「手で作られたものには必ず小さな”ズレ”がある。それはミスではなく、プロセスの一部だ。……だから店に行っても、まったく同じ製品には二度と出会わない」
── マチュー・ブラジー(クリエイティブ・ディレクター、2021–2025年在任)
基本情報
- ブランド名:Bottega Veneta(ボッテガ・ヴェネタ)── イタリア語で「ヴェネツィアの工房」の意
- 設立年:1966年
- 創設者:ミケーレ・タッデイ(Michele Taddei)、レンツォ・ゼンジャーロ(Renzo Zengiaro)
- 本社:イタリア・ミラノ
- 親会社:ケリング(Kering)グループ(2001年より)
- 公式サイト:bottegaveneta.com
- 香水部門:2011年にコティ・プレステージ(Coty Prestige)との協業で香水事業を開始。2024年よりケリング・ボーテ(Kering Beauté)による自社開発に移行
創設者・ブランドの成り立ち
ヴィチェンツァの小さな工房
1966年、イタリア北東部ヴェネト州の都市ヴィチェンツァ(Vicenza)で、ひとつの革工房が産声を上げた。共同創業者のひとりであるレンツォ・ゼンジャーロは、若い頃から革製品の工房で働いてきた熟練の職人であった。もうひとりのミケーレ・タッデイは、イタリアの鞣し革(なめしがわ)業者とのネットワークを持つビジネスマンであった。
ゼンジャーロはのちにインタビューでこう振り返っている。
「自分たちの工房を開こうと決めた。……どう名乗ればいいかわからなかったから、昔ながらの街の小さな店──画家や職人たちの工房──のことを思い浮かべ、そしてヴェネトのことを考えた。こうしてボッテガ・ヴェネタが生まれた。……すぐに子山羊の革やタッセルを使った高品質の製品に注力した。ナポリの鞣し工場が素材を提供してくれた」
── レンツォ・ゼンジャーロ
彼らが拠点を構えたヴェネト地方は、当時トスカーナのように革製品で名高い地域ではなく、むしろニット製品が主流であった。そのため、工房にあったミシンはヴェネト地方の衣料向けに作られたもので、ハンドバッグに使う厚手の革を縫うには針が短すぎるという根本的な問題を抱えていた。
イントレチャートの誕生
この制約がかえって画期的なイノベーションを生む。1975年、ゼンジャーロと職人たちは、薄く柔らかな革を細い帯状に切り、それを対角線上に編み込むことで、美しくかつ丈夫な素材を作り出す技法を開発した。これが「イントレチャート(Intrecciato)」──イタリア語で「編み込まれた」を意味する──と呼ばれるボッテガ・ヴェネタの象徴的なデザインとなる。
この技法はロゴを必要としなかった。一目見ればそれがボッテガ・ヴェネタの製品だとわかるからである。ブランドはその哲学を「あなたのイニシャルだけで十分(When your own initials are enough)」というスローガンに凝縮した。これは現在「クワイエット・ラグジュアリー(静かなる贅沢)」と呼ばれるコンセプトの先駆けであり、ロゴを前面に出す他のラグジュアリーブランドとは一線を画すものであった。
アメリカ進出と黄金期
1972年にはニューヨーク・マディソンアベニューに初の海外店舗をオープンし、国際的な展開が始まる。このアメリカ進出を牽引したのが、タッデイの元妻ラウラ・モルテド(Laura Moltedo)であった。彼女はアンディ・ウォーホルのアシスタントを務めた経験を持ち、アメリカの文化シーンとの太いパイプを有していた。
1970年代末にゼンジャーロが会社を離れ、その後タッデイも去ると、ラウラ・モルテドがブランドの実権を握り、クリエイティブ・ディレクターとして指揮を執るようになる。1980年代に入ると、女優ローレン・ハットンが映画『アメリカン・ジゴロ』でヴェネタのイントレチャート・クラッチバッグを持ったことでブランドの認知度が急上昇。さらにウォーホル自身がブランドのために短編映像作品『ボッテガ・ヴェネタ・インダストリアル・ビデオテープ(Bottega Veneta Industrial Videotape)』を制作するなど、アートとファッションの交差点に位置するブランドとしての地位を確立した。
苦境、そしてトーマス・マイヤーの時代
しかし1990年代に入ると、ブランドは徐々に輝きを失っていく。デザインの革新が停滞し、売上は低迷。2000年時点の売上はおよそ5,000万ドルにまで落ち込んでいた。2001年、グッチ・グループ(現ケリング)がボッテガ・ヴェネタを買収。当時グッチのクリエイティブ・ディレクターであったトム・フォードの推薦により、ドイツ出身のデザイナー、トーマス・マイヤー(Tomas Maier)がクリエイティブ・ディレクターに就任した。
1957年にドイツ・プフォルツハイムで建築家の家系に生まれたマイヤーは、パリの高級衣装組合学校(シャンブル・サンディカル・ド・ラ・オートクチュール)で学び、エルメスで9年間ウィメンズのプレタポルテ(既製服)デザイナーを務めるなど、豊富な経験を持っていた。
マイヤーは就任直後からブランドの原点回帰を推し進め、「素材の質、卓越した職人技、時代を超えるデザイン、現代的な機能性」の4つを「コーナーストーン(礎石)」として掲げた。
「これについてボッテガで疑問を呈する者はいない。これはトレンドでもマーケティング上の判断でもない」
── トーマス・マイヤー
マイヤーの17年間の在任中に、ボッテガ・ヴェネタは売上を3倍以上に伸ばし、年間10億ドルを超えるビジネスへと成長。ケリング傘下でサンローランに次ぐ第2の収益源となった。2018年6月、マイヤーは退任し、その後をイギリス出身のダニエル・リー(Daniel Lee)が継いだ。リーは大胆な色使いとモダンなシルエットで「ニュー・ボッテガ」と呼ばれる新時代を築いたが、2021年に退任。続いてフランコ・ベルギー人デザイナーのマチュー・ブラジー(Matthieu Blazy)が就任し、触覚的な素材感と知的な遊び心を融合させた独自のビジョンでブランドを牽引した。ブラジーは2025年にシャネルのクリエイティブ・ディレクターに転身している。
香りの歴史──二つの時代
第一期:コティ・プレステージとの協業(2011–2021年)
ボッテガ・ヴェネタが香水の世界に足を踏み入れたのは2011年のことであった。マイヤーはなぜこのタイミングだったかをこう説明している。
「私がボッテガ・ヴェネタに来る前は、香水の話は出たことがなかった。2001年にクリエイティブ・ディレクターに就任してから、まずブランドの再ポジショニングを優先した。ブランドとして香水を出すには、まず強いイメージが必要だからだ」
── トーマス・マイヤー
コティ・プレステージの新設部門との提携を通じて、マイヤーは南仏グラースの調香師(パフューマー)たちへのアクセスを得る。最終的に10の提案の中から選ばれたのが、グラース生まれのベテラン調香師ミシェル・アルメラック(Michel Almairac)による作品であった。
デビュー作「ボッテガ・ヴェネタ オー・ド・パルファム」(2011年)
マイヤーが描いた香りのビジョンは、きわめて具象的なものであった。
「イタリア・ヴェネト地方の美しい田園風景に佇む古い館。緑の丘が連なるなかに、古い木の床、書斎の壁、革表紙の蔵書がある部屋。窓は大きく開け放たれ、そよ風が入り込んでくる。刈りたての草、干し草、苔、庭の花々が風に乗って部屋に流れ込み、すべてが混ざり合う。そこが出発点だった」
── トーマス・マイヤー(WWDインタビューにて)
アルメラックにとって革の香調(アコード)は長年の夢であった。ブリーフ(調香指示書)には「レザー」とは書かれていなかったが、彼はずっと追い求めていた革の香りをついに見つけ、それを提案の中核に据えた。新しい合成素材と熟知した天然素材を組み合わせたその秘密のレザーアコードに、マイヤーの目が輝いたという。
「このレザーの香りがなければ、この香水は生まれなかった。革の香調はフレグランスとして難しい──売れにくいし、強い革の匂いは頑固だ。だからシプレ(chypre)で革の角を丸め、柔らかくした。フルーティ・シプレだ」
── ミシェル・アルメラック
完成までに要した試作は実に161回。約2年の歳月をかけて最終的な処方が決まった。イタリアン・ベルガモット、ブラジリアン・ピンクペッパー、インディアン・ジャスミン・サンバック、オークモス、パチュリを核とするこの香りは「レザー・フローラル・シプレ」と評され、ボッテガ・ヴェネタの精神である「見えない、プライベートなラグジュアリー」を嗅覚で表現するものとなった。キャンペーンモデルにはフランスのファッションアイコン、イネス・ド・ラ・フレサンジュの娘であるニーヌ・デュルソ(Nine d’Urso)が起用され、撮影はブルース・ウェーバーが担当した。
その後の展開
マイヤーはその後も一貫して香水開発に深く関わり続けた。2014年にはブランドの人気クラッチバッグにちなんだ「ノット(Knot)」を発表。マスターパフューマーとして知られるダニエラ・アンドリエ(Daniela Andrier)が調香を担当し、イタリアン・リヴィエラの瞑想的なひとときを香りで表現した。マンダリン、ネロリ、ラベンダー、ローズ、ピオニーといった素材が、海辺の丘に建つ隠れ家の情景を描き出す。ボトルはヴェネツィアのガラス工芸と伝統的なイタリアのカラフェ(水差し)に着想を得たデザインで、キャップにはバッグのアイコニックな結び目(ノット)を模した金具があしらわれた。
2013年には「プールオム(Pour Homme)」シリーズでメンズフレグランスにも進出。ダニエラ・アンドリエとアントワーヌ・メゾンデュー(Antoine Maisondieu)が手がけたこの香りは、カラブリア産ベルガモット、ジュニパー、シベリア松の清涼感にカナダ産モミやセージの芳醇さを重ね、レザーとパチュリの温かみのあるベースへと着地する。2019年には「イッルジオーネ(Illusione)」が登場し、プールオムはレモンとビターオレンジ、ホワイトシダーとモミの樹脂、ベチバーとトンカビーンで構成されるウッディ・アロマティックな一本となった。
2011年から2021年にかけて、ボッテガ・ヴェネタはコティとの協業のもとで実に33種の香水を世に送り出した。しかし2021年頃、ブランドは静かにフレグランスラインの全廃を決定する。
第二期:ケリング・ボーテの時代(2024年–現在)
2023年、親会社ケリングが自社のビューティ部門「ケリング・ボーテ」を設立。翌2024年10月、ミラノでの2025年春夏コレクションの発表からわずか1週間後、クリエイティブ・ディレクターのマチュー・ブラジーは、まったく新しいフレグランスコレクションを発表した。
ブラジーのビジョン──肌、ヴェネツィア、自然
ブラジーはフランス・ベルギー出身のデザイナーで、ラフ・シモンズやフィービー・ファイロのもとで経験を積んだ人物である。2021年のクリエイティブ・ディレクター就任以来、ボッテガ・ヴェネタのデザインに「触覚性」と「動き」を注ぎ込んできた──デニムのジーンズとコットンのタンクトップに見えるものが、実は極上のレザーだったという有名なエピソードが象徴するように。
香水開発にあたり、ブラジーはドイツの香料メーカー、シムライズ(Symrise)の3人の調香師──アレクサンドラ・カルラン(Alexandra Carlin)、アリエノール・マスネ(Aliénor Massenet)、ピエール=コンスタンタン・ゲロス(Pierre-Constantin Guéros)──と協働した。
ブラジーはル・モンド紙のインタビューで、従来のような素材リストやムードボードではなく、「身体的な感覚」を伝えることから始めたと語っている。
「私は彼ら(調香師たち)に、肌のことをたくさん話した。太陽に愛撫された肌、恋人の抱擁に包まれた肌のことを」
── マチュー・ブラジー
「花の匂いが強すぎる香りは避けたかった。そして調香師たちには天然由来の素材だけで仕事をしてほしかった」
── マチュー・ブラジー
天然素材のみを使用するという決断は、技術的に大きな制約を伴う。合成分子は香りの持続性や安定性を保証するうえで重要な役割を果たすからだ。しかしブラジーはこの制約をむしろ歓迎した。天然素材は肌の上でダイナミックに変化し、収穫年やロットごとにわずかな個体差がある。それは「まったく同じ製品には二度と出会わない」というボッテガ・ヴェネタの工芸精神と通底するものであった。
コンセプトの核にあるのは「嗅覚のイントレチャート」──世界各地から集めた天然エッセンスを、ヴェネツィアがかつて北と南、東と西を結んだように「織り上げる」という発想である。5つの香りすべてに共通するベチバーのノートが、コレクション全体を静かに繋いでいる。
ブランドのこだわり
ボトルデザイン──ヴェネツィアの水と光
ブラジーの監修のもとで生まれたフラコン(香水瓶)は、それ自体がひとつの芸術作品である。
有機的でうねるようなフォルムは、ヴェネツィアの潟(ラグーン)の波を想起させる。最も特徴的なのは、ガラスの中に意図的に閉じ込められた気泡だ。通常のガラス工業では「欠陥」とみなされる気泡を、ここではムラーノ島の伝統的な吹きガラスの美学として積極的に取り入れている。特筆すべきは、この気泡が通常の工業的ガラス製造プロセスで初めて実現されたものであるという点で、この革新性は2025年のPCDイノベーション・アワードの受賞にもつながった。
ボトルの台座には、ブラジーが手がけた世界各地のボッテガ・ヴェネタの店舗に使われているのと同じヴェルデ・サン=ドニ(Verde Saint Denis)大理石が使用されている。キャップは木材とコルクで作られ、プラスチックを一切使用しない設計。その形状はヴェネツィアのパラッツォ(宮殿)を支える木製の杭(ピロティ)に着想を得ており、キャップを囲む彫金入りの金属リングがモダン・ヴェネツィアン・デザインのアクセントを添える。
ボトルはリフィル(詰め替え)対応で、外箱もストレージボックスとして再利用できるよう設計されるなど、使い捨てプラスチック・ゼロという持続可能性への配慮が徹底されている。
香りの哲学──肌が「最後の素材」
ブラジーのフレグランス哲学の根幹にあるのは、「肌が最後の素材(ingredient)である」という考え方だ。ブランドの公式メッセージでもこう述べられている。
つまり、ボトルの中に閉じ込められた香りは「完成品」ではない。纏う者の体温、肌質、動きによって初めて完成し、一日を通じて変化し続ける「パーソナルな物語」となる。これはブラジーがファッションにおいて追求してきた「動きの中のシルエット」という美学の、嗅覚への翻訳と言える。
香水ラインナップ
第1コレクション(2024年10月発表)
ヴェネツィアの一日の流れ──朝の散歩から真夜中まで──を5つの香りで描く構成。すべて100%天然由来のエッセンスで作られている。
AnOther Magazine誌はコルポ・ディ・ソーレについて「陽だまりでの昼寝の香り」と表現し、デジャ・ミニュイを「ダーティなナイトクラブのスパイシーで肉感的な混合」と評している。
メッツァノッテ・コレクション(2025年10月発表)
第1コレクションの発表から1年後、「メッツァノッテ(Mezzanotte)」──イタリア語で「真夜中」を意味する──と題された3作品が追加された。
- Good Morning Midnight(グッドモーニング・ミッドナイト):深い木々、ダークレジン(暗色の樹脂)、スモーキーな温もり。内省的で夜のトーンを持つ。日本での価格は75,900円(100ml)。
- Hinoki(ヒノキ):日本の檜(ひのき)を軸に、ハーバルなニュアンスと瞑想的な清澄さを持つ。
- Almost Dawn(オールモスト・ドーン):エアリーなウッドとソフトムスク、栗の温かみ、トリュフの官能性、バニラの優しさが融合。夜明け前の静けさを表現する。
第1コレクションが「一日の中の瞬間」を描いたのに対し、メッツァノッテは「真夜中を挟む時間帯の気分」──暗闘から夜明けへ──をテーマにしている。ボッテガ・ヴェネタのフレグランスが、単なる製品ではなく「世界観」を構築するものへと発展していることがうかがえる。
ちなみに……
- ウォーホルの短編映像:1980年頃にアンディ・ウォーホルが制作した『ボッテガ・ヴェネタ・インダストリアル・ビデオテープ』は、ファッションブランドとアートの結びつきを象徴する稀少な作品であり、現在も語り継がれている。
- ブラジーのオフィスにウォーホル:2024年のWSJ誌のインタビューでは、ブラジーのオフィスにウォーホルの肖像スケッチが飾られていたことが報じられている。世代を超えたブランドとアートのつながりを感じさせるエピソードである。
- Bottega Veneta Weaves Venetian Heritage into New Fragrance Collection – rain-mag.com
- Tomas Maier über den ersten Duft von Bottega Veneta – annabelle.ch
- Interview with Bottega Veneta Perfumer Michel Almairac – katiepuckriksmells.com
- Michel Almairac on Bottega Veneta: “I’d been looking for that leather…” – graindemusc.blogspot.com
- Matthieu Blazy Debuts Five Exquisite Fragrances for Bottega Veneta – anothermag.com
- Bottega Veneta Fragrance Is Back With a Bang – highsnobiety.com
- Matthieu Blazy, à fleurs de peau (Le Monde) – lemonde.fr
- PCD Innovation Awards Spotlight: Bottega Veneta Parfum Collection – parispackagingweek.com
- Bottega Veneta x 5 new fragrances – nstperfume.com
- The History And Evolution Of Bottega Veneta – glamobserver.com
- Bottega Veneta: Crafting Luxury’s Quiet Revolution – luxury.voyage
- Bottega Veneta Through the Years (Yahoo Finance / WWD) – finance.yahoo.com
- Matthieu Blazy’s Creative Alchemy at Bottega Veneta (BoF Podcast) – podcasts.apple.com
- Bottega Veneta Eau de Parfum (Katie Puckrik Smells) – katiepuckriksmells.com
- Tomas Maier | BoF 500 – businessoffashion.com
- Bottega Veneta Wikipedia – en.wikipedia.org
- Bottega Veneta launches first fragrance collection under Matthieu Blazy – fashionnetwork.com
- Bottega Veneta Knot – luxuryfacts.com
- When Bottega Bottles Mood: Inside the New Mezzanotte Fragrances – vivantmagazine.com
- Bottega Veneta Almost Down, il profumo di una nuova alba – iodonna.it
- With New Fragrances, Bottega Veneta Smells a Hit (WSJ) – wsj.com
- Chanel’s Matthieu Blazy interview – anothermag.com
- With “Industrial Videotape,” Bottega Veneta Gets the Warhol Treatment – interviewmagazine.com


