A. まず、「お客様に合わせた香りのご紹介」のために、ひいては接客において、最も必要かつ重要なことは「お客様の話を聞くこと」です。これ以上でも、以下でもないと考えます。なぜなら、お客様の話を聞かなければ当然お客様の求めているものは分からないからです。接客とは、客に接すると書くように、接するのですから、販売側の押し付けは接客とは言いません。それは接客ではなく、ただの販売となってしまうのです。さらに肝要なのは、物理的に話を聞くだけではなく、心の声も聞く必要があります。雰囲気で心の声を出している方もいれば、すべてを言葉にできない方もいます。つまり、お客様のあらゆる声に寄り添うのが、接客の本質だと考えます。
さて、香水の販売においてもこれは全く同じで、お客様の話や雰囲気などから、「この方はどのような香りを、”今日は”探しているのだろう」と常に考え、お客様の立場にたち、心をかける姿勢が最も重要になってきます。これさえできれば、他は何もなくても満足して頂けるといっても過言ではありません。つまり「他ブランドの知識がありません」という言葉は、実は接客に自信がないだけで、他のブランドの知識など二の次で良いのです。その前に、「自ブランドの理解」と「お客様の話を聞くこと」をできるようにしてください。
しかし、より「お客様に合わせた香り」を紹介するためには、ある程度知識が必要であることは言うまでもありません。
この質問に端的に答えるならば、1. 自ブランドを理解し、2. お客様の話を聞く、この2ステップで解決します。下記では、この2ステップを詳解致します。
自ブランドについて知る
お客様に合わせた香りの紹介をする場合、まず最もやらなければならないことは、自分が販売しているブランドのことを徹底的に知ることです。自分自身が就職活動や転職活動を行う時に、自分のことを知らなければ売り込むことができないのと同じように、自社の販売するブランド・香水のことを知らなければ話になりません。
ここまで聞くと「自分の売ってるブランド・香水くらい紹介できるよ」と9割の人が思っているかもしれません。それは本当でしょうか?では、ブランドの創業者、創設年、ブランドの価値観、何のためにそのブランドが作られたのか、ブランドの特徴、他の香水と比べて異なる点はあるか、価格帯はどれくらいか、香りの種類はどれくらいあるのか、それぞれの香りはどういう人におすすめか、その香水は調香師が誰でどういう背景で作られたのか。これらについて答えられますか?恐らくほとんどの人は答えられないでしょう。それが答えです。
つまり、ほとんどの人は自分が売っているブランドや香水を「知っていると思い込んでいる」だけで、実は知らないのです。お客様によっては「香水は香りだから、ストーリーもいらないし、細かい説明はいらない」という方もいるでしょう。しかし、「香水のストーリーがもっと聞きたい、ブランドのことについてもっと知りたい」という方もいるでしょう。では、販売する側の心構えとしては、どうなるのか?答えは簡単で、いずれのお客様が来ても対応ができるようにする、です。不要な人に説明する必要はありませんが、必要な人に説明できないのは販売員の怠慢です。あなたが接客のプロフェッショナルになるならば、避けて通れないのが知識なのです。
さらに言い訳がましい方は、「会社の資料には何も載ってなくて」と言いますが、それをお客様に直接伝えることができますか?つまりは、すべて自分の怠慢なのです。会社の資料に書いて無ければ、自分で探すべきでしょうし、日本語でなければ英語で探すべきでしょう。できたてのブランドならば、徹底的に会社の方と話をしてください。その行動があなたの求める接客につながるのです。
下記に質問リストを作成しましたので、まずはそれを埋め、さらに余力があれば自分でどんどん深めていってください。
質問 | 答え |
---|---|
創業者 | |
創業年 | |
創業者およびブランドの価値観 | |
ブランド創設の背景 | |
他と比べたときのブランドの特徴・こだわり | |
商品の価格帯 | |
商品の種類・香調・ラインナップなど | |
調香師 | |
香水のストーリー・背景 | |
主要な香料 | |
香りの説明 | |
ボトルやパッケージの説明 | |
親和性のありそうなもの(ファッション、アート、何でも) | |
どういう人におすすめしたいか |
ここまで伝えた内容で、なぜそこまで詳しく知る必要があるのか?誰にも創業年など聞かれた事ない、などと思った方には、理由を説明しましょう。
上記の基本的な質問リストは、すべてがお客様の質問に答えるためのものではありません。次の項目で説明する「お客様の話を聞くこと」と密接につながっており、相手の話に応じて紹介をするために必要なのです。例えば、ブランド創設者の価値観が分かれば、お客様のファッションや身につけているものから共通点を見出し、紹介ができるかもしれません。創業者や調香師を知っていれば、もしかするとお客様の好きな香水との共通点が分かり、そこからご紹介できるかもしれません。
つまり、接客とは、無限に広がる木の根のような会話の連鎖から、今そのお客様にあった商品を探し出すことであり、ある知識がなければその世界線は最初から消えてしまうのです。知識がなければ売れるものも売れないということです。
お客様の話を聞く
自社ブランドの知識がある程度身についているならば、同時にやるべきことはお客様の話を聞く訓練です。お客様との会話で意識すべきことは大きく3つです。
この3点をお客様の言葉の端々、表情や目線、服装などから推察し、お客様が満足する接客に近づいていくことになります。
昨今、AI技術の進歩により、AIに接客してもらった方がマシだという意見もありますが、これはAIという認識と単純に割り切った話をできるからであり、依然として「接客」においてはプロの人間に到底敵わないと思います。それは感情同士の触れ合いによって、より深い話し合いができるようになるからです。
さて、接客の話をすると「声なんかかけてほしくない」「自分でゆっくり見たい」という方が出てきます。これは当然、接客サービスに従事する者は、尊重しなければなりません。つまり、この雰囲気も感じ取り、接客が不要だと考えている人にはその人に合わせた対応を、接客して欲しいという方にはその対応を、それぞれのレベルに応じて、相手に合わせた対応を取ることが重要なのです。
ここまで聞けば、接客は簡単なものではなく、頭をフル回転させ、非常に疲れる仕事であることは容易に想像できるでしょう。なぜそこまでしなければならないのか?答えは簡単です。それがプロフェッショナルということです。
では、話を「お客様に合わせた香りの紹介」に戻しましょう。話を聞くことは分かったが、どう聞けば良いのか?方法は2つあります。
- 直球で聞く
初心者の方はまずはここからでしょう。会社の接客マニュアル通りに手順を踏み、お声がけから1つ1つ丁寧に聞いていきます。「どういう香りが好きですか?」という質問を聞かれたくないといったネットの声は無視してください。残念ながら、接客はお客様に練習台になって頂くしかありません。接客を重ねながら、どういう話し方をすればスムーズに「香水接客の3箇条」を聞き出せるのかを考えていけば良いのです。 - 雑談を交えながら相手に応じて引き出していく
これができればプロです。話をしたくない方、香水だけの話がしたい方、ファッションに興味があり香水は初めての方、プレゼントを考えている方、好きな推しが使っているから見に来た方、など、少しずつ話しながら、相手の反応を伺い、最短経路で「香水接客の3箇条」を引き出す方法になります。このレベルは「ただ聞く」のではなく、自身の経験やあらゆる知識を総動員し、お客様が心地よく教えて下さる、顧客・販売員一体型です。そして、これは1人1人違った接客の仕方になるはずです。
さて、ここまでは、抽象的な話をしてきたので、具体的に何を聞くのかを深めましょう。
①”今日”探しているのはどのような香りか
重要なのは「今日」です。「普段どのような香水をお使いですか?」という質問が、人によって無意味に感じられるのは、今日探している香水は普段とは違う香水を探しているときがあるからです。自分が好きな香水のタイプを分かっており、似たようなものや少し違うものを探している、ならば、この質問はどんな場合にしても有効でしょう。しかし、いつもと全く違う香水を探している場合、この質問を先にしてしまうと、「人の話を聞けない人だな」と思われてしまうのです。香りものをプレゼントしたいと考えている人にも、この質問をしても仕方ないですね。
つまり、この質問をするためには、まず「今日はどのような香りをお探しですか?」などの今日の話をする必要があるのです。
②どういう香りの趣向があるのか
次に出てくるのが、「普段どのような香水をお使いですか?」という質問になります。しかし、これだと香水を使っている前提で話を進めてしまうことになります。そこで使える表現の1つが、「普段お好きな香りやお使いの香水はありますか?」というクローズドクエスチョンに近い表現です。このような言い方をすることで、相手にとって「実は普段香水使っていなくて」とか「好きな香りが分からなくて」という逃げ道が用意され、答えやすくなります。仮にたくさんの香りを使っている場合でも、今日探している香りと似たものや違う香りを聞くことができます。
探している方向性が分かったならば、次に香りの趣向を聞くことでより探しやすくなるのです。
③今日はその香りでどのようになりたいのか
さて、最後の質問です。お客様の香りの趣向が分かった、もしくは香りの趣向が分からなかった、いずれの場合もこの質問に進むことができます。それが「今日探している香水で、自分がどうなりたいのか?」を聞くことです。これは相手に応じて、少し言葉を変えながら聞く必要があります。例えば、初心者は右も左も分かりませんから、「自分がどうなりたい…???」と思うでしょうし、ただ好きな香りを嗅ぎたい方は好きだから嗅ぎたいのであってどうなりたいは無いかもしれません。相手の反応や会話から読み取り、言葉を補ったり、省いたりして聞いていくことになります。
以下に例を示しましょう。
結論
他のブランドの知識が接客に必要かというと、必ずしもそうではありません。まずはできるところから始め、余裕ができてきたら他社の香りも試してインプットを増やしていきましょう。お客様から「○○(ブランド)の香りが好きで、似たようなのを探している」と言われたのに、その香りが分からなければ、どのような香りかを聞けば良いのです。毎年2千近くの香水が発売されるのに、それをすべて覚えられる人などいないのですから。
あくまで、他ブランドの知識は補助的なものであり、その人の香りの趣向を知る1つの助けであり、自分をよりプロっぽく見せるための手段でしかありません。
結論:聞き上手になる