A. 調香師や業界人の言葉をまず紹介しましょう。
匂いは言葉であり、香水は文学である。
ジャン=クロード・エレナ
すぐれた香水というのは、<工業技術>の結果ではなく、芸術的な感性を働かせて何十種類もの匂いの材料を混ぜ合わせ、美しく特徴的な香りのかたちをつくり出す美学的な探究の結果得られるものなのである。美しく特徴的な香りのかたちは、必ずや調香師の個性をとどめていよう。
エドモン・ルドニツカ
香水とは、記憶と性では絶対にない。香水は美であり、知なのです。香水とは、香りではなく、ボトルに詰め込まれたメッセージなのです。そして、そのメッセージは調香師によって書かれたものであり、嗅ぐ人に読まれるものなのです。
ルカ・トゥリン
彼らの言葉に、現状の香水業界がマーケット重視であるということを加えます。誰がなんと言おうが、その香りが好きであろうがなかろうが、市場の9割以上の香水はコピーフレグランスか市場テストによって生み出されたものであり、どれだけストーリーが好きだとしても、ほとんどは後付けです。そして、調香師がこうしたら面白いと考えたものは却下され、どことなく似た香りに。最悪なのは、調香師が完成だ!と思ってから市場に出すわけではないということです。締切が完成の合図なのです。
日本では「は?別にいいじゃん。好きなんてそれぞれでしょ?」と言われがちですが、だから調香師の立場が弱いのです。香りには著作権のようなものが無いからとコピーされるわけです。なので、語りかけてくるものとそうでないものについて、違いは何かと言いますと、調香師が本当に満足して作ることができたかどうか、が1つ目です。
2つ目は、調香師を上手く導くディレクターがいたかどうかです。調香師が上記の理由から「それなら自分でブランドを作ろう!」と考えて、成功した事例は少なく、大概はつぶれていきます。そもそも調香師が少ないという議論はさておき、調香師だけに香水を任せるよりもその舵取りをする人がいた方が成功はしやすいのです。 シェルドレイクとルタンス、調香師たちとフレデリックマル、カリス・ベッカーとキリアン、みたいな。それはまるで、面白い文章を、編集することでさらに面白くするようなものです。
3つ目は、トレンドを考えているかどうかです。一球入魂ではないですが、本当に時間をかけて、調香師が魂をこめた香水はタイムレスで、何年たっても市場に残っています。 最近は、あれも名香、これも名香、と何でも名香という人もいますが、名香は時代の重みにも耐える……と思っています。なぜ気軽に廃番にできるのか?廃盤の多いブランドは……そういうことです。