メルセデス・ベンツ・パルファム(Mercedes-Benz Parfums)

メルセデス・ベンツ・パルファムの世界観と代表製品「Club Black Eau de Toilette」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「情熱なくして偉大なことは成し遂げられない。メルセデス・ベンツが最初の自動車を生み出してから125年。今、彼らはフレグランスの世界に踏み込む。私はこの責任に胸を躍らせ、情熱を持って取り組んでいく。」
レミ・デランド(Rémy Deslandes)、アイエヌシーシー(INCC)グループ代表兼最高経営責任者、2011年

基本情報

  • フレグランス事業開始: 2012年(一般販売開始)
  • ライセンス契約: 2011年、メルセデス・ベンツ側とアイエヌシーシー(INCC)グループの間で締結
  • 現ライセンスホルダー: ギブ・バック・ビューティ(Give Back Beauty)※2024年にアイエヌシーシーパルファムを買収
  • 公式サイト: https://parfums.mercedes-benz.com

創設者・ブランドの成り立ち

自動車ブランドとしての出自

メルセデス・ベンツのフレグランスを語るには、まずこの名前が宿す歴史の重みを知る必要がある。1886年、カール・ベンツがガソリンエンジン搭載の三輪車「ベンツ・パテント・モーターワーゲン」を特許登録したことが、メルセデス・ベンツというブランドの原点にある。同年、ゴットリープ・ダイムラーも独自の高速ガソリンエンジンを開発し、世界を変えた。二人のドイツ人技術者は直接会うことはなかったとされるが、彼らが築いた二つの会社は1926年に合併し、「ダイムラー・ベンツ」として生まれ変わった。

「メルセデス(Mercedes)」という名前の由来もまた、ロマンティックな物語を持つ。オーストリア出身の富豪実業家エミール・イェリネック(Emil Jellinek)は、DMG(ダイムラー・モーターゲゼルシャフト)の車を上流社会に売り込み、モータースポーツにも熱狂していた人物である。彼は愛娘メルセデスの名をレース活動に用い、やがて新しい車にもその名が付けられた。「メルセデス」という名はスペイン語で「恩寵」を意味し、1902年に正式なブランド名として登録された。こうして「陸・海・空の制覇」を象徴するスリーポインテッドスターとともに、メルセデス・ベンツは自動車の歴史そのものとなっていく。

香水の前段階:車内フレグランスという伏線

メルセデス・ベンツとフレグランスの関係は、市販香水より先に始まっていた。超高級モデルのマイバッハや「メルセデス・ベンツ S 600 プルマン」には、すでに専用のフレグランスが車内に備えられていた。マイバッハの限定モデル「ツェッペリン」では、アクリルボールから香りを噴霧するボタンが座席に用意されていたほどである。自動車メーカーがここまで「嗅覚の体験」にこだわっていた背景があってこそ、2011年の香水ライン誕生は必然とも言えた。

なお、2010年代からメルセデス・ベンツのSクラスおよびCクラスに「エア・バランス・パッケージ」として車内フレグランス・システムが導入され、フレグランス会社シムライズ(Symrise)のパルファマー・マルク・フォム・エンデが4つの「ムード」を創作している。自動車とフレグランスの融合は、今日まで続くメルセデス・ベンツのDNAである。

アイエヌシーシー(INCC)グループという立役者

2011年6月、メルセデス・ベンツは、フランスの香水メーカーアイエヌシーシー(INCC)グループとライセンス契約を結んだ。アイエヌシーシー(INCC)グループは1990年にパリ近郊(ヴェルサイユ郊外)で設立された、ライセンス形式で香水を企画・製造・販売する「ライフスタイル・フレグランス・メーカー」である。

このプロジェクトを主導したのが、アイエヌシーシー(INCC)グループの代表兼最高経営責任者レミ・デランドである。冒頭の引用に見られるように、彼はブランドの誕生125周年という節目の意味を深く理解し、そこに自身の「情熱」を重ね合わせていた。

2011年秋、フランス・カンヌで開催された世界最大の免税品展示会「ティーエフダブリューエー(TFWA)ワールド・エキシビジョン」において、メルセデス・ベンツ初のメンズ・フレグランスが正式お披露目された。発売は2012年第1四半期と告知され、業界内に大きな話題を呼んだ。

このプロジェクトのために招聘されたのは、香水の世界的権威オリヴィエ・クレスプ(Olivier Cresp)であった。グラース(南仏、世界的な香料産地)生まれで、一族は17世紀からこの地でバラやジャスミンを栽培・取引してきたという香水家系の出身。1992年にフィルメニッヒ(Firmenich)に入社するや否や、初年度にティエリー・ミュグレーの「エンジェル」を手掛け、一躍業界の伝説となった調香師である。その後も「ドルチェ&ガッバーナ ライトブルー」「イヴ・サンローラン(YSL)ブラック オピウム」など数々の名香を生み出し、2006年に「マスター・パルファマー」称号、2007年に「パルファマー・オブ・ザ・イヤー」、2012年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエを授与されている。2018年にはフレグランス・ファウンデーションから生涯功労賞を受けた。

成長と事業承継

2012年の発売後、メルセデス・ベンツ・パルファムは急速にグローバル展開を遂げた。アイエヌシーシーのパルファム担当副社長ティボー・ド・ヴォシエ(Thibaud de Vaulchier)が2018年に語ったところによると、「ドイツ、アメリカ、韓国、オーストラリア、中東が主力市場であり、95カ国・各国の一般流通で1万店舗以上・トラベルリテール100拠点に展開している」という。2017年末には年間売上高が1億ユーロに達したことが報じられた。また、それ以前の4年間で累計販売本数が300万本を突破したことも公式に祝われている。

2024年には、ギブ・バック・ビューティ(Give Back Beauty)がアイエヌシーシーパルファムを買収し、メルセデス・ベンツ・パルファムのライセンスが移行した。ギブ・バック・ビューティはゼーニャ(Zegna)、エリー・サーブ(Elie Saab)、ショパール(Chopard)などのフレグランスライセンスも持つ香水グループである。同グループ創業者・エグゼクティブ・チェアマンのコラード・ブロンディ(Corrado Brondi)は、「アイエヌシーシーの核にある価値観――リスペクト、イノベーション、社会的責任――は我々の価値観と一致している」と述べた。

ブランドのこだわり

「マスター・パルファマー」との協働

メルセデス・ベンツ・パルファムの最大のこだわりは、世界有数のマスター・パルファマーとの協働にある。公式サイトには「すべての香りは、世界中のマスター・パルファマーたちとの緊密なコラボレーションのもとに生まれる」と明記されており、オリヴィエ・クレスプ、オノリーヌ・ブラン(Honorine Blanc)、ドミニク・ロピオン(Dominique Ropion)、アン・フリポ(Anne Flipo)、ミシェル・アルメイラク(Michel Almairac)らの名が並ぶ。

公式サイト掲載のオリヴィエ・クレスプのコメントは、ブランドの哲学を端的に示している。

「メルセデス・ベンツのフレグランスは、このブランドを唯一無二のものにしている要素に忠実だ。細部への生来のセンスと、希少で意外性のあるものへの情熱。」
オリヴィエ・クレスプ、マスター・パルファマー

ボトルデザイン——スリーポインテッドスターの宿る容器

初代フレグランス「メルセデス・ベンツ フォーメン」のボトルは、ブランドの哲学を形に落とし込んだ設計思想で注目を集めた。無骨なほど純粋なシリンダー型の重厚なガラス瓶の底面には、スリーポインテッドスターが浮き彫りで刻まれ、ブラックキャップの上部にも同じスターが封蝋(シール)のように刻印されている。デザインの核心にあるのは「スリーク・ライン(流麗な線)、技術的な熟練、機能性、人間工学、パフォーマンス」というメルセデス・ベンツ本体の価値観の翻訳である。

2023年に登場したエルエスエー(LSA)トリロジー(ランド・シー・エア)では、このデザイン哲学がさらに深化した。3本のボトルを上から俯瞰すると、スリーポインテッドスターの形が浮かび上がる。3本がそれぞれ「スターの一点」を担う構造は、香りの世界でスリーポインテッドスターの意味——「陸・海・空の制覇」——を再解釈した試みである。

公式サイトはこう記している。「革新とノウハウが結びついて生まれた私たちのフレグランスは、高性能な製品として際立つ。強さと繊細さ、ロマンティシズムとパワー、謎めきとソフィスティケーションの誘惑的な融合。エレガンスへの頌歌であり、感覚の昂揚である」。

サステナビリティへの転換

2023年のエルエスエー(LSA)トリロジーは、素材へのこだわりという点でも画期的だった。ボトルにはリサイクル・アルミニウムとリサイクル・ガラスを使用し、詰め替えを前提とした取り外し可能なポンプを採用。外装パッケージは海藻を5〜10%含む生分解性の再生紙、インクは水性ラッカーを使用し、製造には100%再生可能エネルギーを使用している。さらに、セットで付属するレザーポーチはメルセデス・ベンツSクラスの内装製造工程で発生した余剰レザーをアップサイクルしたものだ。

原料調達においては、世界有数の天然香料サプライヤーエルエムアール・ナチュラルズ(LMR Naturals)との提携により、エシカルかつ透明性の高い調達を進めている。「サイン」に使用されるカルダモンはグアテマラで持続可能な方法で栽培されたものであり、単なる「豪奢な香り」を超えた責任ある製品づくりへの姿勢が見て取れる。

香水ラインナップ

メルセデス・ベンツ・パルファムのコレクションは大別すると、メンズ、ウィメンズ、そして近年展開が広がったサブブランド(メルセデスAMG(エーエムジー)、メルセデス・マイバッハ)から成る。以下は代表的なラインの概要である。

メンズ コア・コレクション

メルセデス・ベンツ フォーメン / For Men(2012年)
初の香水。オリヴィエ・クレスプによる、カラブリア産ベルガモット・レモン・イタリア産マンダリン・ヴァイオレット・リーフのトップノートから、ブルボン・ペッパー、ナツメグ、ガルバナム樹脂のハートノート、そしてアメリカン・シダーウッド、ベチバー、パチョリのベースノートへと続くウッディ・フレッシュな構成。

メルセデス・ベンツ マン(2015年)
オリヴィエ・クレスプ作。希少素材アンブレットシード(ムスクマロウの種)とローズウッドを軸にした、フゼア・ウッディの香り。日本では2025年10月のブルーベル・ジャパン取り扱い開始時からの主力品目の一つでもある。

ザ・ムーブ / The Move(2019年)
ドミニク・ロピオンによる都市的なフゼア・アロマティック。グレープフルーツ・カルダモン・アップルブロッサムのトップ、ゼラニウムと革新的なソルティ・マリン・アコードのハート、トンカビーン・バルサムファーのベース。「若く自由な世代へのアンセム」として打ち出されたライン。

サイン / Sign(2021年〜)
オリヴィエ・クレスプ作。グアテマラ産カルダモンを主役に据えたシグネチャー・ライン。2021年の「サイン」(オードパルファン)、2022年の「サイン・ユア・アティチュード」(オードトワレ)、2024年の「サイン・ユア・パワー」(オードパルファン)と三部作を形成する。サイン・ユア・パワーのトップノートは、カルダモン、ピンク・ペッパーコーン(超臨界流体抽出)。

「グアテマラで例外的な原料に出会った。なかでもカルダモンは特別だった。」
オリヴィエ・クレスプ

エルエスエー(LSA)トリロジー(2023年)

スリーポインテッドスターの3点が象徴する「陸・海・空」をそれぞれ一本の香りに昇華させたシリーズ。アン・フリポ作。3本すべてにフローラル・ウッディ・パチョリの共通ベースを持ち、単独でも2本でも3本でも重ねづけが可能(組み合わせは計7通り)。

  • ランド(Land): ココアシェル、トンカビーン、ローズマリーの温かくアーシーな構成
  • シー(Sea): タンジェリン、ヴァイオレット・リーフ、シーウィードによる海洋的フレッシュネス
  • エア(Air): エンジェリカ、アーティショーク、プティグランのクリーンでエアリーな印象

ウィメンズ

メルセデス・ベンツ ウーマン(2016年)
オノリーヌ・ブランの創作によるオリエンタル・フローラル。ブラジル産ガーデニア、ペアのトップ、ジャスミン・オレンジブロッサムのハート、バニラ・カシミールウッド・サンダルウッドのベース。

「魅惑的で、豪奢で、予想外のフレグランス。女性の個性を際立たせ、称えるために創られた。」
オノリーヌ・ブラン、マスター・パルファマー

サブブランド展開(2024年〜)

2024年以降、ギブ・バック・ビューティ主導のもとでサブブランドへの展開が加速した。

メルセデスAMG(エーエムジー)ライン(2024年): エーエムジーの持つ「パフォーマンスとドライビング・プレジャー」をフレグランスで表現する新コレクション。パフォーマンスへの情熱を、香りの個性として楽しむラインだ。

メルセデス・マイバッハ ライン(2024年9月): アン・フリポが手掛けた6種のユニセックス・フレグランス。コレクション名は「ラディアント・グリーン」「スノー・ホワイト・レザー」「ファシネイティング・ウード」「ヴァイブラント・チューベローズ」「アンエクスペクテッド・オリス」「カリスマティック・ローズ」。ボトルはマイバッハ車のクロームパーツを想起させるポリッシュドアルミ仕上げに、マイバッハのパターンが施されたガラスとエングレービング入りのロゴが特徴。

ちなみに…

ブランド名の由来を秘めた「父の愛」
メルセデス・ベンツという名前は、エミール・イェリネックが愛娘メルセデスにちなんで付けた車名に由来する。「メルセデス」はスペイン語・ポルトガル語で「恩寵・慈悲」を意味し、1902年に商標登録された。今日まで「メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)」のロゴを冠するフレグランスのボトルには、そのロマンティックな物語が静かに息づいている。

カンヌのパーティが伝説と化した理由
アイエヌシーシーのレミ・デランドがティーエフダブリューエー(TFWA)ワールド・エキシビジョン(カンヌ)期間中にホテル・マジェスティックで毎年開催していたカクテルパーティは業界内で「伝説的」と評されていた。シャンパンと音楽が溢れる中、デランドが拳を振り上げてゲストに挨拶する光景は、メルセデス・ベンツ・パルファムの情熱を象徴するシーンとして語り継がれている。

Sクラスのレザーが香水ポーチに
エルエスエー(LSA)トリロジーのセット版に付属するレザーポーチは、メルセデス・ベンツSクラスの内装シート製造時に発生した余剰レザーを再利用(アップサイクル)して作られている。「自動車製造の副産物が香水のパッケージになる」という発想は、ブランドの一貫性を示す演出として秀逸である。

日本では2025年10月から
日本市場においては、2025年10月22日からブルーベル・ジャパン株式会社がメルセデス・ベンツ・フレグランスの取り扱いを開始した。伊勢丹新宿本店や三越銀座店などの百貨店、同社運営のラトリエ デ パルファムで購入できる。

参考文献