「どんな出来事も、私に創作の言い訳を与えてくれる」
— マルセル・ロシャス
基本情報
設立年: 1925年
創設者: マルセル・ロシャス(Marcel Rochas、1902–1955)
公式サイト: rochas.com
読み方: ロシャス(仏語発音:ロシャ)
現在は、フランスの上場企業インターパルファン(Interparfums)が所有している。
創設者・ブランドの成り立ち
パリの青年、23歳でクチュリエへ
1902年2月24日、マルセル・ルイ・ジュール・ロシャスはパリに生まれた。彼が生きた時代は、エリック・サティやジャック・ドゥーセ、ポール・ポワレといった芸術家たちが花開いた時代であり、ジャン・コクトーやキュビスムがパリの空気を染めていた。こうした環境がマルセルの感性を大きく育んだことは想像に難くない。
1925年、23歳のマルセルはパリのプラス・ボーヴォーに自らのクチュール・ハウスを開いた。そのモットーは「elegance, simplicity and youth(優雅さ、シンプルさ、青春)」。若さへの確信、女性の身体への愛情、そして時代への鋭い感受性——それがブランドの礎となった。
ヴォーグ・パリはすぐさま彼を「couturier de la jeunesse(青春のクチュリエ)」と称えた。ストロング・ショルダー(パデッド・ショルダー)を、エルザ・スキャパレッリと並んでいち早く打ち出したのが1931年のこと。3/4丈のコートやポケット付きのスカートも、当時としては革新的な提案だった。1933年にはアヴェニュー・マティニョン12番地に移転し、さらなる国際的な顧客を引き寄せる。
ハリウッドのスターたちを虜にした職人
メイ・ウェスト、マルレーネ・ディートリッヒ、ジョーン・クロフォード、キャロル・ロンバード——ハリウッドの黄金時代を彩ったスターたちが、こぞってロシャスのクチュールを求めた。とりわけメイ・ウェストとの縁は深く、マルセルは彼女のために黒いシャンティリー・レースをあしらったウエスト・グエピエール(くびれたコルセット)を制作した。このウエストを絞り込むデザインは後に「guêpière(ゲピエール)」と呼ばれ、フランス国外では「ウェスピー(waspie)」として広まる、ファッション史に残るイノベーションとなった。
1934年には「バード・ドレス(Bird Dress)」——大きな白い鳥が胸元に配された長い黒いシースドレス——を発表するなど、シュルレアリスムの芸術家たちとの対話もブランドの重要な側面を形成した。
香水への第一歩——三つの「A」
1936年、マルセルは初めて香水の世界に踏み出す。「エア・ジューヌ(Air Jeune)」「オーダス(Audace)」「アヴェニュー・マティニョン(Avenue Matignon)」——三つの香水はそれぞれ、若さ・大胆さ・優雅な地名という、ブランドの精神を体現した名前を持っていた。ネイビーのバンドを帯びたエレガントな長方形のオパリン・ガラスボトルに収められ、アヴェニュー・マティニョンのブティックで限定販売された。しかし第二次世界大戦の始まりとともに、これらの香水は市場から姿を消すことになる。
運命の出会い——ヘレーヌとの恋
1941年、マルセルはパリのメトロの中で運命の人と出会う。パリ・オペラ座の舞踊学校とクール・シモン(Cours Simon)でダンスと演技を学んでいた若い女性——彼女の本名はネリー・ブリニョル(Nelly Brignole)だった。マルセルは彼女に近づき、「あなたの頭は帽子をかぶるために生まれてきた(you have a head made for hats)」と語りかけた。彼は19歳年上だったが、出会いから数ヶ月後に二人は結婚する。マルセルは彼女の名前さえも変えた——ネリーからエレーヌ(Hélène)へ。
「ラ・ベル・エレーヌ(La Belle Hélène、美しいエレーヌ)」と呼ばれた彼女はアヴェニュー・マティニョンのブティックで一番のモデルとなり、マルセルの美意識の最良の表現者となった。
傑作「フェム」——戦時下に生まれた愛の香り
占領下のパリ、1943年。マルセルは若き調香師エドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)に依頼する——妻エレーヌへの贈り物となる、最も女性的な香りを作ってほしいと。ルドニツカは後にこう語っている:
「私は1943年、パリで最も辛い戦時中に、片側にゴミ捨て場、もう片側に塗料工場がある建物で、フェムを創った」
その後、パリ解放後の1944年末にロシャスのコレクションで初披露され、1945年に一般発売される。戦後最初のファイン・フレグランス(高級香水)として、フェムは即座に成功を収めた。
香水のボトルはメイ・ウェストのような豊満な曲線を持つアンフォラ(壺)型で、ルネ・ラリックとマルク・ラリック(René & Marc Lalique)がデザインした贅沢なクリスタル製。箱は淡いサテン地に黒と白のシャンティリー・レースが施された——かつてマルセルがメイ・ウェストのために作ったコルセットのデザインを思い起こさせる意匠だった。香りはスパイシー・フルーティー・シプレ(chypre、広大なオークモスの大地の香りを基調とする調香スタイル)に分類され、プラム(スモモ)の香りを印象的に用いた初期の代表作として知られている。
マルセル、逝く。エレーヌ、立つ。
1953年にクチュール・ハウスを閉鎖し、香水業に集中していたマルセルは、1955年3月14日、53歳でパリにて急逝した。
残されたエレーヌは若くしてロシャスの社長の座に就いた。これはフランスで会社を率いた最初の女性の一人という、歴史的な立場だった。彼女のビジネス手腕は容赦なく、アメリカのプレスは彼女を「洗練されたパンサー(sophisticated panther)」と呼んだ。
エレーヌは1960年に調香師ガイ・ロベール(Guy Robert)に依頼し、「マダム・ロシャス(Madame Rochas)」を発売した。18世紀のヤニュセット(塩壺)を模したバカラ・クリスタルのボトルは、エレーヌ自身がパリのアンティーク・ショップで見つけたものだったという。このフレグランスは1967年にロシャスをラグジュアリー香水世界トップの地位へと押し上げた。彼女はダブリュー(W)誌のインタビューで次のような言葉を残している:
「女性は、たとえそうでなくとも、脆さのようなものを持っていなければならない」— エレーヌ・ロシャス(W誌、1984年)
1969年には「ムッシュー・ロシャス(Monsieur Rochas)」が、1970年には「オー・ドゥ・ロシャス(Eau de Rochas)」が続いた。
時代が変わる——ウェラ、ピーアンドジー(P&G)、そしてインターパルファン
1987年、ドイツのヘアケア企業ウェラ(Wella AG)がパルファン・ロシャス(Parfums Rochas S.A.)を買収した。これを機にブランドはファッションよりもフレグランスへの比重を高め、日本を含む各国市場で香水ブランドとして認知されていく。
2003年、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)がウェラの議決権株式77.6%を32億ユーロで取得、ロシャスも自動的にその傘下に入った。しかし大手消費財企業にとってファッション事業は中核事業ではなく、2006年にはロシャスのファッション部門が閉鎖された。
転機が訪れたのは2015年。フランスの香水専業企業インターパルファン(Interparfums SA)が、P&Gからロシャスを1億800万ドル(約102百万ユーロ)で買収した。この企業買収について、インターパルファンの最高経営責任者、フィリップ・ベナサン(Philippe Benacin)はこう述べた:
「この買収は、フレグランスとファッションを初めて一体として統合する、当社の歴史の新たな1ページを開くものだ。創造性と美学的選択において完全な自由をもって、ラグジュアリーの世界にロシャスがふさわしい地位を確立していく」
ブランドのこだわり
香りづくりの哲学
ロシャスの香水哲学は、マルセルの言葉に凝縮されている——「女性の香りは、その姿を見る前から感じられなければならない」。香水は装飾品ではなく、女性そのものを体現する存在だという信念。
そのブランドの三つの価値は、「大胆さと優雅さ(Audacity & Elegance)」「いつまでも若く(Young at Heart)」「祝祭の精神(Spirit of Celebration)」。時代の先を行きながら、常に女性の生の喜びと自由を称えてきた。
ボトル・パッケージへのこだわり
フェムのアンフォラ型クリスタルボトル(ラリック制作)、マダム・ロシャスのバカラ・クリスタル製の 18世紀壺型ボトル——いずれも「香りの容れ物」がアートとして成立することを証明してきた。オー・ドゥ・ロシャスのボトルは、デザイナーのセルジュ・マンサウ(Serge Mansau)が手がけた水晶のような透明感を持つデザインで、内部を流れる水の流線が模されている。
リボン、レース、バラ——三つのシグネチャー
- リボンとボウ:ロシャスのコレクション全体を貫くシグネチャー。香水のパッケージにも取り入れられている。
- シャンティリー・レース:1943年、マルセルのコレクションに初めて登場。フェムの箱に用いたブラック・レースが、その後の香水パッケージの原点となった。
- 5月のバラ(メイ・ローズ):南仏グラースのセンティフォリア・ローズ(Centifolia rose)を使用。マドモアゼルでも、ジャスミンと重なるローズの香りがフローラルなハートを形づくる。
香水ラインナップ
ヘリテージ・フレグランス(歴史的代表作)
フェム(Femme、1944年)
チプレ・フルーティー・スパイシーの傑作。調香師エドモン・ルドニツカが、プラムの香りを印象的に用いた。トップ: プラム・ピーチ・ベルガモット / ハート: ローズ・イランイラン・ジャスミン・スパイス / ベース: オークモス・レザー・バニラ・パチョリ。1989年にオリヴィエ・クレスプが再構築。豊満なカーブを持つアンフォラ型ボトルはアイコン的存在。
マダム・ロシャス(Madame Rochas、1960年)
エレーヌ・ロシャスが調香師ガイ・ロベールに依頼したフローラル・アルデヒドの名作。ガイ・ロベールは「香水はまず何よりも良い香りがしなければならない(un parfum doit avant tout sentir bon)」という信念を持つ調香師だった。バカラ・クリスタルのボトルは、1967年に世界のラグジュアリー香水市場でロシャスをトップに押し上げる原動力となった。
オー・ドゥ・ロシャス(Eau de Rochas、1970年)
調香師ニコラ・マムーナス(Nicolas Mamounas)が手がけた、女性を主役に据えたオー・ド・コロン(eau de cologne)。コート・ダジュール(Côte d’Azur)でエレーヌが過ごした日々から着想を得た、柑橘系でフレッシュな香り。発売50周年を迎えた2020年までの約50年間、世界のベストセラー香水リストに名前を連ね続け、その時点で累計5500万本以上を販売したと紹介されている。
ビザンス(Byzance、1987年)
オリエンタル・フローラルの典型。その名は古代都市ビザンティウムに由来し、地中海と東方のエキゾチシズムをテーマにしている。2019年に現代的に再解釈され、2022年にはビザンス・ゴールド(Byzance Gold)が登場した。
現代のラインナップ
マドモアゼル・ロシャス(Mademoiselle Rochas、2017年)
インターパルファン新体制のもとで発表されたフラッグシップ。レッドカラント・アイビーリーフ・タフィーアップルをトップに、ジャスミンとローズ(バラ)のハートをもつ、フルーティー・フローラルの構成。
ガール(Girl、2021年)
ロシャス初のヴィーガン対応香水。天然由来成分90%、リサイクルガラスを40%使用したボトルを採用。調香師アンヌ・フリポ(Anne Flipo)による。ネロリ・ピンクペッパー・ブラックカラントのトップから、ジャスミン・オレンジフラワー・オーキッドの心へと展開するウッディ・ムスキー系。「スプレー・グッド、フィール・グッド(Spray Good, Feel Good)」をスローガンに、環境への責任を明確に打ち出した作品。
ロシャス・マン(Rochas Man、1999年)
ラベンダー、ジャスミン、サンダルウッドをコアに、バニラの甘さで男性的な香りに親しみやすさを加えた作品。フロステッド・ガラスのボトルはコンテンポラリーなアート・オブジェとして設計された。
ちなみに…
マルセル・ロシャスとクリスチャン・ディオール
マルセルは1943年(ディオールがニュー・ルックを発表した1947年より4年前)に、すでに長くてボリュームのあるスカートと絞ったウエストを組み合わせたシルエットを発表していたとされる。彼はディオールが時代のアイコンとなるより前に、すでにその方向性を示していた先駆者の一人と見なされている。
エレーヌ・ロシャスとアンディ・ウォーホル
1975年、アンディ・ウォーホルはエレーヌのポップアート肖像画を制作した。また1967年には彫刻家セザール(César)が彼女の胸を記念するモニュメント作品として「型」を取り、彫刻に残した。まさにパリのアート界の中心に生きた女性だった。
名前を巡る法廷闘争
1970年に発売されたオー・ドゥ・ロシャスは、当初「オー・ドゥ・ロシュ(Eau de Roche)」という名前で販売されていた。しかし1974年、スイスの製薬企業ホフマン・ラ・ロシュ(Hoffmann-LaRoche)社が「Roche」の商標権を主張して訴訟を起こし、ロシャスは1976年に名称を「オー・ドゥ・ロシャス(Eau de Rochas)」に改名することを余儀なくされた。
新しい世代への橋渡し
2021年、新クリエイティブ・ディレクターに任命されたシャルル・ドゥ・ヴィルモラン(Charles de Vilmorin)は、就任時わずか24歳。彼がロシャスへの愛着を持つ理由に、エレーヌ・ロシャスの親友だったルイーズ・ドゥ・ヴィルモランが彼の家族に連なるという縁がある。歴史が人を呼び、人が歴史をつくる——ロシャスらしい連続性だ。
参考文献
- Comité Colbert – Rochas メンバーページ
- Rochas 公式サイト – Heritage
- Rochas 公式サイト – Hélène Rochas
- Rochas 公式サイト – Philosophy
- Rochas 公式サイト – Femme
- Wikipedia – Edmond Roudnitska
- ÇaFleureBon – Vintage Rochas Femme, foreword by Michel Roudnitska
- Bois de Jasmin – Rochas Femme New and Vintage
- The Non-Blonde – Madame Rochas (Vintage Perfume)
- The Perfume Society – Rochas Paris
- Global Cosmetics News – Inter Parfums acquires Rochas from P&G for $108m
- FashionNetwork – Interparfums completes acquisition of Rochas
- Luxury Daily – Rochas delves into house heritage in repositioning push
- Mimi Froufrou – Hélène Rochas, Perfume Muse and Entrepreneur
- Mesparfums – The story of Rochas
- Cleopatra's Boudoir – Marcel Rochas Perfumes
- Cleopatra's Boudoir – Eau de Rochas
- ÇaFleureBon – Eau de Rochas 50th Anniversary
- Forbes France – Charles de Vilmorin / Rochas
- Wella AG Company History – FundingUniverse
- P&G Acquisition of Wella Fact Sheet
- Marcel Rochas – Wikipédia, a enciclopédia livre
- Marcel Rochas: un innovador – LA NACION
- Rochas – Wikipedia
- Marcel Rochas – Fashion Designer | Designers | The FMD
- Marcel Rochas In 1943, nearly 4 years before Dior would debut his …
- Hélène Rochas — Wikipédia
- vintage rochas femme review – ÇaFleureBon Perfume Blog
- Rochas, Marcel | Encyclopedia.com
- 香水ブランドとしても名高い「ロシャス」
- Rochas fashion house to close; P&G to continue with fragrance …
- Inter Parfums buys Rochas from P&G for $108m
- Femme Rochas Rochas – Perfume
- MADAME ROCHAS Parfum (1960) • ROCHAS – ScentAdvice
- Vintage Madame Rochas (Guy Robert) 1960 “A Perfect Balance”
- The perfume Byzance de Rochas returns – Our Fragrances!
- ROCHASMADEMOISELLE EAU DE PARFUM
- Rochas Girl Eau de Toilette | Makeup.jp
- Rochas Man – Rochas Official Website
- Marcel Rochas In 1943, about four years before Dior debuted his …
- 米国証券取引委員会|P&Gウェラ取得発表
- ジョーンズ デイ|ロシャス売却案件
- インターパルファン公式|ビザンス ゴールド
- ロシャス公式|マドモアゼル オードパルファム
- インターパルファン公式|ガール発売時の素材・容器


