ペンハリガン(Penhaligon’s)——千の鼻腔を震わせた男の物語

ペンハリガンの世界観と香水「Halfeti Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「彼の真骨頂は、ヘアウォッシュと香料の製造にあった。その両方が今や世界中に知れ渡っている。」

— ウィリアム・ペンハリガンの訃報(1902年)

基本情報

設立年: 1870年(ロンドン、ジャーミン・ストリート)

創設者: ウィリアム・ヘンリー・ペンハリガン(William Henry Penhaligon、1837–1902)

公式サイト: https://www.penhaligons.com

読み方の注記: 日本語表記は「ペンハリガン」が一般的だが、英語の発音は「ペン=ハリ=ガンズ」に近い。

創設者・ブランドの成り立ち

コーンウォールの少年が夢を持った日

ウィリアム・ヘンリー・ペンハリガンは、1837年1月27日、イングランド最南西端のコーンウォール州、ペンザンス近郊のマドロンという村に生まれた。コーンウォールといえば、海賊伝説と荒涼とした断崖で知られるワイルドな土地である。村でどんな幼少期を過ごしたかについて、詳細な一次資料は見当たらないが、少なくとも確かなことがある——彼は早くから香りと理髪術に強い関心を持ち、その地方には収まりきらないほど大きな夢を抱えていた、ということだ。

1861年、ウィリアムはペンザンスで香料・理髪業を始めた。しかし彼の目はすでにロンドンへ向いていた。19世紀のイギリスは蒸気機関車、電球、鮮やかな染料、そして無線や電話など、革命的な発明が次々と生まれる時代だった。ウィリアムは、この興奮の渦の中心地でこそ自分の夢が花開くと確信していたのだろう。

ロンドンへ——ジャーミン・ストリートとの出会い

1869年、ウィリアムは家族とともにロンドンへ移り住み、ウェストミンスターのロチェスター・ロウにいた親戚のヘンリーのもとに身を寄せた。彼が真っ先に向かったのは、セント・ジェームズ地区のジャーミン・ストリート——紳士服の名店や高級床屋が軒を連ねる、当時のロンドンで最も洗練された通りのひとつである。

ここでウィリアムは、76番地にあった「ロンドン・ハマム」、すなわちヴィクトリア朝時代のトルコ風呂施設の専属理髪師として働き始めた。この職を足がかりに、彼はロンドンの上流階級の人々の髪を整えながら、着々と顧客との信頼関係を築いていった。

ハマム・ブーケの誕生——最初の香り

トルコ風呂の蒸気の向こうから漂ってくる薫香——ローズ、ラベンダー、ジャスミン、シダーウッドが混じり合う、異国情緒あふれる香り。その香りに着想を得たウィリアムは、1872年、初のフレグランス「ハマム・ブーケ(Hammam Bouquet)」を世に送り出した。

「ハマム(Hammam)」とはアラビア語で「温浴場」を意味する。当時、華やかなフローラルの香りが好まれた時代に、ウィリアムがあえて男性向けとして打ち出したこのフレグランスは、一種の社会的挑戦でもあった。清潔感と東洋的な神秘を兼ね備えたその香りは、たちまち顧客の間で話題になった。公式サイトには「それは珍しく、刺激的で、かなりの反響を呼んだ」と記されている。

1874年、ウィリアムはハマムのサロン運営を引き継ぐと同時に、香水や関連商品の販売にも本格的に乗り出した。公式の創設者紹介によれば、1880年には、職人の右腕だったジェイヴォンズ氏とパートナーシップを組み、「ペンハリガン&ジェイヴォンズ(Penhaligon & Jeavons)」という名でジャーミン・ストリートに店舗を構えた。

ヴィクトリア女王の御用達理髪師・調香師へ

評判が広まるにつれ、ウィリアムの顧客名簿には錚々たる名前が並ぶようになった。オスカー・ワイルド、ウィンストン・チャーチル、さらにはペルシャ国王も彼の店を訪れたと伝えられている。そしてついに、ウィリアムは「女王陛下御用達の宮廷理髪師・調香師」の称号を得た。コーンウォールの一村少年が、ヴィクトリア朝イギリスの王宮へと上り詰めたのである。

1902年、ウィリアムは65歳でこの世を去った。冒頭に引いた彼の訃報は、その業績を簡潔に、しかし力強くたたえている。翌1903年、エドワード7世の王妃アレクサンドラは、ウィリアムの逝去を惜しみつつ、ペンハリガンに初の王室御用達証(ロイヤル・ワラント)を授与した——「天然の素材を愛するアレクサンドラ王妃にとって、ペンハリガンはまさにそのトレードマークを体現するブランドだった」という。

息子ウォルターが継ぎ、ブレナム・ブーケへ

ウィリアムの遺志は息子のウォルター・ペンハリガンへと受け継がれた。ウォルターは父の姿勢を忠実に守りながら、社会の上流層を香りで魅了し続けた。そして1902年、第9代マールボロ公爵チャールズ・スペンサー=チャーチルから、自邸のために専用の香水を作ってほしいとの依頼が舞い込んだ。こうして誕生したのが「ブレナム・ブーケ(Blenheim Bouquet)」である。

シトラス系のレモンやライム、ラベンダー、マツ、ブラックペッパーからなるこのフレグランスは、マールボロ公爵の居城「ブレナム・パレス」にちなんで命名された。ウィンストン・チャーチルはその後、このブレナム・ブーケを愛用したことでも知られている。ペンハリガン最長寿のオーダーメイド・フレグランスとして、今日も販売され続けている。

衰退と劇的な復活——シーラ・ピックルズの登場

20世紀に入り、1929年のウォール街大暴落の波はやがてヨーロッパにも及び、ペンハリガンの事業も停滞した。第二次世界大戦中の1941年には、ロンドン大空襲(ブリッツ)により、ジャーミン・ストリートのオリジナル店舗が焼失した。

転機が訪れたのは、公式の店舗回顧でコヴェント・ガーデン店開業の年として紹介される1975年のことである。映画監督フランコ・ゼフィレッリの元個人秘書だったシーラ・ピックルズが、低迷する家族経営のペンハリガンを買い取り、ゼフィレッリの協力を得てコヴェント・ガーデンに新店舗を開いた。ピックルズはウィリアムが残した旧いフォーミュラを復元し、さらに女性向けのフローラルフレグランスも新たに展開した。その代表格が、1978年に誕生した「ブルーベル(Bluebell)」だ。ピックルズの店で働いた人物による回想によれば、当時の店内は「古風な贅沢の極みで、小さな弓リボンが飾られた美しいボトルやボックスがガラス棚に並んでいた」という。

こうしてペンハリガンは一度は絶えかけた炎を再び灯し、今日へと続く輝きを取り戻した。2015年1月23日、バルセロナを拠点とするスペインの高級ファッション・フレグランス企業プイグ(Puig)が、ペンハリガンをフォックス・ペイン&カンパニーから買収した。プイグはカロリーナ・ヘレラやニナ・リッチなども擁し、創業家が経営に関わる企業である。2024年のブランド紹介では、グローバル・ゼネラル・マネージャーのジュリア・ケッペンのもとで国際展開を加速させる姿が伝えられている。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学

ペンハリガンの香りづくりは、「最高級品質の素材と最新のフレグランス・テクノロジーの融合」というウィリアムの創業精神に根ざしている。同ブランドは、手で搾ったベルガモット、金の二倍の価格とも言われるジャスミンなど、希少で上質な天然原料を惜しみなく使用する。一方で技術革新にも積極的で、二酸化炭素(CO2)抽出や「ネイチャー・プリント・テクノロジー」といった最先端の手法を採り入れ、「各ボトルには極めて古いものと極めて新しいものの融合が詰まっている」とされる。

「ペンハリガンは、予期せぬものからインスピレーションを得た革新的なフレグランスを創り続けながら、英国のヘリテージに忠実であり続けています。私たちは、創業者ウィリアム・ペンハリガンの原則——最高品質の製品を作り、ヘリテージの気品を体現すること——を今も守り続けています。」

— ジュリア・ケッペン(取材当時のグローバル・ゼネラル・マネージャー)

香りは単なる嗅覚の産物ではなく、物語であり、キャラクターであるべきだというのがペンハリガンの一貫した哲学である。19世紀のヴィクトリア朝調香師と、世界の名だたる「ノーズ」(調香師)たちが腕を振るい、その哲学を具現化してきた。

ボトル・パッケージデザイン

ペンハリガンのボトルは、シンプルでありながら一目でそれとわかる独自のデザインを持つ。透明なガラスボトルに、リボンで巻かれた丸いストッパー——これはウィリアム・ペンハリガンのオリジナルデザインにほぼ忠実に踏襲したものだ。

ユニークなエピソードがある。コヴェント・ガーデンの店が復活した際、当初は製品に四角いストッパーが使われていた。ところが、ウィリアムの曽孫娘が、オリジナルの「ハマム・ブーケ」の瓶を持参し、本来は丸いストッパーが正しいと指摘したことで、現在の丸みを帯びた形に戻ったというのだ。このエピソードは、ブランドがいかに創業者の精神を大切にしているかを物語っている。

素材へのこだわりは、フレグランスだけでなく持続可能性にも及ぶ。2022年の「ハイグローブ・ブーケ(Highgrove Bouquet)」では、100%リサイクル・リサイクル可能な包材、サトウキビ由来のエコフォームを使用し、鉱物油不使用のオーガニック・インクで印刷している。

香水ラインナップ

ペンハリガンの現行ラインナップは、大きくいくつかのコレクションに分類される。これまでに60を超えるフレグランスが生み出され、「すべての人に何か見つかる」というのがブランドの誇りである。

クラシック・コレクション

ブランドの歴史を体現する、いわば「本家」のフレグランスが集まるラインである。

  • ハマム・ブーケ(Hammam Bouquet, 1872) — 創業最初のフレグランス。トルコ風呂の芳香からインスパイアされたラベンダーやサンダルウッドが印象的なアンバー系香水で、現在も公式に紹介されている。
  • ブレナム・ブーケ(Blenheim Bouquet, 1902) — 第9代マールボロ公爵のためのオーダーメイドが出発点。レモン・ライム・ラベンダー・マツ・ブラックペッパーが特徴の貴族的なシトラス香水。ウィンストン・チャーチルも愛用したと伝わる。
  • ブルーベル(Bluebell, 1978) — 1975年の復活再興期にシーラ・ピックルズが導入した女性向け定番。ペンハリガンを現在まで支えるロングセラー。
  • エンディミオン(Endymion, 2003) — ギリシャ神話の美しい羊飼いをモチーフとした男性向けフレグランス。ベルガモット、ラベンダー、カルダモン、コーヒー、レザーが織り成す複雑な甘さ。
  • サートリアル(Sartorial, 2010) — サヴィル・ロウの名門テーラー「ノートン&サンズ」との協業作。英国高級紳士服の仕立て職人の工房をイメージしたフゼア系。
  • ルナ(Luna, 2016) — 月の女神をテーマにしたエンディミオンの「女性版」的フレグランス。

ポートレート・コレクション(2016年〜)

2016年に突如として香水界に現れた異色のコレクションである。架空のヴィクトリア朝貴族一家の「物語」として設定された各フレグランスが、独立したキャラクターとして登場する。

最大の特徴は、ボトルのキャップに乗る「手磨きの動物の頭部」。たとえばザ・トラジェディ・オブ・ロード・ジョージ(The Tragedy of Lord George)は雄鹿の頭、ザ・リベンジ・オブ・レディ・ブランシュ(The Revenge of Lady Blanche)は豹の頭をあしらっている。パッケージの精緻なイラストは、アイスランド出身で、セントラル・セント・マーティンズ卒業の画家クリスティヤーナ・S・ウィリアムズ(Kristjana S Williams)が担当した。現代的な版画彫刻と、ヴィクトリア朝のエングレービングを組み合わせた彼女のスタイルが、コレクションの世界観を独特に際立たせている。

香りを手がけるのは、アルベルト・モリヤス、ダフネ・ブジェ、マリー・サラマーニュ、クリストフ・レイノーら業界を代表する「ノーズ」たちである。コレクションはその後も拡大を続け、テリブル・テディ(Terrible Teddy)、ザ・ビウィッチング・ヤスミン(The Bewitching Yasmine)、ハートレス・ヘレン(Heartless Helen)など多彩なキャラクターが加わった。

トレード・ルーツ・コレクション(Trade Routes Collection)

シルクロードが結んだ東西文明の交流と、香料・木材・スパイスなどの交易品をテーマにしたコレクション。代表作は2015年発売のハルフェティ(Halfeti)。

トルコのユーフラテス川沿いのハルフェティ村に咲く、きわめて稀少な「黒いバラ」をモチーフとしたこのフレグランスは、調香師クリスチャン・プロヴェンザーノが手がけた。グレープフルーツ、サフラン、ローズ、ジャスミン、レザー、ウードが複雑に絡み合う重厚な香りで、世界中のフレグランス愛好家から熱烈な支持を受けている。

ポーション&レメディ(Potions & Remedies, 2023)

2023年に登場したコレクションは、ヴィクトリア朝の薬局(アポセカリー)にインスパイアされた5本のフレグランスから成る。「ア バーム オブ カーム(A Balm of Calm、心を落ち着かせる)」「リキッド ラブ(Liquid Love、恋に落ちる)」「オー ジ オーダシティ(Eau the Audacity、大胆になる)」など、香りを「気分の処方箋」として提案する現代的なアプローチが若い世代にも響き、ブランドに新たなファン層をもたらした。

ハイグローブ・ブーケ(Highgrove Bouquet, 2022)

現チャールズ国王(当時・プリンス・オブ・ウェールズ)とそのハイグローブ・ガーデンズとのコラボレーションから生まれたフレグランスである。調香師ジュリー・プリュシェが、ハイグローブ庭園に茂る「枝垂れ銀椴(ウィーピング・シルバー・ライム/Weeping Silver Lime)」の香りをヘッドスペース・テクノロジー(花を傷つけずに香り成分を採取する技術)で捕捉し、ラベンダー、ゼラニウム、ミモザ、シダーウッドと組み合わせた。売上の10%がプリンスズ・ファウンデーション(現キングズ・ファウンデーション)に寄付されるなど、環境・社会的な意義も持つ作品となった。

ちなみに…

ロイヤル・ワラント4回獲得の偉業:ペンハリガンは、1903年のアレクサンドラ王妃、1956年のエディンバラ公(フィリップ殿下)、1988年のプリンス・オブ・ウェールズ(現チャールズ国王)、そして2024年に改めてチャールズ国王から、計4度の王室御用達証を授与されている。英国のフレグランスブランドとして、これほど継続的に王室との縁を結んできた例は稀である。

プリンス・オブ・ウェールズ秘密のポマード:チャールズ国王は独自に調合したヘア・ポマードを使用しているとされているが、その成分は秘密にされているという。

ブレナム・ブーケとチャーチル:第二次世界大戦を率いた名宰相ウィンストン・チャーチルは、ブレナム・ブーケの熱烈な愛好者だったとされる。香りを依頼した第9代マールボロ公爵はチャーチルのいとこにあたり、両者はマールボロ公爵家の祖先を共有するため、同フレグランスはいわばチャーチル家の「家の香り」だったとも言える。

参考文献