バスティーユ(Bastille Parfums)――自由なる香水の革命

Bastille Parfums(バスティーユ)の香水「14 JUILLET」 ブランド創業者

「ジュリア・ロバーツの笑顔がなければ消費者は買わない、とも言われた。それでも、私たちはバスティーユを創ることにした」

— マリー・オルテンス・ヴァラン(バスティーユ創業者)

基本情報

設立年:2019年(ブランド構想・立ち上げ準備)、2020年に正式ローンチ
創設者:マリー・オルテンス・ヴァラン(Marie-Hortense Varin)
現CEO:ソフィー・メゾン(Sophie Maisant)/2022年2月より
公式サイト:bastilleparfums.com

創設者・ブランドの成り立ち

コンサルタントから「香水革命家」へ

バスティーユの誕生は、一人の若き女性起業家の問いから始まった。創業者マリー・オルテンス・ヴァランは、パリ政治学院(Sciences Po Paris、2012年卒)を卒業後、コンサルティング大手のベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)で2013年から約2年半、戦略コンサルタントとして活躍した。その後、テクノロジー・デジタル系スタートアップへの投資で知られるベンチャーキャピタル「パルテック(Partech)」へ移り、プリンシパルとして新たなキャリアを歩んだ。

彼女自身がのちに語ったように、「どの分野でも私はアウトサイダーだった。ベインではサイエンスポ出身は稀だったし、テック系VCでも女性かつ非エンジニアという存在は珍しかった。香水業界でも異端であり続け、現状を変えたいと思っていた」。このアウトサイダー精神こそが、バスティーユの核心をかたちづくることになる。

「なぜ、香水だけが秘密にされるのか」

マリー・オルテンスはシャンパーニュの醸造家の家庭に育ち、「自然の恵みを最大限に引き出すには、そのリズムを尊重し、育てる人々を敬うことが大切だ」という価値観を幼いころから刷り込まれてきた。ナチュラルコスメを好んで使う日常の中で、ある違和感が膨らんでいった。食や化粧品の世界では「成分開示」「サステナビリティ」が当たり前になりつつあるのに、なぜ香水業界だけが旧来の秘密主義を続けているのか、という疑問である。

2019年、マリー・オルテンスは実際に複数の調香師たちに問い合わせた。「ナチュラルで透明性のある香水は作れないのか?」という問いに、帰ってきた答えは懐疑的なものばかりだった。

「天然香料だけで香水を作るのは高コストで非常に複雑だ。」
「成分の公表が義務化されない限り、合成成分は使われ続けるだろう。」
「ブランドとして成功するには莫大なマーケティング予算が必要だ。ジュリア・ロバーツのような顔がなければ、消費者は買わない。」

— 調香師たちの言葉(マリー・オルテンス・ヴァランの回顧より)

こうした「無理だ」という声を受けて、彼女はむしろ決意を固めた。「だからこそバスティーユを作ることにした」と。

アンとの出会い、そして最初のコレクションへ

ブランドの構想が動き出したのは、調香師アン・フリッポ(Anne Flipo)との出会いがきっかけだった。IFF(インターナショナル・フレーバーズ・アンド・フレグランシズ)に所属するアンは、35年以上のキャリアを持つベテランで、ランコムの「ラ・ヴィ・エ・ベル」やパコ・ラバンヌの「インヴィクタス」など多数の名香を手掛けた実力者だ。

彼女は「チャレンジが大好き」と語るとおり、「95%天然成分で、処方を全公開する香水を作る」という前例のない挑戦を引き受けた。IFF傘下の天然香料専門部門「IFF-LMR ナチュラルズ」をパートナーに、約50のプロトタイプを作成し、そこから5つのファイナリストを選び出した。各香りは例外なく何十回もの修正を重ねて磨き上げられた。

「天然成分95%で香水を作るということは、まったく新しいルールでゲームをするということ。適応し、新しい素材を見つけ出す必要がある。これは別種の体操競技のようなものだ。」

— アン・フリッポ

こうして2020年、バスティーユはコロナ禍の最中にパリでデビューを果たした。

ソフィー・メゾンへのバトンタッチ

ブランドは設立直後から注目を集め、デビューから半年も経たない2020年10月、フレグランス・ファウンデーション・フランスが創設した「ルー・ドゥ・リノベーション・ロンサーブル」の初代受賞者に輝いた。これは環境・社会的責任の観点から香水業界で最も革新的な取り組みを称える賞であり、受賞作はフラッグシップ的な香り「バタイユ(Bataille)」だった。

創業者マリー・オルテンスは2021年、「新たな冒険に出たい」という思いを胸に、次の担い手を探し始めた。そこで運命的な出会いが生まれる。20年にわたってシャネル、資生堂、ハダ・ビューティなど名だたるラグジュアリー・ビューティブランドでブランド構築・プロダクト開発・マーケティングに携わってきたソフィー・メゾンが、起業について学ぼうとマリー・オルテンスに連絡を取ったのだ。

「最初は起業家精神について学ぶために連絡しただけだった。でも対話を重ねるうちに、共通の価値観——透明性、サステナビリティへの情熱——があることが分かった。彼女は新しい冒険に出たいと思っており、私はバスティーユをとても気に入っていた。星が揃ったのだ。」

— ソフィー・メゾン(フレグランス・ファウンデーション・フランス インタビュー、2022年)

2022年2月、ソフィー・メゾンはバスティーユの新オーナー兼CEOに就任。同年9月には、シャネル時代の旧知の同僚パスカル・ヤフィル(Pascal Hyafil)がゼネラル・マネージャーとして参画した。この体制強化は功を奏し、2023年の売上高は2022年比で5倍に達した。ヨーロッパに加え、日本・台湾など東アジアへの展開も進み、アメリカ市場への本格進出も視野に入れている。

ブランドのこだわり

「透明性」という革命

バスティーユが最も強く標榜するのが、全成分の完全開示だ。香水業界では処方は長らく「企業秘密(trade secret)」として保護され、法律によって開示義務はない。多くのブランドがアレルギー物質のみを表示するにとどまる中、バスティーユは使用された天然・合成すべての成分を製品ページや外箱に明記している。

「これは毎日の戦いです。業界の中だけでなく、消費者の意識にも深く刷り込まれた固定観念があるから。でも、私たちはラグジュアリーと持続可能性が何を意味するのかを、再定義していく必要があります。簡単な挑戦ではないけれど、非常に興味深い挑戦です。」

— ソフィー・メゾン(Wallpaper* 誌インタビュー)

さらに2023年9月、バスティーユはラベリング大手のエイブリー・デニソン(Avery Dennison)と提携し、ベストセラーの「プレイン・リューヌ(Pleine Lune)」と新作「パラディ・ニュイ(Paradis Nuit)」にRFIDタグとシリアル化QRコードを搭載する取り組みを開始した。スマートフォンでQRコードをスキャンするだけで、原料の産地、瓶詰め日、olfactory(嗅覚)プロファイル、サプライチェーン上の追跡情報が確認できる「デジタルツイン」の仕組みだ。

95%天然、5%クリーン合成という哲学

バスティーユの処方は、EU基準で「天然(natural)」を名乗るための最低条件である95%以上の天然成分を厳守している。残り5%は「アレルギーや発がん性に関して安全性が確認された、天然由来の合成成分」に限定されており、内分泌かく乱物質や合成染料、抗UV剤は一切使用しない。アルコールには有機小麦由来のものを採用している。これは通常の合成アルコールと比べて最大3倍のコストがかかるとされるが、同ブランドはその分を他のコストを抑えることで吸収し、100ユーロ以下という価格帯を維持している。

天然成分の調達はグラース(Grasse)を拠点とするIFF-LMRナチュラルズを中心に、フェアトレード認証済み(Fair For Life認証)のバニラなども使用するなど、原料のトレーサビリティ(追跡可能性)にも注力している。

パッケージ——環境と美の両立

ボトルはリサイクル可能なガラスとアルミニウムを使用し、プラスチックは最小限に抑えている。外箱は当初の硬質ボックスから、FSC認証紙を使用したスライド式「マッチ箱型」フォールディングボックスへと刷新した。この変更によりパッケージの重量が39%削減され、輸送コストと廃棄物の最小化が実現した。プラスチック海洋汚染対策NGO「サーフライダー・ファウンデーション(Surfrider Foundation)」の支援を目的に、「1% for the Planet」への加盟を通じて売上の1%を寄付している。

香水ラインナップ

バスティーユが現在展開するオード・パルファンは全8作である。それぞれに独立した調香師が招かれ、ブランドから「白紙委任(carte blanche)」が与えられる。全作品がジェンダーレス・ユニセックスで設計され、15ml・50ml・100mlの3サイズで展開される。

コアコレクション(初期5作)

香水名日本語訳調香師特徴
プレイン・リューヌ (Pleine Lune)満月アン・フリッポ+ポール・ゲランチュベローズを中心にした白系フローラル。ベルガモット・抹茶が清潔感を添えるセンシュアルな一作
バタイユ (Bataille)戦いニコラ・ボリュー(Nicolas Beaulieu)サフラン・ジンジャー・パチョリの力強いスパイシーウッディ。ブランド初の受賞作
オール・ピスト (Hors-Piste)道なき道ドミティル・ミシャロン=ベティエ(Domitille Michalon-Bertier)マンダリン・マテ・ジンジャーのヘスペリド(柑橘系)コロン。「モダン、バイブラント、エネルギッシュ」
レゾン・ヴェール (Rayon Vert)緑の光線—グリーン・フレッシュ系
ドゥマン・プロミ (Demain Promis)明日への約束キャロリン・ドゥムール(Carolyn Demeur)シナモン・ミルク・パチョリのスパイシーミルキー。ミルキーなチャイラテのような温かさ

追加作品

香水名調香師特徴
アン・ドゥ・トロワ・ソレイユ (Un Deux Trois Soleil)ドミティル・ミシャロン=ベティエバニラ・アーモンド・トンカのアンバー系。「温かく、夏の香りがして、陽気」
パラディ・ニュイ (Paradis Nuit)ニコラ・ボリュービターカカオ・マルセイユ石けん・カシー・フラワーのユニークな組み合わせ
カトーズ・ジュイエ (14 Juillet)メーブ・マック・カーティン(Meabh Mc Curtin、IFF)ブランド名の由来である7月14日(バスティーユ・デー)にインスパイアされた2024年の最新作。「花火のアコード」を取り入れたスモーキーアンバー

「1度も嗅いだことがないようなスモーキーアコードで、花火を表現することができた。あんな香りは嗅いだことがなかった。」

— ソフィー・メゾン(「カトーズ・ジュイエ」について)

ちなみに…

  • ブランド名「バスティーユ(Bastille)」はフランス革命の象徴であるバスティーユ牢獄の襲撃に由来する。「自由のために古い権力を打ち破る」というイメージをそのまま香水業界の変革に重ねた命名だ。パリの「コロンヌ・ドゥ・ジュイエ(7月の柱)」が立つバスティーユ広場に建つ青銅の柱の緑青色が、「カトーズ・ジュイエ」のパッケージカラーに採用されているのも粋な演出だ。
  • マリー・オルテンス・ヴァランは当時30歳でバスティーユを創業した。ベイン・アンド・カンパニーでの戦略コンサル、パルテックでのVC(ベンチャーキャピタル)経験という、一見して香水業界と無縁に見えるキャリアを経て、まったく異なる業界に「革命」をもたらした。
  • バスティーユはPETA(動物の倫理的扱いを求む人々の会)の「グローバル・ビューティ・ウィズアウト・バニーズ」プログラムにも参加しており、全製品がビーガン認定・動物実験未使用であることが公式に確認されている。
  1. Wallpaper* — “Bastille Parfums blends technology with olfactory craft” – https://www.wallpaper.com/fashion-beauty/fragrance/bastille-parfums-france
  2. Elevated Classics — “Bastille Paris: Redefining Natural Luxury Fragrances” – https://elevated-classics.com/bastille-paris-redefining-natural-luxury-fragrances/
  3. Bastille 公式サイト — “Our history” – https://bastilleparfums.com/en-us/pages/notre-histoire
  4. Scentissime — “The BASTILLE Story” – https://www.scentissime.com/en/content/26-bastille
  5. Holissence — “Un café avec… Marie Hortense Varin des Parfums Bastille” – https://www.holissence.com/un-cafe-avec-marie-hortense-vavin-des-parfums-bastille/
  6. Fragrance Foundation France — “Rencontre avec Sophie Maisant, CEO des parfums Bastille” (2022) – https://www.fragrancefoundation.fr/2022/09/rencontre-avec-sophie-maisant-ceo-des-parfums-bastille/
  7. Fragrance Foundation France — “Nez à Nez avec Sophie Maisant, CEO des parfums Bastille” (2024) – https://www.fragrancefoundation.fr/2024/07/nez-a-nez-avec-sophie-maisant-ceo-des-parfums-bastille/
  8. Consultor — “Une Bainie se met au parfum… responsable” – https://www.consultor.fr/articles/quand-une-ex-bainie-devenue-parfumeuse-remporte-un-prix-de-l-innovation-responsable
  9. Bastille 公式ブログ — “Bastille remporte le prix de l’innovation responsable!” – https://bastilleparfums.com/blogs/news/bastille-remporte-le-prix-de-linnovation-responsable
  10. Avery Dennison プレスリリース — “Bastille Parfums strengthens traceability with Avery Dennison digital solutions” (2023年9月) – https://rfid.averydennison.com/en/home/news-insights/press-releases/bastille-parfums-strengthens-traceability-with-avery-dennison-digital-solutions.html
  11. Bastille 公式ブログ — “Interview parfumée : à la rencontre de la parfumeur Anne Flipo” – https://bastilleparfums.com/en-uk/blogs/news/interview-parfumee-a-la-rencontre-de-la-parfumeur-anne-flipo
  12. EGISA — “Bastille Parfums: a model of commitment to sustainability and elegance” – https://egisa.com/en/bastille-parfums-a-model-of-commitment-to-sustainability-and-elegance/
  13. Bastille 公式ブログ — “14 JUILLET, the new eau de parfum from Bastille” – https://bastilleparfums.com/en-us/blogs/news/14-juillet-la-nouvelle-eau-de-parfum-bastille
  14. CaFleureBon — “Bastille Bataille Review (Nicolas Beaulieu) 2020” – https://www.cafleurebon.com/bastille-bataille-review-nicolas-beaulieu-2020-le-14-juillet-draw/
  15. Bastille 公式サイト FAQ – https://bastilleparfums.com/en/pages/faq