ティエリー ミュグレー(Mugler)——星に導かれた異端のデザイナー

ミュグレーの世界観と代表製品「Angel Eau de Parfum」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「最初からグルマンな香水を作りたかった——チョコレートとキャンディフロスで。何百もの試作の後、エンジェルが生まれた。……エンジェルは技の結晶であり、複雑な研究の成果だ。」

— マンフレッド・ティエリー・ミュグレー(『ドキュメント・ジャーナル(Document Journal)』, 2021年9月)

基本情報

設立年: 1974年(ファッションブランドとして。香水部門はクラランスとの提携を経て1992年始動)

創設者名: マンフレッド・ティエリー・ミュグレー(Manfred Thierry Mugler)

公式サイト: https://www.mugler.com/

現在の親会社: ロレアル(L’Oréal)(2020年3月に買収完了)

読み方について: 「Mugler」はフランス語で「ミュグレー」と発音する(国際音声記号(IPA)表記: [myɡlɛʁ])。日本語表記では「ミュグレー」が一般的。

創設者・ブランドの成り立ち

反抗する少年とダンスの洗礼

マンフレッド・ティエリー・ミュグレーは、1948年12月21日、フランス・アルザス地方の中心都市ストラスブールに生まれた。 幼少期から「押しつけられた世界の中で生きることが本当につらかった」と後に語っている。

「子供の頃、押しつけられた世界の中で生きることが本当につらかった。別の世界を作りたいと夢見ていた——自分のスケールで、自分だけの世界を。」

— ティエリー・ミュグレー

その鬱屈したエネルギーの捌け口となったのが、ダンスとデザインであった。9歳でクラシックダンスを学び始め、14歳にはライン国立歌劇場バレエ団(Opéra national du Rhin)に参加した。 この6年間の舞台経験が、彼に「体を通した表現」と「見せ方の美学」を徹底的に叩き込んだ。

バレエの傍ら、ミュグレーはストラスブール装飾芸術学校でインテリアデザインも学んだ。 舞台の肉体感覚と建築的な空間の思考——この二つの訓練が、後のシルエットへの強烈なこだわりの源になったと思われる。

パリへ——ゼロからの出発

20代になると、彼はより大きな舞台を求めてパリへ移住した。 最初の仕事はパリのブティック「ギュデュル(Gudule)」のウィンドウ・ドレッサー。 華やかなクチュールの世界には程遠い始まりだったが、彼の野生的なセンスは通行人の目を引き、やがて周囲の人々から服のデザインを頼まれるようになっていった。

1960年代にはロンドンのブティック「ミスター・フリーダム(Mr. Freedom)」などでもデザインを手がけ、 26歳になる頃にはパリ、ミラノ、ロンドン、バルセロナの有名プレタポルテ・メゾンのフリーランスデザイナーとして活動していた。

「カフェ・ド・パリ」——自分のブランドの誕生

1973年、ミュグレーは初の個人コレクション「カフェ・ド・パリ(Café de Paris)」を発表した。 アーバンでソフィスティケートされたこのコレクションは業界に小さな衝撃を与え、翌1974年には自身の名を冠したブランドを正式に設立した。

彼のキャリアを後押ししたのが、有力ファッション誌編集者のメルカ・トレアントン(Melka Tréanton)であった。1976年、彼女はミュグレーを資生堂主催のイベントのため東京へ招待し、 その縁でアジアにもブランドの名が広まっていく。

1978年にはパリ1区のプラス・デ・ヴィクトワールに初のブティックをオープン。 この頃すでに、鋭い肩のライン、絞った腰、彫刻的なシルエットという「ミュグレーの女性像」は確立されつつあった。

ショーという名の劇場

1980〜90年代にかけて、ミュグレーは「ランウェイを劇場に変えた」デザイナーとしての地位を固めた。 競合他社が静かなサロン形式のショーを行っていた時代に、彼はドラマ、音楽、物語を備えた「アリーナ・ショー」を実施した。ヴァルキューレ、キャットウーマン、昆虫女、アマゾン、バイカー、サイバービッチ——年ごとに変わるテーマは、文字通り映画さながらであった。

「ヒールからまつ毛まで、ストーリーボードから音響まで——すべてに関わっていた。映画のように作ったんだ」と、彼は後にこのショー製作を振り返っている。

1989年には、モデルたちがハーレーダビッドソンのハンドルバーをコルセットに溶接したドレスを着用してランウェイを歩いた。 1992年にはジョージ・マイケルの「トゥー・ファンキー(Too Funky)」のミュージック・ビデオを監督・衣装を担当し、 同年デミ・ムーアが1993年の映画『幸福の条件(Indecent Proposal)』で着用した黒のドレスを制作。このドレスはのちに「1990年代で最も有名なドレス」と称された。

1995年、ブランドの20周年を記念して「サーク・ディヴェール(Cirque d’hiver)」会場で開催されたコレクションは、300を超えるルック、ジェームス・ブラウンのパフォーマンス、トップスーパーモデルたちの競演を備え、「ファッション界のウッドストック」と称された。

香水という新世界への挑戦

1990年、フランス有数のコスメティック企業クラランスがミュグレー・クチュールの34%株式を取得し、香水事業のパートナーとなった。 クラランス社と組んだミュグレーは、「香りを通じて自分の世界観に嗅覚的な次元を与えたい」という夢を持っていた。

このプロジェクトを実質的に推進したのが、ヴェラ・ストリュビ(Vera Strübi)というスイス人女性実業家であった。彼女はミュグレー・パルファン最高経営責任者として、調香師のオリヴィエ・クレスプ(Olivier Cresp)とイヴ・ドゥ・シラン(Yves de Chirin、両名とも当時クエスト・インターナショナル〈Quest International〉)と手を組み、「強く、かつてない香り」の開発に乗り出した。

その試行錯誤の末に1992年に発売されたのが「エンジェル」である——これについては後述する。

引退、そしてレガシーの継承

2002年にミュグレーはブランドを離れ、 2003年にはクラランスが採算不振を理由に既製服部門を閉鎖した。 しかしミュグレーはこう語っている。

「ファッションは美しい、人体における3Dのアートだ。でもそれだけでは足りなくなった——だから他の表現方法を探した。私にとってはもはや正しいツールではなくなった。でも香りはまだ私を惹きつけている。」

— ティエリー・ミュグレー

引退後もミュグレーはビヨンセの「アイ・アム…ワールドツアー(I Am… World Tour)」(2009年)の衣装を担当し、 2019年にはキム・カーダシアンのメット・ガラのための「ウェットクチュール・ドレス」を手がけるなど、折に触れてその才能を発揮し続けた。

香水部門はクラランスのもとで拡大を続け、2019年10月にロレアル(L’Oréal)がクラランスのフレグランス部門(ミュグレーとアザロ)を買収すると発表し、 2020年3月31日に買収が完了した。

2022年1月23日、マンフレッド・ティエリー・ミュグレーはヴァンセンヌの自宅で静かに息を引き取った。享年73歳。 その翌朝、ビヨンセ、ダイアナ・ロス、カイリー・ミノーグ、ベラ・ハディッドら世界中のセレブリティから追悼の言葉が寄せられた。

ブランドのこだわり

「グルマン香水」という革命

ミュグレーが1992年に提示した「グルマン(gourmand)香水」——チョコレート、キャラメル、バニラなどの食べ物系の香りを大胆に取り入れ、パチョリなどと組み合わせるカテゴリー——は、当時の香水業界では完全な異端であった。 1990年代初頭のトレンドはフローラル(花系)か透明感のあるアクアティック系に向かっており、甘い食べ物の香りは「下品(vulgar)」と見なされる文化的風土があった。

調香師のオリヴィエ・クレスプは、エンジェル開発時にこう振り返っている。

「エンジェルを生み出すには2年間の開発と620回の試作が必要だった。」

誕生から約30年後には、専門メディアでグルマン香水が市場の売上の約60%を占めるという見方も紹介されるに至り、クレスプは「グルマンの征服を始めた男」として称えられている。

ミュグレーはこうした革新を厭わなかった。香りについて彼はこう言っている。

「香りがこれほど感情に近いという事実、それが私が本当に好きな理由です。人と人をつなぐ素晴らしいつながり。……それは本当に言語であり、人々に語りかけるか、語りかけないかのどちらかだ。その魔法のような不確かさが好きなんです。」

— ティエリー・ミュグレー(『エル(ELLE)』, 2017年)

ボトルは「彫刻」であり「お守り」である

ミュグレーのフレグランス・ボトルは、単なる容器ではなく一個の芸術作品である。エンジェルの五芒星型、エイリアンのファセット付きタリスマン、エイメン(A*Men)のミリタリーフラスコ、オーラのエメラルドハート——各作品がそれぞれ独自の造形哲学を持っている。

エンジェルのボトルは特に象徴的だ。星はミュグレーの生涯を貫くシンボルであり、彼は自分の服のボタンにも星を刻み、肩にも星をタトゥーしていたという。 星型のボトルはミュグレー本人がデザインし、ガラスメーカーのヴェルリー・ブロス(Verreries Brosse)が製造を担当した。同社が特殊な回転金型を開発することで実現したが、製作期間に1年半を要し、 その高コストゆえに競合商品の約2倍の価格設定を余儀なくされた。

星にまつわる逸話として、「ある占い師がミュグレーの手のひらを見て、その線が星の形を成していると言い、その形をデザインに取り入れるよう勧めた」という話が伝えられている——ただしこれはあくまでも「伝説(legend)」として記録されており、 事実かどうかは確認できない。

リフィラブル香水の先駆け

1992年のエンジェル発売と同時に、ミュグレーは店舗に「ミュグレー・ファウンテン(Mugler Fountain)」を設置した——これは18世紀の貴族社会における屋内香水噴水の伝統にインスパイアされた、現代の詰め替え式香水サービスの先駆けである。 サステナビリティが叫ばれるはるか以前から、このアプローチはガラス・プラスチック・金属の廃棄削減を狙ったエコロジーな思想に基づくものであった。

ブランドの公式説明によると、世界に10,000以上のミュグレー・ファウンテンが設置され、25秒に1本の割合でボトルが詰め替えられ、年間150万本のボトルが廃棄されずに済んでいるという。 50mlのエンジェル オー ドゥ パルファムを詰め替えた場合、新品購入に比べてメタル100%削減、ガラス74%削減、プラスチック83%削減を達成できるとブランドは公式サイトで明示している。

香水ラインナップ

ミュグレーの香水には「A」の文字から始まる名前が多いという特徴がある。エンジェル(Angel)、エイメン(A*Men)、エイリアン(Alien)、ウーマニティ(Womanity)、オーラ(Aura)……これはブランドのテーマである「アディクション(addiction、中毒性)」と「オーダシティ(audacity、大胆さ)」への暗示とも取れる、ミュグレーならではの遊び心である。

エンジェル(Angel)— 1992年

女性向け / グルマン・オリエンタル系

香水業界に「グルマン」という新カテゴリーを誕生させた、世界的ベストセラー。調香はオリヴィエ・クレスプとイヴ・ドゥ・シランが担当した。アッパーノートにベルガモット、ハートにデューベリーやレッドベリー、ベースにパチョリ、バニラ、カラメル、チョコレートが重なる。 パチョリの濃度を30%に設定し、甘さを過度にならないようにバランスを取ったのは、オリヴィエ・クレスプの技巧であった。 ボトルは非対称の五芒星型、ブルーのガラスに収められている。 エンジェルのファンにはダイアナ・ロス、バーバラ・ウォルターズ、エヴァ・メンデスらが含まれると記録されている。

エンジェル・ミューズ(2016年)、エンジェル・ノヴァ(2020年)、エンジェル・エリクサー(2023年)など、多数のフランカー(バリエーション作品)が生まれてきた。

エイメン(A*Men) — 1996年

男性向け / グルマン・アンバー系

エンジェルの「グルマン革命」を男性香水市場に持ち込んだ一作。調香師はジャック・ユクリエ(Jacques Huclier)。 ミント、ラベンダーで開き、カラメル、コーヒー、パチョリ、バーボンバニラが積み重なる重厚なベースへと展開する。 メンズ初のグルマン系デザイナー香水として位置づけられ、現在も熱狂的なファンを持つカルト作品である。 ボトルはビンテージの旅行用フラスコからインスパイアされた黒いゴム引きのデザインで、非対称の星が刻まれている。

エイリアン(Alien)— 2005年

女性向け / ウッディ・オリエンタル系

エンジェルから13年後に登場した第2の柱香水。調香師はドミニク・ロピオン(Dominique Ropion)とローラン・ブリュイエール(Laurent Bruyère)。 サンバク・ジャスミン(インドのタミル・ナードゥ州マドゥライで栽培される六弁の花を使用)、カシュメラン・ウッド、ホワイトアンバーが三つの「啓示」として展開する。 エンジェルは年間約2億8000万ドルの売上に達したとも報じられており、エイリアンはその成功に続く柱として、ミュグレーのフレグランス事業を支える一翼を担っている。 ボトルはファセット切りのタリスマン(護符)の形で、爪(ゴールドのクロー)で固定されたデザインが特徴的だ。

ミュグレー自身はエイリアンを生み出した動機をこう語っている。

「エイリアンを創るとき、すべての女性の輝きと素晴らしさを明らかにする香水を夢見た。誘惑の香水ではなく、エイリアンはポジティブなエネルギーを帯びた神聖なお守りとして設計された……スピリチュアリティと新しい価値観を求める社会の中で、恩恵によって輝き、魅了し、惹きつける太陽の女神の力。」

— ティエリー・ミュグレー

ウーマニティ(Womanity)— 2010年

女性向け / フルーティ・マリン系

イチジクとキャビアという異色の組み合わせが話題を呼んだ。キャビアの香りは、マン(MANE)社が開発した分子蒸留技術(Molecular Distillation)で抽出されたものである。 商業的には大きなヒットとはならなかったが、その甘塩っぱいサインは後続のメインストリームフレグランス(カルバン・クラインの「リヴィール(Reveal)」やパコ・ラバンヌの「オリンピア(Olympéa)」など)に影響を与えた、と香水評論家たちは指摘している。

ミュグレーはこの香りについてこう述べている。

「女性らしさは完全性の概念を呼び起こす——甘さと塩気、すべてが一度に。」

— ティエリー・ミュグレー

オーラ(Aura)— 2017年

女性向け / ウッディ・グリーン・オリエンタル系

ウーマニティから7年の沈黙を経て誕生した第4の柱香水。 パフューマーチームはダフネ・ビュゲー、マリー・サラマーニュ、アマンディーヌ・マリー、ジャン=クリストフ・エロー(Jean-Christophe Hérault)の4名。 ルバーブ、タイガー・リアナ(フィルメニッヒ(Firmenich)の独占素材)、ウルフウッドを中心にボタニカルとアニマルを融合させるコンセプト。 ボトルはエメラルドのハートをシンボルとし、「エム(m)」の字はフランス語の「エーム(aime、愛する)」の音から取られている。

エイリアン・ゴデス(Alien Goddess)— 2021年

女性向け / フローラル・アンバー・ウッディ系

ロレアル(L’Oréal)傘下に移った後の最初のメジャー新作。パフューマーはナタリー・ロルソン(Nathalie Lorson)とマリー・サラマーニュ。 イタリアン・ベルガモット、ジャスミン・グランディフローラム(スーパーインフュージョン製法)、マダガスカル・バーボン・バニラを三つの「啓示」として構成。 ウィロー・スミス(Willow Smith)がキャンペーンモデルを務めた。

ちなみに…

「A」への偏愛: エンジェル、エイメン(A*Men)、エイリアン、オーラ(Aura)——ミュグレーが手がけた柱香水には「A」から始まるものが多い。これはミュグレーの縁起担ぎとも、シリーズとしての統一感とも、ブランドテーマ「アディクション(addiction、中毒性)」の頭文字とも言われている。

1995年のショーは「ファッション界のウッドストック」: 1995年にミュグレーが「サーク・ディヴェール」で開催したブランド20周年ショーは、300を超えるデザイン、世界的スーパーモデルたちの出演、そしてジェームス・ブラウンのライブパフォーマンスを含む超大作であった。後に批評家によって「ファッション界のウッドストック」と命名されている。

占い師の伝説: 「ミュグレーはかつて占い師を訪ね、手のひらの線が星の形をしているといわれ、すべてのデザインにその形を取り入れるよう勧められた」——という逸話が伝わっている。ただしこれはあくまで「伝説(legend)」として記録されており、 事実として検証する一次資料は現時点では見当たらない。

パフューム・ワークショップ: 2005年には一般公開を前提とした「ティエリー・ミュグレー・パルファン・ワークショップ」を開設し、調香師の技術と知識を直接伝える試みも行った。

参考文献