Serge Lutens(セルジュ・ルタンス)|庭園の回廊に開いた紫のサロン

Serge Lutensの代表店舗、パリのパレ・ロワイヤル店の紫のサロンを描いたイラスト

場所そのものが、私を導いてくれました。

セルジュ・ルタンス

店舗のはじまり

セルジュ・ルタンスの最初の香水店は、自身の名を冠したブランドが生まれる前に開かれた。1992年、資生堂と協働していた彼がパリのパレ・ロワイヤルに構えたのが、「レ・サロン・デュ・パレ・ロワイヤル・シセイドー(Les Salons du Palais Royal Shiseido)」である。香りと、それを迎える部屋を一緒に構想した店だった。

パレ・ロワイヤルの庭園を囲む回廊は、ルタンスが長く心を寄せてきた場所だ。そこに住みたいと考えたこともあったが、彼が好きだったのは、美しい建築に守られながら外を歩く時間だった。サロンに選んだのは、その回廊の一角、ギャルリー・ド・ヴァロワ142番地である。

パレ・ロワイヤルのサロンは、パレ・ロワイヤルに属しています。ほかの場所では、これをつくらなかったでしょう。

セルジュ・ルタンス

庭園の三方を建物で囲み、地上階を商人に貸す計画は、1781年、オルレアン公が建築家ヴィクトル・ルイに委ねたものだった。庭園を眺めながら歩き、店に立ち寄る場所としてつくられた回廊に、ルタンスは香水のサロンを置いた。

2000年にセルジュ・ルタンスのブランドが成立した後も、パレ・ロワイヤルはその世界に触れる場所であり続けた。パリには、ルタンス自身の記憶を内装に重ねたサントノレ通りの店もある。

セルジュ・ルタンス(Serge Lutens)—自身の真の姿を浮かび上がらせる哲学的香水
セルジュ・ルタンス(Serge Lutens)の創作背景と香水の哲学を解説。自己表現を通じて真の姿を浮かび上がらせる、独自の香りの世界に迫ります。

店づくりの考え方

ルタンスがパレ・ロワイヤルに思い描いたのは、茶館のように香水に向き合う場所である。客には好奇心を持って入り、香りを試しながら自分への信頼を深めてほしい。そのための時間を、部屋ごとつくろうとした。

内装の手がかりにしたのは、場所の歴史と、フランス革命後のディレクトワール期の装飾だった。資料を調べ、別々の家に散らばっていた美しい要素をサロンに集める。ただし、色まで再現するのではなく、淡い蘭の花を思わせる色から深い紫まで、自身の色調を重ねている。

訪れたい店舗

パレ・ロワイヤル店(パリ)

大理石を組み合わせた床には艶があり、中央では、細かな金属細工を施した螺旋階段が上階へ伸びる。天井には夜空を思わせる色と星が置かれた。庭園に面した店の内側に、紫と夜空の色彩が広がっている。

紫の壁と星の天井、黒と金色の螺旋階段があるセルジュ・ルタンスのパレ・ロワイヤル店を描いたイラスト。
パレ・ロワイヤル店の紫のサロン(イラスト)

その細部を形にしたのが、デザイナーと職人たちの仕事である。タカオ・ヒライ(Takao Hirai)は改装、空間構成、装飾、家具に携わり、ルタンスの構想をサロンへと仕立てる仕事を担った。

壁面上部などを帯状に飾るフリーズには、黄道十二宮を題材にした浮彫りがある。装飾工房アトリエ・レサック(Atelier Rayssac)が、ルタンスの図案をもとに150点の浅浮彫りを制作した。工房は、展示ケースのためのブロンズ模型も手がけている。

パレ・ロワイヤル店の細密な装飾画を担ったのは、カトリーヌ・フェフ(Catherine Feff)の工房である。天井には点と星を、壁にはアラベスクを、壁際の高い巾木には小さな架空の昆虫を描いた。画中の昆虫たちは、貴重な材料を集め、香水をつくる姿で描かれている。

丸みのある肩と、薬瓶を思わせるガラス栓を持つ「フラコンドゥターブル」。その丸みを帯びた輪郭は、パレ・ロワイヤルのアーケードをかたどっている。庭園を囲む建築の曲線が、香水を収める器にも取り入れられた。

このサロンでは、スタッフがガラス瓶にムエットと呼ばれる試香紙を浸し、客へ差し出す接客が行われてきた。小さなカウンターには漆塗りのトレーが置かれ、瓶から取った香りを手渡していた。

上階にも、香りを囲むための場所があった。旅行記者のアイリーン・S・レヴィーンが体験した案内では、低い長テーブルに、あらかじめ香水名を書いた試香紙が用意された。参加者はそれぞれの香りに何を感じるかを考え、自分の好みを探っていった。現在も店では、一人ひとりに合わせて香りとルタンスの芸術世界を案内している。

サントノレ店(パリ)

パレ・ロワイヤルの回廊から、より国際的な客層が行き交うサントノレ通りへ。二つ目のパリの店は、ルタンスが異なる人々と出会う場所として設けられた。最初のサロンが場所の歴史をたどる空間なら、こちらの内装には、彼が各地で重ねてきた経験が映っている。

頭上を覆う杉材の天井には、モロッコの幾何学模様が彫り込まれている。

私がデザインした天井はモロッコでつくられました。カウンターは、家庭の祭壇のように仕立てられています。

セルジュ・ルタンス

その祭壇の形には、幼少期に見た教会やバシリカの記憶が重なる。漆塗りの家具には日本の室内を思わせる整然とした趣を取り入れた。

幾何学模様の紫の天井、黒い鏡面の壁と円形の鏡が続くセルジュ・ルタンスのサントノレ店を描いたイラスト。
サントノレ店の天井と回廊(イラスト)

パレ・ロワイヤルでは星や昆虫を描く装飾画が部屋を包むのに対し、サントノレでは幾何学模様の彫刻が天井を覆う。異なる文化に触れてきたルタンスの経験が、同じ部屋の中で隣り合っている。

開店時には、香水瓶の栓を選ぶためのスペースも設けられた。縞模様や金色、幾何学模様などから選び、香りを収める瓶にも好みを重ねる。香水と、その器や選ぶ空間を一緒に考えた店づくりである。

参考文献