Harrods Salon de Parfums(ハロッズ サロン・ド・パルファム)|一つひとつの香水を、静かに味わうためのサロン

Harrods Salon de Parfums(ハロッズ サロン・ド・パルファム)を題材にした編集イラスト。一つひとつの香水を、静かに味わうためのサロン。イギリス・ロンドン。

「Salon de Parfumsでは、香水こそが主役である。」

ミア・コリンズ(Mia Collins)、ハロッズの当時のビューティー部門責任者

ロンドンのハロッズには、地上階の香水売場とは別に、香水のための回廊がある。6階のSalon de Parfums(サロン・ド・パルファム)だ。長い通路を進むと、ブランドごとにしつらえを変えた小さなブティックが続く。同じ百貨店のなかで、香水を選ぶ場所をもう一つつくる。その判断には、ニッチ香水の成長と、顧客との対話を売場へ返すバイヤーの仕事があった。

基本情報

開設:2014年10月
運営:Harrods(ハロッズ)
開設時の主要担当者:ミア・コリンズ(ビューティー部門責任者)
業態:百貨店内の複数ブランド香水売場
所在地:英国・ロンドン、ナイツブリッジ。Harrods, 87–135 Brompton Road, London SW1X 7XL、Sixth Floor
公式サイト:Salon de Parfums

訪問先はロンドン本店6階の売場である。公式館内案内では、地上階のThe Perfumery Hallと区別され、6階へはBasil Street側のエスカレーターを利用するよう案内されている。ハロッズの通販で扱う香水全体と、この売場のブランド構成も同一ではない。

Salon de Parfumsの成立

ニッチ香水の成長から、専用売場の構想へ

開設を率いたコリンズは、もともとファッションの買付けに携わっていた。2007年にハロッズへ入り、2011年に香水・化粧品の買付けへ移る。約9年間のファッション分野の経験を経て、美容の仕事に踏み出した人物である。2025年には、ビューティーのBuying Directorとして、百貨店、H beauty、オンラインそれぞれの違いを踏まえた買付けを説明している。

Salonの構想の背景には、高級ニッチ香水が数年間にわたり伸びていたことがある。コリンズは、その動きを受け止める専用空間が必要だと考えた。場所に選んだのは、販売支援チームが事務所として使っていた6階だった。2014年3月にブランド側へ構想を伝え、計画と施工を約7か月で進めている。

2014年10月、売場が開く。開設に際して示されたのは、11ブランドの専用ブティックと、限定品などを集めるフレグランス・ギャラリーを組み合わせる構成だった。シャネル、ディオール、ゲラン、トム フォードに加え、セルヨッフ、エクス・ニヒロ、アンリジャックなどを並べる。大手メゾンの特別なコレクションと、流通の限られる香水を、同じ階で探せる仕組みである。

香りが混ざりすぎない、ブティックを巡る構成

香水を一斉に噴霧する百貨店の売場では、別々の香りを嗅ぎ分けにくくなる。開設前のBloombergの報道でも、こうした香水カウンターの問題と、6階に独立した区画を設ける計画が取り上げられた。各ブランドに間隔を与える構成は、香り同士の干渉を抑える狙いも持っていた。

空間は、アーチ状の天井を持つ回廊を骨格とし、その左右に各区画の入口を並べる。入口脇には円筒形のガラス展示ケースを配し、ブランドがそれぞれの世界観を表せるようにした。建築側に共通する秩序をつくり、個々の店には表現の余地を残す設計である。

2014年に訪れた香水評論家ペルソレーズは、アンリジャックの木製パネルに見えた部分が、販売員との会話をきっかけに棚や引き出しとして開く様子を記している。通路から眺めるだけでは分からなかった香水が、人の手で現れる。接客そのものが、展示の一部になっていた。

同じ訪問記では、ロジャ・ダヴ・オート・パルフュムリーが入口近くに置かれ、独自に選んだ複数ブランドも扱っていたことが分かる。Salonは、単一ブランドの直営店を集めるだけでなく、選び手の異なる売場を内側に抱えて出発した。

売上と顧客の声を、次の選品へ返す

「私たちの顧客は、毎日私たちに教えてくれる。」

ミア・コリンズ

コリンズが重視したのは、売上分析と、販売員が店頭で受け取る顧客の声の両方だった。その反応を基に、ブランドへSalon専用の作品づくりも働きかけていた。買付けは完成品を選んで終わる仕事ではなく、売場で生まれた要望を、次の制作へ届ける役割も持つ。

2015年当時、香水・化粧品バイヤーを務めていたヴェサ・カルホ(Vesa Kalho)の経歴にも、売場との近さが見える。

「私は売場から仕事を始めた。」

ヴェサ・カルホ、当時のハロッズ香水・化粧品バイヤー

カルホは販売の現場から買付け部門へ進み、Beauty Apothecaryのアシスタントバイヤー、バイヤーを経て、2014年2月に香水・化粧品の担当となった。後にThe Perfume Societyは、新しいブランドを探し、限定品の取扱いを獲得する彼の仕事を紹介している。カルホは2021年にハロッズを離れ、フェンウィックへ移った。ここでの経歴は、Salon開設前後を支えた仕事として捉えたい。

2017年の拡張と、現在のブランド構成

2017年のボンド ナンバーナインの発表では、拡張されたSalonに同ブランドの英国初ブティックが加わることが告知された。地上階ですでに販売を続けていたブランドが、6階にも拠点を広げる展開である。既製のオードパルファムに加え、香りのテイスティングや詳しい相談を提供する方針も示された。限定品の陳列と並行して、対面の時間を増やす方向へ売場を育てていたことがうかがえる。

現在の公式案内は「25の選び抜かれたブランド」を掲げる。アムアージュ、セルヨッフ、エクス・ニヒロ、ロジャ、ボンド ナンバーナイン、フローライク、キリアン、ストレンジラブNYCなどのニッチ香水に加え、シャネル、ディオール、ゲラン、トム フォードも掲載されている。複数ブランドから選べる売場であり、オーダーメイドだけを目的とする場所ではない。

選品と対面の試香を支える仕事

限定香水の、着想からパッケージまで

香水バイヤーのヴァレリー・ウェイト(Valerie Waite)は、現在のハロッズの限定香水づくりを、ブランドとの共同作業として説明する。

「私たちはしばしば、ブランドと協働することから始める。通常は、一緒に探求したい香りの領域を出発点にする。」

ヴァレリー・ウェイト、ハロッズ香水バイヤー

そこから調香師と香りを組み立て、物語やコンセプト、デザイン、パッケージまでを扱う。これはハロッズの香水事業全体についての説明だが、Salonの限定品を理解するうえでも重要である。限定という言葉の背後には、販売する場所が制作の相談相手になる関係がある。

Salonと作品のつながりが具体的に見えるのが、セルヨッフの「Sixth Floor(シックス・フロア)」である。同社がハロッズのために初めて制作した専用香水で、名前はブティックのある6階に由来する。現在もセルヨッフ公式のロンドン店案内に、ブティック限定作品として掲載されている。

公式に示された構成は、ジンジャーやブラッドオレンジ、ユーカリから、チュベローズなどの花々へ移り、チョコレートやタバコを含むベースへ続く。売場の名を瓶に載せるだけでなく、その場所のために独立した香水をつくる。この作品を見れば、Salonが香水の流通先であると同時に、制作のきっかけにもなることが分かる。

香水をつくる相談と、既製の香水を選ぶ相談

開設時、コリンズは顧客のシグネチャー・セント、すなわちその人を象徴する香りを探す手助けと、一部ブランドによる特注香水の提供を、別々の役割として語っていた。出来上がった作品のなかから自分の香りを見つけることも、Salonの出発点に含まれていたのである。

現在の案内にも、一人ひとりに向けたフレグランス相談がある。シャネルではレ ゼクスクルジフを含むコレクションをたどるマスタークラス、フローライクでは季節の日本茶とともに香りを探るティーセレモニーが紹介されている。試香への入り方を、ブランドごとに変えている点が特徴だ。

セルヨッフもロンドン店のサービスとして、香りの体験とギフト相談、予約の案内を掲げる。百貨店の共通した枠組みの内側に、各ブランドの案内方法がある。顧客は売場を巡りながら、香水そのものと、その説明のされ方にも触れることになる。

Salonの仕事を象徴するのは、豪華な内装だけではない。どのブランドに場所を渡すかを決め、顧客の反応を受け取り、次の香水の企画へつなぎ、店頭では目の前の人に一本を紹介する。その連続が、ハロッズ6階の香水売場を形づくっている。

Salon de Parfumsの歩み

年主な出来事
2014年3月協力ブランドへ売場の構想を共有。計画と施工を進める。
2014年10月ロンドン本店6階に開設。専用ブティックとフレグランス・ギャラリーを組み合わせる。
2017年拡張されたSalonへのボンド ナンバーナインの英国初ブティック出店を発表。
2026年10月確認時点公式案内は25ブランドを掲げ、複数ブランドの香水販売と対面相談を案内。

参考文献