イッセイ ミヤケ パルファム ─ 水、自然、そして希望の香り

ブランド創業者

「デザインは希望を表現しなければならない。デザインは、製品を売るためだけにモデルを変え続ける産業の奴隷として存在するものではない。人間が今どうあるべきかを根本的に問い、未来を創り出すものでなければならない。人々に驚きと喜びを与えなければならないのだ」
── 三宅一生


基本情報

  • ブランド名:ISSEY MIYAKE PARFUMS(イッセイ ミヤケ パルファム)
  • 設立:1970年(香水事業は1992年から)
  • 創設者:三宅一生(Issey Miyake / みやけ いっせい)
  • 生没年:1938年4月22日 – 2022年8月5日
  • 香水開発パートナー:Beauté Prestige International(ボーテ・プレステージ・インターナショナル / 資生堂グループEMEA)
  • 公式サイトISSEY MIYAKE PARFUMS / MIYAKE DESIGN STUDIO

創設者・ブランドの成り立ち

広島の少年、デザインに希望を見出す

三宅一生は1938年4月22日、広島に生まれた。 7歳のとき、1945年8月6日の原爆投下を経験する。母は被曝から3年後に放射線障害で亡くなり、三宅自身も炎症性の骨疾患を発症し、以後その影響で片足を引きずって歩くことになった。

長い間、三宅はこの経験についてメディアに語ることを避けてきた。「原爆を生き延びたデザイナー」というレッテルを貼られたくなかったからである。 しかし2009年、バラク・オバマ大統領(当時)のプラハでの核廃絶演説に心を動かされ、ニューヨーク・タイムズ紙に「A Flash of Memory」と題したオピニオン記事を寄稿。初めて公の場で自らの被爆体験を語った。

「目を閉じると、誰も経験すべきでないものが今も見える。赤い閃光、直後の黒い雲、あらゆる方向に必死で逃げようとする人々── すべてを覚えている。3年のうちに、母は放射線被曝で亡くなった。私はこの記憶を封印しようとしてきた。成功はしなかったが、破壊されるものよりも創造できるもの、美と喜びをもたらすものについて考えることを選んできた。衣服デザインの分野に惹かれたのは、それが現代的で楽観的な創造の形式だったからだ」
── 三宅一生「A Flash of Memory」ニューヨーク・タイムズ紙、2009年7月14日

少年時代の三宅に決定的な影響を与えたのが、広島の爆心地近くに架かる2つの橋であった。アメリカの彫刻家イサム・ノグチがデザインした平和大橋と西平和大橋── 通学路でその有機的な太陽型の欄干を目にするたび、少年は「デザインの力に希望を感じた」という。

パリへ── 「多くの人のための服」への転換

子どものころはダンサーになりたかった三宅だが、姉のファッション誌を読むうちにデザインへの関心が芽生えた。 東京の多摩美術大学でグラフィックデザインを学び、1965年に卒業。 直後にパリへ渡り、エコール・ド・ラ・シャンブル・サンディカル・ド・ラ・クチュール・パリジェンヌ(オートクチュール組合学校)に入学した。 当時、パリではまだ日本人デザイナーの存在はほとんど知られていなかったが、三宅はフランスの大御所ギ・ラロッシュのもとでアシスタントとして働き、続いてユベール・ド・ジバンシィのアトリエで毎日50~100枚ものスケッチを描く修業の日々を送った。

転機は1968年5月に訪れる。パリで起きた五月革命── 学生たちが街頭で体制に異を唱えたこの出来事に衝撃を受けた三宅は、「富裕層のためではなく、多くの人のための服を作る」ことを決意する。

「(パリの五月革命を経験し)少数のためではなく、多くの人のための服をつくりたいと考えるようになった」
── 三宅一生(公式サイトより)

ニューヨークから東京へ── スタジオの設立

1969年、三宅はニューヨークへ移り、アメリカのデザイナー、ジェフリー・ビーンのもとでレディトゥウェア(既製服)の経験を積む。 この時期、クリストやロバート・ラウシェンバーグといったアーティストとも出会い、ファッションとアートの境界を超えた視野を広げていった。

しかし、1970年の大阪万博を前に日本が勢いづいていることを感じた三宅は帰国を決意。 1970年4月、東京に「三宅デザイン事務所(MIYAKE DESIGN STUDIO)」を設立した。 翌1971年にニューヨークで初の海外コレクションを発表し、1973年にはパリのコレクションに初参加。 以降、川久保玲(コム デ ギャルソン)、山本耀司と並ぶ「日本のビッグ3」として、西洋のファッション界に衝撃を与え続けることになる。

「一枚の布」からプリーツへ── 革新の軌跡

三宅のデザイン哲学の根幹にあるのは「A Piece of Cloth(一枚の布)」という考え方である。伝統的な西洋の裁断・縫製のアプローチにとらわれず、一枚の布と身体の間に生まれる「ゆとり」や「間」の関係を追求し続けた。 紙、プラスチック、ロープ、編んだ草── 型破りな素材を次々と用い、プリーツ、シワ、ドレープといった表現でファッション界の常識を覆していった。

1988年、三宅はプリーツの実験に本格的に着手。1993年には「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツプリーズ イッセイ ミヤケ)」をブランドとして発表した。 独自の熱加工によるプリーツは洗濯してもヒダが消えないという革新的なもので、20世紀初頭のフォルトゥニー・プリーツとは一線を画していた。

1999年にはテキスタイルの専門家・藤原大との共同開発による「A-POC(A Piece of Cloth)」を商品化。一本の糸から一着の服が生まれるこの革命的なプロジェクトには自身の名前を冠することを拒んだ── 三宅にとってそれは個人の創作ではなく、チームワークの結晶だったからである。

香水事業への進出── 「水」という着想

こうした衣服の革新と並行して、三宅は1990年代初頭に香水の世界へ足を踏み入れる。パートナーに選んだのは、資生堂グループのフランス子会社ボーテ・プレステージ・インターナショナル(BPI)。1990年の設立以来、ジャン=ポール・ゴルチエやナルシソ・ロドリゲスなどデザイナー香水を手がけてきたBPIとの共同開発により、1992年3月、記念すべき第1作「L’EAU D’ISSEY(ロードゥ イッセイ)」が誕生した。

「水」── 三宅にとってそれは最高のインスピレーション源であり、最高の素材であった。 名前の「L’Eau d’Issey」はフランス語で「イッセイの水」を意味すると同時に、「L’Odyssée(オデッセイ=冒険の旅)」を想起させる洒落た響きも持っている。

この壮大な構想を実現するため、三宅が託したのが当時フィルメニッヒ社に所属していた調香師ジャック・キャヴァリエ(現ルイ・ヴィトン専属調香師)であった。三宅はキャヴァリエに、前代未聞の要求を突きつけた。

「香水の匂いがしない香水が欲しい。水の匂いがする香水が欲しい」
── 三宅一生(ジャック・キャヴァリエへのブリーフィングにて)

キャヴァリエは後にこう回想している。

「イッセイ ミヤケは元々、ボトルに水の匂いを入れたい、あるいは水のアイデアを入れたいと私に言った。なぜなら、日本の儀式や清潔さにおいて水はとても重要だからだ。しかし純粋な水に匂いはない。だから私は日本について考えた── 何週間か日本を訪れ、日本の繊細さ、洗練、文化の奥深さ、さらにはその残酷さについても考えた。食べ物、自然、そして水がそこで何を象徴しているか。木々、金木犀、そして牡丹のことを……」
── ジャック・キャヴァリエ

もうひとつ、三宅がキャヴァリエに伝えた重要なインスピレーションがあった。日本の「菖蒲湯(しょうぶゆ)」の習慣である。5月5日のこどもの日に菖蒲の葉を浮かべて入浴するこの伝統的な風習── その繊細な香りが、三宅にとって忘れがたい記憶のひとつであった。

キャヴァリエが編み出したのは、当時まったく前例のない処方であった。カロン(Calone)という合成分子を女性用フレグランスとして初めて大量に使用したのである。 カロンは水のあらゆる側面── 冷涼さ、うねり、潮風の香り── を体現する分子であり、メロンやキュウリを連想させる透明感のある香りを放つ。 キャヴァリエはこのカロンを重厚な朝露の一滴のように用い、西洋で愛されるバラの花びらと、東洋の蓮を並置。そこに白い花々のブレスとグリーンのアクセントを添えた。

「分かるだろう、女の子と同じだよ。最初のひとりは決して忘れられない。そして私の最初の香水はオードゥ イッセイだった。私の創作にとって大きな転機だった。この香りを嗅ぐたびに、今も感動で満たされる」
── ジャック・キャヴァリエ

1993年、ロードゥ イッセイはフランスのフレグランス・ファウンデーション・アワード(FiFiアワード)で女性用フレグランスの最優秀賞を受賞。 イタリアのアカデミア・デル・プロフーモでも最優秀パッケージ賞を獲得し、2011年にはFiFiアワードの殿堂入りを果たしている。 この香水の成功は「アクアティック(水系)」と呼ばれる新しい香水ジャンルの幕開けとなり、その後のアクア ディ ジオ(ジョルジオ アルマーニ)やCK One(カルバン クライン)など、90年代を席巻するアクアティック・フレグランスの流れに多大な影響を与えた。

晩年と遺志

2022年8月5日、三宅一生は肝臓がんのため東京で死去。享年84歳であった。 三宅デザイン事務所の北村みどり会長は、50年以上にわたり三宅のクリエイションに携わってきた人物であり、1980年代から香水開発にも関わっている。北村は三宅の言葉をこう伝えている。

「三宅はすべての創作について── 衣服だけでなく香水についても── こう述べていました。『デザインには希望があると信じている。デザインは人々に驚きと喜びを呼び起こすものだ。』このコンセプトに基づき、私たちは時代を超えた価値を持ち、かつて見たことのない香水を追求し続けます」
── 北村みどり(三宅デザイン事務所 会長)


ブランドのこだわり

香りづくりの哲学──「自然こそ最高の調香師」

イッセイ ミヤケ パルファムの公式ページには、「自然こそ最高の調香師」というブランド理念が掲げられている。 三宅デザイン事務所は、香水のコンセプト決定からボトルデザイン、ネーミング、グラフィック、パッケージ、マーケティング、PRに至るすべての段階でクリエイティブ・ディレクションを担っている。 つまり、一般的なデザイナー香水のように名前だけを貸す「ライセンスビジネス」とは異なり、ブランドの世界観を自らの手で細部まで管理するスタイルを貫いているのである。

三宅の香水開発における一貫したコンセプトは、以下のように要約される。

  • メッセージを伝えるフレグランスであること
  • 希望や未来を感じさせること
  • ボトルのデザインがシンプルで機能的であること
  • 日常性と普遍性を備えながらも、同時に驚きを感じさせるもの

衣服デザインと同様に「本質の追求」を貫き、常に自然の力を起点とした香りを提案し続けている。

ボトルデザイン──エッフェル塔の上の満月

ロードゥ イッセイのボトルデザインは、三宅一生自身がファビアン・バロン、アラン・ド・ムルグとともに手がけた。 デザインの着想源は、パリ滞在中のある夜、三宅がエッフェル塔の頂上で輝く満月を目にした瞬間であった。 装飾を排した円錐形のシルエットに水晶のような球体のキャップ、つや消しのスチール── その姿は「本質的な美」を体現するものとして、香水ボトルデザインの金字塔となっている。

実は、三宅が最初にボトルデザインを依頼したのは、盟友であったインテリアデザイナーの倉俣史朗であった。1990年、倉俣はキューブ型のアクリルに球体の空洞を内包するなど、詩的で革新的なプロトタイプを複数制作した。しかし当時の技術では量産が不可能であり、プロジェクトは頓挫。翌1991年に倉俣が急逝した後も、三宅はこの構想を胸に抱き続け、2008年にレーザー技術の進化によって「L’EAU D’ISSEY EDITION SHIRO KURAMATA」として限定販売を実現させた。

メンズの「ロードゥ イッセイ プールオム」のボトルは、三宅一生とファビアン・バロンによるデザインで、力強い円柱形を採用。 2024年発売の「ル セルドゥ イッセイ」では、30年以上にわたるコラボレーターである吉岡徳仁がボトルデザインを担当した。楕円形のソリッドガラスが光を屈折させ、液体を照らし出すこのボトルは、「塩」と「水」をテーマにした彫刻的な造形となっている。

「これは三宅さんが私に直接依頼してくれた最初の香水ボトルプロジェクトであり、三宅さんが直接話してくれた最後のプロジェクトでもあった(2022年春の電話)。ロードゥ イッセイの発売を鮮明に覚えている。ヨーロッパ的というよりも、とても日本的な何か違うものを感じた。今回は、とてもシンプルで純粋なものを作りたかった。そして神聖な── 身につけるとエネルギーをもらえるような── ものにしたかった」
── 吉岡徳仁


香水ラインナップ

イッセイ ミヤケ パルファムからはこれまでに100種以上の香水がリリースされているが、代表的なコレクションとその構造を以下に紹介する。

L’EAU D’ISSEY コレクション(ウィメンズ)

ブランドの原点であるアクアティック・フローラルの系譜。「水の純粋さ」をテーマに、1992年のオリジナルから多様なヴァリエーションが展開されてきた。

  • L’EAU D’ISSEY(ロードゥ イッセイ)(1992年)── 調香師ジャック・キャヴァリエ。蓮、ローズ、白百合、アンバー、サンダルウッドを軸としたフローラル・アクアティック。カロンの革新的な使用で水の香りを実現した、すべての始まり。
  • L’EAU D’ISSEY PURE(ロードゥ イッセイ ピュア)(2016年)── 調香師ドミニク・ロピオン。オリジナルのモダンな再解釈。スズランとオレンジブロッサムを核に据えたアクアティック・フラワーの世界。 ボトルはトッド・ブラッチャーのデザインで、キャップの球体がボトルの底に滑り落ちた「しずく」のフォルムをとる。
  • A DROP D’ISSEY(ア ドロップドゥ イッセイ)(2021年)── 水の根源的な形「しずく」を表現。環境に配慮した原料・素材選定で作られたフレグランスで、2022年にフランスのフレグランス財団アワードでベスト・ウィメンズボトルデザイン賞を受賞。

L’EAU D’ISSEY POUR HOMME コレクション(メンズ)

「水の力強さ」をテーマとするメンズラインで、1994年のオリジナルから30年以上にわたり進化を続けている。

  • L’EAU D’ISSEY POUR HOMME(ロードゥ イッセイ プールオム)(1994年)── 調香師ジャック・キャヴァリエ。柚子、レモン、マンダリン、ウォーターリリー、ナツメグ、サンダルウッド、ベチバー。「大自然から湧き出ずる水の清浄な力強さ」を表現。
  • NUIT D’ISSEY(ニュイドゥ イッセイ)(2014年)── 「夜の暗闇に差す光」をコンセプトに、レザーアコードとウッディ・スパイシーなノートで新たなマスキュリニティを提案。スモーキーなグラデーションのボトルが印象的。
  • FUSION D’ISSEY(フュージョンドゥ イッセイ)(2020年)── 調香師ナタリー・ローソン。水の冷たさとマグマの熱さの「融合」から生まれるエネルギーを表現したミネラル・フゼア。シチリア産プリモフィオーレ・レモンと火山性のパチュリが共鳴する。
  • LE SEL D’ISSEY(ル セルドゥ イッセイ)(2024年)── 調香師カンタン・ビッシュ。「塩」という生命に不可欠な自然のエレメントに着想。昆布抽出物のマリンノートに、オークモス、ベチバー、杉、天然ジンジャーを重ねた。三宅が晩年に着想し、吉岡徳仁がボトルをデザインした最新作。

その他の注目ライン

  • Le Feu d’Issey(ル フードゥ イッセイ)(1998年)── 調香師ジャック・キャヴァリエ。ミルク・キャラメルを核に、マホガニー、コリアンダー、ブルガリアンローズを組み合わせた前衛的なオリエンタル。著名な香水評論家ルカ・トゥリンが5つ星を与え「携帯可能な知性」と評したことでも知られる。現在は廃盤。
  • A Scent by Issey Miyake(ア セント バイ イッセイ ミヤケ)(2009年)── 調香師ダフネ・ブジェ。日本の山々にインスピレーションを得た、透明感のあるグリーン・フローラル。ヒヤシンス、ヴァーベナ、ジャスミン、ガルバナムによるミニマルな構成。
  • Pleats Please(プリーツプリーズ)(2012年)── 調香師オーレリアン・ギシャール。三宅の象徴的なプリーツ・ファッションラインから着想を得た、梨(ナシ)の果実感と甘いピオニーが躍るフルーティ・フローラル。ボトルはプリーツプリーズのバイオバッグのフォルムを踏襲している。

ちなみに…

  • スティーブ・ジョブズのブラックタートルネック── 三宅一生の名前を世界中に知らしめたもうひとつの功績が、アップル共同創業者スティーブ・ジョブズのアイコニックな黒のタートルネックである。1980年代に来日したジョブズがソニーの工場で社員が全員ユニフォームを着ているのを見て感銘を受け、三宅にアップル社員用のベストのデザインを依頼した。しかし社員たちに猛反対され、ユニフォーム計画は頓挫。代わりにジョブズは三宅に「自分用のブラックタートルネックを作ってくれ」と頼み、約100着を手に入れた。 ジョブズはこう語っている。
  • 「ロードゥ イッセイ」は「冒険の旅」の駄洒落── フランス語で「イッセイの水」を意味する「L’Eau d’Issey」は、発音すると「L’Odyssée(ロディセ=オデッセイ)」とほぼ同じ響きになる。古代ギリシアの叙事詩オデュッセイアを想起させるこの命名は、三宅一生による「香水の冒険の旅」の始まりを暗示する、美しい言葉遊びであった。
  • 倉俣史朗の幻のボトル── 前述のとおり、ロードゥ イッセイのボトルは当初、インテリアデザイナー倉俣史朗にデザインが依頼された。倉俣は「巨大な水の一滴」や「花、夢、光、風、男女がロンドを踊る地球の凝縮版」といった詩的なヴィジョンを提案した。 当時の工業技術では実現不可能だったこのデザインは、約20年の時を経てレーザー技術の進歩により2008年に限定2,500本として結実。ガラスのキューブの中に完璧な球体がくり抜かれたこのボトルには、倉俣のメンフィスへの傾倒を思わせるターコイズブルーのキャップが添えられている。

「イッセイに好きなブラックタートルネックを何着か作ってくれと頼んだら、100着くらい作ってくれた」
── スティーブ・ジョブズ(ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』より)

  1. Issey Miyake Designed Surprise and Joy Into Fashion – Japan Forward – https://japan-forward.com/obituary-issey-miyake-designed-surprise-and-joy-into-fashion/
  2. Issey Miyake “A Flash of Memory” – The New York Times, 2009 – https://www.nytimes.com/2009/07/14/opinion/14miyake.html
  3. Jacques Cavallier interview – The Telegraph – https://www.telegraph.co.uk/beauty/skin/inside-the-making-of-louis-vuittons-first-fragrance-collection-w/
  4. The Odyssey of a mythical perfume by Issey Miyake – Sommelier du Parfum – https://blog.sommelierduparfum.com/en/the-odyssey-of-a-mythical-perfume-by-issey-miyake/
  5. In Memory of Issey Miyake and L’Eau d’Issey – Bois de Jasmin – https://boisdejasmin.com/2022/08/in-memory-of-issey-miyake-and-leau-dissey.html
  6. Le Sel d’Issey: the story behind Issey Miyake’s new fragrance – Wallpaper* – https://www.wallpaper.com/fashion-beauty/issey-miyake-le-sel-d-issey-fragrance
  7. The Concepts and Work of Issey Miyake – MIYAKE DESIGN STUDIO – https://mds.isseymiyake.com/im/en/
  8. BIOGRAPHY – ISSEY MIYAKE Official Site – https://mds.isseymiyake.com/im/en/biography/
  9. PRODUCT – MIYAKE DESIGN STUDIO – https://mds.isseymiyake.com/mds/jp/product/
  10. CORPORATE HISTORY – ISSEY MIYAKE EU – https://eu.isseymiyake.com/blogs/corporate/history
  11. Issey Miyake’s Legacy Is Ironclad – Highsnobiety – https://www.highsnobiety.com/p/issey-miyake-dead-clothing-fashion-brand/
  12. The story of Steve Jobs and Issey Miyake’s friendship – NPR – https://www.npr.org/2022/08/10/1116769827/the-story-of-steve-jobs-and-issey-miyakes-friendship-and-a-nixed-apple-uniform
  13. Tokujin Yoshioka’s Issey Miyake perfume – Designboom – https://www.designboom.com/design/tokujin-yoshioka-issey-miyake-perfume-light-bottle-oval-glass-le-sel-dissey-08-26-2024/
  14. Shiro Kuramata’s perfume bottle for Issey Miyake – Wallpaper* – https://www.wallpaper.com/lifestyle/shiro-kuramatas-perfume-bottle-for-issey-miyake
  15. Shiro Kuramata for Issey Miyake – Minnie Muse – https://www.minniemuse.com/articles/musings/shiro-kuramata-for-issey-miyake
  16. ISSEY MIYAKE PARFUMS – Shiseido Corporate – https://corp.shiseido.com/en/brands/isseymiyake/
  17. Issey Miyake Perfume: TIME – https://time.com/6204868/issey-miyake-legacy-fashion-designs/
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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