ティファニー(Tiffany & Co.)― ジュエリーが香りになる日

ティファニーの世界観と代表製品「Tiffany Signature Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「香水とは、無意識と意識の間、そして過去と現在の間を結ぶ魔法の使者だと考えます。それはノスタルジーの使者ではなく、タイム・カプセルの使者です。昨日、今日、そして明日の間に私たちを位置づける力を持っています」

— ダニエラ・アンドリエ(調香師)、2017年ティファニー フレグランス発表イベントにて

基本情報

  • 設立年(ブランド): 1837年
  • 創設者: チャールズ・ルイス・ティファニー(Charles Lewis Tiffany)
  • フレグランス参入年: 1987年(ブランド創業150周年)
  • フレグランス ライセンス: コティ(Coty)
  • 公式サイト: tiffany.co.jp

創設者・ブランドの成り立ち

ニューヨーク、259番地から始まった物語

1837年9月18日、わずか25歳のチャールズ・ルイス・ティファニーは、友人のジョン・B・ヤング(John B. Young)とともに、ニューヨーク・ブロードウェイ259番地に小さな「文房具・贈り物店(stationery and fancy goods store)」を開いた。創業資金は父親から借りた1,000ドル。後にジェイ・エル・エリス(J. L. Ellis)が加わり、店は「ティファニー、ヤング・アンド・エリス(Tiffany, Young and Ellis)」として知られるようになる。

開店直後から、この店はニューヨークの社交界人やビジネス界の大物、さらには国外の国家元首までをも引きつける「ハイソサエティーの聖地」となった。値札を堂々と掲げ、値引きを一切しない姿勢と、現金払いのみという厳格なポリシーは当時としては異例であり、これこそがブランドの「品質への絶対的な自信」を物語るものでもあった。

ジュエリーハウスへの転換

1853年、チャールズが経営権を掌握し、社名を「ティファニー・アンド・カンパニー(Tiffany & Co.)」に改めると同時に、ジュエリーへの特化という戦略的転換を断行した。この判断はやがて実を結ぶ。1862年の南北戦争では連邦軍向けに軍刀や手術器具まで製造し、1867年のパリ万博では銀細工の卓越さが認められてグランプリを獲得するなど、ティファニーの名はアメリカを超えて世界に広まっていった。

1878年には、後にブランドの象徴となる稀少なイエロー・ダイヤモンドの原石を購入。原石はカット後に128.54カラットとなった。さらに1887年にはフランス王室宝冠宝飾品の約3分の1を入手し、チャールズは「ダイヤモンドの王(The King of Diamonds)」と呼ばれるようになった。この称号が示す通り、ティファニーは単なる小売店ではなく、アメリカ発のラグジュアリー・デザイン・ハウスとしての地位を不動のものにした。

受難と再生

1978年、化粧品大手のエイボン・プロダクツ(Avon Products)が同社を買収。ブランドイメージが揺らぐ時期もあったが、1984年にウィリアム・R・チェイニー率いる投資家グループが再買収し、経営を刷新した。チェイニーが最高経営責任者に就任した後の1987年5月、ティファニーは株式を公開。その同じ年の秋、創業150周年を迎えたブランドは、ジュエリーの世界を超えた新たな挑戦に踏み出す。

「ブレックファスト・アット・ティファニーズ」が刻んだ記憶

フランス王室の宝飾品を手にしたティファニーを決定的に文化の中心へと引き上げたのが、1961年公開の映画『ティファニーで朝食を(Breakfast at Tiffany’s)』であった。オードリー・ヘプバーンが演じたホリー・ゴライトリーの憧れのまなざしが向けられる、フィフス・アベニュー727番地の旗艦店(1940年よりこの地に存在)は、以来ニューヨークという街の象徴的な景色となった。

ブランドのこだわり

ティファニー ブルーとアイリスという二本の軸

ティファニー・フレグランスを語るとき、外すことのできないモチーフが二つある。ひとつは、ブランドを象徴する「ティファニー ブルー(Tiffany Blue®)」。そしてもうひとつが、「アイリス(iris)」という花である。

アイリスとティファニーの縁は、香水が誕生するずっと以前にさかのぼる。ティファニーの最も古い設計スケッチには繰り返しアイリスのモチーフが登場しており、1900年のパリ万博では、デマントイド・ガーネットとモンタナ・サファイアをあしらったアイリスのブローチがグランプリを受賞した。このアイリスへの敬意が、のちにフレグランスの「魂の素材」となる。

ダイヤモンドを封じ込めたボトル

2017年のシグネチャー フレグランスのボトルは、まさにティファニーのジュエリーそのものを写した器である。ボトル底部のファセット(多面体カット)加工は128.54カラットのティファニー・ダイヤモンドのカットを模したものであり、ショルダーの幾何学的なラインはルシダ・カット(Lucida-cut)のエンゲージメント・リングにインスパイアされた。カラー部分には「T」字パターンのティファニー ブルーのアクセントが入り、フラコンはティファニーのシグネチャー・ブルー ボックスに収められて届けられる。

アイリス バターという独自の素材哲学

現行のシグネチャー フレグランスのハートに使われるアイリスは、単なる「アイリス香料」ではない。毎年7月から8月にかけてフランスで収穫されたアイリスの根茎を原料とし、ティファニー フレグランス専用に開発された独自の水蒸気蒸留(ハイドロディスティレーション)によって抽出された「アイリス バター(iris butter)」が使用されている。この製法がもたらす純粋でブライトな、かつ長続きする豊かなノートは、ティファニーの香りの最も個性的な核心となっている。

香水ラインナップ

第一章:シャネル・チームが作った「150周年の香り」(1987〜2003年)

ティファニーが最初に香水の世界に足を踏み入れたのは、創業150周年を記念した1987年のことである。シャネルの調香師との協力のもと誕生した最初のフレグランス「ティファニー(Tiffany)」は、当時シャネルに所属していた調香師フランソワ・ドゥマシー(François Demachy)の手によるものだった。ドゥマシーは1949年にカンヌで生まれ、香料の都グラースで育った。後にエルヴィーエムエイチ(LVMH)傘下のディオール専属調香師として数々の名作を生み出す存在だが、当時はジャック・ポルジュ(Jacques Polge)とともにシャネルで活躍していた。

フレグランス「ティファニー」は1987年9月に、まずティファニー本店のみで30ml/220ドルという価格で発売され、翌年から高級百貨店でも展開された。ブラックカラントとマンダリンのトップから、タイフローズ、イランイラン、アフリカン オレンジ フラワー、アイリス、ジャスミン、スミレ、スズランが咲き乱れる豊かなフローラル・ハート、そしてサンダルウッド、ベチバー、アンバー、バニラのウォーム・ベースへと続く、重厚なフローラル・ブーケである。発表イベントには当時人気のファッション・モデル、キム・アレキシス(Kim Alexis)がアンバサダーとして登場した。翌1988年にはフレグランス業界の「オスカー」とも呼ばれるフィフィ・アワード(FiFi Awards)にて「女性フレグランス・ラグジュアリー部門」を受賞している。

続く1989年には男性向け「ティファニー フォー メン(Tiffany for Men)」が登場。こちらの調香師は同じくシャネル所属のジャック・ポルジュで、ラベンダー、レモン、カルダモンのブライトなオープニングから、サンダルウッドとスパイシーなナツメグのクリーミーなハートへと続くウッディ・アロマティック系の香りである。ボトルは両作品ともピエール・ディナン(Pierre Dinand)がデザインした。ディナンはパリ生まれの伝説的なフラコン・デザイナーで、1000本以上の香水ボトルを手がけた巨人であり、イヴ・サンローラン(YSL)の「オピウム」やカルバン・クラインの「オブセッション」なども彼の作である。

この後、1995年に「トゥルエスト(Trueste)」、1998年に「ティファニー フォー メン スポーツ(Tiffany for Men Sport)」、1999年にはジャック・ポルジュ作の「シアー ティファニー(Sheer Tiffany)」と、シャネル・クリエイティブ・チームによる香水が続いた。2003年には「ピュア ティファニー(Pure Tiffany)」が登場し、翌2004年にはフレグランス・ファウンデーションの「女性プレステージ フレグランス・オブ・ザ・イヤー」をバーバリー ブリットと同時受賞した。

第二章:30年ぶりの大型再起動(2017年〜)

ピュア ティファニー以降、ティファニーは約14年間にわたって新作フレグランスを発表しなかった。そして2017年、ジュエリーハウスとして30年ぶりの本格的なフレグランス再参入を果たす。今度のパートナーは2016年にライセンス契約を結んだコティであり、調香師の系譜はシャネルからジボダン(Givaudan)へと移った。

白羽の矢が立ったのは、ダニエラ・アンドリエ(Daniela Andrier)である。ドイツ・ハイデルベルク生まれのアンドリエはパリのソルボンヌ大学で哲学を学んだ後、1988年にシャネルでインターンとして調香の世界に入り、翌年ルール調香学校(現ジボダン)で本格的に学んだ。プラダの「インフュージョン ダイリス」やマルタン マルジェラの「アンタイトルド」など、エレガンスと知性を兼ね備えた香りで名を馳せ、2025年にはフレグランス・ファウンデーションUSAの「ライフタイム・アチーブメント・パフューマー・アワード」を受賞している。

彼女のモットーは「どんなクリシェとも距離を置く(Far from any cliché)」。アンドリエは2017年のシグネチャー フレグランスについてこう語っている。

「香水を作るプロセスは神秘的で、まるで誰かに評価されることを恐れずに歌を口ずさむような感覚です。生み出されるものは、あなたの生命エネルギーの本質—生への愛—の結晶です」

また、香りとアイリスについての深い執着をこう表現している。

「アイリスに魅了されている。そしてアイリスはティファニーと長きにわたって結びついている」

「ティファニー オー ド パルファム(Tiffany Eau de Parfum)」(2017年)は、ヴェール・ドゥ・マンダリン(未熟なタンジェリン)のヴァイブラントなトップノート、フランス産アイリス バターの凛としたハート、そしてパチュリとムスクのセンシュアルなベースで構成される、削ぎ落とされたモダンな香りである。「素肌、香り、ひとつの宝飾品、そしてひとつの象徴的な色」というコンセプトのもと、著名な写真家スティーブン・マイゼル(Steven Meisel)が撮影したキャンペーンではモデルのヴィットリア・チェレッティ、ジュリア・ノービスらが起用され、音楽には歌手セント・ヴィンセント(St. Vincent)による「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ(All You Need Is Love)」カバーが使われた。

「ティファニー オー ド パルファム インテンス(Tiffany Eau de Parfum Intense)」(2018年)は、オリジナルのアイリス・シグネチャーをより濃厚に深めた作品で、ピンクペッパーが加わったトップ、アイリスたっぷりのハート、そしてアンバーとベンゾインの甘いベースが特徴的である。こちらもダニエラ・アンドリエの作。2019年にはイタリアのアッカデミア・デル・プロフーモ(Accademia del Profumo)より「ベスト・フェミニン・オルファクトリー・クリエーション(Best Feminine Olfactory Creation)」を受賞した。

「ティファニー &ラブ(Tiffany & Love For Her / For Him)」(2019年)は、ブランド初のペア・フレグランス・コレクション。フォーハーはフィルメニッヒ(Firmenich)のオノリーヌ・ブランとマリー・サラマーニュが、フォーヒムはアイ・エフ・エフ(IFF)のソフィー・ラッベとニコラ・ボーリューが手がけた。両作品を結ぶ共通素材が「ブルー・セコイア(Blue Sequoia)」であり、これはティファニー ブルーへの香りによる敬意でもある。ボトルはリード・クラコフによるブルーガラス製のシリンダー形で、銀のプレートに素材名が刻まれている。

「ワイルド アイリス パルファム(Wild Iris Parfum)」(2020年、限定版)は、ダニエラ・アンドリエによるアイリス香水の集大成ともいえる一作で、ヴェネチア・ムラノ島の名門ガラス工房セグーソ・ヴェトリ・ダルテ(Seguso Vetri d’Arte)製の手吹きフラコンに収められた。ティファニー ブルーの内側が無色の外側に包まれる「ソンメルソ(Sommerso)」技法によるこのボトルは、世界各地の美術館にセグーソの作品が所蔵されるほどの芸術品でもある。

「ティファニー ローズ ゴールド(Tiffany Rose Gold Eau de Parfum)」(2021年)は、ロベルテ(Robertet)所属の調香師ジェローム・エピネット(Jérôme Epinette)が手がけた新しいシリーズ。ブラックカラントのスパークリングなトップ、ジャパニーズ・ローズとバイオレットの香りを組み合わせたブルーローズ・アコードのハート、アンブレット・シードのウォームなベースで構成され、ティファニーのローズ ゴールド ジュエリーからインスピレーションを受けたブラッシュ・ピンクのフラコンが印象的である。

「ティファニー シアー オー ドゥ トワレ(Tiffany Sheer Eau de Toilette)」(現行)もダニエラ・アンドリエ作で、ブラックカラント、ヴェール・ドゥ・マンダリン、イランイランのブライトなオープニングからローズ、そしてアイリスのベースへと落ちるシグネチャー フレグランスの「軽やかな解釈版」として位置づけられている。

ちなみに…

「ブルー ボックス」の秘密
ティファニー ブルーのカラーの名称は「パントーン No.1837」。この数字はブランドの創業年「1837」に由来する。そして1853年に初めて登場したブルー ボックスは、あまりに人気が高く、当時の顧客たちは「中身ではなくボックスだけ売ってほしい」と店に来たという逸話が残っている。

「シャネルとティファニー」という意外な縁
1987年から2003年にかけて発売されたティファニーのフレグランス(「ティファニー」「ティファニー フォー メン」「シアー ティファニー」ほか)はいずれも、フランソワ・ドゥマシーやジャック・ポルジュといったシャネルの調香師チームが手がけたものである。特にポルジュはシャネルの主任調香師として、「N°5 オー プルミエール」「シャンス」「ブルー ドゥ シャネル」などを生み出した人物だ。ジュエラーとシャネルという意外な組み合わせが、初期ティファニー フレグランスの品質を支えていた。

アイリスのブローチとグランプリ
1900年のパリ万博でグランプリに輝いたアイリスのブローチは、デマントイド・ガーネット(demantoid garnet)とモンタナ・サファイアを組み合わせた作品であった。デマントイド・ガーネットはアンドラル石(andradite)の稀少な変種で、強いダイスパージョン(光の分散性)を持つ宝石。その輝きがアイリスの生き生きとした花びらを表現するのに最も相応しい素材として選ばれた。このブローチが残した栄光が、100年以上の時を経て、フレグランスのDNAに刻み込まれているのである。

参考文献