Fascent(ファセント)― 多面的な自分を香りで纏う、パリ発ニッチフレグランスの新星

ファセントの世界観と代表製品「MILKY NO WAY」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「FASCENT(ファセント)は、排他的で、紋切り型で、滑らかすぎて、不透明で、変化を拒む旧来の香水業界への倦怠感から生まれた」
— Fanny Fortin Descamps(ファニー・フォルタン・デカン)、ファセント共同創業者

基本情報

設立年: 2023年

創設者: Fanny Fortin Descamps(ファニー・フォルタン・デカン)、Edwina Réthoré(エドウィナ・レトレ)

公式サイト: https://fascent.com

創設者・ブランドの成り立ち

二人の出会い、そして共通の違和感

ファセントの物語は、香水業界で長年のキャリアを積んだ二人の女性が、一つの問いを共有したことから始まる。「なぜニッチフレグランスは、こんなにも遠くて、難しくて、人を選ぶのだろうか?」

共同創業者のファニー・フォルタン・デカンは、ビジネススクールを卒業後、香水の世界へ飛び込んだ。その後、世界的な調香原料会社のフィルメニッヒ(Firmenich)、シーピーエル・アロマズ(CPL Aromas)、パルファン・ドゥ・ラ・バスティード(Parfums de la Bastide)、そして高級香水ブランドのゲラン(Guerlain)など、業界を代表する企業でキャリアを磨いた。現在ブランドのクリエイティブディレクターを務める彼女は、インタビューの中でこう語っている。

「私は何年もこの業界で働いてきて、業界が新しい消費者の期待とズレていることに気づいた。ますます多くの人々が香水を違う方法で楽しもうとしていて、『匂い』と『感情』のつながりを大切にするようになっている」

一方、もう一人の共同創業者エドウィナ・レトレは、ビジネス開発とブランド戦略のスペシャリストである。LVMH(エルヴィーエムエイチ/モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)、ディプティック(Diptyque)、メルシーアンディ(Merci Handy)といったブランドを経て、ヌード(Nuud)では収益部門責任者(ヘッド・オブ・レベニュー)を務めた経歴を持つ。香水の世界と最前線のデジタルビューティーを横断する「ハイブリッドな視点」が、彼女をファセントへと向かわせた。

「生涯ひとつの香水」という呪縛を解く

二人が問題提起したのは、香水文化に長く根付いてきた「シグネチャーセント神話」、すなわち「自分だけの一本を見つけ、それを生涯まとい続ける」という価値観だった。この哲学は確かに美しいが、現代の消費者、特にジェネレーションZ世代にとって、それは硬直した規範にも見えた。市場調査会社サーカナの2023年調査によれば、米国ではジェネレーションZの83%が香水を使用しており、週に3回以上つけるヘビーユーザーの割合も他世代より高い。彼らは気分や場面に合わせて香りを使い分け、重ね付け(レイヤリング)を楽しむ世代である。

ファニーはインタビューでこう続けている。

「私は、香水を生活の中心に戻したい。棚に埃を被って飾られている高価な贅沢品ではなく、私たちを高めてくれるから日々喜んで使えるツールにしたい。ファセントの願いは、すべての人が、もっと自発的に、軽やかに、自由に香りを使えるようにすること。『生涯ひとつの香水』――もう、その時代は終わりだ」

2023年、パリで産声を上げた「クールラグジュアリー」

こうして二人は、それぞれの役職を離れ、2023年にパリでファセントを立ち上げた。ビューティー・インディペンデントの2025年10月の記事によると、市場参入までには18ヶ月の準備期間と、助成金・銀行融資・起業家向け低利ローンなどを組み合わせた約23万ドル(当時)の資金が投じられた。さらに約1年後、追加の銀行融資として約11万5000ドルを調達している。

二人が目指したのは「クールラグジュアリー(Cool Luxury)」——高級香水ハウスと同等の品質を持ちながら、誰もが手の届く価格で提供するという逆説的な立ち位置である。デカンは語る。

「私たちが体現したいのは自由だ。遊ぶ自由、集める自由、組み合わせる自由、土曜の夜のために置いておいた香水を月曜日につける自由。私たちの考えでは、誰もが一つの個性を持ちながら、多くの側面(ファセット)を持っている。そのすべての側面を、前に出し、高めることが大切だと思った」

このビジョンはすぐに市場で共鳴を呼んだ。同記事では、2024年9月から2025年9月の1年間で、D2C(ディーツーシー/直接消費者向け)販売は前年比435%増という驚異的な伸びを記録している。2025年には米国の主要小売店——アリエル・ショシャナ(Arielle Shoshana)、リボルブ(Revolve)、ラッキーセント(Luckyscent)、クレド ビューティー(Credo Beauty)への展開も果たした。同年6月13日には日本市場にも初上陸し、ノーズショップ(NOSE SHOP)を通じて販売が開始されている。同記事で示された2026年の売上見込みは約230万ドルとされている。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学:調香師との対話と感情のマッピング

ファセントにはグループ専属の「ノーズ(調香師)」は存在しない。デカン自身が語る通り、「私は調香師ではない。私と共に働く調香師こそが本当の創り手で、ファセントのジュース(香水のエッセンス)を調合する」。

彼女が行うのは「インスピレーション・ムードボード」の制作だ。天然原料、色、テクスチャー、服、音楽、生活の瞬間——そこから着想を得て、フレグランスハウスのシーピーエル・アロマズとフィルメニッヒのクリエイティブチームと協働し、感情を香りに翻訳していく。

香りに込められた哲学は「三つの柱」に集約される。「Smell good(スメル・グッド:高い香りのクオリティ)」「Feel good(フィール・グッド:天然原料の力で心地よく)」「Feel like yourself(フィール・ライク・ユアセルフ:自分らしく)」。この三位一体の体験を通じて、香水が単なる装飾品でなく、日々の感情を映す鏡になることを目指している。

レトレはこう表現する。

「香水は個性を高めるライフスタイルツールだと考えている。硬直したリチュアルではなく、個人的なスタイルのジェスチャーとして」

また、ファセントの香りはすべてジェンダーレスで、単独着用とレイヤリング(重ね付け)の双方を前提に設計されている。

ボトルとパッケージの哲学:動きと自由を形に

ファセントのボトルで最初に目を引くのは、有機的で非対称のキャップだ。これはデカンが「動き、自由、変化するもの」に触発されてデザインしたもので、彼女自身がモデリングクレイで曲線を作り、それを3Dモデリングした。

「ファセントは、何も固定されていない、何も定まっていない宇宙です。動くもの、自由でうつろいやすいものに強く惹かれる。ファセントのキャップはこのビジョンの体現——動きによって形作られた有機的で非対称な形」

このキャップはコーンスターチ由来のバイオプラスチックを3Dプリントして製造されており、環境負荷を最小限に抑えたデザインでありながら、サイドボードに飾りたくなるような装飾性も兼ね備えている。

サステナビリティへのこだわり

ファセントのエコ責任へのコミットメントはパッケージにとどまらない。ボトルにはPCR(ピーシーアール)ガラス(再生ガラス)を使用し、外箱にはFSC(エフエスシー)認証紙と水性インクを採用している。

最も革新的な取り組みの一つが「リフィルシステム」だ。30mlのスプレーボトルには取り外し可能なポンプが付いており、ガラスアンプル(小瓶)を割ってそのままボトルに注ぎ込む形で補充できる。香水を使い切るたびに新しいボトルを購入する必要がなく、廃棄物の大幅な削減につながる仕組みである。

処方面では、ブランドは問題視される合成CMR(シーエムアール)成分(発がん性・変異原性・生殖毒性物質)や既知の内分泌撹乱物質を使わず、着色料・紫外線吸収剤・添加物を含めない方針を示している。すべてヴィーガン設計となっている。

香水ラインナップ

本記事では、2026年3月時点のラインアップから7種のオードパルファンを紹介する。いずれも30mlで、すべてがジェンダーレス、そしてレイヤリングを前提に設計されている。

ブランドはウェブサイト上に「OSTMR(オーエスティーエムアール/Olfactory Stimulation Therapy and Memory Reconstruction:嗅覚刺激療法・記憶再構築)」メソッドを用いた10問のクイズを用意しており、初めて訪れる人が自分に合う香りを直感的に見つけられるよう導いている。デカンは「クイズはルールではなく、出発点」と位置づけている。

創業時の5作(2023年ローンチ)

ブランドは2023年に一気に5種の香りを世に出した。

ミルキー ノー ウェイ(Milky No Way)
“祝祭と無邪気さ、そして謎”をテーマにした香り。トップにブラックペッパーとヘーゼルナッツミルク、ハートにホイップクリームアコードとトンカビーン、ベースにサンダルウッド・アンバー・カシミアウッドが展開する、温かくウッディでミルキーな作品。デカン自身は「サンダルウッドとヘーゼルナッツミルク、ブラックペッパーを纏わせた、お気楽な謎に満ちた祝祭的なフレグランス」と表現している。

ラディカル ソフトネス(Radical Softness)
肌そのものの香り、カーナルでインティメートな香りをテーマに。ピンクペッパーとホワイトムスク、シクラメン、フランジパニフラワー、アンブロックスが構成する”アンビバレントな柔らかさ”は、スキンケアの仕上げに一吹きすることで、ソフトな泡の中に包まれるような感覚を生む。

アイフィグユー(I Fig You)
「洗練された”シック・アンド・チル(chic & chill)”な自然」を表現した作品。グリーンティー・セージ・シトラスのトップから、フィグリーフとキャロットシードのハート、ベチバーとシダーウッドのベースへと展開し、大地に根ざしながら自由を感じさせる。

セラヴィ(Sel à Vie)
ファニー自身が「夏好き」として語るこの作品は、甘さよりも塩気を前面に出した夏の香り。シトラスのトップ、サニーフローラルのハート、バニラドリフトウッドのベースが「フィールグッド」な夏の空気を纏わせる。

ロー ドール ドール(L’Eau d’Or Dort)
夜明けの静かな水面に光が踊るイメージ。ベルガモット・シトロン・レモンのトップから、オレンジブロッサム・ペティグレン・クリーンリネンアコードのハート、そしてアルデヒドとホワイトムスクのベースへ。時を超えた懐かしさと静けさを感じるルミナスな作品。

新作二作

クレーム ブリュラント(Crème Brûlante)(2025年追加)
アーモンドバームとケーキバタージュース、ラムのトップから、フランキンセンス・アンバーウッド・ベンゾイン・バニラの濃密なベースへ。ブランドは「まだ何も供されていないが、温度は上がり、ケーキ生地は膨らんでいる。クレーム ブリュラントは、その直前の瞬間だ」と詩的に紹介している。

レッドフラッグ(Red Flag)(後発作品)
調香師マリーヌ・メルセ(Marine Mercé)によって創られた、外部調香師の個性が表れたシグネチャー作品の一つ。「理性と本能の間の磁気的な緊張」をテーマに、カルダモン・ジンジャー・ビーツアコードのトップから、アイリス・インセンスのハート、トンカビーン・パロサント・ベチバー・パチョリのベースへと展開する、ウッディ・スパイシーな作品だ。

ディスカバリーセット

日本上陸時には、ラインアップの中から5種の香りを2mlずつ収めたパフュームキットも用意され、購入前に各香りを試すことができる。2025年6月の日本発売時は30ml オードパルファンが14,300円(税込)、パフュームキットが7,700円(税込)で展開されている。

ちなみに…

ブランド名「Fascent(ファセント)」の語源については、デカン自身がいくつかの言葉遊びの層を持たせていると語っている。フランス語の「FACETTES(ファセット:多面性)」と英語の「SCENT(セント:香り)」の組み合わせであることは言うまでもないが、デカンはさらに「ダイアモンドの多面性」という比喩を重ねている。

「ダイアモンドと同じように、その多面性こそが香水(そして人間を)こんなにも複雑でユニークにする」

また、ファセントはフランス、英国、イタリア、ベルギー、スペイン、日本、オランダ、そして米国で販売されており、ビューティー・インディペンデントの2025年10月の記事では、オンラインコミュニティが月約800フォロワーのペースで成長していると紹介された。立ち上げからわずか数年での急成長は、「ニッチフレグランスの民主化」という創業者の野心が、一つの答えを見つけつつあることを示しているかもしれない。

なお、このブランドについて公開されている創業者の幼少期・学生時代に関する具体的なエピソードや、ブランドの受賞歴については、確認できた範囲の一次情報・二次情報には記載が見当たらなかった。

参考文献