Maison Violet(メゾン・ヴィオレ)── 190年の時を経て、目覚めた眠れる美女

ブランド創業者

「メゾン・ヴィオレが、ひとときの詩になれたらと願っています。すべてが速く動き、多くのブランドが最も大きな声で叫び合う世界で、僕たちは何か意味のあることをそっと囁きたいのです」
── アントニー・トゥールモンド(共同創設者)


基本情報

  • 設立年:1827年(パリ)
  • 創設者:フランソワ=エティエンヌ・ヴィオレ(François-Étienne Violet)
  • 復興年:2017年
  • 復興者:アントニー・トゥールモンド(Anthony Toulemonde)、ポール・リシャルド(Paul Richardot)、ヴィクトリアン・シロ(Victorien Sirot)
  • マスターパフューマー:ナタリー・ローソン(Nathalie Lorson / DSM-Firmenich所属)
  • 公式サイトmaisonviolet.com

創設者・ブランドの成り立ち

パリに花開いた石鹸と香りの工房(1827〜1850年代)

メゾン・ヴィオレの起源は、1827年のパリにさかのぼる。フランソワ=エティエンヌ・ヴィオレがサン=ドニ通り(rue Saint-Denis)界隈で香水と石鹸の店を開いたのが始まりである。ゲラン(Guerlain)の創業が1828年であることを踏まえると、ヴィオレはそれよりも1年早い——フランス香水史において最も古い部類のメゾンの一つである。同時代にはリュバン(Lubin)やピヴェール(Piver)といった名門が存在し、ヴィオレはこれらと並んで「美しきパリの調香」を体現する存在であった。

初期のヴィオレは香水だけでなく、高品質な石鹸の製造でも知られた。数々の特許を取得しており、なかでも「サヴォン・ロワイヤル・ド・トリダス」(Savon Royal de Thridace)——レタスの搾り汁と蜂蜜を配合した石鹸——は、メゾンの代名詞ともいえる製品となった。蜂蜜は天然の保湿剤として肌を滑らかに保ち、レタスのエキスは肌を鎮め柔らかくする効果があるとされ、当時としては画期的な処方であった。

王室御用達の栄光(1850〜1860年代)

19世紀半ば、ヴィオレは王室からの「お墨付き」を得ることで大きく飛躍する。ナポレオン3世の妻であるウジェニー皇后(Empress Eugénie)、そしてスペインのイサベル2世(Queen Isabella II)の公式サプライヤーとなったのである。ウジェニー皇后のために「オー・ド・ボーテ・ド・サ・マジェステ」(皇后陛下の美容水)などの特別な製品も開発された。

この王室との結びつきを象徴するのが、現在もすべてのボトルに刻印されている「蜂」のモチーフである。蜂はナポレオン1世の紋章にも用いられたフランス帝政のシンボルであり、王室に品物を納める名誉を持つ商人にとって格別の意味を持っていた。1858年3月4日、パリ商業会議所に「ア・ラ・レーヌ・デ・ザベイユ」(À la Reine des Abeilles=蜂の女王のもとへ)というトレードマークが正式に登録され、店名も「ヴィオレ、ア・ラ・レーヌ・デ・ザベイユ」と改称された。当時のディレクターであるルイ・クレイ(Louis Claye)が署名したマニフェストには、「このトレードマークを持たない製品はすべて偽造品である」と記されていた。

1867年のパリ万国博覧会ではルイ・クレイの仕事が高く評価され、メゾンの複数の製品が受賞を果たした。翌年にはジュール・シェレ(Jules Chéret)がパッケージと広告キャンペーンのデザインを手がけている。

グランドホテルの五連アーケード(1868年〜)

1868年、ヴィオレはパリのカピュシーヌ大通り12番地(12 boulevard des Capucines)、グランドホテルの円形棟にある5つのアーケードを占める壮麗なブティックを開設した。当時の雑誌『ルニヴェール・イリュストレ』はこう報じた。

「ヴィオレの名を知らぬ者がいるだろうか?蜂の女王を商標に掲げるその製品は、比類なき優秀さによって世界中で市民権を得た。クレイ氏は、パリの美しい女性たちすべてを迎え入れる豪華な販売サロンを華々しく開いた」

ブティックの内部には「花のブドワール」と呼ばれる香りの庭園や、入った時には疲れた顔をしていても出る時には薔薇色の頬と輝く目で出てこられるという「サプライズのブドワール」があったと伝えられている。

残念ながら、1870年の普仏戦争でこの「香りと優雅さの楽園」は灰燼に帰した。しかし1874年にはカピュシーヌ大通りに再びヴィオレの看板が掲げられている。ルイ・クレイの死去時、ヴィオレはフランスの十大香水メゾンの一つに数えられていた。

国際展開とアーロン=マルク・レーンス時代(1885〜1929年)

1885年頃、アルザス出身のアーロン=マルク・レーンス(Aaron-Marc Rehns)がメゾン・ヴィオレを買収する。彼は企業を株式合資会社に改組し、200万フランの資本でパリ証券取引所に上場させた。レーンスはイタリアン大通り29番地(29 boulevard des Italiens)に新たな本社を構え、サン=ドニ通りやカピュシーヌ大通りの店舗も維持した。ラ・プレーヌ・サン=ドニにある工場では250人以上の労働者がフラコンの吹きガラス、充填、梱包に従事し、輸出市場に大きく舵を切った。

1900年のパリ万国博覧会では、香水「アンブル・ロワイヤル」(Ambre Royal)でグランプリを獲得。レーンスはニューヨークを拠点とするフランク・M・プリンドル社(Frank M. Prindle Company)とフランチャイズ契約を結び、アメリカ市場への本格進出を果たした。「Violet」という名前がアメリカでは「スミレの香り」だけを連想させてしまうため、プリンドル社の提案で「Ve-O-Lay」(ヴェオレイ)へとリブランディングされた。

この時期のヴィオレ/ヴェオレイは、バカラ(Baccarat)やルネ・ラリック(René Lalique)による贅沢なクリスタルボトル、リュシアン・ガイヤール(Lucien Gaillard)によるアール・ヌーヴォー様式のフラコンなど、容器の芸術性でも名声を博した。1925年のパリ装飾芸術博覧会では「スケッチ」(Sketch)、「プルプル・ドートンヌ」(Pourpre d’Automne)などで再びグランプリを獲得している。

戦争の影、そして沈黙(1930年代〜1953年)

1930年代に入ってもヴィオレは活発に新作を発表しており、第二次世界大戦直前にも10点以上の新しい香水やスキンケア製品を世に送り出している。

しかし、戦争はメゾンに暗い影を落とした。レーンス家はユダヤ人であり、ヴィシー政権下の「アリアニゼーション」(Aryanisation=ユダヤ人資産の「アーリア人化」)政策の影響を受けたとされる。この時期以降のメゾン・ヴィオレに関する記録はほぼ途絶えている。復興者のアントニーたちは後年、レーンス家の末裔——マルク・アロン・レーンスの玄孫娘——に生前会うことができ、一族の中には占領期に強制移送された者がいたことを確認している。

戦後、レーンス家はメゾンを取り戻したものの、かつての輝きを取り戻すことはできなかった。ブランドは徐々に衰退し、最後期の作品のひとつ「ニュエ・ブルー」(Nuée Bleue)が発表されたのは1953年(一部の資料では1955年)のこと。それ以降、ヴィオレは完全に沈黙し、人々の記憶から消えていった。

「眠れる美女」の発見(2015年)

時は流れて約60年。パリのエコール・シュペリエール・デュ・パルファム(École Supérieure du Parfum=ESP、高等調香学校)で出会った3人の若者が、運命を変えることになる。

アントニー・トゥールモンド、ポール・リシャルド、ヴィクトリアン・シロの3人は、ESPの1年生の時に出会い、すぐに親友になった。ヴィンテージ香水と歴史的な調香に魅了されていた彼らは、オスモテーク(Osmothèque=香りの保存機関)の講演会に通い詰め、蚤の市で古いフラコンを探し回る日々を送っていた。

「僕たちを突き動かしたのは好奇心でした。ヴィオレの復活は、とても自然な流れの中で起きたことなのです」
── アントニー・トゥールモンド

3年生の夏、インターンシップに取り組んでいた最中に、彼らは「ヴィオレ」という名前に偶然行き当たった。

「かつて250人の従業員を抱え、パリ証券取引所に上場していたほどの巨大なメゾンが、完全に消え去っていたのです。学校の授業でも、講演会でも、誰一人としてヴィオレの名を口にしたことがなかった。それが本当に不思議で、僕たちの好奇心に火をつけました」
── アントニー・トゥールモンド(PlezuroMagインタビューより)

3人は「探偵」のように調査を進め、ヴィンテージボトル、古新聞の広告、ポストカードなど、手に入るものを片っ端から集めた。当時ヴィオレの商標権を保有していた投資会社から権利を買い戻す費用が必要だったが、無料で取得できる他のブランドがあったにもかかわらず、どうしてもヴィオレでなければならなかった。

ナタリー・ローソンとの出会い、そして復活(2016〜2017年)

ブランド権利を取得した3人だったが、歴史あるメゾンの調香を自分たちだけで手がける自信はまだなかった。

「ヴィオレはあまりにも偉大なメゾンだったので、僕たちはそのレベルに達していないと感じ、少し怖かったのです」
── アントニー・トゥールモンド

転機は、ESPに客員講師として招かれたナタリー・ローソンとの出会いだった。ナタリーはDSMフィルメニッヒ(DSM-Firmenich)所属のマスターパフューマーで、南仏グラース(Grasse)にルーツを持つ。講義の後、3人は通常の学生の質問とは明らかに異なる、極めて具体的で技術的な質問を投げかけた。興味を引かれたナタリーが理由を尋ねると、彼らはまだ秘密にしていたプロジェクトの存在をほのめかした。

「数週間後、最初の香水をどうするか考えていた時にナタリーのことを思い出しました。プロジェクトのことを話すと、彼女は本当に気に入ってくれて、一緒にやろうと言ってくれた。学校での偶然の出会いが、この素晴らしいコラボレーションにつながったのです」
── アントニー・トゥールモンド

2016年からナタリーとの共同制作が始まり、2017年11月、メゾン・ヴィオレは最初の3つの香水と共に復活を遂げた。創業から190年後のことであった。

3人の役割分担は明確である。ヴィクトリアンが経営・財務と生産管理を担当し、アントニーがナタリー・ローソンとの調香に最も近い立場でブランドのスポークスパーソンも兼ね、ポールがストーリーテリングとクリエイティブの着想を受け持つ。立ち上げ資金は、3人の自己資金に加え、プロジェクトを信じてくれた親しい友人からの支援によるものであった。


ブランドのこだわり

「レトロ・モダン」の美学

メゾン・ヴィオレが掲げるスタイルは「レトロ・モダン」(retro-modern)である。過去の香水をそのまま再現するのではなく、ヴィンテージの「詩情と深み」を現代の感覚で蘇らせることを目指す。

「ヴィンテージの調香には、豊かさ、優雅さ、複雑さがあります。けれど100年前に香水をまとうことと、今日まとうことは同じ体験ではない。だから僕たちは過去の詩的な魂を捉えつつ、現代にふさわしく装着できる香りを作りたいのです」
── アントニー・トゥールモンド

「当時のリリシズム(叙情性)には今日でも通用する力があると思いました。同時に、ニッチ香水の『原料名を前面に出す』トレンドとは一線を画す抽象性もまた、ヴィオレの特質です」
── アントニー・トゥールモンド(フランス香水財団の記事より)

シグネチャー素材:イリス・パリダ(Iris Pallida)

すべてのメゾン・ヴィオレの作品に共通する「赤い糸」(fil rouge)が、イリス・パリダ(Iris Pallida=香料用アイリスの一種)である。アイリスは香水原料の中でも最も高価な素材の一つであり、パウダリーで上品なテクスチャーが特徴。その「ヴァイオレット色の花」はブランド名「ヴィオレ」へのさりげないオマージュでもある。

「アイリスは僕のお気に入りの原料なんです。ナタリーと作業するたびに、僕はいつも『もっとアイリスを加えて』とお願いしていました。結果的にそれがシグネチャーになった」
── アントニー・トゥールモンド

高価な天然素材をあえて全作品に使用するのは、品質の証であると同時に、模倣品への防御策でもある——かつてルイ・クレイが偽造品対策として蜂のトレードマークを刻印したのと同じ精神が、ここに受け継がれている。

蜂の刻印とパッケージデザイン

ボトルに施された蜂の円形スタンプは、パリの偽造博物館(Musée de la Contrefaçon)に保管されていた当時の商業登録簿から発見されたオリジナルのデザインを復刻したものである。ボトルデザインはデザイナーのアドリアン・ドゥショーム(Hadrien de Chaume)が手がけ、ロゴからパッケージ、ボトル形状までトータルで設計されている。歴史を参照しつつも洗練されたモダンな仕上がりが特徴的である。

ヴィーガン・サステナビリティ・社会貢献

共同創設者のアントニー自身がヴィーガンであり、すべての香水はヴィーガン処方である。環境面では、100%自然素材・生分解性のコーンスターチ製緩衝材、リサイクル素材75%以上の配送箱、クラフト紙のテープなど、細部にまで配慮がなされている。

社会貢献活動として、香水「タナグラ」の利益の平均16.5%がDV被害女性を支援する「ソリダリテ・ファム」連盟に寄付されている。また「サイクル001」の売上からはミツバチ保護団体「ビー・ファンド」(Bee Fund)に寄付が行われている。


香水ラインナップ

メゾン・ヴィオレの香水は現在、大きく3つのコレクションで構成されている。制作はDSMフィルメニッヒ社を通じて行われ、パリでクリエーション、スイスで生産という体制をとる。

エリタージュ(Héritage)コレクション

かつてのヴィオレ社が生み出した名作の名前と香調(ファミーユ・オルファクティヴ)を受け継ぎ、「レトロ・モダン」に再解釈したメインコレクション。全作品をナタリー・ローソンが調香。過去の処方は一切見つかっていないため、手元に残るヴィンテージボトルの残り香を嗅ぎ、名前のイメージから着想を広げるという方法で制作された。​

香水名原作年 / 復刻年主な香調特徴
Un Air d’Apogée(アン・エール・ダポジェ)1932 / 2017レザー、ミモザ、タバコ元は「Apogée」。ジャガー車のレザーシートのヘッドスペース分析を参考にしたという逸話がある
Pourpre d’Automne(プルプル・ドートンヌ)1924 / 2017アイリス、ヴァイオレット、ローズ、プラム秋の森の朝露を描いたシプレー調
Sketch(スケッチ)1900 / 2017パチュリ、チュベローズ、ナツメグ、トンカビーン元は「Ambre Royal」。1924年に「Sketch」に改称された歴史を持つ
Nuée Bleue(ニュエ・ブルー)1953 / 2017頃ベルガモット、アイリス、サンダルウッド、ムスクヴィオレ社最後の作品。名前(=青い霧)から嵐の前の静けさを着想
Tanagra(タナグラ)1903 / 2018ピオニー、アイリス、ジャスミン、ムスク古代ギリシャの小像に着想。売上の一部がDV被害女性支援団体に寄付される
Compliment(コンプリマン)1939 / 2021チュベローズ、ジャスミン、オレンジブロッサム発売後に見つかった古いフラコンも実際にホワイトフローラルだったという偶然のエピソードがある
Abîme(アビーム)1930 / 時期不明インセンス、パロサント、ペッパー、ラブダナム「深淵」の名の通り、瞑想的で神秘的なウッディ
Pour Rêver(プール・レヴェ)1926 / 2024ヘーゼルナッツ、マロングラッセ、カカオ、アイリスメゾンの10作目。ナタリー・ローソン調香

「コンプリマン」の制作秘話は興味深い。アントニーはこう語っている。

「この香水がどんな香りだったか分からなかったので、ナタリーと一緒にホワイトフラワーのブーケに取り組むことにしました。発売後、ある古いフラコンを手に入れたところ、なんと実際にホワイトフラワーのアコードで作られていたのです」
── アントニー・トゥールモンド

サイクル(Cycle)コレクション

エリタージュの「ヴィンテージ回帰」の枠に収まらない、より現代的なヴィジョンを表現する限定シリーズ。

  • Cycle 001(サイクル001):アンジェリカ・ルート(セリ科の植物の根)を軸に、アイリス、ペッパー、アンブロキサン、インセンス、ホワイトムスクで構成されたエクストレ・ド・パルファム。調香はパトリス・ルヴィヤール(Patrice Revillard)が担当し、ナタリー・ローソン以外のパフューマーが関わった唯一の作品である。限定1,000本のリフィラブルボトルで発売され、キックスターターでは目標の110%を達成した。エコフレンドリーなアルミニウム製リフィル缶も用意されている。

レ・ゼクスプレシオン(Les Expressions)コレクション

2025年に発表された最新コレクション。エリタージュがメゾンの歴史に根ざしているのに対し、こちらは3人の復興者自身の個人的な香りの記憶を出発点とする。

  • California Blossom(カリフォルニア・ブロッサム):アントニーの子供時代の記憶——カリフォルニアのオレンジ畑に遊ぶ爽やかな風と終わらない夏——を香りにしたシトラスフローラル。
  • Rivage(リヴァージュ):ポールの記憶——冬のブルターニュ・キブロン湾の荒々しい波と冷たい朝の空気——を再現したマリンアロマティック。
  • Musc Angélique(ミュスク・アンジェリック):サイクル001の再発売版。限定販売で完売していた作品を、顧客の要望に応えてレギュラーラインに組み込んだもの。

ちなみに…

  • ヴィオレとムーラン・ルージュ:ある美術学生がムーラン・ルージュから依頼を受けてヴィオレに接触してきた際、「かつてヴィオレのブランドがキャバレーのショーに香りを提供していた」という事実が明らかになったという。
  • ポーランドの森で見つかった口紅:ある人がポーランドの森を散歩中に、ヴィオレの口紅を発見した。
  • 井戸の底のオーデコロン:ある人物が井戸の底からヴィオレのオーデコロンのフラコンを発掘し、年代鑑定のために3人に連絡してきたこともある。​​
  • カタログには108以上の品番:ウィキペディア仏語版によれば、往時のヴィオレのカタログには108以上の製品が掲載されていた。

  1. Maison Violet 公式サイト「A History of Transmission」 – https://www.maisonviolet.com/en-jp/pages/parfumeur-depuis-1827
  2. Elevated Classics「From Silence To Scent: The Second Life Of Maison Violet」 – https://elevated-classics.com/from-silence-to-scent-the-second-life-of-maison-violet/
  3. PlezuroMag「Reviving Violet: The Forgotten Perfume House Brought Back to Life」(アントニー・トゥールモンドへのインタビュー) – https://plezuromag.com/interviews/reviving-violet-the-forgotten-perfume-house-brought-back-to-life
  4. Smell Stories「Maison VIOLET, the iconic perfume house where heritage meets modernity」 – https://www.smellstories.be/en/brands/maison-violet/
  5. Cleopatra’s Boudoir「Maison Violet/Veolay Perfumes」 – https://cleopatrasboudoir.blogspot.com/2014/08/violetveolay-perfumes.html
  6. Luxe Tentations「Maison Violet, la renaissance d’une marque de parfums historique」 – https://luxetentations.fr/maison-violet-la-renaissance-dune-marque-de-parfums-historique/
  7. Fragrances & Cie「Maison Violet」 – https://fragrancesetcie.com/les-parfums/violet/
  8. Fragrance Foundation France「Il était une fois Maison Violet…」(Lionel Paillès) – https://www.fragrancefoundation.fr/2025/05/portrait-de-marque-il-etait-une-fois-maison-violet/
  9. Maison Violet 公式サイト「La Maison」 – https://www.maisonviolet.com/en-jp/pages/la-maison
  10. Maison Violet 公式ブログ「The trademark ‘A la Reine des Abeilles’」 – https://www.maisonviolet.com/en-us/blogs/news/la-marque-de-fabrique-a-la-reine-des-abeilles
  11. Hadrien de Chaume(ボトルデザイン) – https://hadriendechaume.com/CYCLE
  12. La Parfumerie Tanu「Interview with Anthony Toulemonde, Maison Violet」 – https://lpt.hateblo.jp/entry/violet4
  13. NOSE SHOP「Maison Violet」 – https://noseshop.jp/collections/maison-violet
  14. Maison Violet 公式サイト「Les Expressions」コレクションページ – https://www.maisonviolet.com/fr-int/pages/lp-les-expressions
  15. Maelstrom Paris「CYCLE 001 – Violet」 – https://maelstrom-paris.fr/2021/03/31/cycle-001-violet/
  16. Maison Violet 公式ブログ「PURPLE commitments」 – https://www.maisonviolet.com/en-us/blogs/news/les-engagements-violet
  17. Violet (maison de parfum) – Wikipedia フランス語版 – https://fr.wikipedia.org/wiki/Violet_(maison_de_parfum)
  18. Maison Violet 公式ブログ「Brief history of perfumer’s soap」 – https://www.maisonviolet.com/en-jp/blogs/news/breve-histoire-du-savon-de-parfumeur
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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