Arielle Shoshana(アリエル・ショシャナ)|少量からでも、香水を楽しめる居場所を

Arielle Shoshana(アリエル・ショシャナ)を題材にした編集イラスト。少量からでも、香水を楽しめる居場所を。アメリカ・アレクサンドリア。

「香水は身にまとう芸術である。私はこの店を、自分の小さな美術館のように考えている。」

— アリエル・ワインバーグ

知っているブランドを探す前に、「甘い香り」「フレッシュな香り」という棚から試してみる。アメリカの香水セレクトショップ、Arielle Shoshana(アリエル・ショシャナ)は、そんな入口を用意してきた店である。

2015年にワシントンD.C.近郊のフェアファックスで開店し、2026年にはバージニア州アレクサンドリアの旧市街へ移った。同名の自社香水も展開するが、その出発点は、さまざまな作り手の香水を選び、地元の人々に紹介する仕事にある。

基本情報

  • 創業・実店舗開店:2015年9月
  • 創設者:Arielle Shoshana Weinberg(アリエル・ショシャナ・ワインバーグ)
  • 共同経営者:Katri Haas(カトリ・ハース)
  • 創業地:アメリカ・バージニア州フェアファックス、モザイク・ディストリクト
  • 現店舗:313 Cameron Street, Alexandria, Virginia 22314
  • 事業:複数ブランドの香水、ホームフレグランス、ボディ製品のセレクトショップとオンラインストア。同名の自社香水も展開
  • 公式サイト:Arielle Shoshana

公式サイトは、現在のアレクサンドリア店を50以上のブランドが集まる旗艦店として紹介している。店名は創設者自身の名前であり、開店当初の紹介では「Arielle Shoshana Scented Luxuries」という表記も使われていた。

創設者と店の成り立ち

香水を買うために、バスでニューヨークへ

メリーランド州で育ったワインバーグは、インターネットの美容掲示板で香水のレビューや、その日に使った香りについての投稿を読み込んでいた。高校のプロムで使う香水に選んだのは、ボンド・ナンバーナインの「New Haarlem」。D.C.周辺では売っていないと知ると、グレイハウンドのバスでニューヨークへ買いに行った。

欲しい香水を試すために、街を越えなければならない。後に地元へニッチ香水の店を持ち込む人物には、自身が遠くの売場を目指した経験があった。

科学の道から、香水を伝える売場へ

ワインバーグはジョンズ・ホプキンズ大学で自然科学を学び、香水業界の化学に関わる仕事を望んでいた。香水店を開くよう最初に勧めたのは父だったが、当初の本人は乗り気ではなかった。

調香学校の選考では最終段階まで進んだものの、不合格になる。努力してきた目標と、自分の得意なことが一致していない。その経験は、香水の世界への関わり方を考え直す転機となった。

ニューヨークでは二つの香水店で働き、店がうまくできていることと、違う方法がありそうなことを注意深く見ていた。自分が香水を作る側にならなくても、作品と人を結びつける仕事はある。そこで得た小売の経験を、今度は自分の店に生かしていく。

香水店の多いニューヨークから、需要のある北バージニアへ。大学時代に香水ブログを書いていた香水好きは、作り手の作品を集める店主になったのである。

2015年、モザイク・ディストリクトに開店

2015年9月、最初の実店舗はフェアファックスのモザイク・ディストリクトに誕生した。まず店を開けて客を迎え、その後に正式な開店祝賀会を予定していた。

開店直後の棚には、メゾン フランシス クルジャン、アトリエ コロン、CB I Hate Perfume、ニーラ・ヴェルメイユなどが並んでいた。ワインバーグは、来店者のスタイルや好みに合わせて、さまざまな香水を案内していた。品ぞろえと対話が、一緒に店の体験を作っていた。

地元には、ワシントンD.C.、メリーランド州、バージニア州から、年齢も背景も異なる客が訪れた。ニューヨークで覚えた香水の紹介を、首都圏の別の生活圏に根づかせる店だった。

客として出会ったカトリ・ハースと共同経営へ

ハースは最初から創業メンバーだったわけではない。まず客として来店し、ワインバーグと友人になり、店のシフトを手伝うようになった。美容小売の経験を持つ彼女は、やがて共同経営者となる。初めて店を訪れた頃には、こんな言葉も口にしていた。

「お給料は香水でいいから。」

— カトリ・ハース

現在の公式紹介にも、二人の共同所有が明記されている。

二人は同じ香水を嗅いでも、一方が柑橘と感じ、もう一方が温かい香りだと捉えることがある。感覚が一致しないことも、二人で選ぶ店の一部なのだ。

2026年、庭のあるアレクサンドリアの店へ

約10年を過ごしたモザイク・ディストリクトを離れ、2026年1月、店はアレクサンドリア旧市街のキャメロン・ストリートへ移った。

新しい空間には裏庭がある。ワインバーグが望んだのは、客が座って香りをじっくり体験できる場所だった。人を次々に入れて送り出すだけの買い物ではなく、時間を過ごす体験へ。その考えを受け止める場として、新店舗が選ばれた。

店舗と事業の歴史年表

時期 出来事
創業前 大学で自然科学を学び、香水ブログを執筆。ニューヨークの二つの香水店で経験を積む。
2015年9月 フェアファックスのモザイク・ディストリクトに実店舗を開店。
2017年 自社初の香水を発売。後に「Saturday」と呼ばれる作品となる。店舗の開業とは別の年である。
開店後 客だったカトリ・ハースが店に加わり、後に共同経営者となる。
2026年1月 アレクサンドリア旧市街、313 Cameron Streetへ移転。

選品と試香の考え方

ブランド名より、香りの系統を入口にする

開店当初、ワインバーグは、ニューヨークで接した客の半数が男性だった経験を踏まえ、性別に偏らない店の雰囲気を選んだ。売場の香水も、ブランドごとではなく香りのカテゴリーごとに分けた。

「ブランド別に並べる代わりに、カテゴリー別にしています。」

— アリエル・ワインバーグ

甘い香りやフレッシュな香りに惹かれると分かっていれば、そこから始められる。この並べ方は、ブランド名をまだ知らない客にも入口を作る。現在のオンラインストアにも、柑橘、花、グリーン、ウッドなどの系統別の入口があり、「Undefinable」、つまり分類しきれない香りの区分まで用意されている。

名前を知っている一本だけでなく、似た関心から別の作り手へ進めること。それが複数ブランドを扱う店ならではの面白さである。

著名なニッチと、新しい作り手を一緒に扱う

現在の取扱は自社香水に限らない。2026年10月に確認した公式の商品一覧には、D.S. & Durgaの「Bowmakers」、エクス ニヒロの「Fleur Narcotique Eau de Parfum」、ヴィルヘルム パフューマリーの「Mango Skin」などが掲載されている。著名なニッチブランドも、具体的な商品を伴って取り扱っている。

同時に、公式のブランド別メニューには、ボーントゥスタンドアウト、ジョーラム スタジオ、リー、ダナム、クルー パフューマリーなども並ぶ。一つの国や一つの価格帯でまとめた棚ではない。

創業時にはラルチザン パフュームやメゾン フランシス クルジャンのようなニッチ香水の柱となるブランドと、小さく冒険的なブランドを組み合わせた。2024年の二人は、高額な香水ばかりにせず、少量でも持ち帰って楽しめる選択肢を残すことを重視していた。

「私たちの店には、誰にとっても居場所があるようにしたいのです。」

— アリエル・ワインバーグ

その棚には、開店時から扱ってきたカイ フレグランスもある。若い頃、少量の香水がないかと売場で尋ねていた自分たちの記憶が、選品に残っている。

スタッフの好みと、客から届く発見

2026年に二人が挙げた仕入れの基準は、パッケージ、価格帯、香水の質だった。ブランドの声や目指すものが明確であることも重視する。美しい容器だけ、珍しい香りだけで採用が決まるわけではない。

「私たちが好きではないものは仕入れません。」

— アリエル・ワインバーグ、カトリ・ハース

新ブランドを知る経路も一方向ではない。展示会やブランドからの連絡に加え、客が紹介してくれる香水がある。ボーントゥスタンドアウトを知ったきっかけも客だった。店が香水を教え、客が学ぶだけではなく、客の好奇心が次の棚を変えていく関係である。

試してから決める時間を残す

店頭とオンライン注文では3点の無料サンプルを提供している。また、購入した商品のサンプルを用意し、包装を開ける前に香りを確かめられるようにしている。持ち帰って試す仕組みが、売場での出会いをその場限りにしない。

オーダーメイド香水を作るサービスではなく、選び集めたニッチ香水からその人に合うものを一緒に探す店である。自社香水の制作は2017年から加わったもう一つの活動だが、多様なブランドを比較し、知らなかった香りに出会う役割は続いている。

アリエル・ショシャナの歩みを追うと、香水を作ることだけが香水の世界への参加ではないと分かる。作り手の作品を選び、棚の並べ方を考え、客の言葉を聞く。その積み重ねも、香水文化を日常へ届ける仕事なのである。

参考文献