Orto Parisi(オルトパリージ) ― 身体という名の菜園から生まれた、魂の香り

オルトパリージの世界観と代表製品「BERGAMASK Parfum 50ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「身体はひとつの庭として経験されるべきであり、その各部位を香りを放つ植物として捉えなければならない。この匂いとは、私たちの魂の鏡である。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)、オルトパリージ創設者

基本情報

設立年: 2014年

創設者: アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri、通称「ザ・ノーズ/The Nose」)

公式サイト: https://ortoparisi.com

「オルトパリージ」は「オルト(Orto)」と「パリージ(Parisi)」というふたつのイタリア語から成る。前者は「菜園」を意味し、後者は創設者の祖父 ヴィンチェンツォ・パリージ(Vincenzo Parisi) の姓である 。ブランド名そのものが、グアルティエーリの個人史を静かに背負っている。

創設者・ブランドの成り立ち

ミラノの肉屋の息子として

アレッサンドロ・グアルティエーリはイタリアに生まれ育った 。父は肉屋を営んでいた 。生活は飾らず素朴で、母は香水をいっさい使わなかったという 。後年、多くの調香師が幼少期の母親の香水の香りを創作の原点として語る中、グアルティエーリはこう述べている。

「私の周りに香水はなかった。花の記憶も、誰かがつけていたあの香りも、持っていない。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

香りの原点として彼が語るのは、花でも化粧品でもなく、夏の記憶だった。

プーリアの菜園で過ごした夏

子どもの頃、グアルティエーリは毎夏、イタリア南東部・プーリア州にある祖父 ヴィンチェンツォ・パリージ(Vincenzo Parisi) の菜園で過ごした 。オリーブの木と野菜畑が広がるその土地で、彼は原始的で無加工な世界を全身で経験した。

祖父は特別なやり方で菜園を肥やしていた。自らの排泄物をバケツに集め、それを肥料として土に還元する。清潔でも上品でもない、だが生命の循環として完全に理にかなったやり方だった。その菜園には、爽やかな香りと鋭い悪臭がいつも共存していたという 。幼い少年は、そのコントラストの中に長時間いた。

この原体験が、後のオルトパリージというブランドの核心を形成することになる。ブランド公式の言葉を借りれば、「この菜園には常に無限の空気が漂い、清涼な香りと悪臭が結びつき、反発と引力の現象を生み出していた」。

また、グアルティエーリは別のインタビューでも、夏に過ごしたイタリアの土地で「かつてメディチ家の農場主の末裔だったという男」の話を語っている。彼は非常に原始的な暮らしを送り、その多くの時間を動物の排泄物の処理に費やしていた。幼いグアルティエーリはその男とともに多くの時間を過ごし、それらの匂いの中に浸った 。このエピソードが後にオルトパリージの香りに直接つながっていったとグアルティエーリは述べている。

「私はいつも汚れや動物的なノート、刺激臭のあるノート、人体の匂いに惹かれてきた。バラはあまり使わない。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)、ニューヨーク・ポスト(New York Post)

ドイツでの修業、そして業界への幻滅

グアルティエーリの正式な調香教育はドイツで始まった 。当時の大手香料会社 ハーマン&ライマー(Haarmann & Reimer、現シムライズ/Symrise)のデュッセルドルフ拠点に勤務し、8年間にわたって業界内で働いた 。それと並行して、ドイツの町のバーで出会ったイタリア人移住者から非公式の薫陶も受けたという 。

在職中にアラブ首長国連邦のシャルジャを訪れたことが転機となる。

「そこで完全に魅了された。私にとってそれが本物の調香の姿だった。触れることができ、感じることができた。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

彼はその後、オマーン、インド、サウジアラビアを旅して古代の調香技術を学んだ 。しかし帰国後も、大企業という枠組みの中での仕事には苦しさが募り続けた。

「長年にわたり、業界の多くのルールや規制に縛られ続け、ついに爆発した。自分自身を完全に表現し、自らの創作と思想を消費者に直接届けたかった。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

当時の状況をグアルティエーリは生き生きと語る。デザイナーとのブリーフィングではなんとも詩的なシナリオが提示される。「木の脇を歩く女性、突然音楽が聞こえてくる……」と彼は笑いながら語り、「こういった詩的なブリーフは、あらゆる方法に解釈できる」と肩をすくめた 。大企業が恐れるのは変化であり、結果として「1キロあたり60ユーロ」という採算から逆算された香りが生まれてしまうのだと彼は言った 。

業界を飛び出した後、グアルティエーリは「ゼロから始める」ことを自分に課した。これまでのコネを使わず、店舗を一軒ずつ回り、自ら売り込んだ 。

ナソマット(Nasomatto)の誕生、そして第二の庭へ

2007年(一部資料では2008年)、グアルティエーリはアムステルダムに自らのブランド「ナソマット(Nasomatto)」を立ち上げた 。「狂った鼻(Il naso matto)」という意味を持つその名は、ブランドの姿勢を端的に表していた 。フェンディ(Fendi)、ヴェルサーチェ(Versace)、ヘルムート ラング(Helmut Lang)、ディーゼル(Diesel) といった大手ブランドで培った実力と、業界への怒りが爆発したような一連の香りが、ニッチ香水界に衝撃をもたらした 。

ナソマットが確固たるポジションを得た後、グアルティエーリは「第二の章」とも呼べる新プロジェクトに着手した。それが2014年に誕生したオルトパリージである 。

「これは私の菜園プロジェクトだ。私は種を蒔き、肥料を与え、育て、収穫した。そして、ある意味でインスピレーションを受けたその人に捧げたかった。最初は祖父の伝記を書こうとしたが、書いているうちに自分が伝記を読んだことがないと気づき、退屈になってしまった。このプロジェクトの根幹にあるのは、祖父 ヴィンチェンツォ・パリージ(Vincenzo Parisi) がバケツを使って最も適切な方法で自らの排泄物を集め、菜園を肥やしていたというあの考え方だ。この庭は常に無限の空気をたたえていた。つまり祖父 ヴィンチェンツォ・パリージ(Vincenzo Parisi) とともに、そして生命の香りを体験し広めながら時を過ごすすべての人たちへ。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)(「ザ・ノーズ/The Nose」)

なお、グアルティエーリはオルトパリージを支えるためにナソマットを継続することにしたが、一時はナソマットを閉鎖しようと考えたこともあったと明かしている 。

ブランドのこだわり

哲学――身体という名の庭

オルトパリージの哲学はシンプルだが、きわめて挑発的である。「私たちの身体はひとつの庭として経験されるべきであり、その各部位を香りを放つ植物として見なければならない」。最も匂いを持つ身体の部位とは、最も「魂」が集まる場所だとグアルティエーリは言う。脇の下、肛門、性器、皮膚の折り目……文明社会が石鹸と制汗剤で覆い隠してきたその場所こそが、ブランドのインスピレーション源だ 。

「強い匂いが私たちに不快感を与えるのは、私たちの生来の動物性が文明によって抑圧され、そのぶん過剰な魂に耐えられなくなっているからだ。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

ハンガー・マガジン(Hunger Magazine)のインタビューでは、より率直にこう語っている。

「脇の下、肛門、液体を排出するすべての穴には特別な匂いがある。その匂いは、その人が何を経験し、どう感じ、どんな生活を送り、何を食べているかによって異なる。これらの穴はあらゆる情報を持っている。生命の本質的な情報を。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

ブランドを一言で形容するならとの問いに、グアルティエーリはこう答えた。

「ナソマット:ノー・リミッツ。オルトパリージ:アトラクション・アンド・リパルジョン(引力と反発)。」

— アレッサンドロ・グアルティエーリ(Alessandro Gualtieri)

ノートを語らないという姿勢

グアルティエーリは香料の処方や成分のノートを公開しない 。「インスピレーションを語ることで、その香りの創造的本質を先に伝える。実際のノートは時間をかけて着用者自身が探っていくものだ」という立場である 。また「顧客は愚かではない。自分が何を嗅いでいるかは分かっている」とも述べており 、説明でなく体験を重視する姿勢が一貫している。

ボトル・パッケージのデザイン

すべての作品はエクストレ・ド・パルファン(Extrait de Parfum)、つまり高濃度の香水として仕上げられており、肌の上で24時間以上持続したとする評価もある 。容量はすべて50ml。

ボトルはシンプルなフラスコ型のガラス瓶で、ラベルにはサヴィル・ロウ(ロンドンの高級テーラリング街)のツイード紙が使われている 。縦横に走るヘリンボーン(杉綾)柄は「男性的な優雅さの象徴」とされている 。

キャップは金属製で、作品によりアンティーク調などの異なる仕上げが施される 。作品ごとにキャップのインレイ素材が異なる点も特徴的で、たとえばボッカネーラ(Boccanera)には角(ホーン)、ヴィリデ(Viride)にはリグナム・ベルデ(緑の木)、セミナリス(Seminalis)には真珠光沢の素材が使われる 。最新作リズヴェリウム(Risvelium)のキャップには樹脂で封じられた「眼」のモチーフが施されており、意識と深い洞察の象徴とされている 。

外箱も「無限に向けて開く」多面的な構造になっており、開封の体験そのものが演出の一部となっている 。グアルティエーリはパッケージングのすべての細部に自ら関与し、素材の選定からグラフィックデザインまで監修している 。

香水はすべてメイド・イン・イタリー 。ユニセックスである 。

香水ラインナップ

オリジナル5作品(2014年)

ブランド誕生時に発表されたのは5つのユニセックス・エクストレだった。以下の具体的な香調は販売店やレビューによる表現を含み、ブランドが公開した処方ではない。

  • ベルガマスク(Bergamask):ベルガモとムスクを掛け合わせた造語。爽快なベルガモットの明るさと、アニマリックなムスクの獣性が衝突し、引き合う 。「ベルガモ出身の男たち」という俗語的な含意も漂わせるネーミングだ 。
  • ボッカネーラ(Boccanera):イタリア語で「黒い口」。ウォームなオリエンタル・グルマン。ダークチョコレート、ジンジャー、スパイスが織り重なる 。
  • ブルータス(Brutus):アンバー、シダー、ムスク、苔。「ブルータス」は古代ローマの人物を想起させる固有名詞であり、粗野で力強い印象を放つ 。
  • ステルカス(Stercus):ラテン語で「糞」を意味する 。アーモンド、アニス、アガーウッド、レザー、ヘリオトロピン、バニラが重なる、意外にも優雅なウッディ・パウダー系の香り 。名前の過激さとは裏腹に、「湿った干し草の香り」とも評される 。
  • ヴィリデ(Viride):ラテン語で「緑」。ラベンダーとクマリンで構築されたクラシックなフゼア(ラベンダー、クマリン、苔などを骨格とする香調)に、ナチュラルなウッドが重なる爽やかな一作 。

主要な後発作品

  • セミナリス(Seminalis):「精子」を想起させる名前を持つ、ミルキーでアーモンドに満ちた官能的な一作 。ムスクとシトラスが絡む。
  • メガマーレ(Megamare):2019年リリース 。「大いなる海(Megamare)」をテーマにした水生系香水。ベルガモットとレモンの上に、シーウィード・カロン・ヘジオンがたゆたい、アンブロキサン(龍涎香系の合成香料)とシダー、ムスクが漂着する 。オルトパリージを代表するベストセラーであり、24時間を超えて持続したという評価でも知られる 。
  • テッローニ(Terroni):2017年リリース 。「テッローニ」とはイタリア南部出身の農業労働者を指す俗語であり、火山ヴェスビオス周辺の大地と根をテーマに掲げる。ラズベリー、バーチ、ベチバー、トンカビーン、バニラ、モスが燃えるように重なる 。鮮烈な赤いボトルも印象的だ。
  • クオイオム(Cuoium):2021年リリース 。「レザー」をテーマにした香水で、その背景にあるのは祖父 ヴィンチェンツォ・パリージ(Vincenzo Parisi) の人生の一場面である。マラリアが蔓延するプーリアを離れ、ジェノバで靴職人として働いていた若きヴィンチェンツォが生涯でただ一度、自ら作ったという革靴。その靴は最後まで履き続けられ、形は崩れながらも魂はそのまま残ったとされる 。オゾン系・ミネラル系ノートと龍涎香、レザーが構成の核となっている 。
  • リズヴェリウム(Risvelium):2025年3月21日リリース 。「覚醒の香り」と呼ばれる最新作。「日常を切り裂く吸息。地と天上を結ぶ、目に見えない力を源とする」という公式のブランド説明が示すように、精神的なテーマが強い 。ベルガモット、ミント、ユーカリのトップに、アンブロキサン、アンバー、ムスクが続く 。ボトルのキャップには、七種類の目のモチーフのうち一つが施されている 。

インドッサ(Indossa)ライン(ウェアラブル・コレクティブル)

オルトパリージは香水だけにとどまらない。「インドッサ(Indossa)」という名のライン は、文字どおり「着られるオブジェ」であり、代表作は麻89%・シルク11%で構成されたジャカード織りのガウン/ラグだ 。イタリアの由緒ある織物工房が手がけるこのジャカードには、コーヒーかすを使った色素染めが施され、エイジングのような風合いを持つ 。シーズンレス、ユニセックス、「完全に自律したコレクティブル」と定義されている 。香水と同じく、グアルティエーリの「瓶から出る」(getting out of the bottle)という創作観を体現した存在と言えるだろう 。

ちなみに…

  • ブランド名「ナソマット(Nasomatto)」はイタリア語で「狂った鼻」を意味するが、そのグアルティエーリが次のブランドに選んだ名前は祖父の姓「パリージ」だった 。抽象的な哲学から肉親への敬意へ、という転換は興味深い。
  • ステルカスのラテン語の意味を知りながらも実際に試してみると、その香りが意外にも「湿った干し草」や「エレガントなウッド」であると評される 。名前のインパクトと実際の香りのギャップは、グアルティエーリの意図的な仕掛けと思われる。
  • グアルティエーリはアムステルダムの自作スタジオに中東の香炉を置き、取材に来たジャーナリストにコートを開かせ、中東の古来式の香りのまとい方(服に香煙を染み込ませる)を体験させたという。「これが香水だ」と言いながら 。
  • グアルティエーリはナソマットの看板作「ブラックアフガノ」の完成に6年を要し、300ページにわたる処方集を積み重ねたことを打ち明けている 。
  • 自身の創作スタンスについて、「あまり知的すぎてはいけない。そうでないと、千種類以上の香料に向かったとき、それらがいつも新鮮に見える。ゼロから始める祝福がある」と語っている 。
参考文献