武蔵野ワークス――日本の四季を纏う、小さな香水工場の物語

ブランド創業者

「当社が目指す香水は、どちらかというと『懐かしい香り』。生活に密着し生活と共に香る香りです。お料理の香り、室内の木の香り、庭先の土の香り、家族の元気のある香り。そんな生活の香りにマッチして生活に彩を差してくれる香り、私たちはそんな香水を創りお届けします。」
— 武蔵野ワークス 代表・原田知子

基本情報

設立: 1996年3月(個人商店として)/1996年8月(有限会社として法人化)/2023年11月(株式会社に商号変更)

創設者: 原田 知子(はらだ ともこ)

公式サイト: https://www.fragrance.co.jp/

創設者・ブランドの成り立ち

慶應義塾大学大学院からロイターへ——まったく異なるキャリアのスタート

原田知子は、1989年に慶應義塾大学大学院修士課程を修了した後、ロイター・ジャパン株式会社のマーケティング部に入社した。 金融情報の世界での勤務は、その後の起業家的な発想と「グローバルなビジネス経験」の土台となる。 当時の原田は、香水やフレグランスとは縁遠いキャリアを歩んでいた。

しかし1995年、彼女の人生に大きな転機が訪れる。「香りの楽校 ミヤ・フレグランス・スクール」(平尾三也氏が創業)でフレグランス・デザイナーの資格を取得し、同スクールのインストラクターとして認定されたのだ。 その翌年の1996年、原田はカルチャースクールや専門学校、企業でのインストラクターとしての活動と並行しながら、「武蔵野ワークス」を起業するに至る。

武蔵野の地から、インターネットという新たな販路へ

1996年3月、個人商店として「武蔵野ワークス」は産声を上げた。同年8月には有限会社として法人化され、企業向けオリジナル香水・OEM(受託製造)サービスを開始。 インターネットによるオリジナル香水の通信販売を早くからスタートさせたのも、この頃のことだ。

設立直後から、フレグランス・デザイナーとしての活動は目覚ましかった。1997年には大地真央主演舞台「クレオパトラ」の香りをデザインし、1998年には銀河高原ホテルのオリジナルフレグランス「さわう」を手がけた。 1998年にはドイツのソフトウェア企業BROKATとエージェント契約を結ぶなど、海外との接点も持った。

花開くOEM事業と転換点

2000年代に入ると、OEM(受託)による香水制作の実績はさらに広がった。2000年にはニッポン放送が企画した「巨人軍長嶋監督の香り『Mister No.3』」をデザイン。 2003年には東京国立近代美術館で開催された「琳派展」の香り「琳派の流れ」、2004年には国立西洋美術館でモネの「睡蓮」とゴッホの「ばら」の香りを制作するなど、美術館・文化機関との協働が相次いだ。 同年、㈱三越の企画「The Trilogy Diamond の香り T3」も手がけている。

コミックや映像とのコラボレーションも特徴的で、2006年には花とゆめコミックス「オトメン(乙男)」「空色海岸」「ベルベットブルーローズ」のフレグランス、ニトロプラス「咎狗の血」、さらにトヨタ自動車「ブレイド」の香りも担当した。 このように、武蔵野ワークスはアニメ・ゲーム・自動車・美術展と、香りをあらゆる文化的コンテクストで活用するパイオニア的存在として歩んできた。

オリジナルブランドへの集中

こうした多彩なOEM・コラボ活動の傍ら、2000年10月にはオリジナルブランド「フローラル・フォーシーズンズ(Floral 4 Seasons)」をリリース。 2004年には新宿伊勢丹など実店舗でも販売を開始した。 しかしその後、企業向けOEM香水制作サービスと個人向けオリジナル香水の制作サービスは終了し、現在は「フローラル・フォーシーズンズ」を中心とした自社ブランドの開発・通信販売に事業を集中させている。

事務所は1996年の創業以来、新宿→国分寺→国立→小平→国分寺と移転を重ね、現在の所在地は東京都国分寺市。店舗は持たず、公式オンラインショップのみでの販売が基本となっている。

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——「懐かしい香り」という原点

武蔵野ワークスのアイデンティティは、一言で言えば「日本の気候・風土、日本人の肌に合う香り」の追求である。 公式サイトに記された代表の言葉は、その出発点をよく物語っている。

「街角でふと沈丁花の香りに出会うと、それは『よい香り』というより、うまく言えないけど『この香り!』という衝撃。生まれる前からDNAに刻まれているかのような『ああ、これは探していた香り』という気持ちでいっぱいになります。」
— 武蔵野ワークス 代表・原田知子

この「懐かしさ」への志向は、幼少期の記憶と深くつながっている。代表が公式サイトで語った言葉によれば、田舎の稲刈り後にワラが田んぼに山積みされた晩秋の風景が、香りの原体験として脳裏に焼き付いているという。 その記憶は、「生活に密着した香り」というブランドの方向性に直結している。

一方、日本における香水の使用率は化粧品全体のシェアで2〜3%にとどまり、20%前後と言われる欧米と大きく乖離している。 武蔵野ワークスは、欧米の香水を「強すぎる」と感じる日本人のために「優しく、穏やかな香り」を届けるという明確な使命を掲げてきた。

フィールドワークによる香り創り

武蔵野ワークスのパフューマー(調香師)は、ラボにこもるだけでなく、香料瓶を抱えて山野に出向き、フィールドで香りを創る実践を重視している。 武蔵野の林の美しさを創作の原点としており、自然の現場に身を置くことで香りを構築するアプローチは、このブランドならではのスタイルといえる。

原材料へのこだわり——天然と合成の誠実な共存

香料については、天然香料と合成香料を組み合わせて使用するというポリシーを公式に明記している。 天然香料はワインのように産地や年度によって品質がばらつくという特性があり、また植物由来の天然香料は少量を抽出するために大量の植物を必要とするため、「天然香料のみに極度に依存した香水作りは行っていない」としている。 動物を殺傷して抽出する動物由来の天然香料は、原則として使用しないという方針も明示されている。

合成香料については、もともと自然界に存在するものや、使用後に分解して自然に還るものをできる限り選んで使用するというスタンスをとっている。 誠実で透明な原材料ポリシーは、ブランドへの信頼を高める要因となっている。

ボトルとサイズ設計

フルボトルは25mL、ミニサイズの4mLキューブボトル、大容量100mLグランデ(受注生産)の3サイズ展開となっている。 4mLキューブボトルは「親指大のミニ香水」として設計されており、フルボトルを使い切れない方や試し購入に最適なサイズとして人気を集めている。 ブログでも「キューブボトルの小ささと可愛さが人気の理由」と紹介されている。 加えて、固体タイプの「練り香水(ソリッドパフューム)」も展開しており、ワセリンやクリームをベースとした塗るタイプのフレグランス製品も揃う。

香水ラインナップ

武蔵野ワークスは、約2,000社存在する日本の化粧品会社の中でも「香水専業」の化粧品会社として希少な存在と位置付けられている。 現在の製品ラインは主に以下の3系統で構成されている。

フローラル・フォーシーズンズ(Floral 4 Seasons)

2000年にリリースされたオリジナルブランドの中核となるシリーズ。 「和の花の香りを中心に、日本の気候と日本人の肌にしっくり合う」ことをコンセプトとした香水コレクションで、現在40種類以上の香水が揃う。 欧米ブランドの香りが強すぎると感じる人々に向けて、「優しく、素朴に香る」ことを最も重視して制作されたシリーズだ。

人気ランキング(公式サイト掲載)の上位を見ると、サンダルウッド/白檀2019(1位)、金木犀2015(2位)、沈丁花(3位)、樹海(4位)、ろうばい(5位)と、日本固有の花木や植物をモチーフとした作品が上位を占める。 他にも、ヘルシンキ空港、スノーミント、ピーチ、くちなし、白梅、蓮の花、スズラン、ジャスミン、藤、菫(すみれ)、シャクヤク、木蓮など、多彩なラインナップが揃っている。 香りのコンセプトには「ヘルシンキ空港に漂うインスピレーション、針葉樹林とハッカのアコード」や「北海道ポロヌプリ山の思い出、ラベンダー・シダーウッド・ヒノキの香り」など、具体的な場所や体験に結びついたものも多い。

スリーピングミスト(Sleeping Mist)

天然香料を主体とした香りシリーズで、「心地よく香って眠りたくなる」ことをコンセプトとしたナチュラル系フレグランス。 肌への直接使用は推奨されておらず、枕カバーやティッシュへのプッシュ、湯船への使用、マスクへの香り付けなど、空間や寝具への使用が案内されている。

シリーズのネーミングは月の名前や時間帯の呼称から取られており、臥待月(ふしまちづき)(シダーウッド)、十六夜(いざよい)(ラベンダーサンタル)、小望月(こもちづき)(ゼラニウム)、黄昏月(たそがれづき)(オスマンタス+オレンジ)など、詩情あふれる日本語の命名が特徴的だ。 4mL、570円(税込)という手軽な価格設定も、試しやすさに貢献している。

ベッタガード(Bettaguard)

高精製・高純度ワセリン「サンホワイト」をベースとしたハンドクリーム。 スキンケア系のラインだが、武蔵野ワークスのモノづくりの丁寧さを体現した製品として、香水と並んで愛用者を持つ。

ちなみに…

  • 武蔵野ワークスはかつて、現在では想像しにくい多彩な香りのデザイン依頼を手がけていた。2001年には新島(東京都)の土産品として「くさやの香り」を開発しているのだが、あの強烈な発酵食品の香りを製品化してしまうあたり、依頼を断らない懐の深さ、あるいは挑戦心が感じられる。
  • 2003年にはエポック社の玩具「シルバニアファミリー」の香水まで制作している。 フランス人形のような世界観を持つ玩具ブランドのフレグランスを、東京郊外の小さな香水工場が手がけていたという事実は、武蔵野ワークスがこれほど幅広い文脈で香りを届けてきたことを端的に示す一場面といえるかもしれない。
  1. 武蔵野ワークス公式サイト「武蔵野ワークスとは」 – https://www.fragrance.co.jp/about/
  2. 武蔵野ワークス公式サイト「会社概要」 – https://www.fragrance.co.jp/about/company.html
  3. 武蔵野ワークス 旧サイト「会社概要」– https://www.floral4seasons.com/company/
  4. 原田知子 プロフィール|講演依頼.com – https://www.kouenirai.com/profile/351
  5. 武蔵野ワークス公式サイト「原材料ポリシー」 – https://www.fragrance.co.jp/others/rawmaterials.html
  6. 武蔵野ワークス公式サイト「取扱商品」 – https://www.fragrance.co.jp/products/
  7. 武蔵野ワークス公式サイト「フローラル・フォーシーズンズ4mL」 – https://www.fragrance.co.jp/products/4.html
  8. フローラル・フォーシーズンズ公式サイト「四季香水パネル」 – https://www.floral4seasons.com/panel.html
  9. 武蔵野ワークス公式サイト「スリーピングミスト」 – https://www.fragrance.co.jp/products/smist.html
  10. フローラル・フォーシーズンズ公式サイト「スリーピングミスト商品リスト」 – https://www.floral4seasons.com/smist.html
  11. 武蔵野ワークス公式サイト「フローラル・フォーシーズンズとは」 – https://www.fragrance.co.jp/howto/intro/perfume.html
  12. 武蔵野ワークス News「香水専業メーカー」 – https://www.fragrance.co.jp/news/