Baruti(バルチ)— 火薬と夢の香水ブランド

Baruti(バルチ)の香水「Perverso」 ブランド創業者

「これは私の夢の匂いだ。私はパーソナルで即効性のある香水を作る。欺くように遊び心があり、無意識に根ざし、感覚を困惑させ、美の万華鏡のような爆発のように——吹き飛ばしてしまえるほどの力を持つ」

— スピロス・ドロソプロス、アムステルダム 2014

基本情報

設立年: 2015年
創設者: スピロス・ドロソプロス(Dr. Spyros Drosopoulos)
拠点: オランダ・アムステルダム
公式サイト: barutiperfumes.com

読み方について: 日本語では「バルチ」と表記されることが多く、NOSE SHOPをはじめ国内の正規取扱店でもこの読みが使われている。

創設者・ブランドの成り立ち

オランダで生まれ、ギリシャで育ち、ドイツで博士号を取った男

スピロス・ドロソプロスの来歴は、香水業界ではきわめて異色である。オランダで生まれ、幼少期にギリシャ(アテネ)へ移住して育ち、大学進学後は夢であったオランダへ戻り心理学を学んだ。その後、博士課程のためにドイツへ渡り、「睡眠と記憶の固定化」をテーマにした神経科学の研究で博士号をマグナ・クム・ラウデ(最優秀)の成績で取得した。博士課程の研究テーマは、脳が短期記憶を長期記憶へと変換するプロセス——つまり眠りの中でいかに「想い出」が形成されるか——であった。

博士号取得後はアムステルダム大学でポスドク研究員(夜勤耐性と記憶の関係)および助教として勤務した。学者としてのキャリアに就きながらも、彼はずっと「水を得た魚」にはなれなかった。

両親はともに生物学者で、子どもの頃から匂いや味への敏感な好奇心があった。花の香り、下水の臭い——反発しながらも引きつけられる、そんな嗅覚への強い関心は幼少期から芽生えていた。心理学を学ぶ中で、香水が持つ「他者の知覚を変え、無意識に働きかける」という側面にも強く魅了されていった。

「香水に関心を持ちはじめたのは、心理的な観点からでした。香水を纏うと、他人があなたを認識する方法が変わる。服や髪型は即座に印象をつくるけれど、香りは無意識の次元で働く。それがどういうことなのか、深く興味を持ちはじめたんです」

— スピロス・ドロソプロス

2009年の秋——転機となったワークショップ

転機は2009年秋に訪れた。長年の夢を叶えるため、オランダの香料サプライヤー「ヘクセライ(Hekserij)」が開催する「自分だけの香水を作ろう」ワークショップに参加したのだ。たった一度の体験が、趣味の域を超えた「情熱」へと変貌した。

「ワークショップに参加して以来、単なる趣味ではなく、情熱になってしまった。大学で研究をしながら、原材料を買い始めて実験するようになった。毎年大学との契約を更新していたけれど、ある時気づいたんです——もう仕事に行きたくない、家にいて香水を作りたい、と。それで、プロの調香師になることを決めた」

— スピロス・ドロソプロス

ブランド創設の前夜——試練と「名前の問題」

パブリックには詳細が公開されていないが、スピロス自身は過去のインタビューでバルチを始める前に「名前の問題」で大きな困難を経験したことを告白している。

「私が最も過酷だったのは、最初のブランドの名前でトラブルが起きた時です。それが私の人生で最も厳しい時期で、溺れそうになった」

— スピロス・ドロソプロス

この「最初のブランド」が具体的に何であったか、またその後どのように解決されたかについては、公開情報の中には詳細が確認できなかった。ただし、アムステルダムのパフォーマンスアート組織「メディアマティック(Mediamatic)」の2016年のイベント資料には彼の名が「バルティ(Bartuti)」という名称で掲載されており、ブランド名が変遷した可能性を示唆している。

2015年——バルチの誕生

数年の猛烈な学習と原材料の探求を経て、スピロスは2015年に自身のブランド「バルチ(BARUTI)」を正式に立ち上げた。独学(セルフタート)であることを誇りにしている彼は、既存の調香の「文法」に縛られることなく、自由な組み合わせを追求できたと語る。

「独学であることは、思いがけず恵まれたことでした。慣習にとらわれず、新しい素材、新しい組み合わせ、既知のテーマへの新しい解釈を常に探している。私は”目新しさを求める人”なんです」

— スピロス・ドロソプロス

ブランド名「バルチ」はギリシャ語で「火薬」を意味する。しかし単に「爆発的」という意味だけではなく、形容詞として使われるときには「強烈な個性を持つ」「切れ味がある」「エッジが立っている」というニュアンスも含まれている。例えばギリシャ語で素晴らしいワインや料理に「バルチだ!」と言うように、上質さと強度を同時に表す言葉でもある。

「バルチとは、戦争的・危険な爆発ではなく、美の爆発だ!香水は凝縮されていて、スプレーすると香りが”爆発”し、その存在を即座に感じさせる。これはニッチな香水にぴったりの言葉だと思う」

— スピロス・ドロソプロス

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——「ラブタリエ」で一人が書き、手で混ぜる

バルチの全フォーミュラは、スピロス本人がアムステルダムの自身のラボ「ラブタリエ(Labtelier)」で書き、手作業でブレンドしている。外注や委託生産は行わず、ブランドの品質と個性をスピロス一人で管理する体制だ。

香りづくりの動機は多様である。ある時は素材そのものへの好奇心(チャイとヴォワイヤンスはこうして生まれた)、またある時は音楽、絵画、旅、記憶、あるいは特定の人物への想いが出発点となる。各フレグランスは「ペルソナ(人格)」を持つとスピロスは言い、着用者の個性と融け合うことを意図している。

「私は匂いを通して物語を語るのが好きだ。バルチの各フレグランスは、それ自身の独特な個性と物語を持つペルソナです。ライブパフォーマンスのDJやビデオアーティストのように、私は素材と創造性を使って、自分の物語を伝える香りのシーケンスを作る。どんな匂いも常に”良い”ものである必要はない——誰がそう決めたのか?」

— スピロス・ドロソプロス

ジェンダーフリーという選択

バルチの全フレグランスはユニセックスである。これはマーケティング上の戦略ではなく、スピロスの確固とした哲学から来ている。

「匂いは個人的なものです。場面に合わせて選ぶべきもの——服やシューズやアクセサリーと同じように。名前以外にラベルを貼ることは、その個性を損ないます」

— スピロス・ドロソプロス

ボトルとパッケージ——幼少期の万華鏡の記憶

バルチの視覚的な特徴は、鮮やかな万華鏡(カレイドスコープ)模様のパッケージデザインである。これはスピロスが子どもの頃、万華鏡を覗き込んで視線を釘付けにされた記憶に由来している。異なる要素の個性的な配置が生み出す美——それがバルチの香りの哲学とも重なっている。

セルロファン(透明フィルム)の廃止、リサイクル可能な素材の使用、パッケージの軽量化など、サステナビリティへの取り組みも積極的に行っている。

希少素材と倫理的な調達

スピロスは、ギリシャのコザニ産ローズやキオス島産マスティック(乳香樹脂)など、ギリシャの生産者から直接仕入れることを「倫理的な義務」と捉えている。

「できるだけギリシャの香料植物や生産者を支援したい。自分のルーツである国をサポートすることは、倫理的な責任だと思っています」

— スピロス・ドロソプロス

ザ・レッド・リスト・プロジェクトとの協働

バルチが単なる香水ブランドにとどまらない理由の一つが、絶滅危惧植物の保全活動への関与である。2019年、ミニストリー・オブ・セント(Ministry of Scent)を通じて、植物保全非営利団体「ザ・レッド・リスト・プロジェクト(The Red List Project / TRLP)」の創設者・主任科学者であるDr.ペギー・フィードラーとスピロスが引き合わされた。両者はパートナーシップを結び、絶滅の危機に瀕した植物の香りを再現したルームスプレー2作を発売した。

  • パレルモ・ヴァイオレット(Palermo Violet): イタリアの希少種 Viola ucriana に捧げる作品。スピロスはシチリアのピッツータ山に科学者チームと赴き、この花を自ら体験した。
  • ポートランディア(Portlandia): ジャマイカの絶滅危惧種 Portlandia platantha を再現した作品。

これらは香水として素材を抽出するのではなく、野生採取を伴わない「香りの再現」という手法を取っており、生物多様性保全と両立する画期的なモデルとして評価されている。

香水ラインナップ

バルチの香水はすべてエクストレ・ド・パルファン(Extrait de Parfum)またはオー・ド・パルファン(Eau de Parfum)の高濃度な濃縮で展開されている。

定番コア・コレクション

香水名主なノート・テーマ
チャイ(Chai)シナモン、カルダモン、クローブ、黒茶、スチームミルク、ヴァニラ——博士課程時代に愛飲したチャイラテへのオマージュ
インディゴ(Indigo)ヒヤシンス、マスティック(キオス産)、インセンス、シダーウッド——ギリシャの記憶と夏の青空
ペルベルソ(Perverso)ラム酒、ロースト・ナッツ、カカオ、キャラメル・ファッジ、タバコ、アンバー——快楽主義者へ捧ぐグルマン
ノウド(NOOUD)ウード感を人工的に再現した独自ベース——インディゴの原型から独立した作品
ベルリン・イエム・ウィンター(Berlin im Winter)カシス、コーヒー、プラム、ウィスキー——冬のベルリンの官能的な夜
オンダー・ダ・リンデ(Onder de Linde)洋梨、ライラック、ライムフラワー(菩提樹)、ハニー、ヴァニラ——フェルメール「牛乳を注ぐ女」からインスピレーション
ダマ・コウパ(Dama Koupa)アイリス中心の上品なフローラル——「ハートのクイーン」の意、パートナーへのオマージュとして始まった作品
ティンドラー(Tindrer)カットグラス、スミレ、オークモス、ヘリオトロープ——デンマークのバンド「Under Byen」の同名曲にインスパイアされた
ヴォワイヤンス(Voyance)チューベローズ、グアイアックウッド、ヴェティヴァー、サンダルウッド、ムスク
オー・マイ・ディア!(Oh My Deer!)シトラス、フローラル、ウッド、ムスク、アンバーの組み合わせ

近年の注目作

  • モノノアワレ(物の哀れ / Mono No Aware): 日本の美学概念「もののあはれ」に捧げる作品。抹茶の苦みと桜の儚さ、日本産シダーウッドで構成。スピロスがサリー・マンの自伝でこの概念を初めて知り、長年抱いてきた「美しいものの無常への愛おしさ」と重なったと語っている。
  • ローラキムー!(Laurakimou!): スピロスの娘ローラへの愛情を香りに込めた作品。シャンパンのような弾ける感覚とストロベリー、マグノリア、サンダルウッドで構成。
  • ホット・コットン(Hot Cotton): 清潔感、アルデヒド、ヘリオトロープが白い緊張感を漂わせるシンプルで複雑な作品。

ルームスプレーとアンビエントライン

バルチはパルファンに加え、アンビエント・ルームスプレーのラインも持つ。レッド・リスト・プロジェクトとのコラボ作品2作に加え、通常ラインのルームスプレーも展開している。

ちなみに…

  • NOOUD誕生の裏話: バルチを代表するベストセラーの一つ「ノウド(NOOUD)」は、もともと「インディゴ」のベースアコードとして開発された。しかしスピロスはそれがあまりにも気に入りすぎて、単独のフレグランスとして発売することにした。名前と黒いパッケージは、当時ニッチ香水業界に巻き起こっていた「ウード(oud)ブーム」——本物のウードを使わずにウード風の香水を出すブランドが乱立していた状況——への遊び心ある皮肉として意図されている。調香師仲間のアンディ・タウアーは「あの金額設定では成功しない。もっとあり得ない高値をつけるべきだった」と冗談めかして言ったという。
  • Financial Timesとインディゴ: ニッチ香水の特集記事の中で、Financial Timesがバルチの「インディゴ」を「最も謎めいた魅力を持つニッチ香水」として取り上げたことがある。
  • 神経科学と調香: 「神経科学の知識が創作に役立っているか?」という問いに対するスピロスの答えは興味深い。「ラボのセットアップや分析思考には役立ったが、創造的な側面に特別な優位性はない。香りが脳の化学にどう働くかは、私も皆と同じく暗中模索だ」——学者の肩書きではなく、純粋な「香りへの愛」が原動力であることを、彼は率直に語っている。
  • 世界展開: 2026年現在、バルチは欧州・北中南米・中東・アジアを含む80以上のブティックで販売されている。
参考文献
  1. Ministry of Scent – Baruti ブランド紹介ページ – https://ministryofscent.com/collections/baruti-1/baruti
  2. Masters Expo – “The powerful and memorable perfumes of Baruti” – https://mastersexpo.com/en/baruti/
  3. Indiescents – Baruti ブランドページ – https://indiescents.com/baruti/
  4. Discover Benelux – “Baruti: Scent Explosions” – https://www.discoverbenelux.com/baruti/
  5. CaFleureBon – “Best Baruti Perfumes” – https://cafleurebon.com/baruti-perfumes-oh-my-deer-berlin-im-winter-onder-de-linde-dr-spyros-drosopoulos-plus-3-you-should-be-wearing-right-now/
  6. Scent Trunk – Q&A with Spyros Drosopoulos – https://scenttrunk.com/blogs/news/q-a-with-spyros-drosopoulos
  7. Institute for Art and Olfaction(IAO)– “Meet a Nose: Spyros Drosopoulos, Baruti” – https://artandolfaction.com/events/meet-a-nose-spyros-drosopoulos-baruti-online/
  8. Ministry of Scent – “Baruti & The Red List Project” インタビュー記事 – https://ministryofscent.com/blogs/news/baruti-the-red-list-project-create-fragrances-to-fund-conservation-of-rare-botanicals
  9. Kiss Laurenne – “Meet Mr. BARUTI” – https://kisslaurenne.com/meet-mr-baruti/
  10. Smell Stories – “Meeting Dr. S. Drosopoulos, perfumer and founder of BARUTI” – https://www.smellstories.be/en/blogs/blog/meeting-dr-s-drosopoulos-perfumer-and-founder-of-b/
  11. Smell Stories – Mono No Aware 商品ページ – https://www.smellstories.be/en/baruti-mono-no-aware-eau-de-parfum.html
  12. Fragrance Vault – Baruti Onder de Linde 商品ページ – https://fragrancevault.net/products/baruti-onder-de-linde-extrait-de-parfum
  13. Beautinow – Baruti ブランド解説 – https://beautinow.com/collections/baruti-perfumes/
  14. Excite News / NOSE SHOP プレスリリース – 日本上陸報道 2023年10月 – https://www.excite.co.jp/news/article/Iphone_girl_619988/
  15. Mediamatic – “Alternative Perfumery”(2016年イベント資料)– https://www.mediamatic.net/en/page/238677/alternative-perfumery
  16. Perfume Lounge – Spyros Drosopoulos 調香師紹介ページ – https://www.perfumelounge.eu/perfumers/spyros-drosopoulos
  17. Reddit r/FragranceStories – “Baruti: A Thorough Review of 11 Scents” – https://www.reddit.com/r/FragranceStories/comments/1leof77/baruti_a_thorough_review_of_11_scents/