Maison Louis Marie(メゾン ルイ マリー)— 1792年から続く植物学者の家系が生んだフレグランスハウス

メゾン ルイ マリーの世界観と香水「No.04 Bois de Balincourt Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「The inspiration to create Maison Louis Marie stemmed from a desire to honour and continue my family heritage deeply rooted in botany and natural exploration.」

「メゾン ルイ マリーを作ろうと思ったのは、植物学と自然探究に深く根ざした家族の伝統を敬い、受け継いでいきたいという願いからでした。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール/創業者)

基本情報

設立年: 2012年ないし2013年(※複数の情報源で年が異なる。Glossy(グロッシー)誌は2012年、SSENSE(エッセンス)は2013年と記載しており、公式サイトには具体的な設立年の明記がないため、どちらが正確かは確認できなかった)

創設者: Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)— ファウンダー&クリエイティブディレクター

CEO: Matthew Berkson(マシュー・バークソン)— マリーの夫、2016年よりブランド経営に参加

公式サイト: https://maisonlouismarie.com

創設者・ブランドの成り立ち

1792年、一人の植物学者の追放から物語は始まる

メゾン ルイ マリーのブランドストーリーは、フランス革命の荒波に翻弄された一人の植物学者にまで遡る。ルイ=マリー・オーベール・デュ・プティ・トゥアール(Louis-Marie Aubert du Petit-Thouars、1758〜1831年)は、アンジュー地方の貴族の家に生まれ、ボワ城(Château de Boumois)で育った。フランス革命の混乱の中、2年間の投獄を経て1792年にマダガスカル、モーリシャス、レユニオン島への追放の身となった。

しかし、この過酷な流刑生活において彼は腐ることなく、植物学者としての天職に忠実であり続けた。10年にわたる島々での滞在中に、彼は2,000種以上の植物標本を採集し、特に当時ほとんど記録されていなかった蘭の詳細な分類と描写を行った。モーリシャスから52種、レユニオン島から55種の蘭を記述したその仕事は、後に植物学の重要な文献となった。1802年にようやくフランスへの帰国を許された彼は、2,000点ほどの植物コレクションをパリの自然史博物館に寄贈し、1820年4月10日には名誉ある「アカデミー・デ・サイアンス(Académie des Sciences)」の会員に選出された。

このルイ=マリーという名の植物学者の子孫こそ、後にメゾン ルイ マリーを創業するマリー・デュ・プティ・トゥアールである。公式サイトは「1792年から続く植物学の伝統(A botanical tradition since 1792)」という言葉でブランドの根っこを端的に示している。

ベルギーで育った幼少期 — 植物と香りに囲まれた原体験

マリー・デュ・プティ・トゥアールはベルギーで育ち、祖父の農場で遊びながら幼少期を過ごした。彼女の母は温室を持ち、幼いマリーはそこで様々な植物の香りを実験するように試みていた。フランスのパリ郊外にもサマーハウスがあり、山道を歩きながら自然の香りに抱かれる体験が、後の香り作りの記憶の源泉となった。

「I grew up in nature. I need nature. If I don’t have it, I don’t feel well.」

「私は自然の中で育ちました。自然が必要なのです。自然がないと、心地よくいられません。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

「It’s my DNA. Everyday life is inspired from my history, my childhood, how I grew up in this family of botanists and scientists.」

「それは私のDNAです。日々の暮らしは、自分の歴史や幼少期、植物学者や科学者の家族の中でどう育ったかにインスピレーションを得ています。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

植物学者の血を引く一族の中で育ったマリーにとって、植物の世界を観察し、記録し、敬うことは特別な行為ではなく、「日常」そのものだった。ブランドのロゴに使われているのも、先祖ルイ=マリーが描いたランの果実の図版(ビューティーマター誌によると、Antidris dryochris〈アンティドリス・ドリオクリス〉という蘭の発見の描画)であり、一枚の植物画が200年以上の時を越えてブランドのシンボルとなっている。

「It’s the root of the company. It’s this heritage that I built everything on it.」

「それが会社の根です。この伝統を土台に、すべてを築きました。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

ファッション界から香水界へ — 想定外のキャリアチェンジ

成長したマリーは、まずファッション界にキャリアを築いた。パリでは、英国ファッション界のカリスマ的存在であったイザベラ・ブロウ(Isabella Blow)の下で働き、その後ロンドンのサンデータイムズ(Sunday Times)のファッションエディターを務めた。

やがて彼女はロサンゼルスへと移住し、ファッション界を離れてマルチメディアアーティスト・ファインアート写真家として新たな道を歩み始める。しかし香りと植物への愛着は常に彼女の中に生き続けていた。

香水ブランド設立のきっかけは、きわめて個人的なものだった。

「I didn’t plan on getting into the fragrance business initially. It all started somewhat unexpectedly when I began making candles as Christmas gifts for friends and family. I wanted to create something personal and meaningful, so I crafted unique scents for the people close to me. To my surprise, the feedback was incredibly positive, and before I knew it, there was a growing demand for more.」

「最初からフレグランスの仕事を始めようと計画していたわけではありません。友人や家族へのクリスマスプレゼントとしてキャンドルを作り始めたことから、思いがけずすべてが始まりました。個人的で意味のあるものを作りたくて、身近な人たちのために独自の香りを作ったのです。驚いたことに反応はとてもよく、気づけば、もっと欲しいという声が増えていました。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

クリスマスプレゼントとして作り始めた手作りキャンドル。友人たちの間でそのキャンドルが評判を呼び、次第に「もっと欲しい」という声が集まり始めた。

「What started as a fun side project of making my own candles in my kitchen, mixing the wax and fragrance all myself, eventually became my fragrance house Maison Louis Marie.」

「キッチンでワックスと香料を自分ですべて混ぜ、自分のキャンドルを作るという楽しい副業から始まったものが、やがて私のフレグランスハウス、メゾン ルイ マリーになりました。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

ゼロから始めた香水ハウス

当初、マリーは6つの香りを用意し、自らウェブサイトを制作し、倉庫に200個の在庫を積んでブランドをスタートさせた。

「I had six candles, fragrances. A stock of 200. I did the website myself, and I called my mom, and I said, ‘Mom, it’s gonna take me years to sell through all of this’.」

「6種類のキャンドル、香りがありました。在庫は200個。ウェブサイトも自分で作って、母に電話して『お母さん、これを全部売るには何年もかかりそう』と言ったのです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

友人たちには「キャンドルを実際に嗅げずにオンラインで買う人なんていない」と言われたという。しかしその200個は完売した。顧客からのメールが届き始め、「好きなキャンドルをオイルにしてほしい」「ローラーボールで欲しい」「石鹸やローションも」というリクエストが次々と舞い込んだ。

「You just have to listen to your customer.」

「お客様の声に耳を傾ければいいのです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

ブランドが本格的にスケールアップしたのは、夫のマシュー・バークソンが2016年に経営に加わってからのことである。マシューはそれまでLA拠点の高級アパレルブランド向け製造エージェンシーを経営していた経験を持ち、その知見がブランドの事業拡大を支えることになった。2017年にはアメリカの大手コスメ小売チェーン「セフォラ(Sephora)」への進出を果たし、2025年の取材時点では600以上のブティックと400店舗のセフォラで取り扱われるまでに成長した。

注目すべきは、このブランドが設立以来、一切外部資金調達を行っていないという点だ。

「We want to be careful with the brand. We really want to create a legacy brand.」

「ブランドを慎重に育てたいのです。受け継がれていくブランドを、本当に作りたいと思っています。」

——Matthew Berkson(マシュー・バークソン/CEO)

2024年にはロサンゼルス(LA)のカルバーシティ(Culver City)にある商業施設「プラットフォームLA(Platform LA)」内に初の旗艦店をオープンし、現在はベルクドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)やグープ(goop)といったプレステージ小売業者にも並ぶ存在となった。

ブランドのこだわり

「記憶のポラロイド」としての香り

メゾン ルイ マリーの香り作りの哲学は、独特のものだ。すべての香りは、マリー自身の幼少期の記憶から生まれる。

「All the fragrances I launched in the beginning, they’re all personal memories, like a little Polaroid of my childhood.」

「最初に発売した香りはすべて、個人的な思い出です。幼少期の、小さなポラロイド写真のようなものです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

たとえば看板フレグランスの「ノー.4 ボワ ドゥ バランクール(No.04 Bois de Balincourt)」は、幼いマリーが裸足で駆け回り、馬と木々に囲まれた森の中で過ごした夏の日々の記憶から生まれた。新しい香りのアイデアは、ふとした瞬間に訪れる。山を歩いていて、ふとパリ郊外のサマーハウスの記憶がよみがえる。そのインスピレーションを抱えてすぐラボへ向かい、香りの専門家たちとともに記憶を分解し、再構築する作業が始まる。

「Like cooking, you work on a recipe, and you just keep working to make it perfect. But it takes so much longer than cooking. It can take years to craft the perfect scent.」

「料理のようにレシピを作り、完璧になるまで何度も取り組みます。でも、料理よりずっと時間がかかります。理想の香りを仕上げるまでに何年もかかることもあるのです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

このブランドは「亀と兎の寓話」になぞらえて、意図的にゆっくりと成長することを選んでいる。トレンドを追うことで短期的な成長を目指すのではなく、コア顧客との深い関係性を守ることを優先する。

「I always say we’re the turtle. We go slow.」

「私たちは亀だと、いつも言っています。ゆっくり進むのです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

クリーン・ビューティーへの信念

メゾン ルイ マリーの全製品は、ブランドが「有毒成分を含まない」と説明する処方を用い、動物由来成分は一切使用せず、動物実験も行わない「クリーン・ビューティー」の理念のもと作られている。

ここで興味深いのが、マリーの「クリーン」に対する考え方だ。

「Sometimes you think that natural is better, but it’s just not.」

「天然のほうがよいと思うことがありますが、必ずしもそうではありません。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

天然素材でも、高アレルギーリスクを持つエッセンシャルオイルは使用を控える。一方で、倫理的かつ安全な合成香料は積極的に採用する。例えば、ムスクの動物由来成分を避けるために合成ムスクを使用するのはその一例だ。自然と合成の「良いとこ取り」をすることで、品質・安全性・倫理性を同時に担保しようとする姿勢は、ブランドが先祖の植物学的な探究精神を現代的に継承するものといえるだろう。

ミニマルな美学 — パッケージとロゴ

パッケージへのこだわりも一貫している。

「I just wanted it to be very minimal, beautiful, simple.」

「とてもミニマルで、美しく、シンプルにしたかっただけです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

ネオンカラーや過剰な装飾が溢れるキャンドル売り場を見て圧倒された経験から、マリーは意図的にパッケージをシンプルに保つことを選んだ。全てのオイル・キャンドル・香水はガラス容器に入れられ、ラベルはコーティングなしの紙と大豆インクで印刷される。パッケージ用の紙は100%リサイクル可能なFSC認証紙が使われている。「パッケージではなく、香りそのものに引き寄せられてほしい」というマリーの言葉が、このミニマルな美学に凝縮されている。

全ての製品に刻印されているロゴは、先祖ルイ=マリーが描いた蘭の果実のイラスト。一族の歴史が文字通り、すべてのパッケージに刻まれているわけだ。

サステナビリティへのコミットメント

環境への取り組みも、ブランドの重要な柱の一つだ。

「We try our best. I have a son, and I want to leave a better place.」

「私たちは最善を尽くしています。私には息子がいますし、よりよい場所を残したいのです。」

——Marie du Petit Thouars(マリー・デュ・プティ・トゥアール)

メゾン ルイ マリーは「1% for the Planet(ワンパーセント・フォー・ザ・プラネット)」のメンバーとして売上の1%を環境団体へ寄付し、「ナショナル・フォレスト・ファウンデーション(National Forest Foundation)」への寄付により毎月約1万本の木の植林を支援してきたと紹介されている。また、気候変動への取り組みを認証する「クライメート・ニュートラル(現在のクライメート・ラベル/The Climate Label)」の初回認証を2021年に取得し、2025年時点でも認証を継続している。

香水ラインナップ

メゾン ルイ マリーの香りは「アーシー&ウッディ」「フローラル」「フレッシュ」「ウォーム&スパイシー」の4カテゴリーに分類される。各フレグランスは「オー ドゥ パルファム(Eau de Parfum)」「パフューム オイル(Perfume Oil)」「ローラーボール」「キャンドル」など複数のフォーマットで展開されており、パフューム オイルはサフラワーオイル(リノール酸含有)をベースとした独自処方が特徴である。

以下は確認されている主要フレグランスのラインナップである。

No.02 ル ロン フォン(Le Long Fond)
トップにヒノキウッド、ミドルにシダーウッドとパチョリ、ベースにホワイトムスクを持つ、静かに深みを増していくウッディな香り。

No.04 ボワ ドゥ バランクール(Bois de Balincourt) — ブランドの看板作品
サンダルウッドとシダーウッドのトップ、ベチバー・ナツメグ・シナモンのミドル、アンバーウッドのベース。幼いマリーがフランスの森を裸足で歩き回った記憶が香りの核心にある。ブランド創業初期からのベストセラーであり、2014年ローンチの記録がある。

No.09 ヴァレー ドゥ ファルネイ(Vallée de Farney)
グレープフルーツ・オレンジ・ブラックペッパーで始まり、シダーウッド・パチョリ・ゼラニウムを経て、ベチバー・アンバー・ムスクへと着地する。フレッシュとアーシーが交差する構成。

No.12 ブーヴァル(Bousval)
ベルガモット・カルダモン・バレンシアオレンジのトップ、ヘリオトロープ・ホワイトジンジャー・プチグレンのミドル、ギルデッドアンバー・シダーノワール・ミルラのベース。温かみと複雑さを合わせ持つ。

No.13 ヌーヴェル ヴァーグ(Nouvelle Vague)
スズラン・ヤシの水・レモンのトップ、トスカーナイチジク・トンカ・アガベのミドル、ベチバー・アンバー・サンタルのベース。フレッシュとほのかな甘さが共存する。

No.14 イシラ(Icila)
「ici(イシ/フランス語で『ここ』)」という言葉に着想を得た、「今この瞬間」の大切さを表現したフレグランス。ルビーグレープフルーツ・マンダリンリーフ・ジャスミンのトップ、ブルガリアンローズ・ダークプラム・オスマンサスのミドル、パチョリ・バニラフラワー・サクラブロッサムのベース。温かいフローラルの香り。

アンティドリス カシス(Antidris Cassis)
ビューティーマター誌によると、ブランドロゴに使われている蘭(Antidris dryochris/アンティドリス・ドリオクリス)にちなんで名付けられた香り。カシス・ベルガモット・ブラックペッパーのトップ、ホワイトローズのミドル、オークモス・ムスク・トンカのベース。

上記以外にも「No.15 ヴァニーユ アンフィニ(Vanille Infinie)」の存在が確認されている。

ちなみに…

ロゴに秘められた植物画の正体
メゾン ルイ マリーのすべての製品に刻まれているロゴは、ビューティーマター誌によると、先祖ルイ=マリーが自ら描いた「Antidris dryochris(アンティドリス・ドリオクリス)」というランの図版に基づいている。このイラストがそのまま「アンティドリス カシス」という香水の名前にもなっている。植物画がロゴになり、さらに香水の名前にもなるという連鎖は、ブランドとその歴史的起源がいかに深く結びついているかを示す一例だろう。

「ベルギー出身の親友」との縁
マリーは自身が最も影響を受けたデザイナーの一人としてベルギー出身のオリヴィエ・テスキャン(Olivier Theyskens)を挙げており、幼少期から同郷の旧友として彼のキャリアを見守り続けてきたという。ファッション業界への深いルーツを持つマリーにとって、香水ブランドのビジュアルとデザインにはその審美眼が色濃く反映されている。

最初のフレグランス体験は15歳
マリーが初めて自分で購入した香水は、15歳のときのモリノー(Molyneux)の「クォーツ(Quartz)」だったという。「初めての本物の香水だった。とてもワクワクした」と振り返っており、18歳のときにシャネルの「クリスタル(Cristalle)」に持ち替えたそうだ。香りの「記憶」への強い思い入れは、こうした少女時代の体験にも根ざしているのかもしれない。

参考文献