さらば、初恋だったラルチザン

ラルチザンの死 香水ライター

序文:ラルチザンパフュームとは

ラルチザンパフュームは1976年にジャン・ラポルトによって、世界初のニッチフレグランスブランドとして創業し、ラルチザン「仏:香りの職人」に相応しい地位を築いてきました。
当時、似たり寄ったりのフレグランスを万人受けするようにと、華やかなイメージのファッションブランドが売り出し、香水そのものの芸術性や個性は損なわれていました。
そうした中にラルチザンの姿勢と信念は一石を投じ、香水を愛する者が惹かれるまで時間はかからず、後に「フレグランスのフランス革命」と称される香水まで誕生しました。

初恋だったラルチザンとの出逢い

私がそんな誇り高きラルチザンに出会ったのは、2011年の大学入学した年です。
初めて新宿伊勢丹のフレグランスコーナーを訪れ、そこで煌びやかで官能的な香水の世界の扉を叩きました。見目麗しき色とりどりの様々なボトル達に、飛び交う香りの美しさに魅了されていきました。その場にあったフローリス、アニックグタール、トムフォードといった沢山のメゾンと出会っていくうちに、ある1つのメゾンの世界観の虜になっていることに気付きました。それが「ラルチザン」でした。

運命の香水、ヴォルール・ド・ローズとの出逢い

当時のラルチザンは「異質」で、香水のメゾンの中でも際立つ何かがありました。また、私の永遠の初恋である「ヴォルール・ド・ローズ」もラルチザンの名香です。ラルチザンの持つラルチザンにしか出せない香りを体現したような名香で、「ヴォルール・ド・ローズ」とは「薔薇泥棒」の意を持ちます。「薔薇泥棒」と聞くと、ロマンチックな名前で華やかで甘くて女性らしい王道なローズのイメージをされるかも知れません。ですが、真逆です。そう真逆なんです。「薔薇泥棒」は嵐が過ぎ去った後の散った薔薇園をイメージしており、どちらかというと赤い薔薇に土が思い切り覆いかぶさったという方が近いです。薔薇特有の甘さはほとんどなく、まるでそう、「盗まれた」ようで、嗅ぐとメインの香調である墨汁のようなパチュリに包まれた赤い薔薇が現れます。どこぞのお姫様や上流階級の貴族令嬢のようなロマンチックなふわふわとした薔薇はそこにはありません。そこにあるのは一人の自立した気品ある厳格な女王陛下の誇り高き薔薇があります。パチュリ=土によって覆い隠されている薔薇が厳かに静かに、でも深く官能的に漂ってきます。「ヴォルール・ド・ローズ」は決して万人受けする香水ではなく、ある意味玄人向けの香水の1本のように感じています。

ラルチザンの死

こんな誇り高き香りを生み出せるラルチザンの矜持は永遠に保たれ、ずっとこのまま続いていくものだと私は信じていました。しかし、2015年1月にスペインのプーチ社に買収されてから歯車は徐々に狂いだします。そして、来たる2017年2月のリニューアルで、華やかで香りごとに異なる色とラベルに加え、古き良き時代を象徴するような貴族的なラグジュアリーなデザインは無くなりました。「原点回帰」と称し、全て黒くてモダンでシンプルなものに変わりました。それから、20本近くの香水が廃盤となり、その中には「ヴォルール・ド・ローズ」も含まれていました。我が初恋の香水なので贔屓目に見ていますが、それでもラルチザンとは何だというアイデンティティーを体現したような、この香りまで廃盤にしたことに私の理解は永遠に及ばないでしょう。廃盤になった時はしばらく憔悴しましたが事実は変えられないので、私の愛するラルチザンはまだ残っていると代わりの香りを4月に新しく発売した香水を見てみました。その結果、私の知っている「ラルチザン」はどこかに消えてしまったと感じました。もう、気高くて誇り高い矜持ある「ラルチザン」はなくて、「ラルチザン」って名前の違う香水メーカーがありました。

最後に:不変の想い、一期一会の出逢い

どんな幸せな出逢いにも避けられぬ別れがある。そして、それは時として突然訪れる。そんなことは百も承知です。それでも、「ヴォルール・ド・ローズ」の絶命以上に、「ラルチザン」の死は受け入れがたい喪失でした。商業的に寄りすぎた大事なものをなくした香水業界に、芸術性と個性を取り戻すように革命を起こした誇り高き「ラルチザン」は、かつてアンチテーゼだったその没個性に染まる皮肉。それでも、古き良き「ラルチザン」は私の中に確かに存在し、香水を愛しはじめる私の香水人生のきっかけになったこと、「ヴォルール・ド・ローズ」と古の「ラルチザン」が永遠の初恋であったことは変わりません。これからも、香水人生を謳歌し、沢山の香水との一期一会の出逢いを大事にしていきたく存じます。

この記事を書いた人

とある企業ライターとして働く傍ら、
香水愛好家として、香りの学び場「ルシェルシェパルファム」にて寄稿を始める。
まあ、文章執筆活動を天命と考え、ライフワークとして個人でも活動を行っている。
香水はフエギア 1833を主に愛用。

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