この課程は、創造性、香りに関する教養、技術的な専門知識を兼ね備えた人材を育てます。
ニコラス・サラド(ISIPCA総責任者、2026年6月)
香料を嗅ぎ分け、組み合わせ、試作を直す。その積み重ねを、誰から、どこで学ぶのか。香料会社IFFの教育には、入社してから学ぶ企業内養成と、フランスの専門教育機関ISIPCAへ出願して学ぶ提携課程がある。
「IFF University」は、2017年に整えられた企業内学習の枠組みの名前である。一方、IFFとISIPCAの「セント・デザイン・アンド・クリエーション(Scent Design & Creation)」は2016年に始まった公開課程だ。両者はIFFの人材育成という仕事でつながっているが、応募先も、学ぶ立場も異なる。この記事では、その歴史と教育の中身をたどり、現在の学び方へつなげる。
基本情報
- 名称:IFF University(IFFユニバーシティ)
- 運営:International Flavors & Fragrances(IFF)
- 発足:2017年。従業員のリーダーシップ、管理職研修、技術教育、職業技能の学習をまとめる企業内の枠組み
- 関連する公開課程:IFFとISIPCA(イジプカ)が2016年に開始したセント・デザイン・アンド・クリエーション
- 公開課程の主な学習拠点:フランス、ヴェルサイユのISIPCA
- 公式案内:IFFの従業員向け学習・成長/IFF–ISIPCA提携課程
成り立ちと歴史
先輩の隣で学ぶ、IFFの調香教育
IFFの調香教育は、2017年に突然始まったものではない。社内の調香師学校は1968年に設けられ、アーネスト・シフタン(Ernest Shiftan)の教育の伝統を受け継いでいる。原料の知識と創作を、経験豊かな調香師が次の世代へ渡す場である。
そのつながりを体現する一人がカルロス・ベナイムである。モロッコのタンジールに生まれ、フランスで化学と工学を学んだ彼は、オランダのIFFへ管理職研修の機会を求めて応募した。そこでシフタン、ベルナール・シャン、マックス・ガヴァリらと働き、学んだ。後にラルフ ローレンの「ポロ」などを手がけた調香師の歩みの中にも、先輩と仕事をともにする教育がある。
社内の養成は「シフタン・プログラム」とも呼ばれる。原料を覚えるだけでなく、複数の素材が一つの香りとしてまとまるアコード、短い処方、ファインフレグランスや日用品の香りを学ぶ。2021年、当時の教育責任者バーバラ・ギデ(Barbara Gydé)は、学びの各段階を先輩調香師が支える仕組みを説明した。
各研修生には、プログラムのどの段階でも、シニア・バイス・プレジデントの調香師がメンターとして付きます。
バーバラ・ギデ(2021年)
メンターとは、経験をもとに助言と指導を行う人である。試作を一度提出して終わりではなく、香りへの意見を受け取り、もう一度考える。その往復が、原料の知識を制作の判断へ変えていく。
2016年、ISIPCAのキャンパスへ開いた提携課程
2016年3月28日、IFFはISIPCAとの提携を発表した。ヴェルサイユにある専門教育機関のキャンパスで、3年間のセント・デザイン・アンド・クリエーションを行う計画である。当時のIFFフレグランス部門責任者ニコラ・ミルザヤンツは、既存の社内調香師学校から発展する取り組みとして位置づけた。ISIPCA側ではセシル・エカル=モンティエが、IFFの実務経験を学校へ迎える意義を示した。
背景には、調香師に求められる仕事の広がりがあった。香料の化学と創造性に加えて、マーケティング、技術、ビジネスを理解し、顧客や消費者へつなぐ力も必要になる。学校の授業と香料会社の制作現場を組み合わせることで、香水をつくる人だけでなく、香りを評価し、開発を進める人も育てようとしたのである。
2019年6月24日には最初の卒業生を祝う発表が行われた。当時の課程には800種の原料の学習、アコード、香水史、マーケティング、ストーリーテリング、IFFでの実習とシニア調香師の指導が組み込まれていた。課程を率いたヴァレリー・クロードは、会社の中で行ってきた知識の共有を、学生へ広げることに意味を見いだしていた。
2017年のIFF Universityは、従業員の学びをつなぐ枠組み
この提携課程の開始翌年、IFFは社内の多様な教育をIFF Universityという一つの枠組みにまとめた。2017年の発足時には、従業員が自分のペースで進められる41の学習テーマを持つオンライン基盤も用意された。財務、批判的思考、交渉、変化を導く力など、調香室の外で必要となる技能も含まれていた。
同じ教育の取り組みの中には、食品・飲料の香味を設計するフレーバリストの社内養成もある。原料と溶剤、香味を表現する言葉、製品への応用、創作を、先輩の指導と実務経験から学ぶ。香水の調香師と食品香料のフレーバリストは、感覚を使う仕事という点で近いが、扱う製品と制作の目的は異なる。
2018年には従業員向けの短い動画シリーズも加わった。現在のIFFも、入社直後から経験を重ねた段階まで、継続的な学びとメンターとの関わりを人材育成の一部に置いている。IFF Universityを、アメリカの一つのキャンパスへ一般入学する大学として捉えるより、会社全体の学びをつなぐ仕組みとして捉えると、役割が見えてくる。
教育の特徴と学びの流れ
原料を知り、香りを評価し、処方をつくる
ISIPCAの提携課程では、原料を嗅ぐ学習、香りの評価、処方、科学的な内容を学ぶ。香水を好きになることと、依頼に応じて香りをつくることの間には、試作を説明し、比較し、修正できる知識が必要になる。
授業には実験室での実習、グループでの制作、口頭発表があり、試験だけでなく実技やプロジェクト、実習の発表によって学びを評価する。製品化へ向かう仕事では、一人の感覚を他の人にも伝え、チームと共有する力が求められるためである。
学ぶ人々も、同じ国や文化から来るとは限らない。IFFの公式案内で卒業生のスムカ・カシャップ(Sumukha Kashyap)は、多文化の仲間との学びをこう述べている。
多文化のクラスメート、先生、IFFのメンターから学ぶことが大好きでした。
スムカ・カシャップ(IFFのセント・デザイン・マネージャー)
販売・技術・創作の現場を経験する
現在のISIPCA案内は、3年間の専門実習を、1年目の販売関連2か月、2年目の技術関連4か月、3年目のIFF創作拠点での4か月として説明している。最後の実習では調香師がメンターとなる。売り場で香りがどう伝わるか、技術面で何が必要か、創作拠点でどのように制作するかを、異なる現場から学ぶ流れである。
その後の進路も一つではない。IFFは、提携課程を卒業したシンイチロウ・オオバ(Shinichiro Oba)が、社内シフタン・プログラムでアン・フリポの指導を受けた歩みを紹介している。公開課程での学習と、入社後に続く養成が、一人の調香師の中でつながった例である。一方、オリヴァー・リーヴァ(Oliver Riva)は提携課程を修了後、イタリアの香水会社で働き、2025年に高砂香料へ加わった。学びの行き先は、IFF一社に限られない。
公開課程の条件・費用・取得資格
以下は2026年10月12日に確認した、ISIPCAのセント・デザイン・アンド・クリエーションの公式案内に基づく。IFFの従業員研修や、学校全体のすべての課程の条件ではない。
- 期間・授業言語:3年、フルタイム、英語。主な拠点はヴェルサイユ。
- 対象:調香、香りの評価、営業、マーケティングなど、香料業界での仕事を目指す人。香水業界での職歴は不要。
- 英語力:英語を母語としない応募者には、IELTS 6.5、TOEFL iBT 80、TOEIC 850の基準が示されている。
- 選考:出願書類、オンラインの志望動機面接を経て、通過者にはIFFでの嗅覚適性試験、創作のプレゼンテーション、選考委員との面接がある。
- 費用:仏語ページに掲載された2026年10月〜2029年11月の課程は、年12,500ユーロ、3年37,500ユーロ。返金されない出願料280ユーロ。合格後に初年度学費の30%を支払う案内がある。
科学専攻の扱いと募集日程
2026年6月16日のIFF発表は、科学分野の背景を必須とせず、嗅覚能力、学業、個人の才能から選ぶと説明している。ISIPCAの現在の仏語ページも、入学条件の欄では科学系学位を優先しつつ、芸術・人文系などの学位も検討するとしている。ただし概要には「科学系Bac+2後の教育」と記載され、英語ページにも学士または科学系の2〜3年の高等教育という表現が残る。科学以外の専攻者は、受理される学歴を出願先に確認しておきたい。
募集日程にも表示の違いがある。仏語ページは2026年10月開始の課程を載せる一方、募集について「2026/2027年度の受付は近日開始」と、2026年5月31日の締切を併記している。英語ページは募集終了と表示し、課程の日付には2025年10月〜2028年11月を載せている。実習の暦にも開講前の月が含まれるため、次回の受付期間や実習日程は、ISIPCAの該当課程へ直接確認する必要がある。次回の応募条件と費用は、募集年度の案内で確かめたい。
修士レベルと、RNCPレベル7の職業認証
IFFはこの教育を修士レベルの課程と呼ぶ。ISIPCAの現在の仏語案内が示す取得資格は、「香水・化粧品・食品香料の創作・開発プロセスのマネージャー」という職業認証で、フランスのRNCPにコード37789、レベル7として登録されている。登録の有効期限は2028年7月19日で、登録簿にはこの認証を最終的に授与できる日として2032年7月19日が示されている。
これは職業能力を認証する資格であり、「修士レベル」という表現だけから、フランスの国家修士学位や日本の修士号と同一と扱うことはできない。RNCPの登録では、所定の能力区分の修得と、実習などの職業経験を含む取得条件が定められている。単に授業へ参加したという修了証とも異なる。
企業内養成と、別の学び方
シフタン・プログラムは従業員として学ぶ養成であり、ISIPCAの有料公開課程への出願とは別である。2021年の教育責任者の説明は36か月の養成だったが、IFFの2025年の歴史紹介は4年間の徒弟的な養成と説明している。採用と社内選抜に結びつく道として、具体的な募集や期間はIFFの採用案内で確かめる必要がある。
また、IFFが協力した教育をすべてIFF Universityの「学部」と考えることもできない。「リーディング・ア・ビューティー・ブランド(Leading a Beauty Brand)」は、ESSECの学生のための教育講座である。2019年10月、ESSECとエスティ ローダー、IFF、Nocibé/Douglas Groupが発表し、2020年1月から始める計画だった。ヴェロニク・ドレックの指導のもと、マーケティング、販売、ブランド運営など、美容産業を広く学ぶ取り組みである。
香りを趣味として学ぶ一般向け講座、専門職を目指す公開課程、採用後の企業内養成は、学びの目的と入口が違う。仕事として調香を目指すなら、資格名だけでなく、原料を扱う実技、試作への指導、職場で学ぶ機会を見て選びたい。関連する進路の整理は、香水業界の資格と学び方でも紹介している。
主な歩み
- 1968年:IFFの社内調香師学校が設けられる。シフタンの教育の伝統を受け継ぐ。
- 2016年3月28日:IFFとISIPCAが、3年間のセント・デザイン・アンド・クリエーションの提携を発表。同年に課程が始まる。
- 2017年:IFF Universityを発足。従業員の管理職研修、技術教育、職業技能などを一つの学習枠組みにまとめる。
- 2018年:IFF Universityの従業員向け動画シリーズを開始。
- 2019年6月24日:IFF–ISIPCA課程の最初の卒業生を祝う発表。
- 2019年10月22日:ESSECのリーディング・ア・ビューティー・ブランドを発表。2020年1月開始の計画を示す。
- 2023年7月19日:現在のISIPCA課程が示すRNCP37789の職業認証が登録される。
- 2026年6月16日:IFF–ISIPCA課程の10周年を発表。科学分野の背景を必須としない選考方針を説明。
参考文献
- IFF–ISIPCA課程の10周年と選考方針 — IFF(2026年6月16日)
- 2017 Sustainability Report、65ページ — IFF
- 社内調香師学校とシフタンの教育 — IFF(2025年11月6日)
- カルロス・ベナイムの歩みと提携課程の背景 — IFF(2016年4月1日)
- バーバラ・ギデへの教育に関するインタビュー — Karen Marin/Essencional(2021年3月12日)
- ISIPCAとの提携発表 — IFF(2016年3月28日)
- 最初の卒業生と当時のカリキュラム — IFF(2019年6月24日)
- 2018 Sustainability Report、72〜73ページ — IFF
- 従業員の継続的な学習・成長 — IFF
- セント・デザイン・アンド・クリエーション:仏語の募集・教育・資格案内 — ISIPCA
- 提携課程と卒業生の言葉 — IFF
- Shinichiro Obaの公開課程と社内養成の歩み — IFF Scent
- Oliver Rivaの経歴 — 高砂香料
- 英語の募集・課程案内 — ISIPCA
- 2026/2027年度国際課程の出願書類 — ISIPCA
- RNCP37789の登録と取得条件 — France compétences
- リーディング・ア・ビューティー・ブランドの発表 — ESSEC(2019年10月22日)



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