「私はファッションデザイナーではない。画家であり、装飾家だ。新時代の作者ではない」
― フランコ・モスキーノ(1991年、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times) 紙)
基本情報
設立年: 1983年
創設者: フランコ・モスキーノ(Franco Moschino、1950–1994)
本拠地: ミラノ(イタリア)
公式サイト: https://www.moschino.com
フレグランス製造・販売: ユーロイタリア(Euroitalia S.r.l.)
※「Moschino」の正しい発音は 「モス・キー・ノ(moss-keen-oh)」。「モッシーノ」とも読まれがちだが、イタリア語の発音ルールに従えば前者が正しい。
創設者・ブランドの成り立ち
ミラノ近郊の鉄工所の子として生まれた「画家志望」の少年
フランコ・モスキーノは1950年2月27日、ミラノから南西へ約22キロのアッビアテグラッソ(Abbiategrasso)で生まれた。彼の家族は鉄鋳造所を営んでおり、父親は息子に家業を継がせることを望んでいた。しかしフランコが心に描いていたのは、鉄の匂いではなく絵の具の色だった。
17〜18歳のころ、フランコはミラノに飛び出す。行き先はミラノのブレラ美術学院(アッカデミア・ディ・ベッレ・アルティ・ディ・ブレラ)――そこで彼は画家になることを目指した。だが学費を工面するために、ファッション雑誌や服飾ブランドのイラストレーターとしてアルバイトを続けた。「本業」のはずだった絵画の勉強をこなしながら、気づけばファッションの世界に引きずり込まれていく――その偶然性が、後のモスキーノというブランドの「計算された無秩序さ」を生んだ。
ジャンニ・ヴェルサーチェのもとで、描く男
1971年、学業を終えたフランコは、イラストレーターとして正式にジャンニ・ヴェルサーチェのアトリエに加わる。以後6年間、彼はスケッチを武器にヴェルサーチェの才能を視覚化する仕事を続けた。後にモスキーノは「私はずっとファッションをコピーし、他のデザイナーを踏みにじってきた。人々の動機を理解しようとして起きたことを再現しているのだ」と語っており、このヴェルサーチェ時代の体験が「一流のコード」を熟知した上でそれを解体する視点の基礎になったと思われる。
1977年、彼はヴェルサーチェのもとを離れ、イタリアのブランド「カデット(Cadette)」のデザイナーに転身した。ここでフランコは11シーズン連続してコレクションを手がけ、後に「ムーンシャドウ(Moonshadow)」社を設立するときの試行と蓄積を積み重ねていった。
1983年、「ムーンシャドウ」から「モスキーノ」へ
1982年にカデットを退社したフランコは翌1983年、自社「ムーンシャドウ社(Moonshadow S.p.A.)」を設立し、「モスキーノ・クチュール!(Moschino Couture!)」ブランドを立ち上げた。初のウィメンズ・コレクション(1984年春夏)はミラノで発表され、直ちに注目を浴びた。翌年にはメンズライン、1986年にはモスキーノ・ジーンズ(Moschino Jeans)、そして1987年には初のウィメンズ・フレグランスを発表。ブランドとして歩み始めたばかりの4年間に、ファッションから香水まで一気に展開してみせた。
1988年には廉価ライン「チープ&シック(Cheap and Chic)」を投入した。これは値段を抑えながらも品質にこだわったライン――「安くてシック」というその名自体が一種のパロディであり、「高価であることこそが品質の証」という業界の慣習への皮肉が込められていた。
フランコのデザインは単なる奇抜さではなかった。シャネルの定番スーツに「Waist of Money(ウエスト・オブ・マネー/「お金の無駄」をもじった言葉遊び)」と刺繍し、安全ピンをボディスに使い、テディベアが鈴なりになるコートを作るなど、そのすべてはファッション・システムそのものへの知的な批評であった。
「ファッションとは永遠に笑えるものだ。だが人々が真剣に受け止めすぎるゆえに、最も笑いにくいものでもある。」
― フランコ・モスキーノ
社会問題への眼差し
フランコはデザイナーであると同時に、社会批評家でもあった。1992年には、薬物乱用・暴力・動物虐待に反対する広告キャンペーンを展開し、1994年には環境にやさしい素材だけで構成した「エコクチュール(Ecouture)/ ネイチャー・フレンドリー・ガーメント(Nature Friendly Garment)」コレクションを発表した。これらは今日から見ても、時代を先取りした姿勢だといえる。
彼の最後のランウェイショーは1993年10月、ブランド創設10周年を記念して行われた。ショーの締め括りに、白い衣装を纏い、エイズ・リボンを付けた男女と子どもたちがステージを埋め尽くした。ファッションを超えたメッセージだった。
44歳での早すぎる死
1994年9月18日、フランコ・モスキーノはミラノ近郊アンノーネ・ディ・ブリアンツァ(Annone di Brianza)の邸宅で44歳の生涯を閉じた。当時の会社側発表では、腹部腫瘍の合併症による心臓発作が死因とされた。一方、エイズ(AIDS)に関連する合併症とする報道・回顧資料もある。その死後、ブランドの売上の一部はフランコ・モスキーノ財団(Franco Moschino Foundation)を通じてHIV(エイチアイブイ)陽性の子どもたちの支援に充てられている。
フランコの遺志により、生前から最も信頼を置いていたアシスタント、ロッセラ・ジャルディーニ(Rossella Jardini)がクリエイティブ・ディレクターとして後を継いだ。ジャルディーニは約19年にわたりブランドを率い、そのユーモアと品格を守り続けた。
フランコ以後のクリエイティブ・ディレクター
2013年10月、アメリカ人デザイナーのジェレミー・スコット(Jeremy Scott)がクリエイティブ・ディレクターに就任し、フランコが切り開いたキャンプ(camp)とシュルレアリスムの文脈を、ポップカルチャー全開のスタイルで継承した。2023年3月の退任まで約10年間在籍した。
スコットの退任後、ダヴィデ・レンネ(Davide Renne)が任命されたが、就任9日後の2023年11月に急逝。2024年1月、アルゼンチン出身のアドリアン・アッピオラザ(Adrian Appiolaza)が第5代クリエイティブ・ディレクターに就任した。かつてロエベ(Loewe)でジョナサン・アンダーソン(JWアンダーソン)のもと10年間を過ごした経験を持つ彼は、就任に際して次のように語っている――「3Dポストカード付きジャケット、20本のブラで作られたスカートを持つドレス、無数のトロンプルイユ……フランコ・モスキーノがファッションの歴史に刻んだ作品のリストは、ほとんど無限といっていい」。その後、アッピオラザは2026年6月19日に退任している。
ブランドのこだわり
香りづくりの哲学――「驚かせること」が唯一のルール
モスキーノの香水を一言で表すなら、「ボトルを手に取った瞬間から、すでに物語が始まっている」ということだろう。1987年の第1号フレグランスから一貫して、モスキーノのフレグランスは香り単体だけでなく、ボトルのデザインをも含めたトータルな体験を届けることを目指している。
フレグランスの開発・製造は、1980年代のフレグランス事業開始期から一貫してユーロイタリア(Euroitalia)社が担当してきた。創業者ジョヴァンニ・スガリボルディは2024年の声明で「我々のモスキーノとの絆は、創業者フランコ・モスキーノの時代にまで遡る。彼と共にフレグランス市場を革新できた特権を誇りに思う」と語っており、ブランドの精神はユーロイタリアとの長年のパートナーシップの中でも継承されてきた。調香には、オリヴィエ・ポルジュ(Olivier Polge)、アルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)、ナタリー・ロルソン(Nathalie Lorson)、オリヴィエ・クレスプ(Olivier Cresp)ら一流の調香師たちが参加している。
2024年9月、ユーロイタリアはモスキーノのビューティ・フレグランス権を運営元のアエッフェ(Aeffe)グループから9,800万ユーロで買収し、フレグランスの権利を完全に掌握した。
ボトル・パッケージのデザイン――「高貴なものを日常に、日常を高貴に」
モスキーノのボトルデザインはしばしば「アート作品」と称され、コレクターが世界中に存在する。その根底には、フランコ・モスキーノがファッションに込めた思想――ハイとローの境界線を笑い飛ばす――が流れている。
- チープ&シック(Cheap & Chic、1995年)のボトルは、漫画『ポパイ』のオリーブ・オイル(Olive Oyl)の細いシルエットをモチーフにしている。このボトルはフィフィ賞(FiFi Awards、フレグランス業界のアカデミー賞)のベスト・ウィメンズ・パッケージング賞(1996年)を受賞し、さらにニューヨーク近代美術館(MoMA、モマ)での展示という栄誉にも浴した。ファッション界を代表するフレグランスボトルが美術品として認められた、象徴的な出来事である。
- フレッシュ・クチュール(Fresh Couture、2015年)のボトルはガラス製のスプレーボトルでありながら、外見は家庭用窓ガラス洗剤の容器そのもの。ジェレミー・スコット自身がコンセプトをこう語っている――「最も平凡で日用的な製品と、ラグジュアリーブランドのフレグランスという最も貴重なものを対比させること。何の魅力もないボトルのアイコノグラフィーを使い、それをクチュールのエッセンスを入れる器にする。まさに究極のハイとローの二元論だ。これ以上にモスキーノらしいものがあるだろうか?」 広告キャンペーンにはスーパーモデルのリンダ・エヴァンジェリスタを起用し、スティーヴン・マイゼルが撮影を担当した。
香水ラインナップ
フランコ時代から続くクラシック
モスキーノ(Moschino for Women、1987年) は、ブランドにとっての記念すべき第1弾。この最初のフレグランスが発表されたのは、ミラノのブティックオープン(1989年)より前のことであり、フランコがフレグランスを単なる付属品ではなくブランド表現の核として捉えていたことがうかがえる。
チープ&シック(Cheap & Chic、1995年) は、フランコの死後、後継者ロッセラ・ジャルディーニ体制のもとで発売された。オリーブ・オイルのシルエットを模したボトルとモマでの展示という実績は、モスキーノ・フレグランスの方向性を象徴する一本となった。
アイ・ラブ・ラブ(Cheap & Chic I Love Love、2004〜2005年) は、鮮やかな色彩とチープ&シックのシグネチャーシルエットを受け継ぎ、フレッシュなシトラスフローラルの香りと弾けるような個性を持つ。調香はオリヴィエ・クレスプ(Olivier Cresp)が担当した。
ファニー!(Moschino Funny!、2007年) は、鮮やかなブルーのボトルが印象的なフルーティ・フローラルの香り。ビターオレンジ、レッドカラント、ピンクペッパーのトップノートから、グリーンティー・ピオニー・ジャスミンのハートへと展開する。
ジェレミー・スコット時代の「玩具箱」
トイ(Toy、2014年) は、ジェレミー・スコットによる初のフレグランス。テディベアの胴体がそのままボトルになっており、頭を回して外すとスプレー口が現れる仕掛け。「おもちゃコーナーに並んでいそうな箱」に入って販売されるこの香水は、フランコが1988〜89年秋冬コレクションでテディベアのファーコートを発表した時代へのオマージュでもある。調香はアレクサンドラ・コシンスキー(Alexandra Kosinski)が担当。マンダリン、カルダモン、ベルガモットのトップからラベンダー・スミレ・サンザシのハート、サンダルウッド・バニラ・アカシアのベースへと展開するユニセックスな香り。ロンドン・ハロッズでの発売直後に即完売となった。
フレッシュ・クチュール(Fresh Couture、2015年) は前述の洗剤ボトル型フレグランス。マンダリン・ベルガモット・イランイランのトップ、ラズベリー・ホワイトピオニー・オスマンサスのハート、ライトウッド・ホワイトパチュリ・アンブロクスのベースというフローラル・ウッディの構成。ピンク・フレッシュ・クチュール(Pink Fresh Couture)、ゴールド・フレッシュ・クチュール(Gold Fresh Couture)なども展開された。
トイ2(Toy 2、2018年)、トイ・ボーイ(Toy Boy、2019年)、トイ2バブルガム(Toy 2 Bubble Gum、2021年)とシリーズは拡大し、テディベア・ボトルはモスキーノ・フレグランスを代表するアイコンとなった。2023年発表のトイ2パール(Toy 2 Pearl)は、タヒチアンパールの虹色を纏ったオニキス塗装のボトルが特徴で、94%が生分解性、44%が天然由来原料という処方を採用している。
ちなみに…
- モスキーノは2006年トリノ冬季オリンピックの開会式で、選手団を先導する国名プラカード係の衣装を担当した。カイリー・ミノーグ(Kylie Minogue)やマドンナもモスキーノを愛用したことが知られている。
- 「チープ&シック」のオリーブ・オイル型ボトルは、前述のモマでの展示に加え、スミソニアン・アメリカ歴史博物館(Smithsonian’s National Museum of American History)にも収蔵されている。香水瓶が二大美術・歴史系博物館で展示・収蔵の対象になるというのは、フレグランス業界でも異例のことだ。
- フランコの死後30年目にあたる2024年、ミラノでは「フランコ・モスキーノ:イル・ジェニオ・ヴィジョナリオ(Il Genio Visionario)」と題した展覧会が開催され、イタリア・アート・ディレクターズ・クラブ(ADCI、エーディーシーアイ)のホール・オブ・レジェンズ2024に死後で選出された。ファッションへの笑いと挑発が、時を超えてアートとして評価されている。
- フランコは自分のことを「ファッションデザイナー」と呼ばれることを好まず、1990年のロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューでも「私はずっと、自分はファッションデザイナーではないと言ってきた。誰かに自分の考えを押しつけるほどの力は持っていない」と語った。しかしその直後、「だが、衣服の世界を救いたいとも思う」と付け加えた――いかにも彼らしい、自己矛盾を楽しむような一言だった。
参考文献
- Franco Moschino – Wikipedia
- Moschino – Wikipedia
- Notino: Moschino fragrances
- Pertoi: Moschino Notes (フレグランス年表)
- The Perfume Society: The mischievous world of Moschino
- Fashiongear / Fibre2Fashion: Moschino Brand History
- Cosmeticsbusiness.com: Euroitalia acquires Moschino's beauty arm for €98 million
- Reuters / FashionNetwork: Aeffe sells 'Moschino' brand for perfumes to Euroitalia
- GCI Magazine: Euroitalia Acquires Beauty & Fragrance License for Moschino
- Istituto Marangoni: How Visionary Was Franco Moschino, Really
- Domusweb: Who Was Franco Moschino, visionary fashion genius
- The New York Times: Franco Moschino, 44, Is Dead (1994)
- Mint Museum: The Mint Museum organizes first U.S. retrospective
- The AIDS Memorial (Instagram)
- W Magazine: Jeremy Scott Is Leaving Moschino After Ten Years
- Fashion Dive: Moschino appoints Adrian Appiolaza to creative director role
- Beautyme.com: Jeremy Scott's Moschino Fresh fragrance bottle
- Scentgourmand.com: Fresh Couture & Pink Fresh Couture by Moschino REVIEW
- Fashion Network: Moschino launches "Toy", a teddy bear fragrance
- Cosmeticsbusiness.com: Moschino toys with new scent
- Smithsonian / National Museum of American History: Moschino Cheap and Chic Eau de Toilette
- Cosmoprof: Giovanni Sgariboldi – The Vision Behind Euroitalia's Success
- Euroitalia: Company History
- Camera Nazionale della Moda Italiana: The History of Italian Fashion – Moschino
- Moodie Davitt Report: Euroitalia expands Moschino Toy fragrance collection with Toy 2 Pearl
- Domusweb: Perfume bottles that have become iconic
- Swank Vintage (Franco Moschino quotes)
- Los Angeles Times: FASHION: Moschino: Italy's Designer as Anarchist (1990)
- Fashionunited: Aeffe snaps up remaining 30 percent stake in Moschino
- ASU FIDM Museum: Moschino Cheap and Chic
- Moschino
- Franco Moschino (1950-1994): The Fashion Radical – Moda Métiers Fashion Icons
- Love Moschino: the story of the brand
- Franco Moschino – Alchetron, The Free Social Encyclopedia
- The Mint Museum organizes first U.S. retrospective of renowned designer …
- brand history and biography of Franco Moschino
- The irreverence of Moschino: How an Italian fashion designer …
- Mint Wiki / VIVA MOSCHINO!
- The AIDS Memorial – Facebook
- Rossella Jardini
- Rossella Jardini – Fashion Designer | Designers | The FMD
- Jeremy Scott says goodbye to Moschino after 10 years
- Moschino announces that Jeremy Scott is stepping down as creative …
- Box for Moschino Cheap and Chic Eau de Toilette
- MOSCHINO
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- Fresh Couture 50 ml / 1.7 oz. Eau de Toilette
- What Does It Take to Bring Franco Moschino's Spirit to Fashion …
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