Maya Njie Perfumes(マイヤ・エンジャイ・パフュームズ) ― 記憶を香りに封じ込めるロンドン発ニッチフレグランス

マイヤ・エンジャイの世界観と香水「Nordic Cedar Eau de Parfum 50ml」を表現したブランドイメージ

「フレグランスは、意識からすり抜けてしまいそうな束の間の瞬間や、細やかなディテールを記憶にとどめてくれる。」
— Maya Njie(マイヤ・エンジャイ、公式サイトより)

基本情報

設立年: 2016年
創設者: Maya Njie(マイヤ・エンジャイ)
拠点: ロンドン、ショアディッチ(スタジオ住所:91A Rivington Street(リヴィントン・ストリート)、London(ロンドン)EC2A 3AY)
公式サイト: https://www.mayanjie.com

※読み方について:英語圏では “Maia N-Jai”(マイア・エンジャイ)と発音されることが多い。

創設者・ブランドの成り立ち

スウェーデンの工業都市に生まれた「鼻の鋭い」少女

マイヤ・エンジャイは、スウェーデンの首都ストックホルムから約1時間の工業都市、ヴェステロース(Västerås)に生まれた。父はガンビア出身、母はスウェーデン人という家庭環境のもと、彼女は幼い頃からふたつの文化の交差点に立っていた。

自身の幼少期を振り返り、マイヤはこう語っている。

「私は子どもの頃、とても”鼻の利く”子どもでした。香りのよいものを集めることに情熱を燃やしていました。」

香りへの関心は生活のあらゆる場面に宿っていた。キャンドル、お香、美容品、文房具、そして香水――常に何らかの形で「香り」が傍にあったという。また、幼少期から香り付きのキャンドルを手作りすることも覚えていたと伝えられている。

19歳でロンドンへ。転機となった母親という経験

10代の頃からロンドンへの移住を夢見ていたマイヤは、19歳を過ぎた頃、親友のマルヴァとともにイギリスへと渡った。

「私がここ(ロンドン)へ来たのは19歳の誕生日を少し過ぎた頃でした。アートと音楽に溢れた場所——それが私の求めていたものでした。」

ロンドン移住直後は、アパレルブランド「Carhartt(カーハート)」での仕事に従事した。その後、母親になったことが、彼女のキャリアに決定的な転機をもたらした。子育てをきっかけに創造的な仕事への渇望が高まり、ロンドン芸術大学(University of the Arts London/ユニバーシティ・オブ・ジ・アーツ・ロンドン)のサーフェスデザイン課程に入学。テキスタイルプリント、壁紙デザイン、セラミクス、ファッション、そして写真を学んだ。

古い家族のアルバムとの出会い

大学での勉強が転機をもたらしたのは、視覚アートにどう向き合うかという問いからだった。スウェーデンと西アフリカのふたつの文化から受けた影響を「いちばんよい形で伝えるにはどうしたらよいか」と考えたとき、マイヤは母の実家から1960〜70年代の古い家族のフォトアルバムを借り受けた。彼女が生まれる以前、姉たちがまだ幼かった時代の写真だった。

写真をスキャンし、そこから色を抽出してムードボードに貼り付けていく作業の中で、マイヤはある気づきを得た。

「この作業をしていく中で、あるひとつの感覚が見落とされていることに気づきました——それが嗅覚でした。嗅覚こそ、自分の物語を語るために欠けていたピースだと確信しました。」

写真に映し出されたのは、スウェーデンの日常風景だった。森に囲まれた小さな夏の別荘、日曜日の午後に訪れる祖父母の質素なアパート、叔父ラースと叔母アイリーンの結婚式……。「この写真に映る瞬間は、どんな香りがしたのだろう?」という問いが、ブランドの核心となっていく。

アーツハブでの研鑽と、偶然の「市場調査」

大学卒業後、マイヤはロンドン東部(ハックニー地区)にあるアーツハブ「The Laundry(ザ・ランドリー)」のビルマネージャー兼フロントスタッフとして働き始めた。

決してクリエイティブな仕事ではなかったが、彼女はここで独学による調香の実験を続けた。ブレンドした香りをレセプションエリアに漂わせていたところ、建物を訪れるアーティストや入居者たちが次々と「その香りは何?」と尋ねてきた。

「最初は自分のために作っていたのですが、友人へ、さらに友人の友人へ、そして見知らぬ人たちへと関心が広がっていきました。『これは本物になる』と思いました。ある意味、この口コミが私の市場調査だったんです。」

こうして彼女はザ・ランドリーを辞め、売り上げで得た資金を安全評価レポートの費用、原材料費、そしてフレグランス市場への参入に必要な知識習得へと注ぎ込んだ。2016年、Maya Njie Perfumes(マイヤ・エンジャイ・パフュームズ)が正式に誕生した。

リバティとの出会い、そして10周年へ

ブランド立ち上げ後、マイヤはロンドンの老舗百貨店リバティ(Liberty)への参入を一つの目標に据えていた。

「リバティは、私の嗅覚の旅の初期に設けた基準点でした。そこへ私のブランドの独占ローンチ先として参入できたとき、それは夢が現実になった瞬間でした。」

2019年、その夢が叶った。リバティへの採用はブランドの認知を大きく広げ、以降、ネッタポーター(Net-a-Porter)での取り扱いも開始された。また、スウェーデン(Sniph/スニフ)、アメリカ(Muse Experiences/ミューズ・エクスペリエンシズ、Tigerlily Perfumery/タイガーリリー・パフューマリーほか)、日本(NOSE SHOP/ノーズショップ)など国際的な展開も進んだ。

公式サイトが記す設立年は2016年で、ブランドとしての10周年は2026年にあたる。一方、2024年のインタビューでは、マイヤは自身が一から始めた事業について「来年で10年目を迎える」と語っている。ブランド設立の前から続く活動も含めた、自社の歩みへの言葉として受け取りたい。

「資金調達も外部からの投資も一切なく、何年もかけてここまで来ました。今は生産や管理を手伝ってくれるスタッフもいます。回復力と献身の旅だったと感謝しています。」

ブランドのこだわり

嗅覚で語る「自伝的香水」という哲学

マイヤ・エンジャイ パルファムズの香りづくりの哲学は、ひと言で言えば「記憶の再構築」である。ブランド公式サイトには次のように記されている。

「マイヤ・エンジャイの香水は、記憶の断片として調合されている。それは、親密で個人的なものの本質を捉え、その精神を保存しようとする香りだ。意識からすり抜けてしまいそうな束の間の瞬間や、細やかなディテールが、ここに記憶される。」

マイヤは調香の工程を「パターンや柄を合わせることや、コーディネートすること」に例える。化学の専門的な訓練は受けていないが、原材料に向き合い「何の隣に置きたいか」を直感的に問いかけ、素材同士の対話から香りを構築していく。

仕上がるまでには数ヵ月、場合によっては数年がかかることもある。

「香水を完成させるには何ヵ月も、時には何年もかかります。そこで忍耐が必要です。私は熟成のプロセスが好きです。それは製造時間を遅らせますが、あなたはそれを尊重し、原材料の魔法に任せなければなりません。」

素材へのこだわり——ナチュラルとシンセティックの共存

マイヤの香水には、エッセンシャルオイル(精油)、アロマコンパウンド(合成香料)、レジン(樹脂)が組み合わせて用いられる。「自然と科学が合わさる」という哲学のもと、合成ムスクや合成アンバーグリスが使用されており、動物由来成分は一切含まれない。すべての製品はヴィーガン対応かつクルエルティフリー(動物実験不使用)である。

オードパルファムと表記されているが、2020年の紹介記事ではオイル濃度が平均30%と伝えられている。公式サイトでも、すべての香水をオードパルファムと表示しつつ、同サイトが目安として示す8〜20%の濃度を超えていると説明している。濃度区分は一律の規格ではなく、香料の組み合わせや肌によって香りの感じ方も変わる。

ボトル・パッケージデザイン——写真から抽出した色彩

パッケージのデザインもすべてマイヤ自身が手がけている。色彩の方向性は、あのフォトアルバムの写真から直接「カラーピッキング(色の抽出)」した結果に基づく。スカンジナビアの美意識に通じるシンプルさと明快さが基調となっており、各フレグランスには対応する写真とカラーパレットが付属し、香りと視覚がひと組の物語を構成する。

製造はすべてロンドンのスタジオで行われ、少量バッチで混合・濾過・手詰め・ラベル貼りまでが一貫して手作業で施される。

ジェンダーフリーへのスタンス

全コレクションがユニセックス設計である。これについてマイヤは明快に答えている。

「私はあなたが誰で、何であるべきか、性別に基づいて何を好むべきかについて、先入観は持っていません。フレグランスは色彩のようなもの——好きならば、着ければいい。」

香水ラインナップ

創業5作品(2016年)

2016年の立ち上げ時に発表された5作品が、ブランドの骨格を形成している。

ノーディック・シダー(Nordic Cedar)
マイヤの最初の調香作品であり、ブランドのベストセラー。祖父の市民農園の外で女性たちがベンチに座って話しているー家族のスナップ写真からインスピレーションを受けた。スウェーデンで最もポピュラーなスパイスであるカルダモンを頂点に、パチョリ、シダーウッド、アンバーグリスが組み合わさる。マイヤは「カルダモンが手に入った瞬間、パチョリとシダーウッドと組み合わせたいと思った。そのパワーが必要なすべてだった」と語っている。 2024年のインスタグラム投稿では「10年前にノーディック・シダーを調合した。それが私の最初の香水で、他の誰も持っていないことに喜びを感じていた」と回想している。

ヴァニル(Vanilj)
スウェーデン語で「バニラ」を意味する。叔父と叔母の結婚式の写真に着想を得た、より温かく甘い「お祝い」の香り。ノーディック・シダーと共通の構造を持ちながら、バニラによって柔らかさと温もりが加えられている。ノート:バニラ、カルダモン、パチョリ、ムスク、シダーウッド、アンバー。

トバク(Tobak)
「Tobak」はスウェーデン語で「タバコ」。祖父がスウェーデンのアパートでレザーチェアに座りながらパイプを吸う情景、そして同時にガンビアのクラフトマーケットに漂う木材・タバコの香りをも呼び起こす、まさにふたつの記憶が重なる一作。

「トバクは、祖父の思い出とガンビアの木工・革細工市場の両方を思い起こさせる香りです。私のふたつの世界をつなぐ存在です。」

レ・フルール(Les Fleurs)
「レ・フルール(Les Fleurs)」という名前は、ミニー・リパートンの1970年の楽曲からとられた。フォーリッジと庭をテーマにした、明るくグリーンがかったフローラルな一作。ベルガモット、ネロリ、フィグ、マグノリアの組み合わせ。「フローラルが得意ではない」という人にもぜひ試してほしいと、マイヤ自身が語っている。

トロピカ(Tropica)
ガンビアのビーチへの思い出。パイナップル、ココナッツ、イチジク、アイリス、ルバーブが開き、サンダルウッドとアンバーグリスで締められる。2020年のパンデミック時には「脱出のイメージ」を喚起するとして最も売れたフレグランスとなった。

その後の展開

ボイヤーベルデ(Voyeur Verde)
スペイン南部の休暇を起点にした作品。自然に侵食されつつある廃車の写真がインスピレーション源。ベルガモット、マンダリン、サイプレスのシトラスから始まり、フェンネル・アイリス・イランイランのハーブ&フローラルを経て、シダーウッド、フランキンセンス、ローズウッドのドライダウンへと続く。

サイレン(Syren。Syrus〔サイラス〕表記で紹介する販売店もある)(限定発売)
晩夏に咲くジャスミンのトレイルに着想した、フローラルコンポジション。ベルガモット、ピーチ、シーソルトのトップから、ジャスミン・サンバック、ライラック、クラリセージのハートへ。アンバーグリス、オークモス、パリサンダー・ローズウッド、サンダルウッド、ヴァージニアン・シダーで締める。

イーシ・オパム(Aethi Opum)(2025年)
最新作。西アフリカのアフリカオウギヤシ(Borassus Aethiopum)の名を冠し、ガンビアへのオマージュとして構成されている。マイヤが2022年にガンビアを訪問した際の体験をもとにしており、「私の母への捧げもの」でもある。ノートは、ブラックペッパー、湿った土、アイダンフルーツ(西アフリカの料理と薬に使われる実)、ティウライ・インセンス(チュライ香、伝統的な西アフリカの燻香)、ベチバー、パピルス、コーヒー、アイリス、スエード、フランキンセンス、バニラ、レザー。

フレグランス説明文をマイヤ自身がこう詩的に記している。

「雨が止んだ後、ブラックペッパー、アイダンフルーツ、バニラが日差しとともに大地を温める。コーヒー、ベチバー、レザーの香りが石の地層の上でティウライ・インセンスと混じり合う。」

2026年2月27日に日本のNOSE SHOP(ノーズショップ)でも取り扱いが開始された。

ちなみに…

  • マイヤがロンドンへ移住したとき、アパレルブランド「Carhartt(カーハート)」で数年間働いていた。フレグランスとは一見無縁に見えるが、彼女はこの時期も香りへの興味を密かに温め続けていた。
  • ブランド最初期に試作した香りをレセプションに漂わせていたとき、「売り物ではない」と断りながらも人々の関心を集め、その口コミが事実上の市場調査になったというエピソードは、ブランドの「偶然の起業」物語として各メディアで繰り返し語られている。
  • マイヤが最も愛着を持つ成分のひとつはベチバー。その薫り高く、スモーキーでアーシーな個性が、スウェーデンとガンビアという自身のふたつのルーツを同時に呼び起こすと語っている。
  • 調香ワークショップをロンドンのスタジオで定期的に開催しており、2時間のワークショップで参加者はトップ・ハート・ベースの素材を嗅ぎ、最終的に自分だけの20mlの香水を持ち帰ることができる。
  • 幼い頃の最初の香りの記憶は「土の香り」だと語っている。スウェーデンでは自然の土、ガンビアでは雨上がりの大地と、ふたつの文脈で土の匂いは彼女の嗅覚の原点となっている。
参考文献