Hermès(エルメス) ── 馬具工房が生み出すプレステージ香水

ブランド創業者

「香りを書くとき、香料は私の言葉である。そしてその言葉で私は物語を紡ぐ。そこには呼吸があり、文と同じように転調がある。香水とは何よりもまず、精神の構築物なのだ」
── ジャン=クロード・エレナ(エルメス専属調香師、2004–2016年)


基本情報

  • ブランド名:Hermès(エルメス)​
  • 創業年:1837年(馬具工房として)
  • 香水事業の開始:1951年(初の一般販売向けフレグランス「Eau d’Hermès(オー ドゥ エルメス)」発売)
  • 創設者:ティエリー・エルメス(Thierry Hermès, 1801–1878)
  • 現在の専属調香師:クリスティーヌ・ナジェル(Christine Nagel)── 2014年入社、2016年より嗅覚クリエーション・ディレクター
  • 香水製造拠点:フランス・ノルマンディー地方ル・ヴォードルイユ(Le Vaudreuil)── 1977年より稼働
  • 公式サイトhttps://www.hermes.com

創設者・ブランドの成り立ち

ティエリー・エルメス ── 孤児から名匠へ

ティエリー・エルメスは1801年1月10日、現在のドイツ・クレーフェルト(Krefeld)に生まれた。フランス人の父とラインラント出身の母アニェス・クーネンのもと、プロテスタントの宿屋を営む家庭の六番目の子として育った。当時クレーフェルトはフランス革命戦争の結果フランス第一共和政の一部であり、ティエリーはフランス国籍をもって生まれている。

しかし彼の幼少期は苦難の連続であった。戦争や疫病が家族を次々に奪い、1821年に両親が亡くなると、20歳のティエリーはただ一人で故郷を後にした。ノルマンディー地方ポントドメール(Pont-Audemer)にたどり着いた彼は、そこで革なめし技術で名高いこの町の鞍具師に弟子入りし、馬具づくりの技を習得していく。

1828年にクリスティーヌ・ペトロニーユ・ピエラールと結婚し、一人息子のシャルル=エミールをもうけた。修業を積んで親方(マスター・クラフツマン)となったティエリーは、1837年、パリのマドレーヌ寺院近くにあるバス=デュ=ランパール通り56番地に最初の工房を開く。馬車用の馬具を手がける工房である。以前パリを訪れた際、運搬用の馬たちがサイズの合わない馬具に苦しめられている様を見て、頑丈かつ快適で流麗な馬具をつくるというアイデアを得たのだという。

彼の手がけた馬具は、二本の蝋引き麻糸を二本の針で互いに引き合うように縫い上げる「鞍縫い(ポワン・セリエ、point sellier)」と呼ばれる手縫いの技法で仕上げられ、パリの上流社会、さらにはフランス皇帝ナポレオン三世やその后ウジェニーにまで愛用された。1867年のパリ万国博覧会では一等賞を獲得し、エルメスの名は欧州の貴族や世界の指導者たちにまで知られるようになる。ティエリーは1878年にヌイイ=シュル=セーヌで亡くなった。

世代を超えて ── 馬具からメゾンへ

ティエリーの一人息子シャルル=エミール・エルメスは1880年に事業を引き継ぎ、店をパリ8区フォーブール・サントノレ通り24番地へ移転した。裕福な顧客が集まるこの立地は現在もエルメスの本拠地であり続けている。シャルル=エミールは鞍具の製造・販売を拡大し、ヨーロッパ、北アフリカ、ロシア、アジア、アメリカにまで顧客基盤を広げた。

シャルル=エミールの息子のうちエミール=モーリス・エルメスが実質的な経営を担うようになり、自動車時代の到来を見据えて馬具のサドルステッチ技術を革製品やトランクに応用する方向へ舵を切った。アメリカから持ち帰ったジッパー技術の独占権を取得し、フランスで初めてこの機構を革製品に導入。それは「フェルムチュール・エルメス(Hermèsの留め具)」と呼ばれた。1918年には英国皇太子エドワードのためにジッパー付きレザーゴルフジャケットを製作している。

エミール=モーリスには3人の娘がおり、それぞれロベール・デュマ、ジャン=ルネ・ゲラン、フランシス・ピュエシュと結婚した。この3人の義息がエルメスの多角化を推し進め、ロベール・デュマは革製品とシルクスカーフを、そしてジャン=ルネ・ゲランは香水部門の創設を担った。​

エミール=モーリスはその経営哲学をこう要約した ──「レザー、スポーツ、そして洗練されたエレガンスの伝統」。

香水事業の誕生 ── 革の内側に漂う香り

1951年にエミール=モーリスが亡くなると、義息のロベール・デュマとジャン=ルネ・ゲランが経営を引き継ぐ。ジャン=ルネは1926年にエルメスに参画し、以後64年間にわたり同社に在籍した。彼はエルメスの世界的な輸出部門を確立し、香水部門のCEOとなった人物である。​

この年、エルメスの香りの歴史が本格的に幕を開ける。20世紀フランス香水界の巨匠エドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska, 1905–1996)に依頼して誕生したのが「オー ドゥ エルメス」であった。

「エルメスのバッグの内側に、ある香りの残り香が漂っていた……上質なレザーのノートを、ほのかにスパイシーなシトラスがやさしく包んでいる」
── エドモン・ルドニツカ(オー ドゥ エルメス創作時のコメント)

ルドニツカはエルメスの革工房の内部 ── バッグを開けた瞬間に立ちのぼるレザーとスパイスの芳香 ── にインスピレーションを得て、このフレグランスを仕立てた。ベルガモットとプチグレンの鮮烈なシトラスから始まり、クミンとシナモンが強烈に主張し、やがてシベット(霊猫香)の動物的な温かみへと沈み込んでいく。男女兼用として発売されたこの作品は、あまりに先鋭的であったがゆえに当時から意見を大きく二分したが、エルメス香水の原点として今もなお重要な位置を占めている。

ルドニツカはディオリッシモやオー・ソヴァージュなど数々の名作を残した伝説的調香師であり、1946年に自身の研究所「アール・エ・パルファム(Art et Parfum)」を設立している。エルメスのために手がけた作品はこのオー ドゥ エルメスのほか、グランド・オー ドゥ エルメス(1987年)、エルメス・ルージュ(1988年)がある。

カレーシュからエキパージュへ ── 香水メゾンとしての確立

1961年、もう一人の名匠ギィ・ロベール(Guy Robert)がエルメス初の女性用フレグランス「Calèche(カレーシュ)」を調香した。カレーシュとは「馬車」を意味し、エルメスの紋章そのものである。アルデヒドとフローラル、そしてウッディノートが溶け合うこの作品は、メゾンの女性的な香りの原型を確立した。

続く1970年には、同じくギィ・ロベールによる初のメンズフレグランス「Equipage(エキパージュ)」が登場する。「馬装」を意味するこの名前もまた、エルメスの馬具のルーツを色濃く反映している。

1979年にはフランソワーズ・カロン(Françoise Caron)がエルメス初のコロン「Eau de Cologne Hermès」(のちに「Eau d’Orange Verte(オードランジュ ヴェルト)」と改名)を手がけた。朝露に濡れた林の香りにインスピレーションを得たこの作品は、はじけるようなオレンジのフレッシュネスとオークモスの深みが交差し、エルメスのコロン・コレクションの礎となった。

1995年にはモーリス・ルーセル(Maurice Roucel)が「24, Faubourg(ヴァンキャトル、フォーブール)」を発表。エルメス本店の所在地そのものを冠したこの作品は、地中海とインド洋の太陽にインスパイアされた華やかなホワイトフローラルで、故ダイアナ元英国皇太子妃の愛用フレグランスとしても知られる。ボトルはデザイナーのセルジュ・マンソウが手がけ、「陽光に包まれ、微風にそよぐシルクスカーフ」を表現している。

ジャン=クロード・エレナの時代 ── 「引き算の美学」

2004年、エルメスの歴史において決定的な転換期が訪れた。当時のエルメス社長ジャン=ルイ・デュマの招きにより、調香師ジャン=クロード・エレナ(Jean-Claude Ellena)がメゾン初の専属調香師(ネ/nez)に就任したのである。

エレナは1947年、フランス南部の香水の都グラース(Grasse)に生まれた。父も調香師であり、幼少期に祖母とともにグラースの丘でジャスミンを摘み、それを香料会社に売った記憶が彼の原点である。16歳でエッセンシャルオイルメーカーのアントワーヌ・シリス工場に弟子入りし、夜勤の合間にオークモスの袋の上で眠った日々を回想している。1968年には、ジボダン社がジュネーブに新設した調香学校の第一期生となった。

「最初の嗅覚の記憶は?── 4歳くらいのとき、台所の戸棚のなかに隠されたクッキーの箱の匂いです」
── ジャン=クロード・エレナ

彼の調香哲学には、師と仰ぐエドモン・ルドニツカの強い影響がある。父から渡されたルドニツカの論考「若き調香師へのアドバイス」を読んだことが彼の方向性を決定づけた。ルドニツカの「シンプルであれ」という教えを受け継ぎつつ、エレナは独自の「引き算の美学」を確立した。当時の調香師が2,000~3,000もの香料パレットから処方を組み立てていたのに対し、エレナはそれをわずか数百にまで絞り込んだ。

「目的は”減らす”ことではなく、”明確にする”ことだった。複数のジャスミンを混ぜ合わせても、微妙な違いは最終製品では失われてしまう。私に必要なのは、正しいジャスミンを賢く使うことだ。処方の中で一つのノートの位置に疑問を感じたら、それは悪い兆候であり……そのノートを抜いて新しい試作に取りかからなければならない。取り去るものも、加えるものもなくなったとき、香水は完成する」
── ジャン=クロード・エレナ

しかし本人は「ミニマリスト」というレッテルを明確に拒否している。知人に宛てた書簡でこう述べた ──「私はミニマリストではない。それは私の仕事に対する誤解だ。シンプルであることはミニマリズムではない。私は知覚と知性を調和させようとしている」。

エレナのエルメスでの12年間は、香りの大きな物語を次々と紡いだ。2003年の「アン ジャルダン アン メディテラネ(Un Jardin en Méditerranée)」を皮切りに、2005年の「アン ジャルダン シュル ル ニル」、2006年の「テール ドゥ エルメス」、そして2004年から展開される「エルメッセンス」コレクション ── いずれもエルメスの嗅覚の語彙を根本から書き換える作品群であった。

2014年にマリ・クレール誌のインタビューで、エレナはエルメスとの関係をこう表現した。

「犠牲? いいえ、それは真の出会いです。私はここでエルメスを表現するためにいるのです」

クリスティーヌ・ナジェル ── 「触覚の調香師」

2014年3月、スイス・ジュネーヴ出身の調香師クリスティーヌ・ナジェルがエルメスに加わった。2016年1月にエレナの後任として嗅覚クリエーション・ディレクターに就任し、以降すべてのエルメスの香りを手がけている。

ナジェルの経歴は、グラース出身の伝統的な調香師とは大きく異なる。有機化学を学んでいたジュネーヴ大学の目の前に、香料会社フィルメニッヒの建物があった。ある日、社内の調香師が受付嬢の肌に試作品をつけたのを目にし、その女性の表情に浮かんだ喜びと感動を見て、自分の道を確信したという。

「でも最初の答えは”ノー”でした。完全なノー。禁止。なぜなら私は女性だから。グラース出身ではないから。ジュネーヴ出身だから。調香師の家系ではないから。化学を学んでいたから。……でも私には夢がありました。だから別の道を見つけたのです」
── クリスティーヌ・ナジェル

彼女がフィルメニッヒで採用試験として課されたのは、既存の香水を嗅いで処方を逆算して書き出すという高度な技術であった。この「分析的訓練」がのちに彼女に大きな自由を与えることになる。

ナジェルは共感覚(シナスタジア)の持ち主でもある。音を色として、香りをテクスチャーとして知覚する神経学的特性であり、彼女の作品の「触覚的」と評される性質に深く関わっている。

「香りについて考えるとき、色やテクスチャーとして思い浮かべる。年々それは強くなっています」
── クリスティーヌ・ナジェル

エルメスへの参画を振り返って、ナジェルはこう語る。

「エルメスが私に連絡をくれたとき、ちょうど変化を求めていた。……ピエール=アレクシス・デュマが”私たちに加わりませんか?”と言ったとき、外面はとても礼儀正しく静かにしていましたが、内側は津波でした!」

エルメスにおけるナジェルの創作プロセスは、マーケティング・リサーチやフォーカスグループの介入を一切排除している。アーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシス・デュマ、エルメス・パルファム・エ・ボーテCEOのアニエス・ド・ヴィリエ、そしてナジェル自身を含むごく少数の委員会で判断が下される。

「私は本当に、調香師が本来するべきことをしています。原料の選択も、価格の制約も、時間の制約もなく、すべての調香師が夢見るような仕事をしています。完全な、そして絶対的な自由があるのです」
── クリスティーヌ・ナジェル


ブランドのこだわり

香りづくりの哲学 ── 「マーケティングではなく、創作を」

エルメスの香水づくりを貫く信条は、かつてジャン=ルイ・デュマが語った言葉に集約される。

「我々にはイメージの方針はない。製品の方針があるだけだ」
── ジャン=ルイ・デュマ(エルメス第5世代社長)

エルメスは、フランスの大手ラグジュアリーメゾンの中でも数少ない「自社工場で香水を一貫生産し、専属の”鼻(ネ)”を擁する」ブランドである。香水はすべてノルマンディー地方ル・ヴォードルイユの自社工場で製造されており、原料の調達から香水ベースの製造、瓶詰め、パッケージングまでを一貫して行う。この工場は1977年の稼働以来40年以上にわたり稼働しており、2020年のパンデミック時にはフランスのために5トンのハンドサニタイザーを自主的に生産したこともある。

原料の選定においても妥協はない。ナジェルは「エルメスでは、素材の美しさがすべてのメティエ(職種)の中核にあります。原料を自由に選べるということは絶対的な贅沢であり、他の誰も行ったことのない場所へ行く自由を与えてくれます」と語る。

ボトルデザイン ── 「ランタン」と馬具のDNA

エルメスの香水ボトルには、メゾンの馬具のルーツが色濃く息づいている。代表的なのは「ランタン型」と呼ばれるフラコンで、往年の馬車用ランタンを思わせるフォルムが特徴である。このボトルはコロン・コレクションやパルファン・フォンダトゥール(創業者の香水)コレクションに共通して使用され、各作品ごとに異なるカラーのガラスを纏うことで個性を表現する。ラベルの裏面にはフィリップ・デュマ(エルメス一族のアーティスト)による各フレグランスを象徴するイラストが描かれ、香水のジュースを通して透けて見えるよう設計されている。

「オー デ メルヴェイユ」のボトルは、デザイナーのセルジュ・マンソウが手がけた星がちりばめられた虫眼鏡型のユニークなフォルムで、オレンジ色の光が強弱をつけて煌めく。「エルメッセンス」コレクションの細長い長方形のフラコンには、鞍縫いのレザーキャップが施されている。

2024年に発売された新作「バレニア(Barenia)」では、デザイナーのフィリップ・ムケがエルメスを代表するブレスレット「コリエ・ド・シアン(犬の首輪に着想を得たもの)」をモチーフにボトルをデザインした。クリスタルのような透明なカーブと貴金属のプレートが融合する、まさにメゾンのレザーと金属のDNAを体現したオブジェである。

香りにジェンダーはない

エレナもナジェルも一貫して「香りにジェンダーの区別はない」という立場をとっている。エレナはインタビューでこう述べた。

「”ユニセックス”という言葉は使いません。”共有するもの”と言いたい。香水を芸術と捉えるなら、それは万人のためのものであり、一人ひとりのためのものです。男性用・女性用という区別は経済的なものであり、創造的なものではありません」

ナジェルもまた「西洋社会は女性用・男性用というコードを作り出していますが、私たちはときにそこから解放される必要があります」と語る。


香水ラインナップ

エルメスの香水は大きくいくつかのコレクション(メゾンでは「テリトワール=領域」と呼ぶ)に構造化されている。

パルファン・フォンダトゥール(創業者の香水)

メゾンの歴史的なフレグランスを集めたコレクション。ランタン型のボトルに統一され、各作品の色とラベルで個性を示す。代表作は以下の通り。

  • Eau d’Hermès(オー ドゥ エルメス)(1951年)── エドモン・ルードニツカ作。エルメスの原点
  • Calèche(カレーシュ)(1961年)── ギィ・ロベール作。初の女性用フレグランス
  • Equipage(エキパージュ)(1970年)── ギィ・ロベール作。初のメンズフレグランス
  • 24, Faubourg(ヴァンキャトル、フォーブール)(1995年)── モーリス・ルーセル作。故ダイアナ妃の愛用香

コロン・エルメス

1979年にフランソワーズ・カロンの「オードランジュ ヴェルト」で幕を開けたコロン・コレクション。エレナが2009年に「オー ドゥ パンプルムース ローズ」と「オー ドゥ ジャンシアンヌ ブランシュ」を加えて拡充した。ジェンダーや年齢、季節を超えた「即座の、寛大な喜び」を追求するコレクションである。

パルファン・ジャルダン(庭園の香水)

2003年の「アン ジャルダン アン メディテラネ」から始まった、世界各地の庭園にインスピレーションを得たシリーズ。各作品はメゾンの精神、場所の魂、そして調香師のインスピレーションの出会いを表現する。現在までに7作品が発表されている。

作品名発売年調香師インスピレーション
Un Jardin en Méditerranée2003エレナチュニジアの秘密の庭園
Un Jardin sur le Nil2005エレナエジプト・アスワンのナイル河畔
Un Jardin après la Mousson2008エレナインドのモンスーンの後の庭
Un Jardin sur le Toit2011エレナパリの屋上庭園
Le Jardin de Monsieur Li2015エレナ実在と想像の間の中国の庭園
Un Jardin sur la Lagune2019ナジェルヴェネツィア・ジュデッカ島の庭園
Un Jardin à Cythère2023ナジェルギリシャ・キティラ島の風景

エレナはナイル河畔の庭を歩いた際、マンゴーの木立でグリーンマンゴーの香りに心を奪われ、それが「アン ジャルダン シュル ル ニル」の出発点となった。この創作過程は、ニューヨーク・タイムズの香水批評家チャンドラー・バールによる著書『The Perfect Scent』で詳細に記録されており、エレナのエルメスでの創作の裏側を世界に知らしめた作品としても知られる。

エルメッセンス

2004年にジャン=クロード・エレナが創設した、エルメスの「エッセンス(本質)」を冠するエクスクルーシヴ・コレクション。エルメスの直営店でのみ販売される。

「それらは嗅覚の詩の収集であり、節度と強度を兼ね備え、感情の新たな側面を自由に探求するものです」
── エルメス公式

コンセプトは明快で、二つの際立った素材を出会わせ、それを鞍縫いのように端正に組み上げること。エレナが13作品を手がけた後、ナジェルが2016年以降さらにモロッコへの旅などからインスピレーションを得て「ムスク・パリダ」「ウード・アレザン」などを加えている。鞍縫いレザーのキャップを冠した細長いフラコンは、コレクションの統一されたアイデンティティである。

テール ドゥ エルメス

2006年にエレナが発表した、エルメスの男性向けフレグランスの金字塔。「人と大地のつながり」をテーマに、フルーティ=スパイシー=ウッディの構造で組み上げられた。グレープフルーツとオレンジのシトラストップから、ペッパーのスパイシーなハート、パチュリとシダーのウッディベースへと展開する。エレナはジャン・ジオノの小説に触発され、人間と自然の深い結びつきを香りで表現しようとしたという。

ナジェルはこのモニュメントに対して敬意と勇気をもって向き合い続けている。2025年に発表した最新作「テール ドゥ エルメス オー ドゥ パルファム アンタンス」では、火山の噴火という原始的なイメージを起点に、天然のリコリスエキスとローストしたコーヒー豆のエキスという二つの稀少素材を初めて用いた。

「テール ドゥ エルメスは私にとってモニュメントです。そこに挑むには、ある種の勇気が必要なのです」
── クリスティーヌ・ナジェル

オー デ メルヴェイユ(驚異の水)

2004年に調香師ラルフ・シュヴィーガーとナタリー・ファイスタウアーが創作した女性用フレグランス。アンバーグリス(龍涎香、鯨の消化物に由来する希少素材)にインスパイアされた作品で、シュヴィーガーは「アンバーグリスは魔法の素材だ。ヨナと鯨の聖書の物語を想起させる」と語った。ウッディ・アンバー調でありながらミネラル感のある塩気を帯びた独自の透明感が特徴である。以降「エリクシール デ メルヴェイユ」「ロンブル デ メルヴェイユ」などの派生作品が星座のように広がっている。

トゥイリー ドゥ エルメスとH24

ナジェルが手がけた近年の主要コレクションとして、2017年発売の「Twilly d’Hermès(トゥイリー ドゥ エルメス)」がある。エルメスのスカーフを独自のやり方でベルトやヘアバンドとして使いこなす若い世代の自由な精神からインスピレーションを得た作品である。

「エルメスの中には大胆さ、ファンタジー、色彩がある。”これはとても若々しい”と思ったのですが、若い人たちはエルメスのブティックに入ることに少し気おくれを感じている。だから素材をツイストして、新しい入口を見つけられるかもしれないと思ったのです」
── クリスティーヌ・ナジェル

2021年には、エルメスにとって15年ぶりの新しいメンズフレグランス「H24」を発表。グラース産のナルシス(水仙)のアブソリュートを男性的に昇華させた革新的なアロマティック・グリーンで、ヴェロニク・ニシャニアンのメンズウェアのクリエーションとの共鳴を意識して創られた。


ちなみに…

  • エレナは香水を身につけない。 調香師としての中立性を保つため、エレナ自身は一切フレグランスを纏わないことで知られる。愛用するテール ドゥ エルメスも「年に3回程度」しか使わず、同じ古いボトルを長年使い続けていた。家族も調香師一家で、父、兄弟、そして娘のセリーヌ・エレナもまた調香師である。
  • ナジェルの「追跡」の習慣。 ナジェルは街を歩いているとき、すれ違った人から自分が作った香水の匂いがすると、つい引き返してその人の前に回り込み、もう一度嗅いで確かめるのだという。「その人は私を知らないでしょう。でも肌に纏っているのは、私の一部なのです」。
  • エルメスのオレンジ。 エルメスの象徴であるオレンジ色のパッケージは、実は第二次世界大戦中のドイツ占領下での物資不足から偶然採用されたものであった。
  • エルメスのスカーフは25秒に1枚売れている。 香水とは直接関係ないが、同じメゾンのスカーフのこの数字は、エルメスというブランドのクラフツマンシップへの信頼がいかに厚いかを物語っている。
  • エレナが夢見る香り。 インタビューで「これから作りたい香水は?」と問われたエレナは、「風の香水」と答えている。

  1. Hermès – Wikipedia(英語版)– https://en.wikipedia.org/wiki/Herm%C3%A8s
  2. Thierry Hermès – Wikipedia(英語版)– https://en.wikipedia.org/wiki/Thierry_Herm%C3%A8s
  3. Jean-Claude Ellena – Wikipedia(英語版)– https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Claude_Ellena
  4. Interview with Jean-Claude Ellena – CaFleureBon – https://cafleurebon.com/interview-with-jean-claude-ellena/
  5. The Moment of Doubt: An Interview with Christine Nagel of Hermès – Persolaise – https://persolaise.com/2018/05/the-moment-of-doubt-interview-wi.html
  6. Hermès Perfumer Christine Nagel Wants Men To Smell Intense – Esquire Australia – https://esquire.com.au/hermes-perfumer-christine-nagel-interview/
  7. The Physicality of Perfume: Interview with Christine Nagel – Contributor Magazine – https://contributormagazine.com/the-physicality-of-perfume-interview-with-christine-nagel/
  8. Parfums Hermès – Comité Colbert – https://www.comitecolbert.com/en/members/parfums-hermes/
  9. Eau d’Hermès, by Edmond Roudnitska – Culturedarm – https://culturedarm.com/eau-dhermes-by-edmond-roudnitska/
  10. Vintage Hermès Eau d’Hermès Review – CaFleureBon – https://cafleurebon.com/vintage-hermes-eau-dhermes-review/
  11. Perfumer Jean-Claude Ellena: The Alchemist of Scent – Scentertainer – https://scentertainer.net/en/perfumer-jean-claude-ellena-the-alchemist-of-scent/
  12. No, Jean-Claude Ellena isn’t a Minimalist – Grain de Musc – http://graindemusc.blogspot.com/2009/03/no-jean-claude-ellena-isnt-minimalist.html
  13. A Prominent Guest: Jean-Claude Ellena – Paris Perfume Week – https://www.perfume-week.com/en/a-prominent-guest-jean-claude-ellena/
  14. Hermès Eau d’Hermès Eau de Toilette – Cosma Parfumeries – https://www.cosma-parfumeries.com/uk_en/hermes-eau-d-hermes-eau-de-toilette.html
  15. Un Jardin sur le Nil – Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Un_Jardin_sur_le_Nil
  16. Hermès, Un Jardin à Cythère – Lampoon Magazine – https://lampoonmagazine.com/hermes-un-jardin-a-cythere/
  17. An Oriental Dream in Hermès’s Hermessence Line – The Fashionography – https://thefashionography.com/beauty/fragrances/an-oriental-dream-arrives-in-hermess-hermessence-line/
  18. Hermessence By Hermès – Olfactics – https://olfactics.net/2014/06/14/hermessence-by-hermes/
  19. Collection Hermessence – Hermès France 公式 – https://www.hermes.com/fr/fr/content/327760-collection-parfums-hermessence/
  20. Les Jardins – Hermès US 公式 – https://www.hermes.com/us/en/content/283124-fragrances-collection-jardins/
  21. Terre d’Hermès – Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Terre_d%27Herm%C3%A8s
  22. Edmond Roudnitska – Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Edmond_Roudnitska
  23. The Classics Collection by Hermès – Agence Pierre Katz – https://agencepierrekatz.com/en/project/the-classics-collection-by-hermes/
  24. 24 Faubourg Eau de parfum – Hermès US 公式 – https://www.hermes.com/us/en/product/24-faubourg-eau-de-parfum-V107376V0/
  25. Hermès 24 Faubourg – Kafkaesque Blog – https://kafkaesqueblog.com/2017/10/29/hermes-24-faubourg-part-i-glorious-vintages-edt-edp/
  26. Eau des Merveilles Eau de toilette – Hermès US 公式 – https://www.hermes.com/us/en/product/eau-des-merveilles-eau-de-toilette-V107291V0/
  27. Hermès Eau des Merveilles – NST Perfume – https://nstperfume.com/2006/09/07/hermes-eau-des-merveilles-parfum-des-merveilles-fragrances/
  28. Hermès Perfumer Jean-Claude Ellena Interview – Marie Claire – https://www.marieclaire.com/beauty/a9638/jean-claude-ellena-hermes-interview/
  29. Perfume houses – Hermes: Prestige and history – Scentertainer – https://scentertainer.net/en/perfume-houses-hermes-prestige-and-history/
  30. The first chypre – La Lanterne d’Hermès à Ginza – https://lanterne.hermes.com/en/story/story2409/
  31. Hermès Parfums at Le Vaudreuil – LinkedIn – https://www.linkedin.com/posts/hermes-group_hermestalents-activity-6773557758680711168-WycG
  32. Hermès to close factories in France – S&P Global – https://www.spglobal.com/marketintelligence/en/news-insights/latest-news-headlines/hermes-to-close-factories-in-france-57635
  33. Jean-Claude Ellena: The Man Behind the Fragrance Empire – Blacksmith.K – https://blacksmithk.com/blogs/perfumer-series/jean-claude-ellena
  34. Famous noses: Jean-Claude Ellena – Stocksmetic – https://www.stocksmetic.com/en/blog/famous-noses-jean-claude-ellena/
  35. Jean-Claude Ellena Quotes – Goodreads – https://www.goodreads.com/author/quotes/1005457.Jean_Claude_Ellena
  36. Hermès fragrance collection – Parfum Digital – https://www.hermes.com/fr/fr/product/eau-d-orange-verte-eau-de-cologne-V101916V0/
  37. Jean-Rene Guerrand obituary / interview – YouTube – https://www.youtube.com/watch?v=DjO4i_9vLTQ
  38. Jean-Claude Ellena: The Fragrance Poet – Parfumo – https://www.parfumo.com/Users/Mikayla/Blog/Article/jean-claude-ellena-the-fragrance-poet-of-perfumery
  39. Hermès Parfumer Christine Nagel on emotional power of scent – LUX Magazine – https://www.lux-mag.com/hermes-perfumer-christine-nagel/
  40. A mature fragrance in the history of Hermes: Barenia – Houyhnhnm – https://www.houyhnhnm.jp/en/news/891198/
  41. Hermès perfumes – Tafaseel Perfume – https://tafaseelperfume.com/brands/herm%C3%A8s-perfumes-and-colognes-10-10
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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