装飾が施されている。デザインを手がけたのはデザイナーのマーク・アイゼン(Mark Eisen)だ。

2024年のマイスターシュテュックコレクションについて、インターパルファムのフィリップ・ベナサン(Philippe Bénacin)最高経営責任者はこう語っている:

「デザインはマイスターシュテュックの筆記具から着想を得ており、クリーンなライン、エレガントなブラック、ゴールドのアクセントは、いずれもモンブランと即座に結びつく要素です。これらのデザイン要素はボトルに慎重に組み込まれ、筆記文化への視覚的なつながりを生み出しています。」

調香師との協業と素材へのこだわり

モンブランのフレグランスは、大手香料会社、ジボダン(Givaudan)をはじめとするプロの調香師との緊密な協業によって生み出されている。エクスプローラーの開発には、ジボダンの3名 ― アントワーヌ・メゾンデュー(Antoine Maisondieu)、ジョルディ・フェルナンデス(Jordi Fernandez)、オリヴィエ・ペシュー(Olivier Pescheux) ― が参加。それぞれが特定の素材に精通した「鼻(ノーズ)」としての知見と、旅人としての個人的な体験をプロジェクトに注ぎ込んだ。

素材選定においても徹底したこだわりが見える。エクスプローラーに使われるベチバー(vetiver)はハイチ産の有機栽培・倫理的に生産されたのものを使用し、パチョリはインドネシア・スラウェシ島(Sulawesi)原産のものからモンブラン専用に開発されたエクスクルーシブな種類を採用している。

香水ラインナップ

モンブランのフレグランスポートフォリオは大きく「メンズライン」「ウィメンズライン」「コレクションライン」の3つに分類できる。

メンズラインの中核:レジェンド(Legend)

2011年にインターパルファムとの協業により誕生したレジェンドは、現在もモンブランフレグランスを代表する一本である。フゼア(Fougère)と呼ばれる香調 ― ラベンダー、オークモス、クマリンを骨格とするクラシックなメンズ香調 ― をベースに、ベルガモット、ラベンダー、パイナップルリーフ、アップル、サンダルウッド、トンカビーンなどが組み合わされた。調香師はオリヴィエ・ペシューで、彼はパコ・ラバンヌの「ワン・ミリオン」など多数の名作も手がける人物だ。

レジェンドにはその後、複数のフランカー(派生製品)が展開された:

  • レジェンド・スピリット(2016):グレープフルーツ、カルダモン、ホワイトウッドを組み合わせ、より爽快な春夏向きの香り
  • レジェンド・ナイト(2017):スパイスとバニラ、ダークウッドによる、よりセンシュアルな夜の香り
  • レジェンド・ブルー(2024):ウッディ・アロマティック・フレッシュに再解釈された派生作。2024年には歌手ジョン・レジェンド(John Legend)を広告キャンペーンに起用した

モンブランのベストセラー:エクスプローラー(Explorer)

2019年にリリースされたエクスプローラーは、現在モンブランのフレグランスラインを代表するベストセラーである。ウッディ・アロマティック・レザーという個性的な香調を持ち、イタリア産ベルガモット、ハイチ産ベチバー、インドネシア産パチョリという産地を特定した3素材の掛け合わせが、「世界を旅する探検家」というコンセプトを香りで体現している。

エクスプローラーにも複数のフランカーが展開されており、2025年にはエクスプローラー・エクストリーム(Explorer Extreme)が発表された。ジョルディ・フェルナンデスとアントワーヌ・メゾンデューが手がけた同作は、ラインとして初めてのパルファム(Parfum)濃度を採用し、アンバーとレザーアコードによる深みある仕上がりとなっている。ボトルはサウジアラビア・アルウラ砂漠での撮影キャンペーンとともに発表され、モンブランのレザーコレクション「エクストリーム3.0」に着想したテクスチャーデザインをまとっている。

メンズの個性派:インディビジュエル(Individuel)とスターウォーカー(Starwalker)

2003年発売のインディビジュエルは、調香師ピエール・ブルドン(Pierre Bourdon) ― ダビドフ「クールウォーター」などの名作で知られる ― が手がけた果実や花の甘さに、ムスクや木々の柔らかな余韻を重ねた香り。当初は目立たない存在だったが、香水愛好家コミュニティの中でじわじわと人気を博し、「手頃な価格で最高の香り」として頻繁に推薦されてきた。廃番として紹介されることもあるが、流通は市場や販売店によって異なり、現在も根強い支持を誇る。

2005年発売のスターウォーカーは、モンブランの同名万年筆コレクション「スターウォーカー」と同時期に発表された男性向けウッディ・スパイシーフレグランス。調香師はミシェル・アルメラック(Michel Almairac)で、マンダリン、バンブー、ベルガモット、ジンジャー、シダーウッドなどから構成される。

ウィメンズライン:レディ・エンブレムとシグネチャー

2012年に登場したレジェンド・プール・ファム(Legend Pour Femme)は、モンブランの女性フレグランスの展開を広げる作品となった。2015年のインターパルファムとの契約延長においても、女性フレグランス市場のさらなる開拓が明確な目標として掲げられている。

レディ・エンブレム(Lady Emblem)は、ローズを中心とした花と果実の香りにパウダリーなサンダルウッドとムスクを重ねたフローラル系女性香。そして2020年発表のシグネチャー(Signature)では、クレメンタイン、マグノリア、イランイラン、ピオニー、バニラ、ホワイトムスクというフローラル・オリエンタルの構成が採用された。ボトルはインクボトルをモチーフにしており、フランス系ベルギー人作家のディアン・デュクレ(Diane Ducret)がキャンペーンの顔となった。

コレクション:マイスターシュテュック100周年記念(2024)

2024年はマイスターシュテュック誕生100周年という節目の年。モンブランはこれを祝して、ユニセックスの4作からなる「モンブラン コレクション(The Montblanc Collection)」を発表した。

  • ブラック・マイスターシュテュック(Black Meisterstück):ソマリア産フランキンセンスとアンブロクサンによる、筆記具の黒いボディを想起させる重厚な一本。調香師はジョルディ・フェルナンデス
  • パチョリ・インク(Patchouli Ink):ベルガモットとインドネシア産ダークパチョリ、スモーキーなバニラを組み合わせた、インクの魔法を香りにしたもの。調香師はファブリス・ペレグラン(Fabrice Pellegrin)
  • エクストリーム・レザー(Extreme Leather):レザーをイリスとムスクで包む、革製品の官能的な質感を表現した作品。調香師はジュリエット・カラゲウゾグルー(Juliette Karagueuzoglou)
  • ベチバー・グレイシャー(Vetiver Glacier):マジェスティックなモン・ブランの山容と清涼感を体現した一本

ベルナサン最高経営責任者はこのコレクションについて次のように語っている:

「この周年記念は、モンブランの歴史を称えながら、未来を形作る機会です。このコレクションは私たちのメゾンの象徴的な側面へのオマージュであり、筆記文化と職人技のパイオニアとして確立されてきた価値観を体現しています。」

ちなみに…

  • モンブランという社名の由来について、ザ・パフューム・ソサエティは興味深いエピソードを伝えている。「ある賭けのカード遊びの席で、創業者の一人の親族が、ペン ― 筆記具の頂点 ― とアルプス最高峰モン・ブランの間に類推を見出した」という逸話だが、これはあくまで「噂」と同サイトも断っており、公式に確認された一次情報ではない。
  • スターウォーカーのボトルは、同名の万年筆をモチーフにした独特のデザインを持ち、腕時計のダイヤルを彷彿とさせる要素も組み込まれていると複数のレビュアーが指摘している。ペンと香水と時計の三位一体を意識した商品展開は、モンブランというブランドの奥行きを物語る。
  • エクスプローラー・エクストリームのボトルを飾るエンブレムは、フィレンツェで職人の手によって組み立てられている。香水ボトルのディテールにまで欧州職人の手仕事を持ち込むという姿勢は、筆記具ブランドとしての矜持が香水部門にも息づいていることを示している。
参考文献