「150周年を、完全に独立した会社として迎えられることを、うれしく思います。」
— ジャン・マン(2021年、当時のグループ会長)
香水の名前は知っていても、その香りをつくった会社の名前は知らない。MANE(マン)は、そうした舞台裏で、花から香料を取り出し、研究者が新しい素材を開発し、調香師がブランドの求める世界を香りにする会社である。
出発点は、1871年の南フランスにあった小さな蒸留所。150年後にジャン・マンが喜んだのは、会社の大きさだけでなく、独立を保ってその節目を迎えたことだった。バール=シュル=ルーの土地から世界へ、そして花の加工から香水の創作へ。その歩みには、五世代の家族と、素材を使える香りに変える人々の仕事が重なっている。
基本情報
創業年:1871年
創業者:Victor Mane(ヴィクトル・マン)
本社:フランス、ル・バール=シュル=ルー
事業:フレグランス、食品・飲料用のフレーバー、香料原料の開発・製造
経営:マン家による家族経営。2025年からサマンサ・マンがグループを率いる
公式サイト:MANE
マンは、消費者向けの香水ブランドとは役割が異なる。顧客であるブランドやメーカーに、香りの処方、素材、製造技術を届ける香料会社である。店頭に並ぶ香水だけでなく、化粧品、洗剤、食品や飲料も、その仕事の行き先になる。
創設者と会社の成り立ち
バール=シュル=ルーの花と、小さな蒸留所
1871年、ヴィクトル・マンはグラースに近い南フランスで、周囲の花や植物から芳香原料をつくる仕事を始めた。香水の完成品を自分の名前で売ることよりも先に、植物の香りを取り出し、原料として届ける仕事があったのである。
本社のあるル・バール=シュル=ルーは、グラース近郊の土地である。会社の歴史には、1907年の同地の本社、1930年の水蒸気蒸留の工場、1940年のノートル=ダム地区、1992年のラ・サレ地区という拠点の節目が残る。世界へ広がる一方で、本拠地はこの土地に置き続けられてきた。
水蒸気蒸留は、蒸気とともに植物の芳香成分を取り出し、冷やして回収する方法である。現在の独自技術を創業当時へさかのぼらせる必要はない。まず地域の植物を加工する小さな仕事があり、世代を重ねるなかで、設備と研究、扱える素材が増えていった。
ウジェーヌとガブリエル、モーリスが広げた仕事
ヴィクトルの息子、Eugène(ウジェーヌ)とGabriel(ガブリエル)は、事業を近代化し、国際的な展開を進めた。1959年には、ウジェーヌの息子Maurice(モーリス)が経営を引き継ぐ。創業者から数えて三代目である。
モーリスの時代には生産能力が増し、研究・分析のラボが整えられ、食品用フレーバーへ仕事が広がった。植物から得た芳香原料を、香水にも、食べ物の香りにも役立てていく。今日のマンを理解するには、香水だけを見ていては足りない理由がここにある。
海外の拠点も増えていった。日本での事業は1956年に始まり、1963年にはブラジル、1969年にはスイス、1975年にはメキシコへ展開する。さらに1971年の有機化学部門、1987年のバイオテクノロジー部門の設立によって、天然素材の加工に加え、分子そのものを研究し、つくる仕事が会社のなかに育った。
一方、肌にまとう香水の創作を担うファインフレグランス部門は、1990年代初めからミシェル・マンのもとで重点的に発展した。原料と化学、工程に長く携わってきた会社が、ブランドの個性を具体的な香水へ移す仕事にも力を注ぐようになったのである。
ジャンとミシェル、そして五代目サマンサへ
1995年、モーリスは監督役を担う監査役会の会長へ移り、長男Jean(ジャン)がグループ会長に就任した。次男Michel(ミシェル)はアメリカ地域を率いた。兄弟の役割は同じではなく、グループ全体と地域事業をそれぞれ担っていた。
ジャンは化学者の白衣を着て働く経営者だった。2009年には、自分を会社の成長と継承に携わる人間と位置づけ、150周年を独立した会社として迎えることを目標にしていた。家族の名前を持つだけでは十分ではなく、会社や仲間に何をもたらせるかで認められる必要がある、という考えも持っていた。
独立を保つ理由として、ジャンが語ったのは中長期の視野を持てることだった。研究には時間がかかり、原料の調達には相手との関係が要る。家族経営は、昔の姿を守り続けることだけでなく、そうした仕事の時間を自分たちで決めることとも結びついていた。
2021年、会社は創業150周年を迎えた。当時、ジャンの娘Samantha(サマンサ)は欧州・中東・アフリカ地域の責任者だった。そして2025年、長女サマンサがグループの経営を引き継ぐ。五代目へ進んだ現在も、会社は家族経営を続けている。
世界の拠点と、現在の三つの事業
2025年度のグループ売上高は20億1,200万ユーロである。これはフレーバー、フレグランス、原料を含むグループ全体の数字で、香水だけの売上ではない。同年度の公式発表では、世界に54の研究開発拠点を持ち、そのうち2拠点を2025年に開いたとされる。
事業の内訳を見ると、2024年度はフレーバーが52%、フレグランスが40%、原料が8%だった。研究開発への投資は、同年度の売上高の7.7%。食べ物の香りと、身のまわりの製品の香り、そしてそれらを支える素材の仕事が、会社のなかで並んでいる。
日本でも、海外でつくられた香りを届けるだけの事業ではない。2022年には東京の新本社を開き、営業や購買などの業務と研究開発の役割を分けた。2024年には佐久の新工場が開業している。現地で研究し、顧客と仕事をし、生産する拠点を育てる姿勢が、国際展開の現在の形である。
得意とする原料・技術・調香師と作品
ジャングル エッセンス:素材の香りを取り出す技術
マンの独自技術JUNGLE ESSENCE™(ジャングル エッセンス)は、液化した気体や超臨界状態の流体を溶媒に使う抽出技術である。超臨界とは、一定の温度と圧力を超え、気体と液体の性質をあわせ持つ状態のこと。工業生産では超臨界二酸化炭素を用い、圧力や温度、素材との接触時間を調整して芳香成分を取り出す。
携帯できるキットと、工場で使う装置は条件が異なる。キットは室温で、最大10バールの圧力で扱える仕様である。現地で素材の香りを試し、その可能性を確かめる道具でもある。調香師Serge Majoullier(セルジュ・マジュリエ)は、携帯版について次のように説明する。
「本格的な生産で行っていることの、より簡単な版です。」
— セルジュ・マジュリエ
ただし、少量を抽出できたことと、商品に使える原料を安定して供給できることは別の段階である。マジュリエによれば、産地の選定、収量や性能、価格の検討、年ごとに変わる原料でも同じ品質を保つための生産調整が必要になる。新しい香りを見つける仕事には、その香りを継続してつくれる状態へ整える仕事が続く。
ウーマニティ:イチジクの甘さとキャビアの塩気
研究と香水の距離を具体的に感じさせるのが、2010年に発売されたティエリー ミュグレーのWomanity(ウーマニティ)である。マンのチームがつくったこの香水は、イチジクとキャビアのアコード、つまり複数の素材で組み立てた香りのまとまりを対比させた。
イチジクの葉だけでなく、果実の乳白色の果肉や甘さを表す香りを取り出し、塩気を思わせるキャビアの表現と組み合わせる。甘いものに甘いものを重ねるのではなく、甘さと塩気のあいだに香水の新しい表情を探した作品だった。
制作に参加したMathilde Bijaoui(マティルデ・ビジャウイ)は、研究者が新しい分子や抽出方法を開発する環境を、こう表現した。
「マンでの私の幸運は、新しい分子を絶えず開発し、新しい抽出技術を完成させる、大きな研究チームがいることです。」
— マティルデ・ビジャウイ
ビジャウイは、ジャングル エッセンスによってイチジクやキャビアの香りを抽出できたことと、ウーマニティをマンの複数の調香師と制作したことを説明している。ここでは、研究部門が用意した可能性を、調香師が甘さと塩気という構成へ変えた。独自の原料があるだけでは作品にならず、それをどう組み合わせるかという創作が必要なのである。
ライク ディス:ティルダ・スウィントンの世界とショウガ
同じビジャウイが、俳優ティルダ・スウィントンと制作したのが、エタ リーブル ドランジェのLike This(ライク ディス)である。スウィントンは制作に深く関わり、ビジャウイが自分の世界を理解できるよう力を貸した。ビジャウイにとって、着想の一つになったのはオレンジ色だった。
その発想は、ショウガ、イモーテル、砂糖漬けのカボチャを思わせるアコードへつながった。マンが公表した処方上の特徴には、ショウガのPURE JUNGLE ESSENCE™、イモーテルや五月バラのアブソリュート、そして同社の専用ムスク素材が含まれる。抽出物と、合成された香料の両方を使って、一人の人物が持つ世界を組み立てている。
ウーマニティとライク ディスは、2011年のフランスの香水賞で、それぞれ調香師賞と専門家賞を受賞した。両作を並べると、マンの技術が一つの決まった香調を生むのではなく、異なる題材や作り手の意図に応じて使われることが分かる。
生花の加工を更新する、E-ピュアと共同抽出
2020年に発表されたE-PURE JUNGLE ESSENCE™(E-ピュア ジャングル エッセンス)は、花の香りを油脂に吸着させるアンフルラージュの発想を、現代の工程で更新した技術である。壊れやすい生花を畑の近くで天然の植物油に浸し、鮮度を保ったまま香りを移した後、ジャングル エッセンスによる抽出へ進む。
発表時には、ジャスミン・グランディフロルム、レッドチャンパカ、ジャスミン・サンバックの三つの抽出物が紹介された。同じ「ジャスミン」と呼ばれる花でも、動物的・果実的な面や、オレンジの花を思わせる面など、異なる輪郭がある。生花の特徴をどう残すかが、調香師に渡す素材の違いになる。
さらに2026年、マンのELIXIRIS(エリクシリス)は、ワールド パフューマリー コングレスの革新的原料賞を受賞した。オリスの根と、精製したシダーウッド精油を一緒に処理する共同蒸留の素材である。二つの完成した原料を後から混ぜるのとは異なり、抽出工程そのものから組み合わせを設計する。粉っぽいオリスと木の香りを結びつける試みが、原料づくりの段階で行われている。
調香師の個性と、ブランドの求める情景
マンの創作を、独自抽出物だけで説明することはできない。現在の公式調香師紹介には、ビジャウイ、Cécile Matton(セシル・マットン)、Ralf Schwieger(ラルフ・シュヴィーガー)、Mathieu Nardin(マチュー・ナルダン)、Violaine Collas(ヴィオレーヌ・コラ)らが並ぶ。研究部門が増やした素材の選択肢を、どんな情景や質感へ変えるかには、それぞれの個性がある。
たとえばコラがマンで制作したメゾン マルジェラのレプリカ バブル バスは、石けんの泡のアコードに、ココナツミルク、白いムスク、ローズの素材を重ね、温かな泡風呂や柔らかなタオルに包まれる感覚を表そうとした香りである。
マットンは、薬学の勉強から精油の研究へ進み、ジボダン・ルールで学び、IFFのニューヨークで働いた後、マンのパリの創作チームへ加わった。幼い頃に暮らしたアフリカの市場やパン、雨の後の道路の匂いが、香料を理解する感覚にもつながっていた。
「ほかの調香師と協働することで、アイデアが尽きにくくなり、新しいアコードを見つけられます。」
— セシル・マットン
香水をブランドの要望へ近づける過程では、調香師同士だけでなく、試作品を評価するエバリュエーターとの共通言語も必要になる。マンのファインフレグランスの仕事は、素材、研究、個人の記憶、そして顧客との対話が出会う場所なのである。
天然香料と、化学・バイオテクノロジーの研究
天然素材から始まった会社でも、そのパレットは植物の抽出物だけではない。マンは、分析による新しい芳香成分の探索、有機化学による分子の開発、酵素や微生物を用いるバイオテクノロジーを並行して進めている。調香師のための原料を増やす方法は、一つではないのである。
2011年にはGREEN MOTION™(グリーン モーション)を開発した。グリーンケミストリー、つまり化学物質や工程の環境負荷を減らす考え方の十二原則に基づき、原料や香りの組成を評価するツールである。ジャンは、調香師が処方を改善し、顧客と情報を共有するためにも使えると説明している。天然か合成かという由来だけでなく、どの工程でつくられたかへ目を向ける取り組みである。
そして2026年には、農業者セバスチャン・ロドリゲスと協働し、「ラ・ローズ・サン・ジャン」に実験庭園を設ける計画を発表した。植物や新しい交配種を育て、独自の抽出技術を探る屋外の研究の場である。花を加工することから始まった会社が、今も植物を育てる側と、香りを取り出す側の関係をつくり直している。
企業内で調香師を育てる仕組み
1996年に設けられたMANE School of Perfumery(マンの調香師養成プログラム)は、同社が人材を選抜して育てる仕組みである。2023年に公表された募集条件では、香料分野などの修士課程相当の学びを経た人を、会社の人員計画に応じて選抜する。専門教育の後に、マンで実務を担うための研修が続く構造である。
基礎の研修期間は最低二年。天然原料、香料や化粧品原料の化学、技術、規制、官能評価、消費者の嗜好、嗅覚の科学などを、一人ひとりに合わせた課程で学ぶ。その後もジュニア調香師はシニア調香師の指導を受け、実務と世界の創作拠点での経験を通して学びを続ける。
素材の知識を覚えるだけで、香水の仕事が完結するわけではない。原料を使い、顧客の求める香りを考え、試作と評価を重ねる。研究や抽出の蓄積を次の作り手へ渡すために、教育も会社の仕事のなかに組み込まれている。
主な歩み
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1871年 | ヴィクトル・マンが創業。地域の花や植物から芳香原料をつくる。 |
| 1907年 | ル・バール=シュル=ルーの本社が会社史に記録される。 |
| 1916年 | ウジェーヌとガブリエルの世代へ。近代化と国際展開を進める。 |
| 1930年 | 水蒸気蒸留の工場を設ける。 |
| 1956年 | 日本・アメリカでの展開が始まる。 |
| 1959年 | モーリスが経営を引き継ぐ。以後、生産・研究・食品用フレーバーの事業を広げる。 |
| 1963年・1969年・1975年 | ブラジル、スイス、メキシコへ順次展開する。 |
| 1971年・1987年 | 有機化学部門、バイオテクノロジー部門をそれぞれ設立する。 |
| 1990年代初め | ミシェルのもとでファインフレグランス事業の発展に力を注ぐ。 |
| 1992年 | 本社拠点がル・バール=シュル=ルーのラ・サレへ。 |
| 1995年 | ジャンがグループ会長、ミシェルがアメリカ地域の責任者に。モーリスは監査役会会長へ移る。 |
| 1996年 | マンの調香師養成プログラムを設立する。 |
| 2000年 | ジャングル エッセンスのキットを創設。工業生産向け技術・キットの商標化は2007~2009年に進む。 |
| 2003年 | 国連グローバル・コンパクトに署名する。 |
| 2010年・2011年 | ウーマニティが発売され、翌年にフランスの調香師賞を受賞。ライク ディスも2011年に専門家賞を受賞する。 |
| 2011年 | グリーン モーションを開発する。 |
| 2020年 | E-ピュア ジャングル エッセンスを発表する。 |
| 2021年 | 創業150周年を迎える。 |
| 2022年・2024年 | 東京の新本社を開設し、2024年に佐久の新工場が開業する。 |
| 2025年 | 五代目のサマンサがグループの経営を引き継ぐ。 |
| 2026年 | 実験庭園の計画を発表。エリクシリスがWPCの革新的原料賞を受賞する。 |
参考文献
- MANE:Innovation by Essence for 150 Years — 150周年プレスブック
- MANE:Our story — 創業、世代の継承、拠点と研究の年表
- MANE:2024 CSR Report — 家族の役割、事業構成、研究開発
- Perfumer & Flavorist:F&F profile: All in the Family — アラン・ブノワによる会社の歩み、2008年
- WebtimeMedias:Jean Mane : la « dynastie » du parfum — ジャン・マンのインタビュー、2009年
- MANE:2025 Key Results — 2025年度グループ売上と研究拠点
- MANE:Japan opens new head office — 日本拠点の役割と新本社、2022年
- サマンサ・マン/MANE:2024年の事業成果 — 佐久などの新工場開業
- MANE:Through the lens of MANE — ジャングル エッセンスの技術と生産工程、2024年
- MANE:MANE won 2 FIFI Awards — ウーマニティとライク ディスの制作・素材、2011年
- MANE:Mathilde Bijaoui, Perfumer, Interviewed at BFM Radio — ビジャウイの発言を掲載、2011年
- MANE:E-Pure Jungle Essence — 生花、植物油、抽出の工程
- MANE:E-PURE JUNGLE ESSENCE: the re-birth of enfleurage — 発表時の三つの花、2020年
- MANE:ELIXIRIS has won the Most Innovative Ingredient award at WPC 2026 — 共同蒸留と受賞
- MANE:Fine fragrance — 調香師と創作部門
- MANE:Replica Bubble Bath — ヴィオレーヌ・コラと作品の表現、2021年
- The Fragrance Foundation France:Nez à Nez avec Cécile Matton — マットンの経歴と協働、2023年
- MANE:Research — 分析、有機化学、バイオテクノロジー
- Nez:Jean Mane — グリーン モーションと研究の歩み、2022年(MANEとの共同制作記事)
- MANE:La Rose St Jeanの実験庭園 — 農業者との協働、2026年
- MANE:Perfumery and Flavourist Schools teach the talents of tomorrow — 1996年設立と選抜条件、2023年
- MANE:Perfumery school — 選抜、最低二年の研修、実務と指導



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