Meo Fusciuni(メオ フシューニ)——分子よりも先に、詩がある

メオ フシューニの世界観と香水「Little Song Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「私の歩んだ道は、調香師としては明らかに異色だ。化学者であり薬草師として、沈黙の場所で、自然がその真髄を表現する植物の中に青春を過ごした。モロッコとトルコでの人類学的・民族植物学的体験がアラブ世界への情熱へとつながり、アロマセラピーへの愛着が生まれ、ほとんど意図せず香水の世界へと踏み込むことになった。ピラミッドよりも詩よりも先に、まず匂いがある。香水は、それを包む液体と、その中に閉じ込められた詩的言語——生涯にわたる旅だ。私にとって香水はアートであり、経験した感情と感覚を呼び覚ます手段だ。だから、ただ香水を纏うのではなく、芸術的な表現を体現する媒体となる。」

—— Meo Fusciuni(メオ フシューニ/ジュゼッペ・インプレッツァビレ)

基本情報

設立年: 2010年

創設者: Giuseppe Imprezzabile(ジュゼッペ・インプレッツァビレ)。ブランド名「Meo Fusciuni(メオ フシューニ)」は彼のアーティスト名でもある。

アーティスティック・ディレクター: Federica Castellani(フェデリカ・カステッラーニ)

読み方の注記: 日本の正規取扱店では「メオ フシューニ」と表記される。

公式サイト: https://www.meofusciuni.com/

創設者・ブランドの成り立ち

シチリアという原点

ジュゼッペ・インプレッツァビレは1977年の春、シチリア島西海岸の歴史的な漁港町マザーラ・デル・ヴァッロに生まれた。 この街はイタリア最大級の漁港のひとつであり、何世代にもわたる漁師や航海者の一族が暮らす場所だ。海を隔てた対岸にはチュニジアがある地中海に面した街で、歴史・文化・民族が交差する独特の空気を帯びている。

ブランド名「メオ フシューニ」は、彼の家族への深いオマージュでもある。「Meo(メオ)」は父親バルトロメオ(Bartolomeo)の短縮形、「Fusciuni(フシューニ)」はシチリア方言で「流れ・流れる小川」を意味すると紹介されており、祖父のニックネームだった。 この詩的な芸名には、記憶と継続性というブランド全体のテーマが既に刻み込まれている。

科学と旅の青春期

シチリアでの幼少期を経て、ジュゼッペは北イタリアへと移り、科学の世界へ没頭していく。彼が専攻したのは生化学、薬草学、民族植物学、アロマセラピー、そして人類学という、非常に幅広い領域だった。 パルマ大学でハーブを学んで薬草学の学位を取得したとも伝えられており、のちに移り住んだ北イタリアの街でハーバリスト(薬草店)を営んだという記録も残っている。

しかし、彼の探求はそこに留まらなかった。大学卒業後、ジュゼッペはモロッコ、トルコ、中東各地を旅しながら、ハーブとスパイスの知識を実地で深めていった。 さらに空間演出のアーティストとしても活動したとされており、科学と芸術の両側面を生きた稀有な経歴が形成されていく。この時期の経験——異文化との接触、植物との対話、詩や文学への耽溺——が、のちの調香哲学の土台となる。

自身でもインタビューの中でこう語っている。

「私の香水への道のりはかなり型破りなものだった。化学と植物学の幅広い研究と、抽出ラボでの長い時間から始まった。この背景が、特に処方と合成香料分子という、私が最も複雑で難解と感じた側面を理解する上で、大いに役立ってくれた。」

転機——イスタンブールの扉

2009年、すべてを変える旅があった。イスタンブールを訪れたジュゼッペは、グランド・バザールに漂うスパイスの香り、ボスポラス海峡の湿った空気、モスクの荘厳な沈黙の中で、何か「扉が開く」感覚を覚えた。 彼はその体験を「ドアが開き、勇気を持って踏み込んだ瞬間」と表現する。

この旅の体験が、最初の香水「1# ノッタ ディビアーチョ(リット・ド・パサージュ)」の直接のインスピレーションとなり、2010年のブランド創設へとつながった。 以来ジュゼッペは、旅で出会った感情を香りに変えること——それを人生の仕事として歩み始める。

「調香師になるとは想像もしていなかったし、家業でもなかった。しかし、薬草の研究と文学への深い愛から、芸術的調香というものが科学と芸術の完璧な融合であることを理解するようになった。分子と言葉の調和だ。」

パートナー、そしてメンター

ブランドの創設は、ジュゼッペひとりの物語ではない。パートナーであり、ブランドのアーティスティック・ディレクターを務めるフェデリカ・カステッラーニ(Federica Castellani)は、ブランドのビジュアル・アイデンティティとストーリーテリングの言語を形作る存在だ。 新しい香水が生まれる過程でも、まずジュゼッペが感情や旅の体験を詩として書き留め、それをフェデリカとともに素材とイメージに翻訳していく。

また、調香師としての技術的な発展において、イタリア人調香師アルトゥレット・ランディ(Arturetto Landi)との出会いは特別な意味を持つ。ジュゼッペ自身がランディを「師(マエストロ)」と呼び、2024年のエクサンス(Esxence)ではふたり並んでブースに立った。 この師弟関係は、独学と実地の経験から始まったジュゼッペの調香の道に、確固たる技術的礎を与えたと思われる。

アトリエという「寺院」

現在ジュゼッペのアトリエはイタリア・リグーリア州サルザーナにある。以前はサルソマッジョーレ・テルメという温泉地の街に拠点を置いていたが、2025年に現在のサルザーナへと移転した。 彼はこのアトリエを「寺院(temple)」と呼ぶ。 「旅から戻るたびにここに帰り、魂が形を持って香りある液体になる」——そう公式サイトには記されている。

ブランドのこだわり

「詩が分子の前に来る」という哲学

メオ フシューニのブランド哲学を一言で表すなら、「poetry before the molecule(分子よりも先に詩)」という言葉になる。 香水を作り始めるとき、ジュゼッペは最初にラボへは向かわない。まず詩を書き、物語を構想し、音楽を聴く。ある旅の体験、ある感情の揺れ、ある文学作品との対話——そうした内面の出来事が熟成して初めて、素材の選定と処方の作業が始まる。

「香水とは緊急性であり、精神の状態であり、旅だ。自分自身を発見しようとする探求として、世界の中に生まれ出る。それは他者と共有する前に、まず自分自身に何かを語りたいという衝動から生まれる。」

各香水には、その誕生にまつわる詩やテキストが添付され、時には制作中にアトリエで流れていた音楽のプレイリストまでが記される。サンプルセット(ディスカバリーセット)を購入した人々は、香水の小瓶とともに小冊子を受け取ることになる——そこには商業的なマーケティングコピーではなく、香水の第一行となった本物の詩と個人的な省察が綴られている。

「アロマトリオ」という自己定義

ジュゼッペは自身を「ノーズ(nez)」とも「調香師(perfumer)」とも呼ばれることを好まず、「アロマトリオ(aromatorio)」という古い薬局用語を用いる。これは、植物の知識を持ち、スパイスや薬用植物を適切に扱うことを心得た人物を指す古語だ。 この言葉の選択に、彼の本質が凝縮されている——科学者の厳密さと、薬草師の自然観、詩人の感受性を兼ね備えた存在。

素材へのこだわり——天然と合成の錬金術

素材選びにおいては、世界各地の信頼できるサプライヤーとの長年の関係を大切にしている。天然素材の比率は高く、植物学・民族植物学の知識から各素材の「魂」を深く理解した上で配合が行われる。一方で、特定の効果や「質感」を実現するために合成香料も積極的に活用する。

原料サプライヤーとしては、フランスの老舗香料会社ロベルテ(Robertet)との関係を特に重視しており、近年はイタリアのアトリエ・フラグランツェ・ミラノ(Atelier Fragranze Milano)との連携も深めている。 天然素材の中でもとりわけベチバー(vetiver)との結びつきは強く、「その地理的なニュアンスと様々な抽出方法に魅了される」と語る。合成分子ではヘディオン(hedione、ジャスミン様の香りをもつ合成香料で香りに透明感と広がりをもたらす)を多用し、フローラルアコードに動きと軽やかさを与えている。

製造はすべてイタリア国内で行われている。

ボトル・パッケージデザイン

パッケージのビジュアルデザインはフェデリカ・カステッラーニが担当する。 ボトルは薬局の調合瓶を思わせるシンプルな佇まいで、飾り気がなく実用的でありながら、職人的な高品質感を漂わせる。 アンバー色(茶褐色)のガラスボトルに「人生の記憶を閉じ込める」という表現は、この特徴的なデザインを言い当てている。 展示では、ダークグレーのスタンドにゴシック的な雰囲気が漂うとも評されており、ブランド全体の内省的・文学的な世界観がビジュアルにも一貫して現れている。

香水ラインナップ

メオ フシューニのコレクションは、「サイクル(cycle)」あるいは「トリロジー(trilogy)」と呼ばれる複数の章で構成されている。すべての作品はジュゼッペ自身の自伝的記録であり、それぞれが特定の旅、詩的体験、あるいは精神的探求に根ざしている。

旅のトリロジー(2010年〜)

ブランドの最初のコレクション。ジュゼッペ自身にとって最も重要な3つの土地——イスタンブール、モロッコ、シチリア——への旅の記憶が香りに変換された。

  • 1# ノッタ ディビアーチョ(リット・ド・パサージュ):ブラックペッパーが弾けるバザールの空気から始まり、インセンスとベチバーの聖地の沈黙へと至る、イスタンブールへの旅。
  • 2# ノッタ ディビアーチョ(シュクラン):モロッコ産ドワーフミントとユーカリが清々しく、タバコがほのかに漂うモロッコへの賛歌。「シュクラン」はアラビア語で「ありがとう」の意。
  • 3# ノッタ ディビアーチョ(チャヴール・ダムール):「チャヴール・ダムール」とはシチリア方言で「愛の香り」。幼少期を過ごした祖母の庭のイチジクの木陰、母の腕の記憶が甦る、シチリアへの愛の手紙。

詩のサイクル(2012〜2013年)

旅という物理的移動の次に、ジュゼッペが向かったのは詩という精神的空間だった。

  • ノットゥルノ(Notturno):ヘルダーリン、リルケ、ツェラン、ストリンドベリ、ドストエフスキーという5人の詩人・作家たちの「夜」にインスパイアされた作品。インクとラムが暗示する真夜中の書き物机、レザーとアンバーがまとう黒いベルベットの香り。「ただ一色、黒」とジュゼッペは表現する。
  • ルーチェ(Luce):建築家ルイス・カーン(Louis Kahn)の建築的調和にインスパイアされた「光」の香り。夜明け前の静寂、まだ眠る自然の清澄な空気を表現する。

神秘のトリロジー(2014年頃〜)

  • ナルコティコ(Narcotico):2014年頃にリリースされた、ブランド初のパルファン(エクストレ・ド・パルファン)。パレルモの聖地と教会を巡る旅から生まれ、神聖さと人間の魂の香りを探求する。 ジュゼッペはこう語る。「ナルコティコは神秘主義サイクルの第一章だ。聖なる場所と人間の魂の香りに変容した精神的・肉体的旅。香りが儀式となる作品で、静かに、その語りを聞くことが大切だ。」

変容のサイクル(2018年〜)

  • リトルソング(Little Song)(2018年):ローズとコーヒーという類まれな組み合わせが象徴的。「時間は流れるが、過ぎ去っていかないように見える——変化をもたらす時間」というテーマ。孤独と希望の境界線に立つ香り。

時を超えたトリロジー(〜2023年)

アジアへの旅にインスパイアされた三部作。

  • ヴァラナシ(Varanasi)(2020年):2017年のインド・バラナシへの旅の記録。ガンジス川のほとりで感じた「インドが心と魂に残したもの」を表現したとされる。サフラン、ウード、スパイクナードが重厚な東洋的世界を描く。
  • アンコードゥトン(Encore du Temps)(2022年):ラオスへの旅でカップのお茶に落ちたオスマンサスの花びら——「時間が止まればよかった」という瞬間からインスパイアされた。フェデリカへの愛の献辞でもある作品で、2023年のアート・アンド・オルファクション・アワーズ(Art and Olfaction Awards)アルチザン部門ファイナリストに選出された。
  • ソーニ(Sogni)(2023年):「夢」を意味するイタリア語のタイトル通り、日本への夢を紡いだ作品。川端康成の文学と黒澤明の映画、そして盆栽への愛情が溶け込んだウッディな香り。「異なる木々が時間の経過、人生そのものを語る」という構想のもとに作られた。

近年の独立作品

  • ヴィオーレ・ネーレ(Viole Nere)(2023年):「黒いスミレ」という名の通り、古典的なスミレを現代的に解釈した作品。庭園への愛と、3月の夜明け前の湿った土の冷たさを表現する。カシス、ヴェチバー、パチョウリの組み合わせが深みを作る。 2024年のアカデミア・デル・プロフーモ(Accademia del Profumo)において「ベスト独立ブランド芸術的香水(Miglior Profumo Artistico Marca Indipendente)」を受賞している。
  • ブイオ(Buio)(2024年):「闇」を意味し、眠れぬ夜の精神的な旅を描く。「夜だ、暗い。心が彷徨う。ブイオは闇の中に自分の光を求める瞬間を語る」——その言葉通り、カード・オイルとフランキンセンスのくすぶるような重さから始まり、オスマンサスと牡丹の微かな光を経て、ベチバーとセダーウッドの静寂に着地する。
  • イゾラ(Isola)(2025年):シチリアと日本という、ジュゼッペにとってふたつの「島」の記憶を掛け合わせた2025年の作品。ユズとレモンの輝くシトラスが核となる、珍しいほど光に満ちた作品。「これは私の光への転換だ」とジュゼッペ自身が記している。

ちなみに……

ボローニャ大学との共同研究: 2015年時点で、ジュゼッペはボローニャ大学心理学部と嗅覚記憶と人生の関係についての研究プロジェクトに参加していたと語っている。 その後の経緯や現状については公開情報が見つからなかった。

調香師が本を書く: ジュゼッペは「Ovunque(オヴンクエ/どこにでも)——調香師の文章」というタイトルの書籍を上梓している。2024年3月にはメンターのアルトゥレット・ランディとともにミラノの10 Corso Como(ディエチ コルソ コモ)でイベントを開催し、詩的・嗅覚的なリーディングを行った。

著名評論家の証言: 香水評論家のルカ・トリン(Luca Turin)はエクサンスで「ヴィオーレ・ネーレ」を試した際、「吹き飛ばされた(blown away)」と表現している。さらに、メオ フシューニを「インタレスティング・トップノートのマスター——稀有なスキルを持つ調香師」と評した。

ÇaFleureBon(サフルボン)の「2024年ベスト調香師」: 香水専門メディア「ÇaFleureBon(サフルボン)」は2024年のベスト調香師にジュゼッペ・インプレッツァビレを選出している。

参考文献