INDULT PARIS(インダルト パリ)── 選ばれた者だけに与えられる恩寵

ブランド創業者

「これらは私の4つの傑作だ(these were my four masterpieces)」
— フランシス・クルジャン(調香師・インダルト パリ創設者)

基本情報

  • 設立年:2006年
  • 創設者:フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)
  • 現オーナー:キム・クリストファー・チャールズ(Kim Christopher Charles)
  • 公式サイトindultparis.com

創設者・ブランドの成り立ち

調香師フランシス・クルジャンの歩み

1969年、パリに生まれたフランシス・クルジャンは、幼い頃からクラシックピアノと クラシックバレエに親しむ芸術的な環境で育った。 転機が訪れたのは15歳のとき。ある雑誌記事で調香という仕事を知り、「私も調香師になる」と決意を固めた。 両親を連れてヴェルサイユ郊外にある世界最高水準の香水専門学校ISIPCAを見学した彼は、20歳でこの学校に入学し、1992年に卒業している。

その後、わずか25〜26歳にして、ジャン・ポール・ゴルチエのメンズ香水「ル・マール(Le Mâle)」を生み出す。 これは世界的ベストセラーとなり、クルジャンに業界内での確固たる地位をもたらした。彼は「25歳でのこの成功は、40歳で一線のプロが手にするほどの認知度に匹敵するものだった」と後年語っている。 以降、ゲランやディオール、バーバリーなど名だたるブランドのために150本以上の香水を世に送り出した。

「自分の香水」への渇望──インダルト誕生のきっかけ

しかし才能の絶頂にあったクルジャンには、ある種の物足りなさが積もっていた。クライアントから依頼を受ける形での調香では、自分が香水の名前を決めることも、ボトルのデザインに口を出すことも、マーケティングに介入することも許されなかった。 「創造の全権を自分が握った作品を作りたい」という思いが、ひとつのブランド構想へと発展した。

2006年、クルジャンは「インダルト パリ」を設立した。 ブランド名「Indult(アンデュルト)」は、1498年頃に使われたフランス古語で、フランス王またはローマ法王が高貴な個人に授けた「特別な特権・特許」を意味するラテン語「indultum」に由来する。 まさに、この言葉が示す「選ばれた者だけに与えられる恩寵」を香水で体現することが、ブランドの出発点であった。

999本だけの夢──初期インダルトという実験

2006年後半から2007年1月にかけて発売が開始されたインダルト パリの最初のコレクションは、「ティオタ(Tihota)」「マナカラ(Manakara)」「イスバラヤ(Isvaraya)」の3作品だった。 さらに2008年、ロサンゼルスの高級香水専門店ラッキーセント(Luckyscent)のために特別に調香された「レーヴ アン キュイール(Rêve en Cuir)」が加わり、4作品が揃った。

その販売形態は、業界の常識を覆す極端な限定制を採用していた。各香水の総生産数は999本。購入者には固有の「インダルト・ナンバー」が発行され、そのナンバー保持者のみがリフィル(詰め替え)を注文できる会員制が採られた。 サンプルの提供は一切なく、購入した香水はパリサンドル(ローズウッドに似た希少木材)製の豪華なジュエリーボックスに収められて届けられた。

当初、ボトルは黒い丸みを帯びたキャップを持つ建築的なシルエットの長方形のデザインを採用しており、パッケージはエティエンヌ・ド・スザによってデザインされた。 この徹底した排他性は、香水業界でも前例のない試みであった。

ニュー ヨーク・タイムズの名物香水批評家チャンドラー・バール(Chandler Burr)は、「レーヴ アン キュイール」に5つ星という最高評価を与えた。 しかし市場における反響は期待通りには広がらなかった。限定999本はすぐに売り切れ、その後は静寂が訪れた。次第にインダルト パリの名はニッチ市場から忘れられていった。

キム・チャールズという救世主

ここに登場するのが、香水愛好家のキム・クリストファー・チャールズだ。フラグランティカ(Fragrantica)やベースノーツ(Basenotes)といった香水コミュニティサイトに入り浸り、香りへの造詣を深めていた彼は、ある日パリの香水店で1本のマナカラを手にした。

「私は毎週100本以上の香水を嗅いでいましたが、マナカラは一嗅ぎで私の心を完全に奪いました。すぐにそれを買いました」
— キム・チャールズ

家に帰ると、彼は調香師を調べ、それがフランシス・クルジャンの作品だと知る。しかし市場にはもはやインダルト パリの香水はほとんど残っていなかった。このとき、チャールズは自分が「マナカラの最後の1本」を持っているに等しいことを悟った。

2010年、クルジャンが自身の名を冠した新たなブランド「メゾン フランシス クルジャン(Maison Francis Kurkdjian)」のオープニングイベントで、インダルト パリの終焉を示唆する言葉をチャールズに告げた夜、チャールズはブランドを買い取ることを決意した。 クルジャンが語ったのが、冒頭に記した言葉だった。

「彼が『これらは私の4つの傑作だ』と語ったとき、私は考え込みました。なぜ傑作と言うのか? と。そしてふと気づいたのです。彼の後ろに会計士はいなかった。白紙の上で、誰にも口出しされずに創作した。だからこそ、傑作なのだと」
— キム・チャールズ

2013年、チャールズはインダルト パリのブランドと処方権を正式に取得し、フランシス・クルジャン本人が「元通りの処方で香水が戻ってきたことを大変嬉しく思う」と語った中、4つの香水は2006年オリジナルの処方のままに市場へ復活した。 これは業界では非常に稀な出来事であった。限定本数制は廃止され、パッケージはよりシンプルなデザインへと変更されたが、香りの本質は変わらなかった。

ブランドのこだわり

「静かな贅沢(Quiet Luxury)」という哲学

チャールズが現在のインダルト パリを語るとき、繰り返し用いる言葉がある。「クワイエット・ラグジュアリー(Quiet Luxury)」──声高に存在を主張しない、控えめな高級感である。

「ディオールやシャネルのように叫ばない。それが私たちの香水だ。部屋に入ったとき、誰も同じ香りをつけていないことを自分だけが知っている。叫ぶ必要はない。それがクワイエット・ラグジュアリーというものだ」
— キム・チャールズ

インダルト パリは、大量生産・大量広告とは対極に位置する。香水は小ロットで生産され、取り扱う販売店は情熱を持つ独立系のニッチ香水専門店に限定されている。 「数字のためではなく、情熱のために」販売店を選ぶという姿勢は、ブランド発足当初からの一貫した信念である。

原料への妥協なきこだわり

インダルト パリの4つの香水は、それぞれ世界各地の希少な原料に着想を得ている。タヒチ産のバニラビーンズ、マダガスカル産のライチ、トルコ・イスパルタとブルガリア・カザンラクのダマスクローズ、インド産のプラム……。地名そのものを香水名に冠した作品も複数あり、原料の産地への誠実なオマージュが香りの背景に宿っている。

クルジャンは「香水は纏う芸術作品(a transmitted expression of intimacy)である」という信念のもと、商業的制約を受けずに調香した。 その結果生まれた香水は、いずれも2006年当時の処方をそのまま保ちながら現在も販売されている。

ボトル・パッケージについて

初期のインダルト パリのボトルは、黒い丸みを帯びたキャップを持つ建築的なシルエットで、パリサンドル材製のジュエリーボックスに収められていた。 ブランドの復活(2013年)後は、よりシンプルなパッケージに変更された。

香水ラインナップ

オリジナル4作品(2006〜2008年)

インダルト パリを語るうえで欠かせないのが、クルジャンが創作した最初の4作品だ。

ティオタ(Tihota) ── タヒチ語で「砂糖」を意味する名前を持つこの香水は、ニッチ香水コミュニティで「バニラ香水の聖杯(Holy Grail)」とも称される一作だ。 素材はタヒチ産最高品質のバニラビーンズを中心に、サトウキビ、アーモンドミルクアコード、トンカビーン、ホワイトムスク、アンバーで構成されている。 バニラという単一の素材の深みを極限まで引き出した作品であり、今日における多くのバニラ香水の先駆けとされている。

マナカラ(Manakara) ── トルコ産ダマスクローズとブルガリア産ローズをマダガスカル産ライチとマリアージュさせた。​マダガスカル南東部の海岸に位置する港湾都市の名を冠しており、マダガスカル最高品質のライチ(リチー)の産地として知られる。 地名「マナカラ」はマダガスカル語で「黒い鳥の地」を意味するという説もある。公式の香り解説によれば、「ダマスクローズとブルガリアンローズ、そしてマダガスカル産ライチという2つの対極的なオルファクティブ・エゴが完璧なバランスを保つ、この上なく女性的なフラグランス」と表現されており、”Flower Fruit”(花と果実)の合一を体現した一作だとされている。

マナカラはまるでバーネット・ニューマンの1966年の絵画『Who’s Afraid of Red, Yellow and Blue?』が、その鮮烈なアクリル面から香りを発しているかのような、色彩豊かな現代絵画のような香りがする。クルジャンはバラとライチをオルファクトリーに”写真撮影”し、合成香料原料のアシッドウォッシュで処理した。出来上がった香水は、本物の繊細なローズ&ライチとネオン管のように意図的に感覚を惑わせるバージョンの間で振動する、見事で魅惑的、かつわずかに型破りな一作だ
— チャンドラー・バール

イスバラヤ(Isvaraya) ── サンスクリット語で「至高のものへ(Unto the Supreme)」を意味する。 インドのプラム、ジャスミン・サンバック、パチョリを中心に、ベチバー、ラブダナム、エレミ、アンバーが重なる、生命力あふれるフローラル・パチョリの一作だ。

レーヴ アン キュイール(Rêve en Cuir) ── フランス語で「革の夢」。2008年にラッキーセント限定で発売された4作目。 ベルガモット、レモン、カルダモン、クローブ、テキサスシダー、パチョリ、オークモス、ハイチアンベチバー、クリスタライズドバニラというノート構成でありながら、処方に「レザー」の素材は使われていない。 にもかかわらず着用者の体温によって艶のあるスエード感が立ち上る、一種の錬金術的な作品である。チャンドラー・バールから5つ星評価を得たことで一躍有名になった。

復活後の新作

マイ ジュジュ(My Ju-Ju)(2021年) ── キム・チャールズが3年以上をかけて香水師ナタリー・ファイストハウアー(Nathalie Feisthauer)と共同開発した新作。 「ジュジュ(Ju-Ju)」とは西アフリカの伝承における魔除けのお守りを意味し、同時にチャールズの娘ジュスティーヌの幼少時の愛称でもある。 「娘が将来もこの香りを通じて私を思い出してくれるように」という父の想いが込められた、白いフローラルとバニラ・コーヒーのニュアンスが溶け合う一作である。 ノート:ベルガモット、タンジェリン、ピンクペッパー、スズラン、ジャスミン、カルダモン、バニラ、アンバー、トンカビーン、コーヒー。

キュイール 404(Cuir 404)(2024年) ── 「レーヴ アン キュイール」の精神を受け継ぎながら、2024年に新たに再解釈した作品。「404」とは通常「見つからない(Not Found)」を示すウェブのエラーコードであり、この香水においてはレザーが最初から明確には現れず、体温によって時間とともにゆっくりと姿を現すという仕掛けをそのまま名前に込めている。ノート:シトラスアコード、クローブ、ベルガモット、カルダモン、レザーアコード、ピンクペッパー、スエード、シダー、ベチバー。

ちなみに…

  • インダルト パリには、ニッチ香水コミュニティと深い縁がある。オーナーのキム・チャールズは、フラグランティカやベースノーツといった香水愛好家のオンラインフォーラムで香水の知識を育てた一人であり、「これらのフォーラムがなければ、私がインダルト パリを購入するという決断は絶対になかった」と明言している。 ネット上のクチコミから生まれた情熱が、かつてのクルジャンの作品群を現代に蘇らせたという事実は、香水業界においてきわめて珍しい逸話であろう。
  • また、キム・チャールズは意識的に価格を「クルジャン時代より下げた」と述べている。 当初は極限の限定品として売られていたこの香水群が、現在では香りへの情熱を持つより多くの人々の手に届くよう、「遺産の番人(caretaker)」としての役割に徹している姿勢は、インダルト パリのフィロソフィーをよく体現している。
  1. Indult Paris 公式サイト – フランシス・クルジャン紹介ページ – https://indultparis.com/pages/francis-kurkdjian
  2. 芳恩舎(日本代理店)– INDULT PARIS ブランド・ヒストリー – https://houonsyashop.com/pages/history
  3. Jovoy Paris – Indult ブランドページ – https://www.jovoyparis.com/en/marques/130-indult
  4. Gafencu Magazine – Feature Story: Kim Charles, owner of Indult Paris – https://igafencu.com/articles/kimcharles
  5. Parfumo – Indult Paris ブランド詳細ページ – https://www.parfumo.com/PerfumeBrand/Indult
  6. Wikipedia – Francis Kurkdjian – https://en.wikipedia.org/wiki/Francis_Kurkdjian
  7. CaFleureBon – The Return of Indult Paris(2013年11月) – https://www.cafleurebon.com/perfume-review-the-return-of-indult-paris-reve-en-cuir-isvaraya-tihota-and-manakara-luckyscent-20-sample
  8. Perfume Shrine – New perfumes by Francis Kurkdjian: the Indult line(2007年1月) – http://perfumeshrine.blogspot.com/2007/01/new-perfumes-by-francis-kurkdjian.html
  9. CaFleureBon – Indult Paris Manakara Review(2023年12月) – https://cafleurebon.com/indult-paris-manakara-review-francis-kurkdjian-2006-plus-a-hidden-gem-giveaway/
  10. CaFleureBon – Indult Paris Tihota(バニラ比較記事、2024年9月) – https://cafleurebon.com/indult-paris-tihota-tom-ford-tobacco-vanille-mona-di-orio-vanille-plus-3-vanilla-perfumes-you-should-be-wearing
  11. Madame Figaro Hong Kong – 專訪Kim Charles – https://www.madamefigaro.hk/wellness/indult-paris-kimcharles-219832/
  12. Now Smell This – Indult My Ju-Ju new fragrance(2021年11月) – https://nstperfume.com/2021/11/09/indult-my-ju-ju-new-fragrance/
  13. Now Smell This – Indult Isvaraya, Manakara & Tihota(2007年1月) – https://nstperfume.com/2007/01/29/indult-isvaraya-manakara-tihota-new-fragrances/
  14. Perfume Smell Things – Indult Isvaraya, Manakara and Tihota(2006年12月) – http://perfumeshrine.blogspot.com/2007/01/new-perfumes-by-francis-kurkdjian.html
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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