Jean Carles
ジャン・カール(1982 – 1966)

調香師名鑑

私が調香師になった若い頃は……
ほとんどの調香師は幸運を信じ、香りのサンプルに漫然とムエットを浸して香りを確かめ、少しずつ原料を加えながらフォーミュラを変更していただけで、事前に計画を立てて調香を行うことはしていませんでした。それ故に、過去のほとんどの偉大な香水作品、もしくは商業的に成功をおさめた香水というのは、ほとんどが運よく生み出されたものであり、時にはその香水を調香した調香師が驚くほどでありました。当然どんな時もこのような幸運な状況は起こり得ますが、それらを頑なに信じることを教育のルールにすべきではないのです。

ジャン・カール

調香史

 1892年1月12日、後に全ての調香師が師とも仰ぐべきジャン・カールは、香りの都である南フランスのグラースに生まれました。ルール社(現ジボダン社)に入社すると、すぐに主任調香師となります。ダナのタブー(1932)、スキャパレリのショッキング(1937)、カルヴァンのマグリフ(1946)、ミスディオール(1947)は、彼の調香した名香として、多くの香水マニアの間で知られています。これらの素晴らしい香りから、彼はアメリカでMr.Noseと初めて呼ばれた調香師になります。

 特筆すべきは、1946年、ルール社の調香師学校を設立し、初代校長として調香教育を行ったことです。彼は、ジャンカールメソッドと呼ばれる調香訓練の手法を編み出し、若い調香師を訓練することを重要視しておりました。この手法では、どんな人であったとしても、トレーニングによってハイレベルな嗅覚のセンスを身につけることができるというものです。さらに、香水を少しかじったことのある人なら誰もが知っている、香りのピラミッドは、彼が香水業界以外の人に香りの説明をするために生み出したものになります。
 彼の元で学んだ調香師は、調香師学校サンキエームサンスを創設したモニーク・シュランジェー、シャネルで数十年専属調香師を務めたジャック・ポルジュ、死後跡を継いで調香師学校を運営している息子マルセル・カールなど錚々たる面子が揃っています。

 彼の教えた調香メソッドは業界に大激震を与え、当時、ルール社(ジボダン社)が他社に大きく差をつけることとなり、それまでの香水の構造をも変えることになったとも言われています。彼の教えたすべては、1960年代に出版されたSoap, Perfumery & Cosmeticsに「A Method of Creation In Perfumery」という記事として掲載されました。

 香水製造では、奇跡はほとんどありません。香水職人は作品が販売成功になる可能性があるかどうかを最初から判断できるべきです。私が最終的に作り出した技術は香水の創造を驚くほど簡単にしました。そのおかげで、私は新しい香水を作ることに困ることはありません。

ジャン・カール

 さらに晩年、嗅覚障害で鼻がきかなかったにも関わらず、マ・グリフやミスディオールといった香水を、自身の香りの記憶をたよりに、息子のマルセル・カールとともに作っています。これこそ、香水は嗅覚で作るものではないことを物語っています。この逸話から、ジャン・カールは調香師界のベートーヴェンと言われることもあります。

 1966年7月8日、齢74歳にして、この世を去ります。

ジャンカール法(Jean Carles Method)

 簡単な翻訳&要約になりますが、ジャンカール法を記述します。現在もそのままではないとはいえ、調香師学校で教えている内容はこれに沿ったものだと思います。香りに興味がある人はぜひ指針にしてください。

  1. 香水業界について何も知らない初心者のトレーニングは、天然香料も合成香料も含めた香料の香りの勉強から始めるべきである。まずは正反対の香りから試し、そして香りのファミリーも学んでいくと良い。すべての香料からその香りを識別し、判断できるまで学ぶことが重要。そのうち、時間と共に香りが変わったり、揮発速度がものによって異なったりすることが分かるだろう。
  2. 次のステップは、原料の揮発速度に応じて分類を行うことになります。ムエットに原料をつけ、日付と時刻を書き込んだら、時間経過とともにそれぞれに特徴的な香りの変化が分かってくる。揮発が早いものは香りが飛びやすく、揮発の遅いものは香りが残りやすい。これによって分類したものが、トップノート・ミドルノート・ベースノートになる。例えばベルガモットやラベンダーはトップノート、バジルやゼラニウムはミドルノート、ジャスミンやベチバーはベースノート。
     このように揮発速度によって分類すると、ベースノートは長時間残りその香りの正確を決めるものとなり、香水において最も重要なものとなる。そして、ベースノートが長時間残る分、トップノートからの変化を生み出すために、ちょうど中くらいの時間、肌に残る香りを使う。これがミドルノートに分類される香料。このためModifiersとも呼ばれる。そして、すぐに消えてはしまうが、ボトルを開けた瞬間に心地よい香りを生み出すためのトップノートが必要となる。
  3. 次に知るべきなのは、割合である。香水の時間変化はこれで決まるため、蒸発中の変化のバランスを考えながら割合を変えていく必要がある。基本的にはベースノートの割合が最も小さく20%程度。

書籍

調香作品

香水業界は芸術であり、多くの人が信じるような科学ではありません。調香師にとって科学的な素養は必ずしも必要ないのです。科学に関する知識は時として香水の創造に必要とされる自由の邪魔にすらなる可能性もあります。

ジャン・カール
YearBrandNameWith
1946CaravenMa Griffe
1947Christian DiorMiss DiorPaul Vacher
1955DanaAmbush
1935DanaCanoe
1936DanaEmir
1932DanaTabu
1937Lucien LelongElle.Elle…
1936Lucien LelongIndiscret
1940Lucien LelongTailspin
1937SchiaparelliShocking
調香作品
この記事を書いた人

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

Rootをフォローする
調香師名鑑
ルシェルシェアする
Rootをフォローする