私にとって、創作とは予期せぬものを迎え入れる芸術である。
カリス・ベッカー
原料を一つ嗅いで、その名前を答える。次に、二つの原料を異なる比率で組み合わせ、どちらが前に出るのか、何が変わるのかを確かめる。ジボダン調香学校の学びは、香水の完成品だけを眺めるところから始まらない。香りを自分の記憶に刻み、その記憶を使って新しいものをつくる力を育てるのである。
1946年、グラースでジャン・カールが始めたルールの教育は、企業の統合と移転を経て、現在のGivaudan Perfumery Schoolへ受け継がれた。今日の学校は、会社が選抜した人材を長期にわたり養成する場である。香水を学ぶ一般向けの有料留学コースとは入口が異なり、教育の先には、顧客や生活者のために香りを設計する実務がある。
基本情報
- 名称:Givaudan Perfumery School(ジボダン調香学校)
- 教育の起点:1946年、グラースのルール調香学校。創設者はジャン・カール(Jean Carles)
- 現在の教育組織の成立:1992年、ルールとジボダンの調香学校を統合
- 運営:香料会社ジボダン
- 主な拠点:フランス・アルジャントゥイユ、シンガポール
- 学校長:カリス・ベッカー(Calice Becker)。2017年就任
- 教育の性格:選抜した研修生の調香師養成、社内の研修、顧客の教育
- 公式案内:Givaudan Perfumery School
ジャン・カールから続く調香教育
原料を知る方法を、教えられる形にする
カールは、ルールの調香師として働きながら、香りづくりを体系的に学ぶ方法を考えた。1946年、若い調香師を教える活動をグラースで始める。自分の経験を次の世代へ渡すために、原料を嗅ぐ順序、比べ方、処方を組み立てる手順を、学習できる形にしたのである。
本人の『A Method of Creation in Perfumery』では、初めから複雑な香水を真似するのではなく、まず原料どうしの違いを覚え、次に似ている原料を比べる学習を説いている。記憶しやすい特徴をつかんだ後で、微妙な違いへ進む。嗅いでみることと、正しく識別できることの間には、繰り返しの訓練がある。
処方の練習も段階を踏む。例えば二つの素材を9対1、8対2と比率を変えて組み合わせると、一方の特徴が強く出る点や、釣り合いが変わる点を比較できる。アコードとは、複数の原料からつくる香りのまとまりである。完成処方を覚えるだけでなく、比率を変えると何が起こるかを知ることが、新しいアコードを考える足場になる。
2026年の創立80周年に、ベッカーはカールから受け継いだ考えを、調香師の仕事は処方の再現にとどまらず創作にある、と説明した。比較、記憶、分析は、既存のものを繰り返すためだけの技術ではない。まだない香りを構想し、試作で確かめるための準備である。
二つの学校の統合と、アルジャントゥイユへの移転
もう一つの流れは、1968年にスイスのヴェルニエで始まったジボダンの調香学校である。1991年に香料会社ジボダンとルールが統合され、その翌年、1992年に両社の教育組織も一つになった。会社の歴史については、ジボダン企業記事で紹介している。
統合した学校は、1997年にグラースからパリ近郊のアルジャントゥイユへ移った。教育プログラムを担ったウジェニー・ブリオは、この移転を、創作を行う調香師たちの職場に学生を近づけるものとして説明している。香りを学ぶ部屋と、顧客の要望に応える制作現場の距離が縮まった。
ブリオは、フランスの香水産業を歴史・社会・技術の面から研究し、大学で教えた後に学校のプログラムを担った教育者である。調香師には実験室の技術だけでなく、社会、ファッション、文化、事業の仕組みを理解する力も必要になる。香水がどのような時代に生まれ、どのような人に届くのかを考える学びが、原料と処方の教育に重なる。
学んだ調香師が、次の世代を教える
ジャン・ギシャールの後に学校を率いたアラン・アルシャンベルジェは、化学技術者として会社を訪ねたことから調香へ進んだ。1979年、化学者としての仕事はないが調香学校の選考は受けられる、と告げられたのである。試験を経て学び始め、後には洗剤、シャンプー、石鹸などの香りを担当した。香水瓶の中だけが調香師の仕事場ではないことを、自ら経験している。
2017年には、ベッカーが学校長となり、アルシャンベルジェの支援を受けて教育を率いることになった。ベッカー自身も1985年にグラースのルールで調香を学んだ一人である。教える仕事を始めてからも、一部の顧客に向けた創作を続けた。
ベッカーの作品には、ディオールの「ジャドール」、トミー・ヒルフィガーの「トミー ガール」、キリアンの「イントキシケイティッド」などがある。彼女がジボダンに加わったのは、クエスト買収時の2007年である。ルールで学び、その後の創作の経験を積んで、学校を率いる立場へ戻った。企業やブランドをまたぐ仕事の中で育った技術が、次の世代の教育につながっている。
音楽、絵画、彫刻の制作過程にも関心を向けるベッカーは、原料の扱いと、創作の発想の両方を教える。型を学ぶことは、同じ香りをつくる人を増やすことではない。各人の感覚を、実際に形にできる技術へ結びつけるための仕事である。
原料の記憶から、顧客のための創作へ
嗅いで覚え、組み合わせを分析する
公式の教育紹介が示す調香師養成は4年間である。最初は約500の原料を学び、嗅覚の記憶を育てる。天然素材と合成香料を知り、その後、基礎的なアコードや古典的な香水の構造へ進む。
2016年の教育現場紹介では、学生たちは朝に原料を嗅いで識別する課題に取り組んでいた。名前を答えるためには、昨日嗅いだ香りを、今日の知覚と結びつけなくてはならない。記憶と観察を重ねた先に、複雑な香水の中から素材の働きを読み取る学習がある。
同時期のアルシャンベルジェの説明では、原料、アコード、完成した香水の分析を経て、4年目には会社内の制作部門で実務を学ぶ流れだった。こうした研修は、一般の学校から別の企業へ応募して行くインターンシップとは組み立てが異なる。養成と会社の仕事が、最初から近い場所にあるのである。
庭と産地、芸術と市場を学ぶ
学校の庭で花や植物を嗅ぎ、その香りを実験室で表す練習もある。目の前にある植物と、原料を組み合わせてできる表現との間を行き来する。公式の教育紹介は、国際的な実習、先輩調香師による指導、原料産地への訪問、オペラやバレエ、演劇や展覧会との接点も挙げている。
2016年の紹介では、シチリアの柑橘やアンダルシアのシスタスの産地を訪ねる学習が説明されていた。香りは瓶の中にある試料だけで完結しない。原料が育つ土地を知り、街や文化の変化にも目を向けることが、何を表現し、誰へ届けるのかを考える助けになる。
学校は、調香師だけでなく、会社の社員や顧客にも教育を行う。さらに、香りの評価を担当する社内エバリュエーターの集中研修も設けている。エバリュエーターは、顧客の要望や生活者の受け止め方と、調香師の試作を結びつける役割である。調香師養成と評価者研修は、同じ会社の香りづくりに関わる、別の学習である。
Cartoで、試作の可能性を広げる
2019年、ジボダンはAIを使う創作支援ツール「Carto(カルト)」を発表した。大きなタッチスクリーンで原料や処方を扱い、試料をつくるロボットと連動する。原料の物理化学的な性質と嗅覚上の働きを整理したOdour Value Mapも、試作を考える助けになる。
同年6月には、学校が新しいデジタルツールを教育に取り入れ、9月の新入生から新たな方針で学習を始めると発表した。1946年の教育をそのまま固定したのではない。原料を記憶し、比べる基礎の上に、試作の速度と操作の方法を加えたのである。
私たち調香師が創造性を加える。それこそが、どんなシステムにも置き換えられない、最も重要な部分である。
カリス・ベッカー(2019年、Cartoの発表時)
カルトが扱うのは、創作を試しやすくする道具である。何を表現したいのか、試作品から何を残すのかを判断する調香師の仕事は続く。比較と反復の回数を増やすことが、基礎を省くことを意味するわけではない。
フランスとシンガポールで学ぶ
2013年、ジボダンはシンガポールの新拠点と調香学校の計画を発表し、2015年10月に開設した。創作センターや製造の設備も伴う拠点であり、フランス国外に設けた最初のキャンパスである。
ここでの学習は、原料や調香技術に加え、アジア・太平洋地域の香りの好みを理解することに結びつく。暮らしてきた土地によって、同じ原料から思い浮かべる食べ物や植物は変わる。顧客の仕事をするためには、その違いを知らなければならない。
公式の拠点紹介には、シンガポールの学生がフランスで1年間学び、フランス側からも選抜された学生がシンガポールで1年間を過ごす交流が描かれている。どの研修生も必ず同じ移動をするという一律の条件ではなく、二つの拠点が、異なる文化や市場への理解を育てる仕組みである。
応募は、会社の研修生採用から
2026年の日本向け募集例
応募の入口は、ジボダンの公式採用サイトで案内する調香師研修生の募集である。学費を払って席を購入する一般留学コースではなく、会社が将来の配置や事業の必要に応じて人材を選ぶ養成である。
2026年10月12日に確認した「Perfumery School Trainee – Japan」(職種ID120168)の募集内容は、主にアルジャントゥイユで行う、報酬を伴う4年間の研修を示している。対象は、日本のコンシューマープロダクツ部門で働く将来の調香師。最低学歴は学士、英語と日本語の流暢さ、嗅覚の適性、分野を問わない創造性、長い学習を続ける粘り強さ、会社の必要に応じて移動する柔軟性などを求めている。
この募集例の条件は、科学専攻だけを必須としてはいない。また、言語の要件は英語と日本語だが、学校の全授業が常にその二言語で行われるという意味ではない。実際の使用言語や配置条件は、応募する職種の選考で確認する事項である。
募集本文には2026年10月31日の締切が残っている一方、同日の確認で職種ページには「充足済み」と表示された。この職種を受付中の募集として扱わず、次の応募機会は採用サイトで確認する必要がある。
選考と、修了後の仕事の関係
研修生は毎年少人数を選抜する。2026年の募集例は学歴、言語、感覚と創造性を条件に挙げるが、試験や面接の全段階を共通の入試要項として示してはいない。過去の人数や選考体験を、そのまま現在の倍率や試験内容として読むことはできない。
同募集例では、研修を成功裏に修了した後、事業上の必要と機会に応じてクリエイティブセンターのジュニア調香師へ進む流れを示している。採用と養成に結びついた職種であり、一般応募者全員や、途中の学習者全員への無条件の就職保証ではない。
2026年10月12日確認の案内では、一般向け学費の料金表や、授与する大学学位・国家資格・修了証の正式名称は示されていない。ここで述べるジュニア調香師は会社内の職務上の位置づけであり、学位や調香師免許の名称ではない。学校を検討する際は、一般募集の専門教育と、このような企業の研修生採用を分けて考えることが入口になる。
ちなみに…創設者の名を持つバラ
2021年、創立75周年に合わせて、アルジャントゥイユの香りの庭「Jardin des Senteurs」で、ジャン・カールに捧げるバラが紹介された。9月17日の集まりには四世代の調香師が参加した。教室で覚える原料だけでなく、庭で嗅ぐ花にも、教育の記憶が残っている。
主な歩み
- 1946年:ジャン・カールがグラースでルールの調香教育を始める。
- 1968年:ジボダンがヴェルニエで調香学校を設ける。
- 1991年:ジボダンとルールが会社として統合。
- 1992年:両社の調香学校を統合。
- 1997年:学校がグラースからアルジャントゥイユへ移転。
- 2013年:シンガポールの新拠点と調香学校の計画を発表。
- 2015年10月:シンガポールのキャンパスを開設。
- 2016年:70周年。若手調香師と学生が集まる社内フォーラムを開催。
- 2017年:カリス・ベッカーが学校長に就任。
- 2019年:4月にCartoを発表。6月に教育の新方針を発表し、9月の新入生から導入。
- 2021年:75周年。創設者に捧げるバラを香りの庭で紹介。
- 2026年:80周年。ベッカーが複数世代の調香師と教育の継承を祝う。
参考文献
- 教育の流れとベッカーの発言 — Givaudan
- A Method of Creation in Perfumery — Jean Carles(原著の再録PDF)
- 80周年と創作の継承 — Givaudan(2026年9月16日)
- 会社統合の年表 — Givaudan
- ウジェニー・ブリオ本人が語る学校統合・移転と教育 — Sergey Borisov/Fragrantica
- アルシャンベルジェ本人が語る養成と自身の歩み — The Juice: Inside Givaudan Perfumery School/Perfumer & Flavorist(2016年)
- ベッカーの就任・創作と三つの教育目的 — Givaudan(2017年3月3日)
- ベッカーの1985年の養成と作品 — Givaudan(2021年6月11日)
- 原料識別・産地と文化の学習 — Givaudan(70周年紹介)
- Cartoの機能と創作の役割 — Givaudan(2019年4月3日)
- デジタルツールを取り入れる教育方針 — Givaudan(2019年6月13日)
- シンガポール拠点と学校の計画 — Givaudan(2013年6月26日)
- シンガポール拠点の開設 — Givaudan(2015年10月)
- 二つの拠点の交流 — Givaudan
- 2026年の日本向け研修生募集例・条件(確認時の表示は充足済み) — Givaudan Careers
- 75周年とジャン・カールに捧げるバラ — Givaudan(2021年9月20日)
- 70周年と若手調香師フォーラム — Givaudan(2016年9月21日)



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