ソルフェリーノ・パリ(Solférino Paris) ― パリの記憶を香りに閉じ込めた、インターパルファム初の自社開発ブランド

ソルフェリーノ・パリの香水を、深緑のパリの室内と大理石のテーブルで表現したブランドイメージ

「私たちの競合他社と本当の意味で差別化しているのは、価格でも製品でも、香りそのものでもない——それは、私たちが語るストーリーだ。」

― フィリップ・ベナサン(Philippe Bénacin)、インターパルファム会長兼最高経営責任者(CEO)

基本情報

設立: 2025年
創設者: フィリップ・ベナサン(Philippe Bénacin)
公式サイト: solferino-paris.com
※「ソルフェリーノ」はフランス語で “Solférino”。パリ7区にある「リュ・ドゥ・ソルフェリーノ(rue de Solférino)」に由来する地名で、「ソルフェリーノ通り」と訳せる。

創設者・ブランドの成り立ち

偶然から始まったフレグランスとの出会い

フィリップ・ベナサンは1959年1月15日に生まれた。パリに住み続け、エリート校として知られるESSEC(エセック)ビジネススクールを卒業した。香水との出会いは、情熱からではなく、むしろ偶然に近い形で訪れた。

「香水についてはまったく何も知らなかった——それが正直なところだ。ビジネススクールを終えながら、私は別の会社の市場調査を行っていた。その調査の一つが、フレグランスを立ち上げたいというファッション会社向けのものだった。香水店に足を踏み入れたのは、そのときが生まれて初めてだった」と彼は後に笑いながら振り返っている。

ESSEC(エセック)の在学中、ベナサンは同級生のジャン・マダール(Jean Madar)と出会った。二人は卒業後すぐに動き出し、1982年、インターパルファム(Interparfums SA)をフランスで共同創設した。最初の事業は、ファッション会社などの依頼を受けた市場調査だった。だがある日、調査相手の企業経営者から「フレグランスの開発自体を一緒にやってみないか」と提案を受けたことで、二人のキャリアは香水業界へと舵を切ることになる。

ライセンスビジネスの革命児として

インターパルファムが成長の軸としたのは、ブランドと香水事業を結びつけるビジネスモデルだった——著名なブランドとライセンス契約を結び、そのブランド名を冠した香水を開発・製造・販売するという形式である。最初から派手な成功が訪れたわけではなく、立ち上げから10年は地道な積み重ねの時代だった。

転機は1993年に訪れる。英国ファッションブランドのバーバリー(Burberry)とのライセンス契約を締結したのだ。「バーバリー契約が確実な転換点だった。契約時点では売上がほぼゼロだったが、1995年以降にフレグランスを投入すると、3〜4年で大きな売上規模に達した」とベナサンは回顧する。この成功により、インターパルファムは急速に規模を拡大し、その後もモンブラン(Montblanc)、ジミー・チュウ(Jimmy Choo)、コーチ(Coach)、ヴァン・クリーフ&アーペル(Van Cleef & Arpels)など、世界的ブランドとの契約を次々に積み重ねていった。

しかし2012年、バーバリーが自社でフレグランスを内製化する決断を下し、インターパルファムとの契約を同年末で終了する事態が起きた。実務上の移行期間は2013年3月末まで設けられた。売上の約50%を一度に失うという大きな試練だったが、ベナサンは新たなライセンス契約の締結によって立て直しを図り、危機を乗り越えた。2023年の連結売上高は7億9850万ユーロに達し、時価総額が約35億ユーロと紹介されたこともある。

なお、ベナサンは2011年にフランス首相フランソワ・フィヨンから「創造的大胆さ賞(プリ・ド・ロダース・クレアトリス/Prix de l’Audace Créatrice)」を授与されており、2021年にはザ・フレグランス・ファウンデーション(The Fragrance Foundation)の殿堂(ホール・オブ・フェイム/Hall of Fame)入りも果たしている。また、音楽家であり、アメリカン・ポップアートのコレクターという顔も持つ。

ソルフェリーノ通り10番地——ブランドを生んだ建物

2021年、インターパルファムはパリ7区のソルフェリーノ通り10番地(10, rue de Solférino)に位置する18世紀建造のオテル・パルティキュリエ(hôtel particulier:貴族や富裕層が所有した邸宅型建築物)を1億2500万ユーロで取得した。3棟の建物と2つの中庭で構成され、総面積は約3700平方メートルに及ぶ。黒と白の市松模様の大理石の床、高い天井を持つこの建物は、サン=ジェルマン大通りとセーヌ川岸の間という絶好の立地に佇む。

かつてはフランス社会党(パルティ・ソシアリスト/Parti socialiste)の本部として知られたこの場所を、インターパルファムは2022年に新本社として使用し始めた。改修は建築事務所ジャン=ポール・ヴィギエ&アソシエ(Jean-Paul Viguier & Associés)が手掛け、ロバート・ラウシェンバーグやロイ・リキテンスタインといったアメリカン・ポップアートの作品が空間を彩る。

「ソルフェリーノという響きには魅力がある。そして、この歴史的なパリの建物が、都市の象徴的な場所を讃える物語の完璧な出発点になると感じた」——ベナサンはブランドの着想をこのように語っている。「アイデアはオフィスから生まれた」という一言が、ブランドの本質を端的に示している。

40年の歳月を経て、初めての「自社開発ブランド」

インターパルファムは長年、ライセンスブランドの香水開発を専門とする会社であり続けた。「クリエイティブ面の重要な決断を、他のブランドとではなく社内で行ったのは、これが初めてのことだ。それが私にとって重要な意味を持っていた」とベナサンは述べている。

「40年後、私たちは初めて自社ブランドを立ち上げた」と誇りを持って語ったこの言葉には、長年ライセンスビジネスに徹してきた男の静かな感慨が滲む。ニッチフレグランス市場が価値ベースで年約15%、数量ベースで年約7%という高成長を続ける中で、「市場の時機が到来したと判断した」という。ブランド企画から発売まで約18ヶ月の開発期間を要した。

2025年7月、ソルフェリーノ・パリは正式に世界へ向けてその存在を表明した。同年9月、パリのサントノレ通り310番地(310, rue Saint-Honoré)に初の旗艦店がオープンした。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——「パリを瓶に封じ込める」

ソルフェリーノ・パリのフレグランス開発において、ベナサンが採用したアプローチは大胆かつ明快なものだった。世界を代表する調香師(パフューマー)10組にそれぞれブリーフを渡し、「各自にとっての夢のパリを、香りで自由に表現してほしい」と依頼した。「まずコレクション全体のブリーフを決める。そのテーマはパリだ。次に、10人のマスター調香師にそれを渡し、3バージョンを持って来るよう求めた」とベナサンは制作過程を説明する。その後、チームで選定と微調整を重ね、最終的な10本が誕生した。

招集された調香師は、大手フレグランス原料・香料会社3社——ディーエスエム・フィルメニッヒ(DSM-Firmenich)、ジボダン(Givaudan)、IFF(アイエフエフ、インターナショナル・フレーバーズ&フレグランシズ)——のトップクリエイターたちである。各フレグランスには番号(01〜10)が割り当てられ、特定のパリの場所や体験が香りとして具現化されている。

コレクション全体はジェンダーニュートラル(性別不問)な設計であり、誰もが自分だけの香りとして纏えることを意図している。ザ・パフューム・ソサエティ(The Perfume Society)はこの香りたちを「囁くような香り」「着用する人が物語を完成させることを信頼した香り」と評した。

ボトル・パッケージデザイン——建築が宿るフラコン

ソルフェリーノ・パリのビジュアルアイデンティティは、本社ビルの建築そのものからインスピレーションを得ている。ブランドのアイデンティティを体現する3つのシンボルが、すべてのフレグランスに共通して採用されている。

  • S10(エス・テン)の太陽:S10のロゴを中央に配した太陽のモチーフ。パリが「光の都」であることを象徴し、ボトルキャップとパッケージ前面に刻まれている。
  • S10(エス・テン)の紋章:本社ビル(ソルフェリーノ通り10番地)の重厚なダークグリーンの扉と同色のシールとして、ボトルとパッケージに施されている。
  • 市松模様(ダミエ):本社ビルのエントランスを飾る黒と白の大理石の床から着想したパターン。パッケージのデザインに織り込まれている。

なめらかで丸みを帯びたガラス製のボトルにはS10(エス・テン)紋章が刻印され、ボトルの首元には深いグリーンのリボンが結ばれている。パッケージの背面には、各フレグランスが表現するパリの情景を描いたイラストが印刷されており、視覚的な物語性も添えられている。ボトルと容器のデザインは、ヴァン・クリーフ&アーペルでも仕事をするデザインエージェンシー「カレ・バセ(Carré Basset)」が担当した。

マーケティング・ディレクターのヴィクトリア・スカリア(Victoria Scalia)は「デザインにあたっては、このビルの建築とその物語からインスピレーションを得た。パリのストーリーを伝えたかった」と語っている。

フラコンの入口を旗艦店のエントランスに反映させ、旗艦店のエントランスは本社ビルのそれと同じ黒と白の石畳、同じ壁のモールディングで設えられている。ブランドの体験が本社・旗艦店・フラコン・パッケージと一貫して連なる構成は、香水ブランドとしての一体感と説得力を際立たせる。

発売時の海外紹介では75ml €160、125ml €260。日本の2025年9月の公式発表では70ml 2万9040円、125ml 4万7080円と案内されており、小容量の表記は資料間で異なる。

香水ラインナップ

ソルフェリーノ・パリのファーストコレクションは、01から10まで番号を振られた10本のオードパルファムで構成される。以下、各フレグランスの概要を確認できた範囲でまとめる。

No.名称香調分類調香師香料会社インスピレーション
01Rêverie sur Seine(レヴリ・シュル・セーヌ)ウッディ・ネロリナタリー・ロルソン(Nathalie Lorson)ディーエスエム・フィルメニッヒ(DSM-Firmenich)セーヌ川
0210, Solférino(ディス・ソルフェリーノ)フローラルローズアントワーヌ・メゾンデュー(Antoine Maisondieu)ジボダン(Givaudan)ソルフェリーノ通り10番地の邸宅
03Thé au Palais Royal(テ・オ・パレ・ロワイヤル)ウーロンティージャン=クリストフ・エロー(Jean-Christophe Hérault)アイエフエフ(IFF)パレ・ロワイヤル
04Folies à Montmartre(フォリ・ア・モンマルトル)ブラックレザージョルディ・フェルナンデス(Jordi Fernandez)ジボダン(Givaudan)モンマルトル
05Un Samedi à Paris(アン・サムディ・ア・パリ)ウッディ・グルマンタンギー・ゲネ(Tanguy Guesnet)アイエフエフ(IFF)エッフェル塔周辺
06Paris Radieux(パリ・ラディウー)ソーラー・ガーデニアヤン・ヴァスニエ(Yann Vasnier)ジボダン(Givaudan)エトワール広場(凱旋門)
07Minuit Rue Princesse(ミニュイ・リュー・プランセス)アンバー・ウードコラリー・スピシェ&ファブリス・ペルグラン(Coralie Spicher & Fabrice Pellegrin)ディーエスエム・フィルメニッヒ(DSM-Firmenich)リュ・プランセスの夜
08Un Baiser Place Vendôme(アン・ベゼ・プラス・ヴァンドーム)イリデセント・サンダルウッドシャマラ・メゾンデュー(Shyamala Maisondieu)ジボダン(Givaudan)ヴァンドーム広場
09Coup de Foudre Quai Voltaire(クー・ドゥ・フードル・ケ・ヴォルテール)インカンデセント・アンバーアン・フリポ(Anne Flipo)アイエフエフ(IFF)ケ・ヴォルテール
10L’été Avenue Gabriel(レテ・アヴェニュー・ガブリエル)フルーティ・ミラベル・スウェードアマンディーヌ・クレール=マリー(Amandine Clerc-Marie)ディーエスエム・フィルメニッヒ(DSM-Firmenich)アヴェニュー・ガブリエル

各フレグランスの調香師は、ブリーフへの応答として自らのパリ解釈を香りに昇華させた。たとえばNo.01「レヴリ・シュル・セーヌ」を手掛けたナタリー・ロルソンは「軽さへのオード、ネロリの甘さによって象徴される。セーヌ川沿いの思い出に迷い込むような誘い」と自作を評している。No.07「ミニュイ・リュー・プランセス」の調香師コラリー・スピシェとファブリス・ペルグランは「この豪奢なフレグランスは、サンジェルマン大通りの壮麗な邸宅でダンスのステップが響き渡るような、宴の場の本質だ」と説明している。

ベナサン自身がお気に入りとして挙げているのは、No.10「レテ・アヴェニュー・ガブリエル」だという。「ミラベル(西洋スモモ)とアイリスのオリエンタルな香り。夏を思い起こさせる」と語り、スモーキーなスウェードのベースノートと合わさって官能的な残香を残すと述べた。

No.02「ディス・ソルフェリーノ」について
このコレクションのシグネチャーとも言うべき作品で、アントワーヌ・メゾンデューが手掛けた。ソルフェリーノ通り10番地の邸宅そのものへのオマージュとして、バラの香りを中心に据えている。「クラシックでありながら前衛的。この豪華なバラは、数百年の歴史を持つオテル・パルティキュリエの壮麗さへの賛歌だ」とメゾンデュー自身は語っている。

また、10本を試せるサンプルセット(2ml×10本の「ディスカバリー・セット」)と、15mlトラベルスプレー×5本の「トラベルセット」も展開されている。

ちなみに……

「バラ」に込められた二重の意味
コレクション中、ソルフェリーノ通り10番地を直接のテーマとするNo.02「ディス・ソルフェリーノ」の主役はバラ(ローズ)だ。このビルはかつてフランス社会党の本部であり、社会党のシンボルが「バラ」であることを考えると、香りの選択は単なる偶然ではないかもしれない。調香師が意図的に組み込んだのか、それとも歴史の記憶が自然と香りに宿ったのか——この点についての公式な言及は確認できなかったが、興味深い符合ではある。

「ビジネスが先、情熱は後から」
「私の家族は香水とは無縁だし、私自身も香水を身に付けていなかった」と語るベナサンが、世界最大規模の香水グループの一つを率いるに至った物語は、業界の慣習からの自由さを示す逸話でもある。実際、フレグランスファウンデーションはその殿堂入り表彰において、「ベナサンはフレグランスのライセンス取得・流通方法に革命をもたらした」と評している。

参考文献