Ministry of Scent(ミニストリー・オブ・セント)|サンフランシスコの香水店の歩みと、世界のニッチを届ける選品・試香

Ministry of Scentの紹介画像。D.S. & DURGAのI Don't Know Whatと試香紙、サンプルを配した温かな静物。 香りの世界を広げる

私のお客様にとっても、ましてやこの作り手たちにとっても、出発点はボトルの中身なのです。

アントニア・コール

サンフランシスコのMinistry of Scent(ミニストリー・オブ・セント)には、世界各地の香水が集まる。動物や架空の物語を題材にした作品もあれば、茶や木の香りを探る作品もある。共通するのは、一つのブランドの世界を見せる店ではなく、異なる作り手の個性を嗅ぎ比べられる店であることだ。

始まりは、香水好きのデザイナーが友人のジュエリー工房に設けた小さなポップアップだった。そこに調香師の共同経営者、香水を語るスタッフ、地元の作り手が加わった。現在のミッション地区とパシフィック・ハイツの2店舗には、その歩みが続いている。

基本情報

  • 名称:Ministry of Scent(ミニストリー・オブ・セント)
  • 旧称:Tigerlily Perfumery(タイガーリリー・パフューマリー)
  • 開始:2013年にポップアップとして始動、2014年2月に最初の常設店を開店
  • 創業者:アントニア・コール(Antonia Kohl)。2018年にイネケ・ルーランド(Ineke Rühland)が対等な共同経営者として参加
  • 所在地:米国サンフランシスコ。ミッション地区店は962 Valencia Street、パシフィック・ハイツ店は2408 Fillmore Street
  • 業態:複数ブランドのニッチ香水・インディー香水を扱う専門店、オンラインショップ
  • 公式サイト:Ministry of Scent

創業者と店の成り立ち

版画とゲームのデザインから、香水を紹介する仕事へ

コールはカリフォルニア生まれで、バークレー周辺で育った。東海岸のロードアイランド・スクール・オブ・デザインで版画を学び、その後はコミック、玩具、ゲーム開発、システムのデザインにまたがる約20年の仕事を重ねた。香水に転じる以前から、異なる媒体を通じて表現を形にしてきた人物である。

香水への関心も長かった。友人であり助言者でもあったジュディス・ブランドマンを通じてニッチ香水を知り、イネケや調香師ヨシ・ハンとの交流から地元の作り手へと関心が広がった。ニッチ香水とは、広く大量に売る香水とは異なる創作や流通のあり方を持つ香水を指す言葉である。

人と関わる仕事がしたかったのです。その人を動かすものが何なのかを知るのが大好きなのです。

アントニア・コール、2015年

コールが求めていたのは、自分の好きな香水を並べることと、人に会う仕事を結びつける場所だった。

2013年のポップアップと2014年の常設店

2013年、ヴァレンシア通りにある友人のジュエリー工房Love & Luxeでタイガーリリーを始めた。数か月のポップアップを経て、2014年2月、同じ通りに最初の常設店を開く。店舗の開業年として2014年が挙げられるのは、この段階である。

独立した芸術的な調香師の仕事を紹介する、地元の店が欲しかったのです。

アントニア・コール、2024年

店名のタイガーリリーには、ユリの美しさと、希少で力強いものを組み合わせる意図があった。美しい花の香りに限らず、一癖ある表現まで受け止める店名でもあった。

2015年、未発売の香水を作り手から預かる

早くから、店は作り手と愛好家が集まる場所になった。2015年には、ジェフリー・デイムとアンディ・タウアーを迎えた催しに120人以上が集まった。その熱気を背景に、コールとデイムは、調香師が自分のために作った香りや、まだ公にしていない試作を紹介する「UNRELEASED」企画を考えた。

参加者にはタウアー、イマジナリー・オーサーズのジョシュ・マイヤー、ブルーノ・ファッツォラーリ、イネケ、パピヨンのリズ・ムーアズらがいた。香水のサンプルに、作り手の動画を添える構想である。完成済みの商品だけでなく、制作途中の発想にも触れてもらおうとした点に、この店の関心が表れている。

2017年の店では、ヨシ・ハンが参加者の創作を評価するワークショップも開かれていた。一方、売場には地元カリフォルニアの香水と、米国の独立系、海外のブランドが並んだ。地域の作り手を紹介することと、世界へ目を向けることは、初期から同じ店の中にあった。

2018年の共同経営から、2店舗の専門店へ

2018年、イネケが対等な共同経営者となった。自ら香水ブランドを営む調香師が、コールとともに小売を育てる体制である。その後、店名をミニストリー・オブ・セントへ改め、取扱ブランドの幅、サンプルの仕組み、オンライン事業、スタッフの陣容を広げていった。

タイガーリリー時代の店舗はヴァレンシア通り973番地にあった。現在のミッション地区店は962番地で、旧住所とは異なる。さらに2024年6月、フィルモア通り2408番地に2号店を開いた。既存店を置き換える移転ではなく、パシフィック・ハイツ地区への出店だった。

2026年10月現在、イネケ自身の公式サイトには、自分の香水ブランドの活動を終え、ミニストリー・オブ・セントに注力するという告知がある。

これからはミニストリー・オブ・セントに力を注いでいきます。

イネケ・ルーランド

調香師の経験を、自作だけでなく、さまざまな作り手の香水を届ける仕事へ向ける選択である。

店の歩みをたどる年表

年 出来事
2013年 Love & Luxe内のポップアップとしてタイガーリリーを開始。
2014年2月 ヴァレンシア通りに最初の常設店を開店。
2015年 未発売の香りや個人的な創作を紹介するUNRELEASED企画。
2017年 ヨシ・ハンによる創作評価のワークショップなど、店を使った交流が続く。
2018年 イネケが対等な共同経営者として参加。以後、店名変更や品ぞろえ・オンライン事業の拡大へ。
2024年6月 フィルモア通りにパシフィック・ハイツ店を開店。
2026年10月現在 ヴァレンシア通り962番地とフィルモア通り2408番地の2店舗で営業。

選品と試香を支える仕事

著名なニッチから小規模な独立系までを扱う

現在の公式紹介は、2店舗を合わせて90を超えるニッチ香水ブランドを扱うとしている。公式のブランド一覧には、パルファム ドゥ マルリー、ナーゾマット、オルト・パリージ、メゾン クリヴェリ、マティエール プルミエール、マルク=アントワーヌ・バロワ、ディーエス&ダーガなどが並ぶ。

ズーロジスト、タウアー、ケロセン、イマジナリー・オーサーズ、ファッツォラーリのFZOTICも扱う。日本のジェイセント、韓国のボーントゥスタンドアウト、香港のワンデイ、ベトナムのダナムなど、アジア発のブランドも選品の一部である。

たとえば公式の販売ページには、パルファム ドゥ マルリーのレイトン、ナーゾマットのブラック アフガノ、ディーエス&ダーガのアイ ドント ノウ ワットが掲載されている。ブランド名だけを掲げた案内ではなく、実際に複数ブランドの香水を販売する店なのだ。ただし2店舗はそれぞれ独自の選品を持ち、全商品が両方の棚に揃うわけではない。

作り手の経歴を、目の前の香りにつなぐ

コールの接客では、香水の説明と作り手の話が離れていない。タイガーリリー時代から、香りを肌で試しながら、作者の経歴、素材、制作方法を説明していた。天然香料を中心とする作品も、合成香料を使う作品も扱ってきた。

どちらの香水づくりも、正当なものです。

アントニア・コール

天然か合成かという区別だけで選品を決めず、作り手がその方法で何をしているかを見る姿勢である。店の公式サイトにもブランド創設者や調香師とのインタビューが蓄積されている。たとえばケロセンのジョン・ペッグ、ズーロジストのヴィクター・ウォン、ワンデイのマイケル・ウォンなど、売場に並ぶ香りの向こうにいる人へ話を聞いている。

好みの一言から、複数の香水を嗅ぎ比べる

「ラベンダーが好き」と伝えれば、異なるラベンダーの香水を並べてみる。アンバーが好きなら、その表現の幅を探る。パシフィック・ハイツ店では、そうした案内が行われている。同じ言葉で説明される香りを、複数のブランドで比較できることが専門店の強みである。

この仕事は、平穏な店内だけで続いてきたわけではない。2017年から店で働くマイケル・ライアンは、パンデミック中、入口にテーブルを置いて応対した時期を覚えている。客がバラの香りを求めると、スタッフは店内から候補を運んだ。客は通りで香りを嗅ぎ、距離を保ちながら戻ってきた。好みを聞き、複数の香りを渡すという接客の核を、制約の中でも残したのである。

2026年10月現在も、公式サイトでは無料のフレグランス相談の窓口を案内している。店頭で言葉にできない好みを探す仕事は、知識を一方的に伝えることとは違う。客の反応を見ながら、次の一本を選び直す仕事でもある。

サンプルと催しで、出会いを店の外へ続ける

オンラインでは、香水を少量ずつ試すサンプルを販売している。公式サイトは、肌で試して好みを知ることを勧めている。棚の前で感じた第一印象を持ち帰り、日常の中でも確かめるための仕組みだ。

店と作り手の関係は、催しにも表れる。2023年にはDJザーネル・ギリーが、音楽を題材にした香水「ヒップホップ」を店で披露した。2024年6月には、BOHOBOCO・パフュームの創設者ミハウ・ギルベルト・ラフを迎え、公開インタビューと試香を組み合わせた催しを開いた。香水を一つの文化として、人の話を聞きながら楽しむ機会である。

ミニストリー・オブ・セントを形づくるのは、ブランドの数だけではない。異なる作者の香水を隣り合わせに置き、その違いを試し、作った人にまで関心を向けられること。小さなポップアップから続く店の仕事は、そうした出会いを用意することにある。

参考文献