「調香師とは、語るべきことがある化学者のことだ。」
— ピエール・ギョーム
基本情報
設立年: 2005年(パルフュムリ・ジェネラルとして商業デビュー。最初の作品コゼは2002年に誕生)
創設者: ピエール・ギョーム(Pierre Guillaume)
公式サイト: https://pierreguillaumeparis.com
創設者・ブランドの成り立ち
化学者一家に生まれて
ピエール・ギョームは1977年2月12日、フランス中部オーヴェルニュ地方のクレルモン=フェランに生まれた。父クリスチャン(Christian)が経営する工業処方研究所「Laboratoire de Formulation Industrielle」を持つ、根っからの化学者一家である。幼い頃から、ピエールは精油や香料原料に囲まれて育ち、子どもながらに香りの素材を蒐集していた。後年「自分のパルファムールの器官(organ)になるものを、子どもの頃からせっせと集めていた」と振り返るように、この幼少期の習慣がのちの調香師としての素地を形成した。
大学では父と同じく化学を専攻し、卒業後は父の会社の研究開発部門に入社。コスメティクス向けの特殊素材の開発を担当していた。当時の彼は純然たる化学者であり、「いつか香水を作ろう」などとは考えたこともなかったという。
父の病気という転機
人生を変えた出来事は、突然訪れた。ピエールが23〜24歳のころ、父がガンを患っていることが判明する。
「医者が父のがんを発見したとき、私は23か24歳でした。香水の勉強など一度もしたことがない。でも、父が生きていたときの記憶を残せるものを探そうという衝動が、私を突き動かした。」
— ピエール・ギョーム(Basenotes インタビュー、2016年)
父は香水をほとんど身につけない世代の男性で、母が誕生日にコロンを贈る程度だったという。息子のピエールが「父の香りの宇宙」を探したとき、唯一見つかったのが、父が大切にしていた葉巻ケース(シガーボックス)の中の香りだった。
「父の葉巻の箱の中の香りを捕まえようとした。最初の香水コゼは、香水ではなかった。それは匂いだった。気配だった。チャンドラー・バーや評論家たちが『これは香水だ』と言って初めて、そうなったんです。」
— ピエール・ギョーム(Basenotes インタビュー、2016年)
こうして誕生したのが、スパイシーなタバコ・アコードを中心に62種類もの原料で構成されたフレグランス「02 コゼ(Cozé)」である。当初の名称は「C’est Osé」(仏語で「大胆な」)で、ラベルには単に「C Ose, masculin, PG」と書かれただけの、素朴な手作り品だった。
ブログが起こした奇跡
2002年当時、ニッチ・フレグランスの市場はいまだ荒野(No Man’s Land)に等しかった。フレデリック・マルが創業わずか2年前、あとはアニック・グタールやディプティックのような老舗が数えるほど存在するのみ。ピエール自身も、「香りを売ろうとは一切考えていなかった」と語っている。
転機は一本のポケット・スプレーから生まれた。あるスイスでの夜会で、友人に紹介された自宅の主人から職業を問われたとき、思わず「私は調香師です」と口をついて出た。後悔する間もなく、香水マニアだという主人の妻を呼ばれ、ポケットのコゼ入りバイアルを見せることになったのだ。その夫人はBasenotesというフレグランス掲示板のユーザーだった。彼女がそこにコゼについて書き込んだことで、事態は動き出した。
「ロサンゼルスのラッキー・セントからメールが届き、ジュネーブのショップから電話があり、ドイツのディストリビューターから連絡が来た。手元にはポケット・スプレーと1キロのコンセントレートと、安っぽいボトルしかなかった。」
— ピエール・ギョーム(Basenotes インタビュー、2016年)
さらに決定的だったのが、『ニューヨーク・タイムズ』の香水批評家チャンドラー・バー(Chandler Burr)による評価である。バーはコゼを「若きフランス人化学者が作り上げた、最もクールな新しいヨーロッパのフレグランス」と称賛し、ピエール・ギョームというブランドの名は一気に香水愛好家の間に広まった。
「ブログがなければ、私はここにいない。それはよくわかっています。」
— ピエール・ギョーム(Basenotes インタビュー、2016年)
パルフュムリ・ジェネラルの誕生と独立の精神
2002年のコゼ誕生から約3年を経た2005年、ピエールは「パルフュムリ・ジェネラル(Parfumerie Générale)」を正式な商業ブランドとして立ち上げた。ブランド名の「PG」は彼のイニシャルでもある。
ピエールが最初から掲げた原則は、完全な創造的・財政的独立である。大企業からの買収オファーについては「断り続けてきた」と明言しており、理由をこう語っている。
「この会社は私の子どものようなものです。一生をかけた仕事。たとえ莫大な小切手を差し出されたとしても、断ります。巨人たちの世界で、ちっぽけな独立系企業でいることを選ぶ。」
— ピエール・ギョーム(News Auvergne インタビュー、2023年)
こうした姿勢は一貫しており、バセノーツのインタビューでもこう述べている。
「自社で毎朝出勤して、自分がボスでいることを楽しみたいなら、私は正しい道を歩んでいる。」
— ピエール・ギョーム(Basenotes インタビュー、2016年)
製造の内製化とオーヴェルニュの拠点
2010年には、すべての製造工程を一括管理するための会社「ピエール・ギョーム・ディフュージョン(Pierre Guillaume Diffusion)」を設立。コンポジション・スタジオ、原材料庫、パッケージング・ラインを社内に整備した。2015年にはロジスティクスを担う第2工場も開設している。
2023年には、クレルモン=フェランのブレゼ工業地区にあった拠点を全面的に建て替え。1,000平方メートルの工房となり(旧設備の約2倍)、投資額は200万ユーロ以上にのぼる。現在、工場から瓶詰め・パッケージングに至るすべての工程を自社で完結させており、ISO 22716に基づくGMP(適正製造規範)認証も取得している。また、親友の間で「スーパーレディーズ(Superladies)」と呼ばれるスタッフたちが、今もすべての製品を手作業で丁寧に充填・梱包しているという。
現在ピエール・ギョーム・パリは、クレルモン=フェランに2店舗、パリのパレ・ロワイヤル近く(ジャン=ジャック・ルソー通り13番地)に1店舗、リヨンに1店舗の直営ブティックを構え、37カ国・400拠点以上に流通している。
ブランドのこだわり
香りづくりの哲学
ピエール・ギョームの作品を語るうえで欠かせない言葉は「肌(スキン)」である。彼はたびたびこう表明している。
「香水をまとうのは、自分自身のためであり、そして特別な誰かのためである——大勢のための『他人』ではなく。私の香りは肌があって初めて表現される。肌なしでは、何も意味をなさない。」
— ピエール・ギョーム
この哲学は実際の調香法にも反映されており、彼の作品はトップノートで完結せず、肌の上で時間をかけて複雑に変化していく「ねじれた旅(twist and turn)」のような構造を持つものが多いとされる。
化学者としての背景は、香りの「技法」にも直結している。特筆すべきは「フォトアフィナージュ(Photoaffinage)」と呼ばれる独自技術だ。これは紫外線(UV照射)によって原料の嗅覚的な「ピーク(峰)」を滑らかにする後処理工程であり、フレグランスに独特の「振動感」や「憂愁感」を与えるとされている。さらに、温度や超音波など物理的な要因を組み合わせる手法も探求しており、これは通常の調香師の領域を大きく超えた、化学者ならではのアプローチといえる。
ピエール・ギョームは正式な調香師教育(ISIPCA等)を受けていない自学独習(autodidact)の調香師であり、このことが逆に型にはまらない発想を生んだ面もある。コゼについて、フレグランス界の常識に反してトップノートが存在しないことを指摘されたとき、本人はこう答えた。
「それは意図的な選択ではなかった。シトラスノートが手元になかっただけ。だからすぐにハートが来る。結局のところ、私はただ無知だっただけ。その失敗がコゼの成功を決めた。」
— ピエール・ギョーム(Sofie Albrecht インタビュー)
ボトル・パッケージのデザイン
ボトルのデザインについて、ピエール・ギョームはこう述べている。
「新しい香水ブランドのためにボトルを選ぶことは、長い時間軸の中でブランドを投影しようとする者にとって難しい挑戦だ。古典的な形式、慎ましさが合理的な方向性に見えた。『ミニマリスト』という言葉は使い古されていて曖昧すぎるので、私は正確さと精密さを選んだ。機能こそがデザインの唯一のミューズ――香りを収め、見せること。」
— ピエール・ギョーム
エンブレム・ボトルは、正面は長方形でありながら側面は微妙な曲線を持つ。天板には直径35mmの丸いラベルにフレグランス名のみを表示する、飾り気のない設計だ。2005年の創業当初から、瓶・ラベル・ポンプが容易に分離できるリサイクル対応設計を採用しており、環境配慮への意識も早い段階から示してきた。
なお、パリのパレ・ロワイヤル近くのブティック(ジャン=ジャック・ルソー通り13番地)は、建築家ユゴー・フランク(Hugo Franck)が設計したもので、細長い空間の壁が斜めに傾いた独特の構造は、エンブレム・ボトルの断面形状を水平に展開したデザインになっている。ポエティック・ブルータリズム(詩的なブルータリズム)というコンセプトが貫かれた空間だ。
原材料の調達においても、地域性を重視。ガラス、印刷、仕上げのサプライヤーをフランス国内に絞ることで、カーボンフットプリントの削減に努めている。
香水ラインナップ
ピエール・ギョーム・パリ(メインコレクション)
旧「パルフュムリ・ジェネラル(Parfumerie Générale)」コレクションを現在の名称へと統合したもの。創設者が自身の嗅覚的な趣味や審美観を、ジャンルを横断しながら自由に表現する場と位置づけられており、各作品には通し番号がつけられている。テーマ02はタバコ系、テーマ19はオレンジフラワー系、テーマ09はアロマティック系……というように、同一テーマ内で異なる解釈の作品が積み重なっていく構造だ。「おしゃべりな香水、嗅覚の叙事詩(Talkative Perfumes, Olfactory Epics)」というコレクション説明文が、その世界観をよく表している。代表作には「03 キュイール・ベネナム(Cuir Venenum)」「02 コゼ」「ミュスク・マオリ(Musc Maori)」「チュベルーズ・クチュール(Tubéreuse Couture)」などがある。現在110種以上の香水が存在するとされる。
ブラック・コレクション(旧ユイティエム・アール)
2010年、パルフュムリ・ジェネラルの8周年を記念して発表された「ユイティエム・アール・パルファム(Huitième Art Parfums)」が前身。ユイティエム・アールとはフランス語で「第8の芸術」を意味し、香水批評家オクタヴィアン・コワファン(Octavian Coifan)が「香水制作こそ第8の芸術である」と提唱した概念に触発されて名づけられた。このラインの最大の特徴は、バイオテクノロジー由来の革新的な原料を積極的に使用しつつ、従来の「トップ・ハート・ベース」という三角形のピラミッド構造を意図的に廃棄し、フォトアフィナージュ技法で構築した「嗅覚の写真(Photographies Olfactives)」として捉えていること。現在はピエール・ギョーム・パリブランド内の「ブラック・コレクション」として再統合されており、黒いセラミック製二重皮のボトルで識別される。
クルーズ・コレクション
「旅」をテーマにした一連の作品群。海洋の潮風だけでなく、大きな空間感、野生の自然、遠い彼方の「移動感覚」そのものを表現することを目指している。ボトルはエンブレム・ボトルに半透明のブルーのセラミック製二重皮が組み合わせられる。
ホワイト・コレクション
光、太陽、ウェルビーイングにインスパイアされた明るいトーンの作品群。ボトルはホワイト・セラミックの二重皮仕様。
コンフィデンシャル・コレクション
シュルレアリスムやエキゾティシズムを帯びた都市的・夢幻的な世界観の香りが揃う。ゴールドとグラファイトのボトルが特徴で、流通は極めて限定的な選定パートナー店のみに絞られている。
コンテンプレーション・コレクション
クリエーション・スタジオのアーカイブから選ばれた未発表作品を少量生産で発表するオートパルファムリー(Haute Perfumery)ライン。例外的な原材料を用いた「絶対的な創造」として位置づけられ、超限定流通で展開される。
フェドン・パリ(Phaedon Paris)
独立したブランドとして、ピエール・ギョームが2012年新たに創設した。もともとソクラテスの弟子に由来する名を持つブランドで、地中海やアジアのモティーフから着想した「バロック・ナチュラリズム(baroque naturalism)」の美学を特徴とする。現在もピエール・ギョームのアトリエで製造されており、彼の芸術的方向のもとに運営されている。
ちなみに…
- コゼが世に知られるきっかけとなった香水批評家チャンドラー・バーは、2006年から2010年まで『ニューヨーク・タイムズ』の香水批評家を務めた人物。彼の言及がなければ、ピエール・ギョームのブランドは今とはまったく違う歴史を歩んでいたかもしれない。
- ベストセラーのひとつ「ミュスク・マオリ」——ホット・チョコレートのような香りを持つとも評されるこの一作——は、特にロシアで圧倒的な人気を誇るという。
- ブティック・クレルモン=フェランの工房から採取された香水原料の分析作業では、同業他社ブランドの分析も積極的に行うことを認めている。「ル・ラボのサンダル33」を例に挙げ、特定のキャプティブ(占有)原料の構成を自ら分析したと語っており、化学者としての習慣が現役調香師としての探究心にも生き続けていることがわかる。
- 「ピエール・グルマン(Pierre Gourmand)」という異名で呼ばれることについて、本人は異議を唱えている。「自分はエチル・マルトール(甘いにおいの香料)を使った香水は2作品のみ。グルマン(食いしん坊な、甘い系の)という評は誤解だ」とインタビューで述べており、100種以上のカタログの大半はグルマン系ではないと主張している。
- Pierre Guillaume biography – Luckyscent — https://www.luckyscent.com/perfumers/pierre-guillaume
- “I’m Going The Right Way” – An Interview With Pierre Guillaume — https://basenotes.com/features/%C2%93im-going-the-right-way%C2%94-an-interview-with-pierre-guillaume/
- Pierre Guillaume Paris 公式サイト – 伝記ページ — https://pierreguillaumeparis.com/en/notre-maison/biographie/
- Pierre Guillaume Paris 公式サイト – コレクションページ — https://pierreguillaumeparis.com/en/notre-maison/parfums-collections/
- Pierre Guillaume Paris 公式サイト – エンブレム・ボトルページ — https://pierreguillaumeparis.com/en/notre-flacon-embleme/
- Pierre Guillaume Paris 公式サイト – 工房ページ — https://pierreguillaumeparis.com/en/nos-ateliers-2/
- New Niche Perfume: Huitième Art Parfums – ÇaFleureBon — https://cafleurebon.com/new-niche-perfume-huitieme-art-parfums-monsieur-organic-sensuality/
- Pierre Guillaume, le parfumeur clermontois voit plus grand – News Auvergne(2023年)— https://www.newsauvergne.com/pierre-guillaume-le-parfumeur-clermontois-voit-plus-grand/
- Pierre Guillaume – Parfumeurs – Auparfum by Nez — https://auparfum.bynez.com/Pierre-Guillaume
- Pierre Guillaume parfumerie generale – Luckyscent コレクションページ — https://www.luckyscent.com/brands/pierre-guillaume-paris-parfumerie-generale
- Pierre Guillaume Paris, la Maison de Parfum fondée en 2005 célèbre ses 20 ans(YouTube ドキュメンタリー、2025年)— https://www.youtube.com/watch?v=_YyaJWddeNE
- Pierre Guillaume profile – Les Secret du Marais — https://www.lesecretdumarais.com/es/pierre-guillaume
- Pierre Guillaume profile – Parfums Lubner — https://parfumslubner.com/pages/pierre-guillaume
- NOSE SHOP ブランド紹介ページ — https://noseshop.jp/blogs/blog/231124-pgm-debut
- Pierre Guillaume – Sofie Albrecht インタビュー — https://sofiealbrecht.com/pierre-guillaume-brein-en-neus-achter-parfumerie-generale/


