当時、グラース出身ではない私にも門戸が開かれていた、世界で唯一の学校でした。
フランシス・クルジャン(2020年、ISIPCAを知った頃を振り返って)
香水をつくる仕事を知り、ファッションのメゾンに手紙を書いた少年は、やがてヴェルサイユの学校へたどり着いた。フランシス・クルジャンにとって、ISIPCA(イジプカ)は、香水産業の中心地グラースの外から調香を目指す入口だった。卒業生の名を知っている香水好きにとっても、この学校の意味は、有名な調香師を送り出したことだけには収まらない。
原料の匂いを覚え、感じた違いを言葉にし、処方を組み立て、製品として確かめる。その間には、創作だけでなく、科学、評価、製造、消費者の理解がある。1970年にジャン=ジャック・ゲランが始めた教育は、香水から化粧品、食品香料へと広がり、現在はそれぞれの仕事へ向かう複数の入口を持っている。
基本情報
- 名称:ISIPCA(イジプカ)。Institut Supérieur International du Parfum, de la Cosmétique et de l’Aromatique alimentaire(香水・化粧品・食品香料国際高等学院)
- 設立:1970年。前身のISIP(Institut Supérieur International du Parfum)として発足
- 創設者:ジャン=ジャック・ゲラン(Jean-Jacques Guerlain)
- 主な拠点:フランス、ヴェルサイユ。パリにも拠点を持つ
- 教育分野:香水、化粧品、食品香料、関連する科学・技術・マーケティング
- 運営の位置づけ:CCI Paris Île-de-Franceの教育グループに属する。ISIPCAとLa FabriqueをまとめるÉcole Supérieure de la Production de la Mode et du Luxeが運営・認証に関わる
- 公式サイト:ISIPCA
ジャン=ジャック・ゲランと学校の成り立ち
香水の知識を、学べる言葉にする
ジャン=ジャック・ゲランは、香水の世界だけでなく、フランスのものづくりを結びつける役割を担った人物である。1954年には、戦後のフランスで工芸と創作の力を広く伝えるため、コルベール委員会の創設に尽力した。香水、服飾、宝飾、食器など、異なる仕事のメゾンが出会い、知恵を交わす場だった。
1970年、今度は香水の知識を次の世代へ伝える学校をヴェルサイユに設けた。ISIPCAの教育者たちが語る創設の背景には、それまで限られた人々が受け継いできた知識を、学ぶ人へ開くという考えがある。ゲランが重視したのは、香りを説明し、匂いに対応する言葉を持つ方法でもあった。
香りは嗅げても、感じたことを他人と共有するのは簡単ではない。「好き」「強い」だけでは、原料の違いや処方を直す方向を十分に伝えられない。匂いを覚えることと、言葉にすることを結びつける教育は、創作者と、香りを評価する人、技術者、企画を担う人が一緒に働くための土台になる。
香水から化粧品・食品香料へ
発足時の名前はISIPだった。1984年、ヴェルサイユ・ヴァル=ドワーズ・イヴリーヌ商工会議所が学校を引き継ぎ、香水・化粧品・食品香料を示すISIPCAの名となる。現在のパリ・イル=ド=フランス商工会議所の教育グループへ続く、産業界との結びつきの節目である。
大学との連携も段階的に育った。1993年にはヴェルサイユ・サン=カンタン=アン=イヴリーヌ大学(UVSQ)と科学・技術の課程を設け、1995年には大学院課程へ展開した。2004年には処方と官能評価のMaster課程などが加わる。学校の技術教育と大学の科学教育を組み合わせる歩みは、現在の複数の提携課程にも受け継がれている。
香水、化粧品、食品香料は、同じ原料知識を持てばそのまま同じ仕事ができる分野ではない。香水は匂いの構成と肌や製品での香り方、化粧品は処方や質感、安定性、食品香料は食品に加えたときの香味を扱う。ISIPCAではこうした違いを踏まえ、共通の科学的な基礎から専門へ進む道を設けている。
調香師が教え、卒業生が創作者になる
教育を支えたのは、実際に香りをつくる人々でもある。ジャン・カールに学んだモニーク・シュランジェはISIPCAで教え、サンキエームサンスも創設した。イザベル・ドワイヤンは長年教壇に立ち、フランシス・クルジャンやマチルド・ローランを指導した。ドワイヤン自身も、グタールとの協働や、後のヴォヤージュ・イマジネールで知られる創作者である。
冒頭のクルジャンは、香水づくりの仕事を知ってからメゾンに手紙を書き、ISIPCAの存在を知った。1993年9月にはクエストで見習い調香師として働き始める。その後に「ル・マル」へつながる仕事が生まれるが、それは学校の卒業制作ではなく、企業での仕事と、別に学んだラグジュアリー・マーケティングから生まれた出会いが結びついたものだった。
学校で学ぶ基礎と、企業で経験する制作の実務。その二つをつなぐ過程が、卒業生の歩みに見える。ISIPCAは企業の社内養成機関ではなく、一般に出願できる教育機関として、多様な企業や職種へ進む人を育てている。
ヴェルサイユで学ぶ、感覚と技術
原料を嗅ぎ、製品として確かめる
ヴェルサイユのキャンパスには、香水、化粧品、食品香料、物理化学分析、官能評価のための実習設備がある。香水では、肌にまとうファインフレグランスと、ボディケアやホームケアなどの製品に使う香りを学び、創作と評価に取り組む。化粧品の実習ではクリーム、ジェル、メイクアップなどを処方し、pHや粘度、安定性、質感を確かめる。
ここでの官能評価とは、人の感覚を使って製品の特徴や違いを評価することである。香りを思いつく力と、同じ条件で比べて結果を説明する力は、一緒に育てる必要がある。実習、グループ制作、口頭発表、企業での経験を通して、自分の感覚を仕事で共有できる形へ変えていく。
香水の歴史も、この環境の一部である。1990年4月26日に開館した香水保存機関オスモテックは、ISIPCAのキャンパスと深い関係を持つ。現存する香水だけでなく、消えてしまった香水を保存し、伝える場所である。学生にはその文化に触れ、活動に参加する機会もある。過去の作品を知ることが、新しい香りの違いを考える材料になる。
産業界と行き来する学習
課程によっては、学校での授業と企業での仕事を交互に行う「アルテルナンス」を採用している。雇用契約を伴うこの仕組みと、一定期間のインターンシップは異なる。学費負担や選考も変わるため、学校名だけでなく、どちらの形で学ぶ課程なのかが大切になる。
共同制作も、異なる仕事を結ぶ練習になる。2026年に紹介されたMOKUでは、ISIPCA、La Fabrique、GOBELINS Parisの学生70人が約2年間にわたり、ブランドを構想から形にするプロジェクトに取り組んだ。香水・化粧品、服飾、視覚表現の専門を持ち寄り、学生が全体の調整も担った。香りをつくるだけでなく、それをどのような製品と体験にするかを考える学びである。
学校の科学プラットフォームでは、天然原料の化学的・感覚的な特徴、環境負荷に配慮した抽出法、感覚と感情の関係も研究している。例えば超臨界二酸化炭素による抽出は、温度と圧力で性質を変えた二酸化炭素を使い、原料から成分を取り出す方法である。原料を嗅ぐ教育の隣には、その原料をどう得て、分析し、使うかという研究がある。
目的と学歴から考える主要な課程
以下は2026年10月12日に公式資料で確認した、主な入口である。Bacはフランスの中等教育修了・大学入学資格であり、学士号ではない。Bac+3はその後の高等教育3年に相当する目安で、海外の学歴が応募条件を満たすかは各課程の審査を受ける。掲載年度の募集終了と、学校が次の募集を案内することも分けて読む必要がある。
実験室の技術職、創作と評価へ進む
Technicien spécialisé des laboratoires Parfum, Cosmétique et Arômesは、実験室で処方に基づく試作、分析、品質管理を行う技術職へ向かう2年課程である。2026年9月〜2028年7月の課程は、Bac取得者が対象で、科学系の学習または科学の補習を勧めている。選考は書類と志望動機の面接、所定の企業との契約を伴う。フランス語で学び、2週間ずつ学校と企業を行き来する。アルテルナンス受講者の授業料は企業側が負担し、消耗品等を除き本人負担はない。得られるのはRNCP41339・レベル5の職業認証で、2026/27年度の募集は終了している。
創作・評価・開発の側へ進む代表例は、Manager des process de création et de développement des produits parfum, cosmétique ou arômesである。2026年9月〜2031年8月の5年課程では、最初の2年が共通教育、3年目に香水・化粧品・食品香料へ分かれ、4・5年目にアルテルナンスで専門を深める。2年目には2か月、3年目には6か月の実習を組み込む。
入口はBacまたは相当資格。科学に関心のある芸術・創作系の学歴も対象に含み、外国人にはフランス語DELF B2以上を求める。書類と面接等で選考し、掲載額は最初の3年間が年9,900ユーロ、出願料280ユーロ。最後の2年間は所定の企業契約により授業料を負担する。2026/27年度の募集は終了している。
すでに科学系Bac+3相当の学歴を持つ人には、同じ認証に向かうCréation et Évaluationの2年課程もある。2026年9月〜2028年8月の案内では、専門分野での十分な職務経験も求め、書類、科学・業界知識等の筆記試験、面接で選考する。外国人のフランス語はB2以上。アルテルナンスで学び、授業料は企業側負担となる。こちらも2026/27年度は募集終了である。
これらの創作・開発課程が示すのは、RNCP37789・レベル7の職業認証である。正式名称は「Manager des process de création et de développement des produits parfum, cosmétique ou arômes」。認証機関はÉcole Supérieure de la Production de la Mode et du Luxeで、国家の職業認証登録簿RNCPに登録されている。レベル7という位置づけを、大学が授与する国家修士学位と同一視することはできない。
英語で香水を学ぶSDCと、科学・経営をつなぐEFCM
Scent Design & Creation(SDC)は、2016年に始まったIFFとの提携公開課程である。3年間、英語で香料、処方、評価、科学、顧客の要望から製品化までを学ぶ。小売分野2か月、技術分野4か月、IFFのクリエイティブセンターで調香師の指導を受ける4か月の実習が示されている。取得する職業認証はRNCP37789・レベル7である。
この課程は、創造力、香りの教養、技術的な専門性を兼ね備えた人材を育てます。
ニコラス・サラド、ISIPCA総責任者(2026年、SDCについて)
仏語ページの2026年10月〜2029年11月の案内では、学費は年12,500ユーロ、3年で37,500ユーロ、返金不可の出願料は280ユーロ。書類、オンライン面接を経て、IFFで嗅覚テスト、創作プレゼンテーション、選考面接を受ける。香水分野の職歴は不要で、英語の基準はIELTS 6.5、TOEFL iBT 80、TOEIC 850である。
入学条件と募集日程には重要な不一致がある。仏語の詳細条件は科学系を優先しながら芸術・人文系も検討するとし、IFFの2026年6月16日発表は科学的背景を必須としていない。一方、同課程の概要には科学系Bac+2、英語ページには科学系の学歴の記述が残る。さらに仏語ページは「近日募集開始」と2026年5月31日の締切を併記し、英語ページは2025〜2028年の課程を募集終了と表示する。出願可能な回と学歴条件は、事務局への確認が必要である。
SDCは、2017年に発足した企業内学習の枠組みIFF Universityとは別である。公開課程と企業内養成の関係は、IFFの調香教育の記事でも紹介している。
もう一つの英語の道が、European Fragrance and Cosmetics Master(EFCM)である。1年目はヴェルサイユで、ISIPCAの技術教育とUVSQの科学教育を組み合わせ、2年目はパドヴァ大学で経営・マーケティングを学ぶ。科学系の学士相当、180 ECTSを持つ人が対象で、書類と必要に応じた面接で選考する。2026年9月〜2028年12月の学校案内では、学費は2年で24,500ユーロ、出願料200ユーロが別途必要である。掲載締切の2026年5月8日は過ぎており、次回の受付中の条件としては扱えない。
EFCMではUVSQの大学独自ディプロム(DU)と、パドヴァ大学のMaster of Business Management(MBM)が授与される。前者はフランスの国家修士学位とは異なり、現行の学校ページはRNCP未登録とする。後者はイタリアのMaster universitario di primo livelloとして位置づけられる。英語力はTOEFL iBT 80が学校・大学の案内に共通し、UVSQは別の試験基準も示す。1年目には任意の実習、2年目には必須の実習があるが、2年目の期間は学校の欄によって5〜6か月または4か月、パドヴァの案内は最低4か月と異なる。応募時には対象年度の条件を確認したい。
天然原料の研究と、香水のマーケティング
原料の研究へ進むなら、Matières Premières Naturelles Cosmétiques(MPNC)が一つの入口になる。UVSQとISIPCAが協働する、パリ=サクレー大学のMaster「Chimie et sciences du vivant」の課程で、天然原料の化学・生物学、抽出、分析、製品開発を学ぶ。パリ=サクレー大学が授与するRNCP38705に対応した国家修士学位であり、創作・開発の職業認証とは資格の種類が異なる。
2026年9月〜2028年8月の学校案内は、M1への応募に化学・生物学等の180 ECTS、M2への編入には関連分野の240 ECTS等を求める。書類、科学分野の筆記試験、面接と所定の企業契約を経て入学する。主にフランス語で学び、M2の大学案内は英語も授業言語に含める。アルテルナンスの授業料は企業側負担で、2026年度M1の掲載出願期間はすでに終了している。
企画や市場の側に軸足を置くなら、Master ManagementのM2、Marketing international de la parfumerie et de la cosmétique(MIPC)がある。CY Cergy Paris UniversitéがISIPCA、ESSECと連携する国家修士課程で、ブランド、消費者、市場、製品開発を学ぶ。フランス語と一部英語の授業を、企業での仕事と組み合わせる1年間である。
2026年9月〜2027年8月の学校案内では、経営・マーケティングまたは科学・技術のBac+4相当を対象とし、IAE-MESSAGEの成績、書類、面接、企業との契約を求める。アルテルナンスの授業料は企業側負担。2026/27年度は募集終了と表示され、CYの掲載締切も2026年3月20日である。学校ページに次の受付開始を示す欄があっても、翌年度の条件が確定したとは読み替えられない。
まず香水の知識を深める短期講座
長期の職業教育の前に、香水の見方や伝え方を学ぶ入口もある。Perfumery Course Onlineは、英語のライブ授業7回、計21時間の短期講座である。2026年12月7〜15日の回が案内され、掲載費用は1,400ユーロ。特別な前提条件はなく、香水愛好家や販売・マーケティング分野の人を対象とする。歴史、原料、香りを言葉にする方法、市場を学び、オンラインのクイズで評価する。申込みは所定の登録書類を送り、開始11営業日前まで、空席に応じて受け付ける。
これは長期課程の職業認証や国家修士学位を取得する教育とは別の講座である。調香・評価を職業として学ぶのか、研究に進むのか、製品を企画するのか、香水の知識を深めたいのか。ISIPCAの入口は、その目的と、それまでの学習歴を合わせて考えると見えてくる。
主な歩み
- 1970年:ジャン=ジャック・ゲランの発意により、前身のISIPを創設。
- 1984年:ヴェルサイユ・ヴァル=ドワーズ・イヴリーヌ商工会議所が引き継ぎ、ISIPCAとなる。
- 1990年4月26日:学校と深く関わる香水保存機関オスモテックが開館。
- 1993年:UVSQと科学・技術の課程を開始。1995年には大学院課程も設ける。
- 2004年:UVSQとの処方・官能評価のMaster課程、関連するLicence課程などを展開。
- 2016年:IFFと提携したScent Design & Creationが始まる。
- 2023年7月19日:現在の創作・開発課程が示す職業認証RNCP37789を登録。
- 2025年9月24日:技術職課程の現行職業認証RNCP41339を登録。
- 2026年:IFFとのSDCが10周年を迎え、学校横断のMOKUプロジェクトも紹介される。
参考文献
- フランシス・クルジャンと、ISIPCAを知った経緯 — The Fragrance Foundation France(2020年)
- ISIPCAの課程の沿革 — ISIPCA Alumni
- 学校の歴史・教育理念・運営 — ISIPCA
- ヴェルサイユとパリのキャンパス — ISIPCA
- ジャン=ジャック・ゲランと1954年の創設 — Comité Colbert
- 学校の教育者が語る設立の背景と学び — Marie Bénédicte Gauthier/The Fragrance Foundation France(2024年3月20日)
- モニーク・シュランジェの師弟関係と教育活動 — Cinquième Sensの提携先Scent.Academy
- イザベル・ドワイヤンの創作とISIPCAでの教育 — Voyages Imaginaires
- 香水・化粧品・食品香料の実習 — ISIPCA
- オスモテックの開館と活動 — Osmothèque
- MOKUの共同制作 — ISIPCA(2026年7月6日)
- 天然原料・抽出・感覚の研究 — ISIPCA
- 技術職の2年課程 — ISIPCA
- 技術職の職業認証RNCP41339 — France compétences
- 創作・開発の5年課程 — ISIPCA
- 創作・評価の2年課程 — ISIPCA
- 創作・開発の職業認証RNCP37789 — France compétences
- SDCの10周年・入学条件・サラドの発言 — IFF(2026年6月16日)
- Scent Design & Creationの仏語案内 — ISIPCA
- 同課程の英語案内 — ISIPCA
- 2016年の提携課程と2017年のIFF University — IFF 2017 Sustainability Report、65ページ
- EFCMの課程・費用・選考 — ISIPCA
- EFCMのDU・授与機関・英語条件 — UVSQ(2026年2月更新)
- EFCMの2年目とMBMの制度・実習 — Università di Padova
- 天然原料の修士課程 — ISIPCA
- MPNCのM1・出願・科学教育 — UVSQ
- MPNCのM2・授業言語・研究 — Université Paris-Saclay
- Master Chimie et sciences du vivantの国家認証 — France compétences
- MIPCの大学課程・授業・入学条件 — CY Cergy Paris Université
- MIPCの2026/27年度案内 — ISIPCA
- Master Managementの現行国家認証 — France compétences
- Perfumery Course Online、2026年12月の案内 — ISIPCA



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