すべてのデザイナーは、メイクアップと香水ラインを持つことを夢見ている。そして、それがブランドを本当に支えてくれるものだ。
— アナ スイ、2019年 ミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザイン(MAD)でのトーク
基本情報
設立年: 1981年(ファッションレーベルとして)/1999年(フレグランスライン開始)
創設者: アナ スイ(Anna Sui)、中国語名:蕭志美(Xiāo Zhìměi)
公式サイト: annasui.com / 日本公式:annasui.co.jp
創設者・ブランドの成り立ち
デトロイト郊外に生まれた「異邦人」の夢
アナ スイは、1955年8月4日、ミシガン州デトロイト郊外のディアボーン・ハイツに生まれた。両親はともに中国系アメリカ人の第二世代で、父パウル・スイはソルボンヌ大学で工学を、母グレース・スイはパリで絵画を学んだという異色の経歴の持ち主だった。
しかし彼女が育ったのは、白人が大多数を占めるカトリック地区。自伝的な著書の中でスイは、「私は近所の唯一の中国系家族で、女の子は中国の家族ではあまり重んじられなかった。だから両親は私を自分の白昼夢に任せてくれた。そのおかげで、夢をどこまでも広げることができた」と書いている。周囲と違う、という感覚が、彼女の内に独自の「世界」を育てていったのだ。
「Everything I did my whole childhood was so I could be a designer.」
幼い頃のスイはすでに熱心なコレクターだった。ファッション誌から切り抜いたモデル、デザイナー、ブティックの写真を丁寧に分類して「ジーニアスファイル」と名付けたスクラップブックを作り、ニューヨーク行きの荷物の中に積み込んだ。また兄に連れられてデトロイトのロックコンサートへ通い、イギー・ポップやMC5のライブを体験した。「コンサートに行くと、音楽だけでなく視覚的な世界——グラフィック、ポスター、服、空間——に惹きつけられた」と後に語っている。ロックの反骨精神とビジュアルへの探究心、この二つはやがて彼女のデザイン言語の核心となる。
幼少期のある「啓示」の瞬間として、スイが繰り返し語るのが結婚式のフラワーガールを務めた体験だ。花嫁一行のドレス、バッグ、靴がすべてコーディネートされているのを見た彼女は、「これが私のアハモーメント。デトロイトに帰って両親に宣言した。ニューヨークに移ってファッションデザイナーになる、と」と振り返っている。
パーソンズでの出会い——スティーブン・マイゼルとニューヨークの夜
高校卒業と同時にニューヨークへ飛び出したスイは、かねてから志望していたパーソンズ・スクール・オブ・デザインへ入学する。そこで出会ったのが、後に世界的なファッションフォトグラファーとなるスティーブン・マイゼルだった。
「彼は私がこれまで見た中で最も美しい男で、本当にクールなスタイルを持っていた。」
— アナ スイ、マイゼルとの出会いについて
二人は共通の趣味——ファッション、音楽、サブカルチャー——で固く結ばれ、生涯の友人となった。夜な夜なMudd ClubやCBGBに繰り出し、パティ・スミスやブロンディのライブを見て回った。「CBGBに初めて行ったとき、パティ・スミスを見て、それからまるで高校の体育館みたいなところに移動するとブロンディがいた」とスイは語っている。
パーソンズ在学中には、「チャーリーズ・ガールズ」というラベルでデザインアシスタントとして働き、ニューヨークのガーメントディストリクト(衣料品の一大集積地)で業界の実務を学んだ。
300ドルからの出発——解雇が生んだブランド
卒業後、スイはいくつかのスポーツウェア会社でデザイナーとして働きながら、空き時間に自分のコレクションを制作し続けた。ある日、Glenora社に在籍していた彼女のデザインがMacy’sとブルーミングデールのバイヤーに買われ、ニューヨーク・タイムズに全面広告として掲載された。しかし上司は「利益相反」を理由に即座にスイを解雇する。
このとき手元に残っていた最後の給与は、わずか300ドルだったという。スイはその資金でファーストコレクションを製作し、1981年、チェルシーのアパートメントのリビングルームから自分のブランドをスタートさせた。
夢に集中しなければならない、たとえそれが常識を超えていても。デトロイト郊外から来たこの若い女の子が、どうしてニューヨークで成功できるというのか? それはいつも夢だった。
— アナ スイ
1980年代を通じてスイは有名デザイナーたちの陰でひっそりとコレクションを発表し、百貨店に販売し続けた。だが彼女の名は業界の外には届いていなかった。
1991年、歴史的なランウェイショー
転機は1991年に訪れる。スイと親交があったナオミ・キャンベルとリンダ・エバンジェリスタが彼女を強く後押しし、「やってみるべきよ」と背中を押した。モデルたちへの報酬は現金でなく衣服で払われたが、キャンベルとエバンジェリスタ、クリスティ・ターリントンが揃ってランウェイに立ち、マートパッキング地区で開催された初ショーは大きな反響を呼んだ。スイ自身はそれを「私のキャリアにおける最大のブレイクスルーのひとつ」と語っている。
翌1992年にはSoHoのグリーンストリート113番地に初のブティックを開店。紫の壁、赤い床、黒くラッカー塗装されたロッコ様式の家具——高校の自室から続いてきた彼女の美意識が、そのまま空間として結晶した。友人のザック・カーに「あなたの世界観を見せる場所があれば、みんながあなたを理解できる」と言われたことが開店のきっかけだったという。
1993年にはCFDA(アメリカ・ファッション・デザイナー協議会)のペリー・エリス賞を受賞。その授賞式の直前、バーブラ・ストライサンドとドナ・カランに廊下で追いかけられ、「アナ、どこであなたの服が買えるの?」と言われた——というエピソードはいかにも彼女らしい。
日本からの追い風と世界展開
1990年代後半、ニューヨーク・ファッション・ウィークに来場した日本のバイヤーたちがスイのブランドに熱狂した。彼女は百貨店イセタンとの独占的な流通・ライセンス契約を結び、日本市場での爆発的な人気を礎に世界展開を加速させた。「彼ら(イセタン)がいなければ、独立した アナ スイ というブランドは今日存在していなかった」とスイは述べている。
当初は「誰もそんなことはしない」と言われながら、彼女はドイツの香水会社とのライセンス契約と日本の化粧品会社とのライセンス契約を同時に結び、両社がクロスディストリビューション(相互流通)を行うことを条件に課した。時代を先取りしたグローバル戦略は、現在に至るブランドの礎を築いた。
2009年にはCFDAのジェフリー・ビーン生涯功労賞を受賞し、イヴ・サンローラン、ジョルジオ・アルマーニ、ラルフ・ローレン、ダイアン・フォン・フュルステンバーグらと並ぶ殿堂入りを果たした。
ブランドのこだわり
「究極のアクセサリー」としての香り
スイにとって、フレグランスとはファッションの「仕上げ」であり、「ヘッドトゥトウ(頭から爪先まで)」のスタイル体験を完結させるものだ。
また彼女のフレグランス制作は常に「コンセプト」から始まる。
このプロセスで長年のパートナーを務めてきたのが、フランスの調香メーカー、ロベルテ(Robertet)所属の調香師ジェロム・エピネットだ。二人の信頼関係についてスイはこう語っている。
フレグランス制作の核には「ローズ」がある。MADでのトークでスイは、「ローズが私のブランドの多くの香水の基盤だった」と明かした。これは母親が育てたミシガンの自宅のバラ園の記憶や、ニューヨークのユニオン・スクエア・マーケットで買い続けたラベンダーのティーローズに源を持つものだという。
香りが「ヒット」したかどうかを確かめる方法については、こんな言葉も残している。
ボトル——もうひとつの芸術作品
アナ スイのフレグランスボトルは「香水が空になっても手元に置いておきたい」と思わせることを目指してデザインされている。
初代「アナ スイ」(1999年)のボトルは黒のラッカー塗装で、ブティックの内装と同じ世界観を宿した。その後は妖精(セクレット ウィッシュ)、金色のユニコーン(ファンタジア)、人魚(ファンタジア マーメイド)と、シリーズを重ねるたびに神話的・童話的なモチーフが花開いていった。
ファンタジアのユニコーントップの着想源について、スイはアンディ・ウォーホルが描いたシャパレリのグローブ広告に登場するショッキング・ピンクのユニコーンだったと語っている。こうした歴史的・芸術的な参照を、彼女は「好きなことはなんでもインスピレーションに使える。それが私の仕事の醍醐味」と表現する。
最新の「ワイルド ワンダー」コレクション(2024年)では、クリアガラスのシンプルなボトルにアール・ヌーヴォー調のフローラルモチーフと金色のローズ型キャップを組み合わせ、モダンでありながら優雅な世界観を演出している。
香水ラインナップ
クラシック(1999年)——すべての始まり
1999年に発売された最初の作品「アナ スイ」は、初代ラインナップの土台となるシグネチャー香水だ。ラズベリー、アプリコット、ベルガモットのトップに、バルガリアン ローズ、ジャスミン、フローレンタイン アイリスのハート、そしてシダーウッド、サンダルウッド、トンカのベースが続く構成。スイがブティックのために選んだ内装色と一致する、深みのある黒のラッカーボトルに収められた。
ドーリー ガール(2003年)——遊び心と女の子らしさ
2003年登場の「ドーリー ガール」は、調香師ブノワ・ラプーザが手掛けたフローラル・フルーティー系。シナモン、メロン、グリーン アップル、ベルガモットのトップから、マグノリア、ヴァイオレット、ジャスミン、スズランのハートへ、そしてラズベリー、ストロベリー、ティーク材のアンバリーなベースへと続く。スイの「ドール(人形)」への愛着と子ども時代の遊び心を体現したライン。ピンクのドール型ボトルも話題となった。
セクレット ウィッシュ(2005年)——創設者が最も愛した香り
調香師ミシェル・アルメラック(ロベルテ)が手掛けた「セクレット ウィッシュ」は、スイ自身が「いつも特別な思いがある」と語るラインの中でも個人的な愛着を告白した作品だ。レモン、メロン、ピーチ、タジェットのトップ、パイナップルとブラックカラントのハート、ホワイトシダー エキス、ムスク、アンバー、サンダルウッドのベースという構成。透明なボトルには小さな妖精が飾られている。
ファンタジア(2017年)——ユニコーンの世界へ
2017年、フレグランスラインのターニングポイントとなった「ファンタジア」は、ジェロム・エピネットとの長期コラボレーションが生み出した代表作。スイはこの香水を「大人になっても心の奥に残る子どもの頃の夢と願望」を表すと説明している。
すべては魅惑に尽きる。私がすることのすべてで、あなたを異国の遠い場所へ、美しい新しい世界へと運ぼうとしている。
— アナ スイ
ピンク ポメロ、カシス、ピンク ペッパーのトップ、ヴァイオレット、オレンジ フラワー、ラズベリー プラリーヌのハート、ゴールデン サイプレス、ヒマラヤン シーダーウッドのベース。「ファンタジア ウーマン」について尋ねられたスイはこう答えている。
その後、ファンタジア マーメイド(2019年)、ファンタジア ローズなどのスピンオフ(フランカー)が続き、ファンタジア ファミリーはシリーズとして展開されている。ファンタジア ローズについてスイは、「ローズは私のデザインの多くにおいて要となる花。ファンタジアの世界でその存在感を輝かせることは、必然だった」と語っている。
ワイルド ワンダー(2024年)——25周年の集大成
フレグランス25周年を記念し、ジェロム・エピネットが手掛けた5作品「デュー フィールズ」「エレクトリック ウィスパー」「ミスティック ルナ」「ソーン オブ ア ローズ」「ユートピア ミスト」が2024年に発表された。5作品すべてにローズのノートが織り込まれており、四半世紀にわたってスイのフレグランスを象徴してきたローズへのオマージュとなっている。
ライセンスの変遷——Wella、P&G、そしてインター パルファン
フレグランスラインのライセンスについては、当初Wella AG(またはP&Gの前身)との契約のもとで1999年の初香水が誕生した。その後プロクター&ギャンブル(P&G)がライセンスを保有していたが、2011年6月、インター パルファン(Inter Parfums, Inc.)との10年間の独占世界ライセンス契約が締結された(2012年1月1日発効、5年更新オプション×2付き)。インター パルファン社長のアンディ・クラークは当時「北米、ヨーロッパ、中東でのブランドのフレグランス展開を拡大する高い期待を持っている」とコメントし、スイ本人も「グロースの機会にとても興奮している」と述べた。
ちなみに…
- アナ スイは自身の香水遍歴についても率直に語っている。母親が愛用していたシャネル No.5のオリジナルのギフトボックスを今でも大切に持っていること、1996年に再発売されたロバート・ピゲのフラカスを愛用していたこと、そして1980年発売のケンゾー キング コング(Kenzo King Kong)については「廃盤になると聞いて、30本くらい買い込んだ。きっともうダメになっていると思うけれど、全部箱に入ったまま持っている」と語った。
- 2019年にニューヨークのMAD(ミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザイン)で開かれた「ザ・ワールド・オブ・アナ スイ」展では、4階のフロア全体が「ファンタジア」の香りで満たされていた。フレグランスを展示空間そのものに組み込む——これもスイらしい「コンプリート・エンバイロンメント」の追求だ。
- ブランドのモットー「ライブ・ユア・ドリームス(Live Your Dreams)」は2009年、そのままタイトルを冠した香水にもなっている。すべては一貫している。
- Anna Sui — Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Anna_Sui
- Sui, Anna — Encyclopedia.com – https://www.encyclopedia.com/fashion/news-wires-white-papers-and-books/sui-anna
- 5 Fragrance Facts from Anna Sui — Perfume Professor – https://perfumeprofessor.net/2019/09/16/5-fragrance-facts-from-anna-sui/
- The Perfumes of Anna Sui: A Conversation with Perfumer Jerome Epinette — Perfume Professor – https://perfumeprofessor.net/2020/01/22/the-perfumes-of-anna-sui-a-conversation-with-perfumer-jerome-epinette/
- Anna Sui’s Punk-Adjacent Youth and Enduring Fashion Friendships — W Magazine – https://www.wmagazine.com/culture/anna-sui-designer-my-life-in-parties
- anna sui has made a global empire out of her teenage dreams — i-D – https://i-d.co/article/anna-sui-has-made-a-global-empire-out-of-her-teenage-dreams/
- Anna Sui Text Panels(NSU Art Museum Fort Lauderdale 展示資料) – https://nsuartmuseum.org/wp-content/uploads/2021/03/Anna-Sui-Text-Panels-.pdf
- Inter Parfums Signs Anna Sui Fragrance Licensing Agreement(SEC Press Release) – https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/822663/000082266311000004/ex99_070111.htm
- Meet Anna Sui’s Model Clique — W Magazine – https://www.wmagazine.com/gallery/anna-sui-fashion-show-models
- Anna Sui About Page(公式サイト) – https://annasui.com/pages/anna-sui-about-page
- Anna Sui Fantasia(日本公式) – https://annasui.co.jp/pages/latest-fantasia
- Anna Sui Fantasia Rose(公式ビューティーサイト) – https://annasuibeauty.hk/pages/anna-sui-fantasia-rose
- Anna Sui Wild Wonder — Now Smell This – https://nstperfume.com/2024/10/31/anna-sui-wild-wonder-new-fragrances/
- Anna Sui Wild Wonder — Beauty Scene – https://www.beautyscene.net/fragrances/anna-sui-wild-wonder/
- Inter Parfums Signs License Agreement for Anna Sui Fragrances — GCI Magazine – https://www.gcimagazine.com/brands-products/fragrance-home/news/21856386/inter-parfums-signs-anna-sui-fragrance-licensing-agreem
- How Did Anna Sui Manage Its Unique Business? – https://www.sjfzxm.com/global/en/472340.html
- CFDA Fashion Awards — Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/CFDA_Fashion_Awards


