KILIAN PARIS(キリアン パリ)|バーの美学で香水に出会う

KILIAN PARISの代表店舗、パリのカンボン通り店のカウンターと香水棚を描いたイラスト

店全体が、いつもバーを中心に展開していきます。

キリアン・ヘネシー

店舗のはじまり

キリアン・ヘネシーが自身の香水ブランドを立ち上げたのは2007年。19世紀末から20世紀初頭の香水にあった贅沢さを、現代の感覚で取り戻そうとした。使い終えても詰め替えられる瓶、香水を取り出した後も手元に残せる箱。その世界を一つの空間で伝える場所として、やがてブティックが生まれる。

モスクワからニューヨークへ

ブランド最初の単独店舗は、2012年にモスクワ郊外のクロッカス・シティ・モールに開かれた。運営を担ったのは現地の販売代理店だった。ロシアにはすでにキリアンの香水を支持する客がおり、創業者自身もたびたび訪れていた。白と黒でまとめた店にコレクションを揃え、百貨店の一角とは異なる、ブランド全体を見せる場所を設けたのである。

米国では、2007年からニューヨークの百貨店バーグドルフ・グッドマンで販売していた。次に独立した店を開くため、一年以上かけてマンハッタン各地の物件を探す。選んだのはミートパッキング地区のワシントン通りだった。高級店が集まる地区でありながら、主要な通りから少し外れた立地。2013年、ここに米国初のブティックが誕生する。

空間づくりを任されたシャハン・ミナシアンは、パリのショールームやモスクワの店にも関わっていたデザイナーである。ニューヨークでは家具やラグも手がけ、香水だけでなく調度までキリアンの美意識に沿わせた。

レンガの壁と高い天井は残し、艶のある仕上げを加えた。地区の産業的な建物の性格を受け継ぎながら、室内にはアール・デコを重ねる。白黒のリビングルームのような空間には、日本でつくられた絹と金属の天井照明、ネパール製の絹のラグ、ピーター・レーンのランプが選ばれた。土地の建物と、各地から集めた工芸的な調度を組み合わせた店だった。

この店のために生まれたのが「Apple Brandy(アップル ブランデー)」だった。ニューヨークの愛称ビッグ・アップルと、ヘネシー家の酒づくりを一つの名前に重ねた、開業を記念する香水である。調香はシドニー・ランセスール。後の「Apple Brandy on the Rocks」の原点でもあり、新しい土地に店を構えることが、その街を香りで表す機会になっていた。

パリ初のブティック

2014年には、パリのカンボン通り20番地に店を開いた。モスクワ、ニューヨークに続く3店舗目で、面積は55㎡。ここでもミナシアンが共同設計者として参加した。

黒く艶めくファサードの内側につくられたのは、パリのアパルトマンを思わせるサロンだった。壁の装飾的な縁取りや1920年代風の家具を取り入れ、コレクションごとに場所を分ける。各店に固有の意匠を持たせたいというキリアンの考えが、パリでは住まいのような親密さに結びついた。

その後も出店は続き、パリにはマレ地区の店が加わった。現在はニューヨーク、ミラノ、ドーハ、ドバイなどにもブティックを構える。初期の白黒のサロンから、香水を囲んで過ごすバーへ。店の形にも新しい表現が加わっている。

店づくりの考え方

バーの構想は、ブランドがエスティ ローダー グループの傘下に入った後、自分自身と作品の個性を売場でどう表すかを考える中で生まれた。

私が持ち込んだのはバーという構想で、それがすべてのブティックの中心になりました。

キリアン・ヘネシー

酒を楽しむ場所と香水を選ぶ場所を重ねる発想は、酒を着想源とするコレクション「Les Liqueurs(レ・リキュール)」へもつながった。

2020年に登場した「Angels’ Share(エンジェルズ シェア)」には、祖父と訪れたヘネシーの酒蔵や、酒を含んだオーク樽の記憶が息づいている。バーカウンターと酒のグラスを思わせる香水瓶には、創業者が育った世界が、それぞれ異なる形で表れている。

その場で香水を案内するスタッフには、香りの専門性と人を楽しませる力の両方が求められる。店を開く目的について、キリアンが大切にしているのは次のことだ。

お客様に、オンラインでは得られないものをもたらす、唯一無二の体験を提供すること。

キリアン・ヘネシー

そのためにスタッフの教育にも力を注ぐ。初期の米国店でも、購入した人だけでなく、試すだけで帰る人にもまた来たいと思ってもらうことを大切にしていた。

瓶を使い続けるリフィルの考えも、店づくりに表れている。

Kilian Hennessy
キリアン・ヘネシー
世界的に最も香水のラグジュアリーをあらゆる角度で体現したブランド、それがキリアン。創業者であるキリアン・ヘネシーは、ヘネシー家出身であり、モノづくりにおけるこだわりが凄まじい。彼の人生、そしてブランドについて深掘りをした。

訪れたい店舗

カンボン通り店(パリ)

パリ初の店には、ブランドの意匠を室内へ広げていった初期の仕事が刻まれている。開業時のサロンでは、香水瓶や箱に使われるアカンサスの葉の装飾が、大理石の床に映り込むように取り入れられていた。白黒の基調に、ベルギー産の黒大理石やアール・デコの要素を重ねた空間だった。

硬く光る石に対して、家具にはブークレの織物や黒いサテンを使う。彫刻を施したローテーブルに、ピーター・レーンの陶製ランプ。瓶だけを均等に並べるのではなく、こうした調度の間に各コレクションの居場所をつくり、それぞれの世界観が伝わるようにしていた。

現在の店内にはキリアンのバーがある。黒を基調とするカウンターの背後に香水棚が立ち、その前には金属色のスツールが並ぶ。立ったまま瓶を選ぶ売場とは異なり、カウンターを介して香水を囲むつくりである。

キリアンのカンボン通り店にある黒と金色のカウンター、スツール、香水棚を描いたイラスト。
カンボン通り店のカウンター(イラスト)

このカンボンのバーは、2025年にオープニングを祝ったニューヨークのプリンス・ストリート店でも手本になった。ソーホーにあるこの店舗は、2013年の米国初店だったワシントン通りとは別の場所である。

マレ店(パリ)

ヴィエイユ・デュ・タンプル通りに2025年に開いたパリ2店舗目では、バーを中心とした店づくりが、より具体的な試香の仕組みに結びついている。

建物に入ると、空間の中心にあるのがキリアン・バー。カララ大理石のカウンター、黒いオーク材、つやを抑えたブロンズを組み合わせ、パリのホテルのバーを思わせる雰囲気をつくった。壁際にはリフィルが並び、香水のデカンタを収めた棚やベルベットの椅子が置かれている。

キリアンのマレ店。石壁、赤い椅子、黒と金色の棚やカウンターを描いたイラスト。
マレ店のサロン(イラスト)

ここで用意されたのは、バーのメニューを選ぶように香水と出会う方法である。開業期の店では、まず名前を伏せた3つの香りを試す「ショット・オブ・ザ・ハウス」で迎えていた。作品名や評判を知る前に、自分がどの香りに惹かれるかを確かめられる。

当時のメニューには、コレクションを知るための「テイスティング」、すでにブランドを知る人が香りの装いを変えるための相談、リフィル、ギフトボックスづくりが並んでいた。何本も一度に嗅ぐことだけが試香ではなく、知りたいことや選ぶ目的から時間の使い方を決める仕組みである。

照明と音楽を変えて、短い間だけクラブのような雰囲気をつくる演出も取り入れられた。

ミラノ店

2025年にイタリア初のブティックとして開いたミラノ店は、コルソ・ジャコモ・マッテオッティにある。創業者が、以後の新店の手本にしたいと考えた新しい世代の店舗だ。

入口を入って左側に並ぶのはリフィルである。使い終えた瓶を捨てずに補充するという考えを、店の最初に見せている。その隣には「Good girl gone Bad」と「Love, don’t be shy」の代表作を置くアルコーブがあり、酒を着想源とするコレクションや、贈り物にも専用の小空間を設けた。

店の中心となるバーでは、好みに合わせた相談ができる。

ドバイ・モール

2019年に開いたドバイ・モール店は、大理石に白、黒、金色を組み合わせ、香水のバーを中心に据えた空間だった。キリアンは、このモールでふさわしい場所を見つけるまでに6、7年を費やしたという。

開業時のバーでは、好みの一本を探す「テイスティング」に加え、愛用する香りに重ねる一本を相談する「ミクソロジー」を用意していた。香水とクラッチを組み合わせる贈り物の相談もあり、香りを選ぶことから、纏い方や手渡し方までを一つのカウンターで扱っていた。

現在もドバイ・モールには「KILIAN BAR」がある。パリのサロンから広がった店づくりに、中東で親しまれてきた香りを重ねる楽しみが交わった一軒である。

参考文献