「精緻な美学の探求に導かれて、私は自らを最もよく表現する香水を作りたいと思いました。私のクリエーションは感情豊かで個性的であり、素材とそれを手に取ってものづくりをする人たちを主役として考えられています——」
— Véronique Le Bihan(ヴェロニク・ル・ビアン)、創設者兼アーティスティック・ディレクター
基本情報
設立年: 2019年
創設者: Véronique Le Bihan(ヴェロニク・ル・ビアン)
公式サイト: atelier-materi.com
創設者・ブランドの成り立ち
ブルターニュで育まれた感性
ヴェロニク・ル・ビアンはフランス北西部、ブルターニュ地方に生まれ、20歳になるまでこの荒々しい大地で育った。岩礁の断崖、嵐のあとの海、手を伸ばせば届くような自然の匂い——そうした環境が、後のブランドの世界観を形づくる土台となった。幼い頃から「何でも嗅ぐ」習性があったと本人は語っており、自然の中で拾ったものはもちろん、スーパーマーケットのコスメ売り場で並ぶ商品まで片っ端から嗅いでいたという。やがて思春期になると香水のミニチュアコレクションを作り始め、いち早くニッチパフュームに目を向けた「初期の世代」の一人でもあった。
幼少期には建築家に憧れ、間取り図を描くことが好きな少女でもあった。しかし最終的にビジネスの道を選び、ファイナンスを専攻してビジネススクールを卒業する。将来は「自分の会社を持つ」という目標があったため、卒業後は大企業ではなく小規模な会社に意識的に身を置き、多岐にわたる業務を経験することを選んだ。
香水・コスメ業界での10年以上のキャリア
パリに移ったヴェロニクは、コスメティック・香水のマーケティング&プロダクト開発の仕事に就き、12年にわたってキャリアを積んだ。特に後半の数年間は香水開発に専念し、なかでもMaesa(マエザ)というプライベートラベルのフルサービス会社に在籍した時期は印象的だった——世界中のクライアント向けに香水コレクションをAからZまで手がけ、ブランドコンセプトの立案からプロダクト開発、棚に並ぶまでを一手に管理する経験を積んだ。
しかし、その仕事の現場では常に「速さ」が優先されていた。
「コーポレートの仕事では、市場の期待、トレンド、タイトなタイムライン、財務的プレッシャーに常に縛られていました。アウトプットは表面的に美しくあっても、深みや意味、真の創造的意図からはしばしば切り離されていました。時間が経つにつれ、創造の本質から次第に離れていく感覚を覚えました。」
— Véronique Le Bihan
転機——「本物に還る」決意
長年にわたって他社のための香水を作り続けたヴェロニクは、あるとき立ち止まった。「もっと誠実で、人間的で、倫理的な何かに立ち返らなければならない」という強い感覚が生まれたという。
この問いに対する答えが、2019年のアトリエ マテリ創設だった。パリでの仕事を辞め、家族とともにボルドーへ移住し、「素材、クラフツマンシップ、ローカルプロダクション」を中心に置いた新しい香水の在り方を模索し始めた。
「スローダウンして、もっと本物の、人間的で、倫理にかなったものに立ち返りたかった。クラフツマンシップ、時間、自然と——美しさに意味を与えるすべてのものと——再びつながりたかったのです。」
— Véronique Le Bihan
ブランド名に込めた想い
「ATELIER MATERI(アトリエ マテリ)」は文字通り「素材の工房」を意味する。「Materi」はブルターニュ地方のブルトン語で「matière(素材・物質)」に相当し、創設者の故郷への敬意が込められている。
「Atelier Materiとは文字通り、素材の工房という意味です。私たちのクリエーションの本質は、人間の手の動きを通じた原材料の変容にあります。家具職人が木を彫るように、陶芸家が土を形にするように、調香師も原材料を組み合わせ、形にし、素材の本来の美しさを明らかにしていく。」
— Véronique Le Bihan
ブランドのこだわり
スロー・ラグジュアリーという哲学
アトリエ マテリが掲げる最大の哲学が「スロー・ラグジュアリー(Slow Luxury)」だ。これは単なるスローガンではなく、実際にマーケティングカレンダーに縛られない創作体制に表れている。
「私たちは発売期日というプレッシャーなしに創作します。新作の発売は、マーケティングカレンダーではなく、その作品の完成によって導かれます。このプロセスは数ヶ月から数年にわたることもあります。」
— Véronique Le Bihan
一作品・一素材の原則
コレクションの各作品は、ひとつの天然原料を中心に設計される。伝統的な素材であれ、まったく意外な素材であれ、その原料は最良のテロワール(産地)とフェアトレード原則に基づいて厳選される。選ばれた素材を調香師がコントラストある香りの構成の中に置き、素材の最も微細なニュアンスと最も意外な側面を引き出していく。
ボトルとパッケージに宿るブルターニュ
フラコンのデザインは、ヴェロニクの故郷ブルターニュへのオマージュそのものである。深いネイビーブルーのボトルは「嵐のあとの海の色」を、コンクリート製のキャップは「ブルターニュの断崖の鉱物感」と「波に磨かれた小石の形」を象徴している。
キャップはすべてパリの職人によるハンドメイドだ。型にコンクリートを流し込み、乾燥させ、脱型後に一つひとつ手磨きをして、最後に金のパティナ(古色)を施す。「職人の手の動きの痕跡が、それぞれの差異とざらつきとして残っている。自然に宿る不完全の美が、フレグランスの真正性を高める」と彼女は語る。ボトルのデザイン哲学は、建築家ミース・ファン・デル・ローエが唱えた「Less is More(少ない方が豊かである)」からインスピレーションを得たものでもある。
調香師との「四つ手の対話」
ヴェロニクは調香師ではないが、ブリーフから最終的な処方の承認まで、フレグランス創作の全工程に深く関与している。多くの作品でコラボレーションしているのはセリーヌ・ペルドリエルとマリー・ユジャントブレルで、Cosmo International Fragrancesを通じたパートナーシップのもとで制作が行われている。
「各フレグランスはまさに対話——調香師と私の間の四つ手のプロセスです。このコラボレーションにより、私は創作のポエティックかつ感覚的な次元——香りに魂を与えるテクスチャー、コントラスト、感情——に集中することができます。」
— Véronique Le Bihan
香水ラインナップ
オードパルファン(Eau de Parfum)コレクション
ブランドの根幹をなすコレクション(100ml)。各作品が一つの天然原料を主役にした、ミニマルでコンテンポラリーなユニセックスの香りである。
- サンタル・ブロン(Santal Blond) / 調香師:ルカ・シューザック — サンダルウッドを主役に、ヒノキ・ブルボン、トンカビーン、カルダモン、ベルガモット、ジャスミンをまとわせた作品。ブランドのベストセラーの一つ。
- ナルシス・タイジ(Narcisse Taiji) — 「ナルシスという花を前面に出すのは大胆すぎる」とも言われたが、最終的にベストセラーとなった作品。
- カカオ・ポルスレナ(Cacao Porcelana) / 調香師:マリー・ユジャントブレル — ペルー北西部ピウラ産の希少なホワイト・ポルセラナ種カカオを主役に据えた作品。Pure Beauty Award 2020 ベストニューニッチフレグランス部門シルバーを受賞。調香師はフランスのマイトル・ショコラティエと共同で最適な焙煎を研究したことでも知られる。
- イリス・エベーヌ(Iris Ebène) / 調香師:マリー・ユジャントブレル — ヴェロニクが「私のolfactory doudou(ぬいぐるみのような存在)」と語るほど愛着を持つ一作。開発時に「カシミヤのセーターのような、包み込まれる感覚」というビジョンを調香師に伝えたという。
- キュイール・ニラム(Cuir Nilam) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — Cosmetiquemag Awards 2023 プレミアム・ニッチ・パフューム部門シルバーを受賞。
- ローズ・アルドワーズ(Rose Ardoise) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — 「もともとローズが好きではなかった」ヴェロニクが「都市の中のコンクリートから咲く花」というコンセプトでアンドロジナスなローズを追い求め、完成まで2年を要した。Cosmetiquemag Awards 2022 ニッチフレグランス部門シルバーを受賞。
- ボワ・ダンブレット(Bois d’Ambrette) / 調香師:マリー・ユジャントブレル
- ポワーヴル・ポメロ(Poivre Pomelo) / 調香師:マリー・ユジャントブレル — タスマニアのティムトペッパーを主役に据えたシトラス・スパイシー系
- セードル・フィガリア(Cèdre Figalia) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル
- ヴァニール・カルボン(Vanille Carbone) / 調香師:ナタリー・グラシア=セット
- トンカ・クマル(Tonka Kumaru) — トンカビーンのアーモンドのような複雑なシグネチャーを探求した作品
エキストレ・ドゥ・パルファン(Extraits de Parfum)コレクション
2024年10月に発売された第二のコレクション(50ml)。賦香率30%と、オードパルファンに比べて格段に濃度が高く、長時間の残香と存在感のある香りが特徴だ。ボトルのキャップにはマットなゴールドが施され、オードパルファンとは異なる風格を持つ。
- アンブル・パピエ(Ambre Papier) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — ミルラ、サフラン、シアムベンゾイン脂などを組み合わせたウォーム・スパイシー系
- バーガンディー・ウード(Burgundy Oud) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — ブルゴーニュ産ブラックカラントバッドアブソリュートとウードの対比が特徴。「特級畑(グランクリュ)のワインを産む地域のカシスを選んだ」という選材のこだわりが光る。
- ネロリ・ハスバヤ(Néroli Hasbaya) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — ネロリ(橙花)を中心にピスタチオ、オレンジブロッサムなどを配したフローラル系
- ブラック・オレガノ(Black Oregano) / 調香師:セリーヌ・ペルドリエル — 2025年秋発売のコレクション最新作。料理に使うハーブ「オレガノ」という意外な原料をレザーとウッドに組み合わせた、コントラストの強い一作。
「ブラック・オレガノは大胆な緊張感から生まれました。日に焼けて黒ずんだオレガノ、なめし革の感触——獰猛で、根源的で、生き生きとした存在感。ミネラルとセンシュアルが交差し、アロマティックの乾いたフレッシュさがレザーの生命力ある熱と出会う香りです。」
— Véronique Le Bihan
ちなみに…
- ヴェロニクがもし一人の人物のために香水を作るとしたら、と問われたとき、彼女はフランスの建築家・デザイナー、シャルロット・ペリアンの名を挙げた。「アート、工芸、デザインをミニマルでコンテンポラリーな視点で見つめる姿勢が、私のクリエーションにとても近い」と語るヴェロニク。「ユズなどのデリケートな柑橘と乾いたシダーウッドを合わせた、縦に伸びるようなミニマルな作品を作りたかった——彼女が魅了されていた日本へのオマージュも込めて」という言葉は、アトリエ マテリの美学そのものを凝縮したような答えである。
- ヴェロニクが最も愛する香料成分はアンブロキサン(ambroxan)だという。有機化学の研究から生まれたこの合成素材は、ウッディ・アンバー・アニマルなニュアンスを持ち、官能的な深みを加える。「私と一緒に仕事をする調香師は全員、私のアンブロキサンへの執着を知っている」と笑いながら語る。なお、ローズ・アルドワーズには20%以上のアンブロキサンが使用されている。
参考文献
- “THE HOUSE” — ATELIER MATERI 公式サイト – https://atelier-materi.com/pages/the-house
- “ATELIER MATERI: the French perfume house” — Rocket Beauty – https://rocket.beauty/en/atelier-materi/
- “ATELIER MATERI” — ART EAU(日本語)– https://arteau.jp/pages/atelier-materi
- “【ATELIER MATERI】素材を追求した上質な香り” — Lounge Sai – https://loungesai.com/blogs/note/atelier-materi-fragrance-introduction
- “Heartfelt Interview with Véronique Le Bihan(4周年公式インタビュー)” — ATELIER MATERI 公式ブログ – http://atelier-materi.com/2023/11/08/heartfelt-interview-with-veronique-le-bihan-founder-of-atelier-materi-who-shares-her-invaluable-insights-and-inspirations-to-celebrate-the-brands-4th-anniversary-this-month/
- “ATELIER MATERI: Time, Matter, and the Discipline of Restraint” — Elevated Classics – https://elevated-classics.com/atelier-materi-time-matter-and-the-discipline-of-restraint/
- “Interview With Veronique Le Bihan, the creator of ATELIER MATERI” — H Parfums Blog – https://hparfums.com/blogs/news/interview-with-veronique-le-bihan-the-soul-behind-atelier-materi
- “Atelier Materi, rencontre avec Véronique Le Bihan” — Flannie – https://flannie.fr/2024/01/08/atelier-materi-rencontre-avec-veronique-le-bihan/
- “5 Questions with Véronique Le Bihan, Founder of Atelier Materi” — Amaris Beauty – https://amarisbeauty.com/blogs/magazine/5-questions-with-veronique-le-bihan-founder-of-atelier-materi
- “Atelier Materi Cacao Porcelana Review” — ÇaFleureBon – https://cafleurebon.com/atelier-materi-cacao-porcelana-review-marie-hugentobler-award-winning-draw/
- “Cosmetiquemag Award 2023 for CUIR NILAM” — Cosmo International Fragrances – https://www.linkedin.com/posts/cosmo-international-fragrances-sa_congrats-to-atelier-materi-and-c%C3%A9line-perdriel-activity-71
- “Rose Ardoise: Cosmetiquemag Award 2022” — Cosmo International Fragrances – https://www.instagram.com/reel/CmODuFMD0md/
- “Atelier Materi Introduces New Extrait in the Collection: Black Oregano” — Plezuro Mag – https://plezuromag.com/news/atelier-materi-introduces-new-extrait-in-the-collection-black-oregano
- “新作香水「ATELIER MATERI」3作品10月16日発売” — Clique Tokyo – https://cliquetokyo.fashionstore.jp/blog/2024/10/09/190156
- “ATELIER MATERI” — Jovoy Paris – https://www.jovoyparis.uk/brand/365-atelier-materi


