親密で、人を惹きつけ、物語の新たな一層を絶えず見せてくれる、現代のサロンのように感じられる場所であるべきです。
ジュリア・ケッペン
ロンドンのキングス・ロード店で、グローバル・ゼネラル・マネージャーのジュリア・ケッペン(Julia Koeppen)が目指したのは、香水と工芸を通じて人が集うサロンだった。ペンハリガンの店づくりをたどると、その物語は、ジャーミン・ストリートにあった浴場の理髪店へ行き着く。ドバイ・モールの新しい旗艦店にも、ハマムの意匠と英国の職人仕事が重ねられている。
店舗のはじまり
ペンハリガンは1870年に始まった英国の香水ブランドである。創業者ウィリアム・ペンハリガンはコーンウォールの理髪師だった。1869年にロンドンへ移ると、ジャーミン・ストリートのハマムに併設された理髪店で働き、やがて自らの店へと育てていった。
ハマムはトルコ式の浴場だ。そこで親しんだ香りを着想源に、ウィリアムは1872年、最初の香水ハマン ブーケをつくる。髪やひげを整える仕事と香りづくりが隣り合っていたことが、この店の出発点だった。
店の歴史に新しい章を開いたのが、1975年のシーラ・ピックルズである。映画監督フランコ・ゼフィレッリの支援を受けて事業を引き継ぎ、コヴェント・ガーデンのウェリントン・ストリートに店を開いた。店内ではガラスの仕切りの向こうで香水を瓶詰めし、その作業を客に見せていた。
このウェリントン・ストリート店は、ジャーミン・ストリートの原点とは別の、再興を担った店舗として今に続いている。
店づくりの考え方
香りの物語を伝えるため、ペンハリガンは店舗そのものにも職人や作家の仕事を取り入れる。キングス・ロードでは、工芸やアートに惹かれた人が香水に出会い、香水を求めて来た人が作家を知るという、双方向の出会いが構想された。展示や実演、作家との対話を通じて、繰り返し訪れる理由を育てる店である。
旗艦店の刷新を手がける建築・インテリア事務所マイケリス・ボイド(Michaelis Boyd)は、2025年、彫刻家ハミッシュ・マッキー(Hamish Mackie)に、香水を展示するライオンのテーブルを依頼した。マッキーは家具やプロダクトデザインの経験を持ち、実際に使える彫刻に関心を寄せてきた。最初のライオン卓から、雌ライオンを用いた円形卓や小型の展示台へと作品群が広がる。
これらの作品は、彫刻と家具とデザインが交わるところにあります。
ハミッシュ・マッキー
訪れたい店舗
ドバイ・モール
ドバイ・モールの旗艦店では、マイケリス・ボイドが英国建築と中東の意匠を重ねた。モザイクに覆われた入口や、ハマムを思わせる洗面台が、ブランドの出自とこの土地の文化をつなぐ。店内の設計や装飾に込められた物語をたどるプライベートツアーも設けられている。

香り選びの中心となるのは、マッキーのブロンズのライオン卓だ。旗艦店向けの制作にあたり、マッキーは2025年3月、タンザニアのセレンゲティとンゴロンゴロを訪れてライオンを観察した。野外では、ランドローバーの後部からライオンの彫刻を制作している。
いつもと同じく、この依頼を的確に形にするうえで、現地調査が重要な役割を果たしました。
ハミッシュ・マッキー
その卓で行われるフレグランス・プロファイリングは、スタッフと相談しながら香りを探すためのサービスである。
さらに、エクスペリエンス・ルームは薬局を現代的に読み替えた空間となっている。クレール・バスレール(Claire Basler)が地域の植物や風景を着想源に描いた壁画がドーム状の天井を彩り、ペルシャ風の布地を張った座席とココア色の塗り壁が配される。特注の棚には香水だけでなく、ブランドの歴史に触れるアーカイブの品々も並ぶ。

個別の相談に加え、ボトルの刻印やレザーを用いたパーソナライズも用意されている。ハルフェティ アンバーを先行して紹介する相談の機会もある。
リージェント・ストリート
ロンドンのリージェント・ストリート店も、マイケリス・ボイドによる刷新を受けた店舗である。壁と天井には、創業者の名を冠したウィリアムズ・グリーンの特注の塗り壁材、タデラクトが使われる。コーンウォールを拠点とするクレイワークス(Clayworks)が、同郷の創業者とその香水に着想を与えたハマムの記憶を、壁の仕上げに取り入れた。ここにもマッキーのライオンとバスレールの壁画が置かれている。


