Zoologist(ズーロジスト)――独立調香師界のフレデリックマルが描く動物の王国

ブランド創業者

「当時の私は、自分のキャリアにとても不満を感じていました。とても不安で、フラストレーションを抱えていました。世間が言うところの『ミッドライフ・クライシス』というものでしょうか。すべてがガット・フィーリング(直感)に基づいていました」

— Victor Wong(ヴィクター・ウォン)、Zoologist Perfumes 創業者

基本情報

設立年: 2013年(最初のリリースは2014年)
創設者: Victor Wong(ヴィクター・ウォン)
本拠地: カナダ・トロント
公式サイト: zoologistperfumes.com

創設者・ブランドの成り立ち

香港の小学校で聴いた音楽

ヴィクター・ウォンの香水への情熱の種は、意外にも音楽の授業に宿っていた。香港の小学校に通っていた彼が耳にしたのは、フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンスによる組曲「動物の謝肉祭」。ライオン、象、カッコウ、白鳥……14の動物たちを音で描いたこの楽曲が、幼いウォンの心に「動物=表現の素材」という感覚を刻みつけた。

後年カナダ・トロントへ渡り、ビデオゲーム会社でゲーム開発の3Dモデラーとして働くことになるウォンだったが、その根底には常に、動物への深い親近感と、クリエイティブな表現への渇望が流れていた。

転機となった一夜のホテル滞在

ブランド誕生の直接的なきっかけは、あるホテルでの体験だった。ウォンは、部屋に置かれていたLe Laboのローズ31ハンドローションに触れ、その香りに衝撃を受けた。

「それは、ホテルのアメニティとして期待していた香りとはまったく違いました。一般的なクリーンでフレッシュな香りではなく、リッチで、フローラルで、複雑だったのです。これは外出時に使うには女性的すぎるのでは、と疑問を感じたほどでした。それがニッチ香水というウサギの穴への入口になるとは、当時は知る由もありませんでした」

— Victor Wong

この体験をきっかけに、彼は瞬く間にニッチ香水の世界にのめり込んだ。そして2013年、ゲーム会社での仕事に深い閉塞感を覚えていたウォンは、ひとつの決断をする。

Basenotes.netへの一投稿が歴史を変えた

仕事への不満とクリエイティブな渇望を抱えたウォンは、「自分だけのプロジェクトを立ち上げよう」と決意した。業界のコネも、起業経験も、ビジネス戦略も、マーケティングリサーチも何もない状態だった。

彼が取った行動は、香水愛好家のオンラインフォーラム「Basenotes.net」への投稿一本だった。「自分の香水ブランドを立ち上げたいのだが、香りの開発を手伝ってくれる調香師はいないか?」という問いかけに、2人のインディペンデント調香師が応答した。こうして、ズーロジストの物語は幕を開けた。

「業界のコネも、起業家としての経験も、ビジネス戦略もマーケティングリサーチもありませんでした。すべてはガット・フィーリング(直感)に基づいていました。Basenotes.netのフォーラムに、香水を作るのを手伝ってくれる調香師はいないかと投稿したところ、2人のインディペンデント調香師が応えてくれました。あとはご存知の通りです」

— Victor Wong

ゲーム業界の経験が意外な武器に

3Dモデラーとしてのキャリアは、香水ブランドの運営において想定外の強みをもたらした。「何が売れるか、何が売れないか、リスクを取って型破りなことをすべきか」といった製品開発の感覚、そしてパッケージング、マーケティングコピー、SNSといったプロダクト・ブランディングの実践知識を、ゲームスタジオでの経験から直接吸収していたのだ。さらに、元同僚たちが瓶のラベルに使うイラストの制作を手伝ってくれるなど、旧知の仲間もブランドの立ち上げを支えた。

ホビーから本業へ

最初の数年間、ウォンは本業のゲーム会社を続けながら、退勤後の夜は注文の発送作業や次の香りの開発に費やした。ブランドが誕生した2014年、最初にリリースされた3作品はビーバー(Chris Bartlett作・レザー系)、ライノセラス(Paul Kiler作)、パンダ(Paul Kiler作)の3種だった。

初年度の販売数は、たった5本。それが今日では年間約2万本、世界25カ国以上の54店舗に卸すブランドにまで成長した。ブランドの規模拡大に伴い、ウォンはやがて本業を辞め、ズーロジストに専念することになる。

ブランドのこだわり

「ストーリーテラー」だけを選ぶ

ズーロジストの核心は、ウォンが社内に専任の調香師を置かない点にある。かわりに、毎回異なる世界中のインディペンデント調香師や実力派のクラシック調香師とコラボレーションし、その調香師の個性と「担当する動物」を慎重にマッチングさせる。

「私が調香師に求めるのは、ストーリーテラーであること。香りで『視覚的なイメージ』を生み出せる人。そして、ウェアラビリティを犠牲にしてでも、フォーミュラに何か珍しいものを加えることをいとわない人です」

— Victor Wong

たとえば、非常に型破りなフレグランスを作る調香師には、よりなじみの薄い動物や一筋縄ではいかないコンセプトを割り当てる。美しくクラシックな香りを作る調香師には、エレガントとされる動物を担当させる。このキャスティングの妙こそが、コレクション全体を通した「一貫性」と「多様性」を同時に実現している。

タイの調香師Prin Lomros(プリン・ロムロス)がある日、住所を探し当てて約15本のプロトタイプをウォンに郵送してきたというエピソードも、このブランドへの調香師たちの熱意を端的に示している。

エシカルなものづくりの姿勢

動物をテーマにした香水を作りながら、ブランドは動物性素材を一切使わない。公式サイトには次のように明記されている。

「弊社製品は、天然の動物由来ムスクを含みません。倫理的な理由から、合成素材に置き換えています。動物を傷つけてまで、良い香りを纏う必要はないのです」

— Zoologist Perfumes 公式サイト

ムスクやシベット(ジャコウネコ由来)、カストリウム(ビーバー由来)などアニマリックなノートは、すべて倫理的な合成素材で表現される。動物の世界への敬意が、製品そのものに宿っている。

香りの哲学――二つのアプローチ

ウォンは、フレグランス開発において二つのアプローチを持つと語っている。一つは動物固有のアニマリック(動物性)ノートを際立たせる方向性(例:ビーバーにおけるカストリウム)。もう一つは、その動物の棲みかや生息環境からインスピレーションを得る方向性(例:バットにおける洞窟の空気)。時にはマカクのように「その動物が人に喚起する瞑想的な気分」を香りにすることもある。このような多面的なアプローチが、コレクションに豊かな奥行きをもたらしている。

ボトルとパッケージのデザイン

ズーロジストの瓶を飾るのは、スタッフアーティストDaisy Chan(デイジー・チャン)による独自のイラストレーションだ。燕尾服やビクトリア朝の王族衣装を身にまとった動物たちが、重みのあるガラス瓶に印刷され、革張りのキャップと金のリムが施される。フレグランスの説明文はまるでネイチャードキュメンタリーの一節か、あるいはその動物の棲みかから届いた架空の物語のように綴られている。

ブランドが「過剰包装」を好まないのも特徴的だ。ウォン自身も、ファー・レザーボックスの中に別のファー・レザーボックス……という過剰なパッケージングを「私が香水業界で最も嫌いなこと」として挙げている。

香水ラインナップ

2026年3月現在、ズーロジストは延べ40種類以上の香水をリリースしている。全作品の紹介は到底しきれないが、コレクションの構造と代表的な作品を以下に紹介する。

挑戦的・個性派ライン

バット(Bat) は、2015年にEllen Covey(エレン・コヴィー)が手がけ、2020年にPrin Lomros(プリン・ロムロス)が改訂した作品。ジャマイカの洞窟を舞台に、湿った大地と鉱物、果実の香りを重ねた怪異な傑作として、ブランドの名刺代わりとなった。2016年のArt and Olfaction Awards(アート・アンド・オルファクション・アワーズ)インディペンデント部門で受賞を果たした。

スクイッド(Squid) は、Céline Barel(セリーヌ・バレル)作。黒いインクの憂鬱、塩辛い潮の香り、インセンスとアンバーグリスが織り成す「深海の挽歌」だ。2020年にFragrance Foundation(フレグランス・ファンデーション)の「パフューム・エクストラオーディネア・オブ・ザ・イヤー」を受賞。ル・ラボの「タバック28」やコム・デ・ギャルソンの「コッパー」、フレデリック・マルの「ローズ&キュイール」らを抑えての受賞だった。

ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus Rex) は、Antonio Gardoni(アントニオ・ガルドーニ)作。火山のスモーキーな煙の中を闊歩する恐竜を表現した、燻ぶるような強烈な香りだ。

ウェアラブルかつ芸術的なライン

ハミングバード(Hummingbird) は、Shelley Waddington(シェリー・ワディントン)作。ハチドリが羽ばたく華やかな花々の蜜、スイカズラ、ミモザ、牡丹、果実と軽やかなクリームが絡み合う。フレグランティカが2020年に選出した「過去10年間のベスト・インディー/ニッチ香水」の一つに選ばれた。

ハーベスト・マウス(Harvest Mouse) は、Luca Maffei(ルカ・マッフェイ)作。パンダ(Panda) や ペンギン(Penguin)ラビット(Rabbit) ともに、売上ランキングの上位を占めるウェアラブルな人気作品だ。

その他の個性的な作品

マカク(Macaque) はSarah McCartney(サラ・マッカートニー)作で、雪に覆われた日本の山岳地帯を舞台にした瞑想的な作品。ナイチンゲール(Nightingale) は日本の調香師・Tomoo Inaba(稲葉智夫)が手がけた。2024年にはキング・コブラ(King Cobra)(Prin Lomros作)と、ラビット(Rabbit)(Fanny Bal作)が加わった。

2025年には、危険で珍しい動物にインスパイアされた挑戦的な作品群(オーキッド・マンティス by Tomoo Inaba、ポーチュギーズ・マン・オー・ウォー by Antoine Lie)がリリースされる予定だ。

ちなみに…

  • 香水業界の著名なレビューサイト「フレグランティカ」の共同創業者セルゲイ・ボリソフは、かつてこう評した。「ヴィクター・ウォンを見ると、彼はインディペンデント調香師にとって、フレデリック・マルがマスター調香師にとってのような存在だと思う」。ズーロジストが世界中の実力派調香師たちの「実験の場」として機能していることを、的確に言い表した言葉といえる。
  • ニューヨーク・タイムズがアニマリック系フレグランスについての記事でズーロジストを取り上げ、その記事を執筆した記者が賞を受賞した、というエピソードも残っている。
  • ウォン自身の「最初の香りの記憶」は、父のヘアジェルの匂いだという。そして自身の香水スタイルを問われると、「ほぼすべての私の香水にはムスクが入っている」と答えた。

「ズーロジストはおそらく、私が引退したときに終わるでしょう」

— Victor Wong

  1. Exploring the Animalic Aromas of Zoologist(BeautyMatter、2024年9月)– https://beautymatter.com/articles/discussing-creatures-and-creativity-with-zoologists-victor-wong
  2. Interview with Victor Wong by Parfumo.net(Zoologist公式ブログ転載、2016年10月)– https://zoologistperfumes.ca/blogs/news/interview-with-victor-wong-by-parfumo-com
  3. 7 Niche Years Later: Interview With Victor Wong(The Plum Girl、2020年2月)– https://theplumgirl.com/7-niche-years-later-interview-with-victor-wong-zoologist-perfumes/
  4. Into the Animal Kingdom with Victor Wong(Olle Eriksson / Scentrified Interviews、2025年3月)– https://www.olleriksson.com/blog/into-the-animal-kingdom-with-victor-wong
  5. Zoologist founder Victor Wong takes our “Perfumed Proust Questionnaire”(Ministry of Scent、2023年6月)– https://ministryofscent.com/blogs/news/zoologist-founder-victor-wong-takes-our-perfumed-proust-questionnaire
  6. Zoologist Perfumes Wins in the Art and Olfaction Awards 2016 – https://www.zoologistperfumes.com/blogs/news/116879492-zoologist-perfumes-wins-in-the-art-and-olfaction-awards-2016
  7. The Third Annual Art and Olfaction Awards 2016 Winners and Finalists – https://www.artandolfactionawards.org/2016-award/
  8. Zoologist Squid Wins The Fragrance Foundation Award for 2020’s Perfume Extraordinaire of the Year – https://www.zoologistperfumes.com/blogs/news/zoologist-squid-wins-the-fragrance-foundation-award-for-2020s-perfume-extraordinaire-of-the-year
  9. Zoologist About Us(公式サイト) – https://www.zoologistperfumes.com/pages/aboutus
  10. Zoologist Hummingbird 商品ページ(公式サイト)– https://www.zoologistperfumes.com/products/hummingbird
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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