「今の枠組みを壊して、リアルで、生々しく、今この瞬間につながるものを作りたかった。」
— ロミー・コワレフスキー(27 87 創業者)
基本情報
- 設立年: 2016年
- 創設者: ロミー・コワレフスキー(Romy Kowalewski)
- 拠点: バルセロナ、スペイン
- 公式サイト: https://2787perfumes.com/
創設者・ブランドの成り立ち
パン屋の娘として育まれた「鼻」
ロミー・コワレフスキーは1987年、ドイツ・ベルリンに生まれた。彼女の家はパン屋を営んでいた。毎日、工房で新しいパンが焼き上がるたびに、家族全員がブラインドテイスティングに参加した。どんな原材料が使われているかを事前に明かさないまま、味と香りだけを頼りに評価するという家の習慣だった。
「ほんのわずかなニュアンスが重要でした。細部への愛、すなわち風味のわずかな差こそが、製品の成否を決める。香水を開発するプロセスも、これとまったく同じです。」
— ロミー・コワレフスキー
幼少期からこの訓練を積んだロミーの嗅覚は、自然と研ぎ澄まされていった。さらに、彼女の母はニッチフレグランスの熱狂的なコレクターであり、コワレフスキーにとって香水は「日常の一部」として幼い頃から存在していた。学生時代にはすでに、自分だけのシグネチャーセントを纏っていた。「この香りは自分だけのもので、他の誰にも結びつかない」という感覚に、彼女は強く惹かれた。
バルセロナへ、そして運命の工場見学
成長したロミーはビジネスアドミニストレーションを学ぶためバルセロナへと渡った。在学中、授業の一環で訪れた香水生産工場で、彼女は人生の転機を迎える。製造ラインを目の当たりにした瞬間、「自分の香水ブランドを作る」という確信が生まれた。
夢は明確になった。しかし実現までの道は平坦ではなかった。
26歳のロミーはパリへ飛び、投資家の探索を始めた。見えるものでも触れるものでもなく、当時はまだ香りもしない「構想」に対して資金を出してもらうことは、並大抵の説得力では叶わない。「ジャスト・ドゥー・イット、ノーリスク・ノーファン」を個人の信条とする彼女は、2年間にわたり粘り強く交渉を続けた。その間、生計を立てるためマーケティングの仕事にも就きながら、夢への準備を着々と進めていった。
2016年、バルセロナでの誕生
必要な資金調達が整い、デザインと製造の開発が本格化した。そして2016年、ついに「27 87」はローンチを迎えた。
ブランド名の「27 87」は、コワレフスキーの生年月日——1987年生まれ、27番目の日(27日生まれ)——に由来する、極めて個人的な数字である。彼女はこの数字を「自分の個性と唯一性のシンボル」として掲げ、ブランドのアイデンティティの核に据えた。さらに偶然ではなく意図的に、ボトルのサイズを27mlと87mlに設定した。業界標準の30・50・90mlとは異なるこの規格は、「常に慣例の外側にいる」という姿勢を形で示したものでもある。
「自分だけの香りを纏うことで、その香りが自分以外の誰にも帰属しないと感じられる——その感覚の中に、27 87というブランドの原点があります。」
— ロミー・コワレフスキー
そして、創業当初から、ロミーは世界トップクラスの調香師のみと組むという方針を貫いた。
ブランドのこだわり
「今」を香らせる哲学
27 87のコアフィロソフィーは、ブランドのタグライン「No Scent Like the Present(今この瞬間に勝る香りはない)」に集約される。コワレフスキーにとって、香水とは過去の物語や作られた神話を纏うものではなく、「今この瞬間の文化的・社会的リアルを嗅覚に翻訳するもの」である。
「27 87では、調香のルールを書き換えることを信じています。私たちの哲学は共創(コ・クリエーション)に根ざしています——香りを纏う人をプロセスの一部として招くのです。フレグランスとは、ただ身に着けるものではなく、生き、重ね、自分のものにしていくもの。」
— ロミー・コワレフスキー
公式サイトの「About」ページには、「Blank Canvas(白いキャンバス)」「Arhythmic(非リズム的)」「Ephemeral(儚さ)」「No Gender, No Age(性別も年齢もない)」といった27の思想(「27 Mindset Rules」)が綴られている。ドイツの哲学者ビョン=チュル・ハンの言葉を引用する一節もあり、香水ブランドとしては異色の知的な深みを見せる。
「嗅覚は、私たちが持つ最も強力な感覚です。感情と直接つながり、私たちのあらゆる行動を見えないところでコントロールしている。つまり、嗅覚は理性に従わない。」
— 27 87 公式サイト
ボトル・パッケージのデザイン
ボトルのデザインは、バルセロナを拠点とするイングリッド・ピカニョル・スタジオ(Ingrid Picanyol Studio)が手がけた。スタジオは360度のブランドアイデンティティ構築を担い、ボトル形状から梱包材、ウェブサイトまでを一括してデザインした。
ボトルの形は「現代のテクノロジーデバイス」から着想を得た、角を落とした長方形。カラーは白を基調とし、液体を光から保護するための不透明仕様にしている。この「白いキャンバス」は、使う人が自由に意味を投影できる「余白」の象徴でもある。
各フレグランスの外箱はアーティストが個別に制作し、香りのキャラクターの触覚的な延長として機能する。ジェネティック・ブリス(Genetic Bliss)では例外的に、白いボトルを黒に反転させ、モノクロームの木目カラーボックスで包んだ。分子香水としての特殊性と「皮膚との融合」というコンセプトを視覚的に表現したもので、このパッケージングはジャーマン・デザイン・アワードのノミネートを獲得している。
「デザインは意図そのもの。クリーン、ボールド、そぎ落とされている。香りを主役にするための設計です。ボトルのシンプルさは、私たちの香りへのアプローチを映しています——モダンで、インパクトがあり、体験そのものについてのもの。」
— ロミー・コワレフスキー
素材へのこだわり
すべての香水はバルセロナで製造・瓶詰めされ、アルミニウム・ホルムアルデヒド・フタル酸エステル・グルテン・鉱物油・パラベン・シリコーン・SLS・スルフェート・トルエンを一切含まない処方が徹底されている。全製品がヴィーガン&クルエルティーフリー対応。ルール・オブ・72(rule of 72)に使用された天然アガーウッドオイルはタイ産の最高品質のものであり、ウォンダーフォーゲル(Wandervogel)に用いられるモロッコミントも、コワレフスキー自身の子供時代の記憶に紐づいた原材料だ。新作のリリースは市場のトレンドや時期的な要請に従わず、ブランドにとって「適切なタイミング」にのみ行われる。
香水ラインナップ
27 87の香水は現在、情緒的なコンセプトに基づく4つのコレクションに整理されている。
- NOW(ナウ): 日常に寄り添う、等身大の香り
- GO(ゴー): 探検・移動・遠い場所への旅のための香り
- WILD(ワイルド): 特別な瞬間のための、大胆かつ力強い香り
- CALM(カーム): 静けさと存在感を併せ持つ香り
ブランドは「全作品を一覧リスト化する」のではなく、各香水に社会的・文化的な文脈を持たせる姿勢を一貫させている。以下、代表的な作品の構造と特徴を紹介する。
#ハッシュタグ(#Hashtag)
調香師:ダニエラ・アンドリエ(Daniela Andrier)/2016年
「デジタル化された日常」を香りで翻訳した作品。ソマリア産のフランキンセンス(乳香)、モロッコ産シダーウッド、ランド地方のアイリスを骨格に、清潔感のあるアルデヒドのメタリックなヴァイブが加わる。ハッシュタグというSNS文化のシンボルをブランド名に冠した最初の香水のひとつ。発表当時、インターネット時代の空気そのものを香りにしようとする試みは斬新であった。
ジェネティック・ブリス(Genetic Bliss)
調香師:ジョルディ・フェルナンデス(Jordi Fernandez)/2018年
27 87の代名詞的な作品であり、「分子香水」というジャンルへの先進的な取り組みを象徴する一本。アキガラウッド(akigalawood)、ベランブル(belambre)、クリーミーなサンダルウッドなど5種の分子をベースに構成されており、これらの分子構造は着用者の皮膚の体温や化学組成と反応し、まったく同一の香りが二人の人間に同じには漂わない。
「ジェネティック・ブリスは限界を押し広げ、香りとは何かを再定義するものです。市場で初めてアキガラウッドを使用した作品のひとつです。今日なお、最も進歩的な香りのひとつであると考えています。」
— ロミー・コワレフスキー
ソナー(Sónar)
調香師:ジャック・ユクリエ(Jacques Huclier)/2019年
バルセロナが世界に誇る電子音楽フェスティバル「ソナー(Sónar)」に捧げられた香り。地中海のベルガモットと金属的なウッド、アンバーを軸に、焦げたゴム(バーント・ラバー)とビールのアコードが加わるという、香水の慣習を意図的に逸脱した構成が特徴。コワレフスキーはこの作品の制作について、「バーベキューの匂いに囲まれたある瞬間に、新しい香りのアイデアが浮かんだ」と語っている。ロミー自身が特に愛着を持つ香りのひとつでもある。
フラーヌル(Flâneur)
調香師:マーク・バクストン(Mark Buxton)/2021年
パンデミック下のバルセロナで誕生した作品。「フラーヌル(flâneur)」とは19世紀フランスの概念で、目的なく都市を漂い歩く散策者を指す。旅を奪われた時代に、目の前の日常の中に美しさを見出そうとする精神を、アブサン、ベルガモット、アーモンドブロッサム、カシミアウッドで表現した。やや憂鬱な色合いを帯びながらも、どこかで地に足のついた感覚を持つ、詩的な香りである。
ルール・オブ・72(Rule of 72)
調香師:ガエル・モンテーロ(Gaël Montero)/2023年
「72の法則」とは、投資金額が2倍になるまでの年数を「72÷年利」で概算する金融計算式のこと。変動する経済、不安定な金融市場、急速に変わる技術——そのような時代に「独立した思考と決断力」で立ち向かうビジネスパーソンの精神をイメージした香り。ノートはタイ産天然アガーウッド、サフラン、革、パチョリ、ベチバー。
「制作プロセスは2年半かかりました。これまでで最長でした。最初に『どんな香りにするか』のビジョンがあり、その後でコンセプトが生まれてきたのは初めての経験でした。」
— ロミー・コワレフスキー
ペル・セ(Per Sē)
調香師:シャムラ・メゾンデュー(Shyamala Maisondieu)/2023年
ブランド設立7周年を記念し、「ブランドの嗅覚ロゴ(olfactive logo)」として発表された香り。タイトルはラテン語で「それ自体として」を意味する。アルデヒド、オリス・バター、スミレの葉、バンブー、ほのかなスパイシーペッパーで構成されており、27 87のフィロソフィー——「今この瞬間の体験」——を直接的に香りに翻訳しようとした挑戦的な一本である。
「ペル・セを作るにあたり、私は現在という瞬間そのものの本質を捉えようとしました。この香りは類のないもので、変化のダイナミズムの中を潮のように満ち引きしながらも、その核心は驚くほど一定のまま留まっています。時が決して止まらないように、ペル・セもまた止まることがない。」
— 調香師 シャムラ・メゾンデュー
ちなみに…
- 「ソナー」という作品は、ただ音楽フェスティバルへのオマージュに留まらない。ブランドは公式サイトの思想ページのなかで、「焦げた電線(Burned Wires)」というアコードを特別にこの香りのためだけに作ったことを明かしており、「サフラン、ドライウッドノート、ガソリンのヒント」から成るこのアコードが、ソナーの官能的な電子音楽体験を嗅覚的に再現しているとしている。
- 「ペル・セ」が「業界初の嗅覚ロゴ」というコンセプトで発表されたことも特筆に値する。香りにコーポレートアイデンティティの役割を担わせるという発想は、視覚・音響ブランディングが主流の現代において、ひとつのパイオニア的な試みといえる。
- マーク・バクストン(Mark Buxton)はジバンシー、ヴェルサーチェ、コム・デ・ギャルソンなどの名立たるブランドと仕事をしてきたベテラン調香師で、シャムラ・メゾンデューもプラダ等の高感度ブランドとの仕事で知られる国際的な「ノーズ」である。そうした世界レベルの職人と組みながら、ブランドの判断軸はあくまでトレンドではなく「今の瞬間にふさわしいかどうか」に置かれている。
- “In conversation with founder Romy Kowalewski” – 27 87 Official Blog – https://2787perfumes.com/blogs/in-the-know/in-conversation-with-founder-romy-kowalewski
- “27 87: Pioneering a New Era of Niche Perfumery” – Future of Skin Care – https://www.futureofskin.care/people/27-87-pioneering-a-new-era-of-niche-perfumery
- “27 87 Is The Fragrance Brand Crafting Scents That Tell A Story” – 10 Magazine Germany – https://germany.10magazine.com/de/27-87-is-the-fragrance-brand-crafting-scents-that-tell-a-story/
- “27 87 Perfumes Barcelona” – The Perfume Collective – https://theperfumecollective.com/brands/27-87-2/
- “What actually is the rule of 72?” – 27 87 Official Blog – https://2787perfumes.com/blogs/in-the-know/what-actually-is-the-rule-of-72
- “360º brand creation for 27 87” – Ingrid Picanyol Studio – https://ingridpicanyol.com/case-studies/360o-brand-creation-for-27-87/
- 「27 87 日本本格上陸」プレスリリース – NOSE SHOP / PR TIMES – https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000087.000024774.html
- 27 87 Official About Page – https://2787perfumes.com/pages/about
- “On the scent of Mark Buxton” – 27 87 Official Blog – https://2787perfumes.com/blogs/in-the-know/on-the-scent-of-mark-buxton
- “27 87 Discovery Set First Impression” – Scent Grail – https://scentgrail.com/perfume-lists/27-87-discovery-set-first-impression/
- “Mark Buxton” – Nose Paris – https://noseparis.com/en/noses/mark-buxton-nez


